ツァラストラ国
名前変換
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「もう少しまともな移動を頼みたい」
サクラちゃんを抱いたまま空中に投げ出されたと言うのにうまくバランスを取って着地した黒様がぽつりと呟くも、モコナは完全無視。
若干の危険はいつものことで、とりあえず今回も無事に世界を移動できたようだ。
黒様は諦めているのか、それ以上何もいわず、サクラちゃんをそっと抱え直した。
「めきょ!
モコナ、羽根の波動感じる!」
そしていきなり引き当てたらしい。
さて、今度はどんな世界だろう。
辺りを見回せばごつごつとした岩が目につく。
「今度こそ、必ず羽根を手に入れて……」
「おい!」
黒様の焦った声に振り返ると、今度は小狼君が倒れていて、それをサクラちゃんをかかえた黒りんが片手で受け止めていて、慌てて駆け寄り地面に横たわらせる。
「疲れが出たんだろう」
額に手を当て、熱がないのを確認すると、静かにそう呟いて髪を撫でた。
茶色の髪を滑る手は、労わる心が現れているようにゆっくりで優しい。
そんな彼女の腕の中で、サクラちゃんは居心地が悪かったからか目を覚ました。
そして地面に横たわる小狼君をみて驚いて声を上げた。
「小狼くん!!」
黒様の腕から出て頬に触れる様子はとても心配気だ。
「疲れが出ただけだろう。
とりあえず運ぼう。
近くに村があるかも知れない。
歩けるか」
「大丈夫です」
今度はひょいっと小狼君を担ぎあげ、歩きだす。
確かに辺りは、今こそ何も生えてはいないが、畑の名残に見えた。
その後ろをサクラちゃんがとことこ追いかける。
「ファイ?」
モコナがオレの肩の上で問いかけた。
「なんでもないよ、オレ達も行こうか」
誰かが倒れれば、心配になる。
誰かが微笑めば、嬉しくなる。
そんな関係はある人達にとっては当たり前だろうが、その温もりがオレを疼かせる。
「ファイ、本当に大丈夫?」
モコナの声に、前を歩いていた3人も振り返る。
といっても、小狼君は黒ぴっぴの肩で気を失っているけれど。
「ファイさんもどこか具合悪いんですか?」
不安げに見上げてくるサクラちゃんに、オレは慌てて笑顔を向ける。
じくりと、胸が痛んだ。
「大丈夫だよ、ただ、どのくらい歩けばお家が見えてくるかなぁと思ってー」
そう言えば、サクラちゃんはよかった、と呟いた。
それから、二人がオレの左右に並ぶ。
「おい、調子悪いなら早めに言え」
仏頂面の黒むーがなんだかおかしくて、
でも、胸が締め付けられるようで、オレははーい、と間延びした返事をして空を見上げた。
もう言葉が通じる。
細かいことまで伝えやすいのは確かに便利だ。
だが、紗羅ノ国ではそのニュアンスが伝わりにくかったから、彼女はおれの名前を呼んだ。
言葉が通じてしまうから、きっともう彼女は俺の名前を呼ばないのだろう。
おい、とか、おまえ、とか、そんなふうに呼ぶに決まっている。
馬鹿みたいに出かけた溜め息を飲み込む。
乾いた空が、果てしなく広がっている。
オレの心のようだった。
目が覚めるとサクラ姫が不安げに覗き込んでいて、でもおれが目を開けたのをみて嬉しそうに笑った。
「小狼!」
モコナも嬉しそうに声を上げる。
「小狼君、倒れちゃったんだよ。
ここのところずっと頑張っていたから、身体の方が先に音をあげちゃったね」
「黒鋼さんがここまで運んでくれたの」
自分よりもずっとハードに動いているのに、更に世話をかけた黒鋼さんを見れば、相変わらず壁にもたれて目を閉じている。
でも眠っているわけではないことはもうよく知っていた。
「すみませんでした、黒鋼さん」
「謝るなら倒れるな」
予想通りの返答。
これが黒鋼さんの優しさなんだと、思わず顔が緩む。
「目が覚めたか?」
部屋の奥から現れたのは、老人と言っても差し支えないように見えるものの、凛とした貫禄のある女性だった。
「この人はこの村の長老さんだよ。
小狼君を抱えて歩いていたら、声をかけてくれたんだ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
ファイさんの紹介におれは頭を下げた。
「お主ら、不思議な伝説や事件を尋ねて旅をしているそうじゃな。
ついて来なされ」
黒鋼さんが立ち上がり、おれの体を支えようとしてくれる。
でも、どうやらおれもすっかり体力が回復したようだ。
「大丈夫です」
おれの言葉に黒鋼さんは手をひっこめ、そして仄かに目元を緩ませた。
そんな微かな表情の変化が嬉しい。
家から出ると、茜色に染まる空を背景に、長い階段と、その先に神殿のようなものが見えた。
「あの神殿にはわしらが崇拝する神がまつられておる。
かつては丘の上にあったものだが、半年前のある夜のこと、とつぜんあの階段だけを残して斜面が崩れてしまった。
そして神が言葉を発したのじゃ。
最初にあの神殿に足を踏み入れたものの願を1つだけ、叶えてやると。
村の男達は先を争うように神殿に向かったが、ほとんどの者たちは漆黒の兵隊たちによって命を奪われてしまった。
今になっては誰も近づかぬが、お主たちも死にたくなくば近づいてはならんぞ」
「漆黒の兵隊?」
「見たこともない姿をした者達だ。
あのあたりに居している様子はないのに何処からともなく現れる。
とてもじゃないが我々では歯が立たん。
探りを入れようとした者も悉く命を奪われた。
……あれが本当に神を守護する者だとは思い難い」
随分と怪しい話だ。
ちらりと黒鋼さんとファイさんを振り返ると、2人も同意見らしい。
「神様とはもともと対話される事があったのですか」
「言い伝えによれば100年に1度の祭りの日、最初に神殿にたどり着いた者の願いを叶えてくれたそうだ。
前の祭りからおそらく百年が過ぎたということなのだろうが以前あんな丘がくずれたなどと言う話は記録にない」
長老は暗い顔をした。
「力が及ばず確証は持てぬが、我らの神聖なる神殿に、何者かが悪事を働いているように思えてならん」
(ひとつだけ、願いが叶う、か)
月を背に黒々とした姿を見せる神殿。
日本に帰ることを望めば、本当に帰れるのだろうか。
知世のもとに、再び。
「黒りん。
どうしたの、何か考え事?」
驚かせようとしたのか、気配を消していたようだが、俺はわかっていたから特に驚かない。
ちらりと目を向ければ、相変わらず白く美しい男で、蒼い目が月光によく映える。
「黒様は、もし願いがかなうなら、一人でもといた世界に戻っちゃう?」
無邪気に聞こえて、それでいて探りを入れるような問いかけ。
「そういうお前はどうなんだ。
追いかけてくる奴らの絶対に来ない世界に行く、絶好のチャンスだろう」
そう返せば、彼は黙り込んでしまった。
馬鹿な男だ。
彼の迷いを、俺が見透かせないと思ったか。
迷っているからこそ、探りを入れたのだろうに。
互いに、変わったと思う。
出会ったあの日であれば、この夜の闇にまぎれて知世の元へと帰ったかもしれない。
それはきっと、彼も同じ。
「多分無理だよ、そんなこと。
あの人は……わかるから」
悲しそうなのに懐かしそうなその表情、縋るような声色ーー何かを思い出せそうで思い出せない。
胸が締め付けられるようなこの感覚を、遠い昔に感じた気がする。
月に煌めく美しい青い瞳が、諏訪の湖のようで懐かしいからだろうか。
変わった俺達に対して、変わらない者もいる。
木陰に視線を送る。
「行くんだろう、神殿へ」
気づかれていないとでも思ったのか、少年は少し驚いた顔をして、月光の下へと出てきた。
「おそらくあの中に羽根があると思います」
そう言う少年に男は笑いかける。
「本当に羽根のためだけ?」
また少し驚いた顔をして、小僧は照れたように笑う。
やはり変わった。
男も、小僧も。
「寝ろ。
途中で倒れたらおいていくぞ」
俺の言葉に少年は困ったように笑って、おやすみなさい、と呟いて家に入って行った。
金の月が沈み、銀の月が高く昇り始めた。
「黒むー、やっさしー」
夜だからか、どこか控えめな青年の声。
「言ってろ」
銀色の月のもとでも、やはり彼は美しかった。
