紗羅ノ国
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「この国のお酒、美味しいね」
男はヘラっと笑って酒瓶に口をつけた。
注ぐのも面倒になったか。
面倒になるのもうなずけるだけ、彼は飲んでいる。
「桜都国でのあれは、演技か?」
「あれは呪文を無理やり体の中に入れられた感じになったんだよ。
ゲーム内での話でしょ?
君にも覚えがないとは言わせないけど」
あの時ほど酔っ払ってはいないものの、いい気分にはなっているようだ。
彼の言う事は正しい。
あの時俺も彼も妙だった。
「あー、胡散臭いなって思ってるでしょ?」
いつもの様子に拍車をかけてヘラヘラしている。
「問題ないだろう。
お前も腹割るつもりないみたいだからな」
鎌をかけた俺の言葉に、男はすっと素面に戻る。
そして笑みを貼りつけた。
俺が嫌う笑みを。
何かを隠したいとき、彼はいつも笑顔を貼りつける。
気づいていないのだろうか。
しかしその後に紡がれた言葉は、俺が求めていたものだった。
「そうでもないかもしれないよ」
俺はじっと男を見る。
何か変化があるわけではない。
強いて言えば固い壁である作り笑顔を張りつけているのに、言葉はそうでもない。
彼を絆そうとしているのに気づかれ、罠でも張られたかと一瞬逡巡してから、俺は口を開いた。
「蒼石が阿修羅の名を出した時、顔色を変えたのはなぜだ」
単刀直入な質問は、彼への答えと、敬意のつもりだ。
何を疑うでもなく、何を隠すでもなく、ただ、ありのままを尋ねる。
ある程度の質問は予想していたのだろう。
彼は表情を変えない。
「何でだろうねぇ。
黒様は龍王君みた時に顔色を変えたっけ」
「同じ魂の持主だったんだ。
誰でもそうなるだろう」
「オレは違う」
その言葉は、俺の言葉を否定する以上の意味を持つように聞こえてしまうのは、職業病だろうか。
言葉の裏の裏まで読むことを、いつも求められてきたせいなのだろうか。
男の蒼い目が酒瓶から俺の目に移る。
湖のような蒼が、灯りでいつもよりも深い色に見える。
「オレは違う」
噛み締めるように繰り返された言葉。
彼は俺にどんな反応を、どんな理解を求めているのだろう。
その深い色はどこか暗くも見える。
暗く、冷たい何かを秘めている。
どこかで突然失ってしまいそうな恐怖に陥る。
彼は自分に無頓着だ。
上手くこちら側に引き込めつつあるのはいいことだが、姫や小僧を守るためなら手段を選べなくなるだろう。
何しろ彼は精神の安定性という意味で弱い。
弱いくせに、折れる瞬間に全てを巻き込んで崩れようとする、そういう強さを持っているタイプ。
敵でも味方でも、厄介な男だ。
その蒼い瞳に少しでも光を入れたくて、俺は彼の額に手を伸ばし、髪をかき上げる。
そうすると自然と顔も上を向きがちになる。
「黒りん……?」
少し驚いた顔をして、微かに上を向いた瞳に光が入る。
その時不意に感じた気配に俺は手を放す。
彼も何かを感じたのか、すっと視線を俺の背後に向けた。
「ここにいろ」
唇をそう動かして、俺は立ちあがり、障子の隙間から外を伺えば、辺りを気にしながら歩く蒼石の姿。
明らかに不審だ。
俺が見ていることはまだ気づいていない。
陣主と呼ばれ、皆に尊敬される彼が、なぜこんな時間に抜け出そうとしているのか。
ちらりと振り返れば、雰囲気で察したのか手を振るから、俺は音もなく部屋を抜け出した。
時間も遅い。
少しくらいなら道を歩いても見つからないのではないかと、林を抜ける時間を惜しんだのが間違いだったのだろう。
蒼石は塀にもたれて空を見上げた。
そもそも自分の顔を知らない人がいないと言うのは、酷く窮屈なものだ。
角を曲がろうとしたところで、向こうから人が来ていることに気付いた。
相手は俯いていてまだ自分には気づいていないようだが、気づかれるのも時間の問題だろう。
ここに相手が到達するまでもう数秒しかない。
かといって道を引き返すわけにもいかない。
そろそろ自分の歩いてきた道にも、陣社の誰かが見回りにやってくる時間だ。
どちらに見つかったにせよ、尋ねられるだろう。
なぜ、こんな時間に、こんなところにいるのかと。
袖の内で手を握りしめる。
自分の仕事には誇りを持っている。
だが、この職に就く限り、生涯手に入ることはないだろう者がいる。
それがひどく苦しい。
いっそのこと二人で逃げようか。
否、そんなこと、自分たち二人にできるはずがない。
家族同然に愛する者たちを残して行く等。
では、どうすればーー
不意に口をふさがれ、腹に手が回る。
自分を狙う者がいる可能性も考えなかったわけではない。
ただ、これほど容易く捕まってしまうこと等ありえない。
一生の不覚とはまさにこのことだ。
物音を立てれば道を歩いている町民が気づいてくれるだろう。
しかしそれすら許されないよう、完全に動きを奪われてしまっている。
(……鈴蘭!)
心の中で愛しい名を読んだ時には体が宙に浮き、気づけばあっという間に先程自分が持たれていた塀の中にいた。
民家だろうか。
「心配はいらない。
物音は立てるな」
耳もとで囁かれた声に、匿った異人であることを知り驚く。
拘束を解かれ振り返れば、自分を見上げる紅い瞳。
自分よりも小柄な彼に動きを封じられ、運ばれた事実を疑いたくなってしまう。
やはり彼らは不思議だ。
「見回りも町民も、通り過ぎた。
どこに行くのか知らないが……送る」
自分が隠れて出てきていることに気づいているらしい。
「ありがとうございます。
ですが、流石にそこまでしていただくわけには……」
私の小声の返答に、黒鋼さんは首を横に振った。
「隙だらけだ。
何を考えこんでいるのかわからぬが、無事つけるのか?」
最もな意見に私は小さくなってしまう。
「匿ってもらった礼だ」
「……ありがとうございます」
彼はその言葉を聞くと私に背を向け、乗るように勧めた。
自分より小柄なものに背負わせるのは心苦しいが、彼は全く気にしていないようだ。
怖々と体重をかければ、予想以上に軽々と動き、塀に易々と飛び乗った。
やはり只者ではない。
「道案内を頼む」
「あの高い木を目指してください」
私の言葉に、彼は塀を飛び越え、森に入り、木の上を飛び移っていく。
「どうしてこんなことをしてくださるのですか」
まっすぐと前を見つめる赤い瞳にそう問いかけた。
彼はちらりと私を見て、それから微かに目を細めた。
表情を変えることのない彼の笑顔だと、私は思った。
「何かを守ろうとする誰かが足掻いているなら、手を貸したいだけだ」
高い木の下で彼は私を下ろす。
彼も何かを守るために足掻いているのだろうか。
それは共に旅をしている人達のことだろうか。
「ありがとうございます、助かりました」
軽く頷いて踵を返した背中。
闇に溶ける彼は、やはりこの世界にはない存在だ。
これもきっと、何かの縁。
一抹の希望が頭をもたげる。
もしかしたら彼がここに来たのは偶然なのではなく、この苦しみを解くために、神から与えられたーー
「蒼石さま!」
背中に感じたぬくもりに振り返り、改めて抱き寄せる。
「鈴蘭」
ーー神から与えられた必然なのかもしれない。
(本当に、見ていないようで見てるんだから)
しばらく前に出て行った黒い忍者を思い出す。
彼女の観察力は圧倒的だ。
忍者という仕事は本当に恐ろしい。
(敵にはまわしたくないね、絶対に)
ふっと切なげに細められた瞳。
それを振り払うかのように酒瓶を取り、煽る。
「あー早く帰ってこないかなぁ。
待ちくたびれちゃったよ。
黒むーいないと詰まんない」
こんなときにモコナがいれば便乗してふざけてくれただろう。
小狼君なら、そうですね、と笑顔を浮かべてくれただろう。
サクラちゃんは大丈夫かな、とどこか心配そうにしているだろう。
酒瓶を枕にごろんと寝転んだ。
ーお前も腹割るつもりないみたいだからなー
ーそうでもないかもしれないよー
咄嗟にそう答えていた。
鎌をかけようと思ったのだ。
それは明らかで、黒様も一瞬戸惑っていた。
彼女の答えで何をどうするつもりかなんて、まだ考えてもいないし、覚悟もできていないのに。
しかも彼女は真っ直ぐオレに問いかけた。
嘘偽りのない態度と、逸らされることのない瞳ーーそれはオレの全てを受け入れ信じるという答えに見えた。
だから噛み締めるように言ってしまったのだ。
それがオレの本心なのだと、その時ようやく気がついたのだ。
(あーあ、なんかオレ、バカみたい。
こんなこと思っても仕方がないのに)
変えようのない立場と、捨てきれない思いが身を引き裂く日が、いつか必ずくるだろう。
オレはその時、どうするべきなのだろう。
あれこれ思い巡らせている間に、うつらうつらしていたようだ。
障子があいて、オレが目を向ければ、黒りんが立っていた。
月光の中に立つ黒は、月と互いに引き立て合うせいか、酷く美しく感じる。
そして、それだけじゃない何かが、胸の中に落ちてきて、胸が温かくなり、同時に苦しくなる。
「お帰り。
どうだった?」
「逢瀬だろう。
派閥がある世は難しい」
「へぇ、意外」
「見かけで判断するな。
似たもの同士だろう」
どんなあたりが似たもの同士で、何を見掛けで判断するべきでないのかと、言葉に詰まる。
「ああいう娘に拾われていたらいい」
黒様は少しだけ目を細めて笑った。
胸が締め付けられる。
オレはいつかまた唯一無二の存在を天秤にかける。
その時も同じように愚かにも犠牲を強いるーーのだろうか。
黒りんはオレのそんな逡巡に気づいているのに、気にしていないようだった。
それの全ては、オレを受け入れることを態度で示しているようにさえ見える。
「……そうだね」
ようやく絞り出した同意ーーそれは何への同意だったのか、遂にオレにもわからなくなっていた。
男はヘラっと笑って酒瓶に口をつけた。
注ぐのも面倒になったか。
面倒になるのもうなずけるだけ、彼は飲んでいる。
「桜都国でのあれは、演技か?」
「あれは呪文を無理やり体の中に入れられた感じになったんだよ。
ゲーム内での話でしょ?
君にも覚えがないとは言わせないけど」
あの時ほど酔っ払ってはいないものの、いい気分にはなっているようだ。
彼の言う事は正しい。
あの時俺も彼も妙だった。
「あー、胡散臭いなって思ってるでしょ?」
いつもの様子に拍車をかけてヘラヘラしている。
「問題ないだろう。
お前も腹割るつもりないみたいだからな」
鎌をかけた俺の言葉に、男はすっと素面に戻る。
そして笑みを貼りつけた。
俺が嫌う笑みを。
何かを隠したいとき、彼はいつも笑顔を貼りつける。
気づいていないのだろうか。
しかしその後に紡がれた言葉は、俺が求めていたものだった。
「そうでもないかもしれないよ」
俺はじっと男を見る。
何か変化があるわけではない。
強いて言えば固い壁である作り笑顔を張りつけているのに、言葉はそうでもない。
彼を絆そうとしているのに気づかれ、罠でも張られたかと一瞬逡巡してから、俺は口を開いた。
「蒼石が阿修羅の名を出した時、顔色を変えたのはなぜだ」
単刀直入な質問は、彼への答えと、敬意のつもりだ。
何を疑うでもなく、何を隠すでもなく、ただ、ありのままを尋ねる。
ある程度の質問は予想していたのだろう。
彼は表情を変えない。
「何でだろうねぇ。
黒様は龍王君みた時に顔色を変えたっけ」
「同じ魂の持主だったんだ。
誰でもそうなるだろう」
「オレは違う」
その言葉は、俺の言葉を否定する以上の意味を持つように聞こえてしまうのは、職業病だろうか。
言葉の裏の裏まで読むことを、いつも求められてきたせいなのだろうか。
男の蒼い目が酒瓶から俺の目に移る。
湖のような蒼が、灯りでいつもよりも深い色に見える。
「オレは違う」
噛み締めるように繰り返された言葉。
彼は俺にどんな反応を、どんな理解を求めているのだろう。
その深い色はどこか暗くも見える。
暗く、冷たい何かを秘めている。
どこかで突然失ってしまいそうな恐怖に陥る。
彼は自分に無頓着だ。
上手くこちら側に引き込めつつあるのはいいことだが、姫や小僧を守るためなら手段を選べなくなるだろう。
何しろ彼は精神の安定性という意味で弱い。
弱いくせに、折れる瞬間に全てを巻き込んで崩れようとする、そういう強さを持っているタイプ。
敵でも味方でも、厄介な男だ。
その蒼い瞳に少しでも光を入れたくて、俺は彼の額に手を伸ばし、髪をかき上げる。
そうすると自然と顔も上を向きがちになる。
「黒りん……?」
少し驚いた顔をして、微かに上を向いた瞳に光が入る。
その時不意に感じた気配に俺は手を放す。
彼も何かを感じたのか、すっと視線を俺の背後に向けた。
「ここにいろ」
唇をそう動かして、俺は立ちあがり、障子の隙間から外を伺えば、辺りを気にしながら歩く蒼石の姿。
明らかに不審だ。
俺が見ていることはまだ気づいていない。
陣主と呼ばれ、皆に尊敬される彼が、なぜこんな時間に抜け出そうとしているのか。
ちらりと振り返れば、雰囲気で察したのか手を振るから、俺は音もなく部屋を抜け出した。
時間も遅い。
少しくらいなら道を歩いても見つからないのではないかと、林を抜ける時間を惜しんだのが間違いだったのだろう。
蒼石は塀にもたれて空を見上げた。
そもそも自分の顔を知らない人がいないと言うのは、酷く窮屈なものだ。
角を曲がろうとしたところで、向こうから人が来ていることに気付いた。
相手は俯いていてまだ自分には気づいていないようだが、気づかれるのも時間の問題だろう。
ここに相手が到達するまでもう数秒しかない。
かといって道を引き返すわけにもいかない。
そろそろ自分の歩いてきた道にも、陣社の誰かが見回りにやってくる時間だ。
どちらに見つかったにせよ、尋ねられるだろう。
なぜ、こんな時間に、こんなところにいるのかと。
袖の内で手を握りしめる。
自分の仕事には誇りを持っている。
だが、この職に就く限り、生涯手に入ることはないだろう者がいる。
それがひどく苦しい。
いっそのこと二人で逃げようか。
否、そんなこと、自分たち二人にできるはずがない。
家族同然に愛する者たちを残して行く等。
では、どうすればーー
不意に口をふさがれ、腹に手が回る。
自分を狙う者がいる可能性も考えなかったわけではない。
ただ、これほど容易く捕まってしまうこと等ありえない。
一生の不覚とはまさにこのことだ。
物音を立てれば道を歩いている町民が気づいてくれるだろう。
しかしそれすら許されないよう、完全に動きを奪われてしまっている。
(……鈴蘭!)
心の中で愛しい名を読んだ時には体が宙に浮き、気づけばあっという間に先程自分が持たれていた塀の中にいた。
民家だろうか。
「心配はいらない。
物音は立てるな」
耳もとで囁かれた声に、匿った異人であることを知り驚く。
拘束を解かれ振り返れば、自分を見上げる紅い瞳。
自分よりも小柄な彼に動きを封じられ、運ばれた事実を疑いたくなってしまう。
やはり彼らは不思議だ。
「見回りも町民も、通り過ぎた。
どこに行くのか知らないが……送る」
自分が隠れて出てきていることに気づいているらしい。
「ありがとうございます。
ですが、流石にそこまでしていただくわけには……」
私の小声の返答に、黒鋼さんは首を横に振った。
「隙だらけだ。
何を考えこんでいるのかわからぬが、無事つけるのか?」
最もな意見に私は小さくなってしまう。
「匿ってもらった礼だ」
「……ありがとうございます」
彼はその言葉を聞くと私に背を向け、乗るように勧めた。
自分より小柄なものに背負わせるのは心苦しいが、彼は全く気にしていないようだ。
怖々と体重をかければ、予想以上に軽々と動き、塀に易々と飛び乗った。
やはり只者ではない。
「道案内を頼む」
「あの高い木を目指してください」
私の言葉に、彼は塀を飛び越え、森に入り、木の上を飛び移っていく。
「どうしてこんなことをしてくださるのですか」
まっすぐと前を見つめる赤い瞳にそう問いかけた。
彼はちらりと私を見て、それから微かに目を細めた。
表情を変えることのない彼の笑顔だと、私は思った。
「何かを守ろうとする誰かが足掻いているなら、手を貸したいだけだ」
高い木の下で彼は私を下ろす。
彼も何かを守るために足掻いているのだろうか。
それは共に旅をしている人達のことだろうか。
「ありがとうございます、助かりました」
軽く頷いて踵を返した背中。
闇に溶ける彼は、やはりこの世界にはない存在だ。
これもきっと、何かの縁。
一抹の希望が頭をもたげる。
もしかしたら彼がここに来たのは偶然なのではなく、この苦しみを解くために、神から与えられたーー
「蒼石さま!」
背中に感じたぬくもりに振り返り、改めて抱き寄せる。
「鈴蘭」
ーー神から与えられた必然なのかもしれない。
(本当に、見ていないようで見てるんだから)
しばらく前に出て行った黒い忍者を思い出す。
彼女の観察力は圧倒的だ。
忍者という仕事は本当に恐ろしい。
(敵にはまわしたくないね、絶対に)
ふっと切なげに細められた瞳。
それを振り払うかのように酒瓶を取り、煽る。
「あー早く帰ってこないかなぁ。
待ちくたびれちゃったよ。
黒むーいないと詰まんない」
こんなときにモコナがいれば便乗してふざけてくれただろう。
小狼君なら、そうですね、と笑顔を浮かべてくれただろう。
サクラちゃんは大丈夫かな、とどこか心配そうにしているだろう。
酒瓶を枕にごろんと寝転んだ。
ーお前も腹割るつもりないみたいだからなー
ーそうでもないかもしれないよー
咄嗟にそう答えていた。
鎌をかけようと思ったのだ。
それは明らかで、黒様も一瞬戸惑っていた。
彼女の答えで何をどうするつもりかなんて、まだ考えてもいないし、覚悟もできていないのに。
しかも彼女は真っ直ぐオレに問いかけた。
嘘偽りのない態度と、逸らされることのない瞳ーーそれはオレの全てを受け入れ信じるという答えに見えた。
だから噛み締めるように言ってしまったのだ。
それがオレの本心なのだと、その時ようやく気がついたのだ。
(あーあ、なんかオレ、バカみたい。
こんなこと思っても仕方がないのに)
変えようのない立場と、捨てきれない思いが身を引き裂く日が、いつか必ずくるだろう。
オレはその時、どうするべきなのだろう。
あれこれ思い巡らせている間に、うつらうつらしていたようだ。
障子があいて、オレが目を向ければ、黒りんが立っていた。
月光の中に立つ黒は、月と互いに引き立て合うせいか、酷く美しく感じる。
そして、それだけじゃない何かが、胸の中に落ちてきて、胸が温かくなり、同時に苦しくなる。
「お帰り。
どうだった?」
「逢瀬だろう。
派閥がある世は難しい」
「へぇ、意外」
「見かけで判断するな。
似たもの同士だろう」
どんなあたりが似たもの同士で、何を見掛けで判断するべきでないのかと、言葉に詰まる。
「ああいう娘に拾われていたらいい」
黒様は少しだけ目を細めて笑った。
胸が締め付けられる。
オレはいつかまた唯一無二の存在を天秤にかける。
その時も同じように愚かにも犠牲を強いるーーのだろうか。
黒りんはオレのそんな逡巡に気づいているのに、気にしていないようだった。
それの全ては、オレを受け入れることを態度で示しているようにさえ見える。
「……そうだね」
ようやく絞り出した同意ーーそれは何への同意だったのか、遂にオレにもわからなくなっていた。