紗羅ノ国
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「はぐれちゃったねぇ。
みんな大丈夫かなぁ」
次の世界についたのはいいけど、どうやらオレと黒たん、サクラちゃんと小狼君とモコナの2手に別れてしまったようだ。
小狼君はしっかりしてるし大丈夫だろうけれど、それでも子どもだけというのは少し心配だ。
だが言葉が通じているということはそれ程離れているわけではないということだろう。
でも、黒たんと二人だから話せることもある。
「そういえばさ、あの竜巻がいた国だけど、変だったよね」
オレの言葉に黒ぴっぴがちらりと目を向ける。
「暑かったのにあの国に住んでた子達はふわふわもこもこって、妙じゃない?」
黒様は感情のない顔で一つ頷いた。
「だからオレ、残っている時に聞いてみたんだ。
そしたらずっとあこにいるっていうのに、建物はほとんどないし、あんなにそばにあったのにモコナが羽根に気づかないのも変だよねぇ」
「仕組まれていた、か」
ちらりと盗み見るも、やはり感情は読み取れない。
このことを教えるのは、この旅を安全に進めるには適切なはずだ。
オレの仕事を果たすには、必要なはずだ。
「かもね。
……驚かないんだねぇ。」
彼女はオレを見た。
赤い瞳にオレが映る。
彼女に直視されると心の奥まで見透かされているような気になる。
「誰かの視線を感じることがある」
おそらくあの人の手先だろう。
黒ぷ―を見込んで旅の仲間にしたくせに、そういうところは甘い。
彼女の鋭さを考慮するなら、偵察するならそれなりの人でなければ無理だ。
それかーー黒たんの何かを試すつもりなのかも知れない。
「……なんで言わなかったの?
小狼君に」
「誰かもわからないのに言っても仕方ない」
ふいっと目をそらして歩きだした。
それがなんだか可愛くて、オレは後を追う。
彼女の優しさに触れる度、息が苦しい。
一層のこと、冷たくされた苦しさの方がずっと楽な気がする。
真綿で首を絞められるようなこの旅は、精神的に悪い。
「無駄に不安にさせることないもんね。
黒様やっさしー」
誤魔化すようににひゃっと笑って黒様を小突けば、微かに寄せられた眉。
「お前も同じようなもんだろう」
出てきた言葉は意外なもので思わず困惑する。
オレは自分の役目を果たすために、自分の望みをかなえるために動いている利己的な存在にすぎない。
だから、彼女達のこの先を心配しているわけがない。
そんなはずはないんだ。
気づけばオレの前に黒い頭があった。
「戦う気がないならじっとしてろ」
さっきの言葉に対するオレの返事なんて、いらないんだろう。
自分が守りたいものを守るーー彼女はそういう人だ。
目の前に現れたのは15人の男。
武器を持つ手は、慣れているように見える。
「なんだてめぇら。
遊花区の手のモンか!?」
「ここは陣社だぞ!
遊花区のモンが来ていいところじゃねぇ!!」
激しい怒号だが動じるオレ達でもない。
「じんじゃー?
ゆうかくー?」
まったくわからない。
どうやらそれが彼らの怒りに触れてしまったようだ。
「とぼけてんじゃねぇ!」
物騒に刀を抜いて襲いかかってくるのをみて、黒様は流れるように腰を落として刀に触れた。
こういう時、本当に目を奪われてしまう。
「そっちが先に抜いたんだ。
文句は聞かない」
静かな声の後、オレ達を取り押さえようと襲いかかった5人の男が一瞬で倒れていた。
涼しい赤い瞳が彼らを見下ろす。
「く……っくっそー!
やっちまえー!」
リーダーなのだろうか。
ひとりの男の声で、残りの男たちがオレ達に襲いかかる。
「あと3歩さがれ。
巻き込まれる」
静かで落ち着いた心地よい声が耳に届く。
その3歩の幅で、黒様は何をしようとしているんだろう。
一度にこの人数を倒すつもりなのだろうか。
オレが3歩さがったところで、不意に男たちの向こうから人がやってきたのに気付いた。
「おやめなさい」
その言葉で男達は動きを止める。
胸くらいまである髪を左でひとつにまとめた眼鏡の男は、優男に見えるのに、この荒々しい男達をまとめているというのだろうか。
「蒼石様!」
「陣主(マスター)!」
それにずいぶん慕われているようだ。
「こいつら勝手に敷地に入ってきたんですよ!」
「結界張ってあったってぇのに!」
どうやらオレ達がなにか力のある人だと感じて、
警戒したらしい。
黒たんがあれだけ暴れればそう思われても仕方ないだろう。
ちらりと横を見ると、オレの心の声でも聞こえたのか赤い眼に睨み返された。
「だとしてもそれだけで手荒い真似をするなど、言語道断。
申し訳ありませんでした」
蒼石さんはぺこりと頭を下げる。
この優しいところがみんなから慕われているのかもしれないが、彼が相当の実力を持つ事はその体に秘められた不思議な力からも明らかだ。
「この紗羅ノ国の方ではないようですね」
「旅のものですー」
いつもこの手の返答は小狼君がしてくれているんだけど、黒様はだんまりを決め込んでいるから今回はオレが説明係りのようだ。
黒ぴっぴもたぶんこの人は安全だと踏んだんだろう。
「お二人で?」
「後2人、いや、3人いるんですけどー」
「お連れ様がいらっしゃるんですね。
どこかでお待ち合わせで?」
「してないんですー
だから探さないと―」
「あちらも探してらっしゃるでしょうね。
でしたら拠点を決めておく方が良い」
そうだ、といいことを思いついたのか、
蒼石さんはほわんと笑って、ぽむっと手を打った。
「宜しかったらうちにお泊りになりませんか?」
「陣主!」
男達からの非難の声。
これはこの人の天然さにいつもさぞ苦労させられているんだろう。
「袖すりあうも多生の縁。
困った方を助けないで何が陣社ですか」
「陣主!!」
男達が困っていることなどお構いなし。
いい人なんだなぁと思う。
周りの人は本当に大変だろうけれど。
黒様をちらりと見れば、表情に変化なし、つまりOK。
「ではすみませんが、よろしくお願いしますー」
「こちらへどうぞ」
本当に穏やかな人だ。
「ここってどういう所なんでしょう?」
「陣社です。
私たちは、人を護っているんですよ」
それから綺麗な空気。
なんだかオレの醜い心も洗われるようだと思った。
「もうずっとずっと昔から、この陣社はこの国を守っています」
神社と神主の関係みたいなのが、この陣社と蒼石の関係らしい。
「紗羅ノ国の陣社を知らねぇとは、よっぽど遠いところから来たんだな、お前ら!!」
へっと馬鹿にしたように笑う男達。
「そうなんですー」
へらっとした雰囲気と、魔力が強いところだけは、蒼石と似ている男がヘラっと笑った。
彼は妙に肝が座っている所がある。
その深い観察力と洞察力を見ると、あの見た目の年齢より遥かに歳を重ねているかのような錯覚を覚えるほどだ。
「今もなんだか大変な感じなんですかー?
陣社の周りだけじゃなくて、あっちにも、
何かからあの中にあるものを守る感じの、
あれよりもっと強い結界が張ってありますよねー」
「先ほどの剣術と言い、貴方の見たてと言い、
ただの旅のお方ではないようですね。
これも何かのご縁」
蒼石は廊下を渡り、重々しい扉に手を触れた。
ぎぃっと開いた中、薄暗い室内にはられた注連縄のようなものが見える。
「お話しましょう。
今、起こっていることを」
俺達は彼の後について入る。
鼻についた血の匂い。
しかし不穏な気配はない。
咄嗟に剣に手をかけ、いつでも抜けるようにする。
辺りを見回せば部屋の中心に守られるように安置されているのは、一体の像。
「どうされましたか?」
蒼石の言葉に俺は彼の目を見る。
何かを隠している様子ではない。
罠ではなさそうだ。
「微かだが血のにおいがする」
俺の言葉に男が眉をひそめ、蒼石は少し驚いた顔をした。
「本当に不思議なお方です。
涙ほどの量の血に気づかれるなんて」
それから中央の像の右目を指さした。
「血!?」
青年が驚きの声を上げる。
何とも奇異な現象だ。
像が涙を、それも血の涙を流すなど。
「年に一度、月の美しい秋頃になると、この夜叉像は傷ついた右目から血の涙を流すのです。
それが遊花区に居を構えている「鈴蘭一座」が旅から帰ってくる日に一致しているので、陣社の氏子たちが……」
それで俺達を襲ったときに遊花区と言っていたのかと納得する。
「曾祖父の代からこの怪は続いています。
彼は鈴蘭一座の阿修羅像に関連しているのではないかと考えていたようです」
一瞬だった。
男のあの張り付けたような笑みが消えた。
見開かれた蒼い眼。
ドクンと脈が跳ね上がっただろう。
喉仏が上下したのが見えた。
かなり動揺しているようだ。
彼がこれほど動揺した姿など初めて見る。
だから俺は、見ていないふりをするーー今だけは。
「阿修羅はこの国でも戦いの神なのか」
蒼石に問えば彼は頷いた。
「夜叉像の流す涙は、阿修羅像が呼ぶ災厄の警告ではないかと、
曾祖父も祖父も考えていたようです」
氏子のひとりが祭事の時間だと呼びに来た。
「貴方がたがこの時期に来られたことに、
理由があると私は思っています。
どうかお連れの方とお会いになるまで、ここでゆっくりおやすみください」
彼は静かに結界から出て行った。
「何か言いたそうだな」
いつの間にか落ち着いたらしい青年の視線に、俺は問う。
「この像、警告とかで泣いてるのかなぁ。
なんかもっと別の理由があるような気がするんだけど」
いつも通りの張り付けた笑み。
それを見ていると安心と不安が交じる。
「またいつもの"勘"、か」
そう呟けば、
「そうだねぇ」
くすりと笑顔が返ってきた。
阿修羅ーーおそらくそれが、彼が逃げる人の名前なのだろう。日本でも戦いの神と謳われたその名に、どこか不思議な懐かしさを覚えた。
