偶像の国
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どのくらい歩いたのだろう。
うっそうと茂る森は暑くて、でも見たこともないような大きな木や花は、見ているだけでなんだか楽しい。
急ぎながらも小狼君も辺りを観察しているようだし、黒鋼さんもそんな私たちを咎めない。
「この国のものなのかな、その魔物」
私の質問に、小狼君は難しそうな顔をする。
「わかりません。
もともとこの国にいたものかもしれませんし、
別の世界から来たのかも……」
風の流れが変わった。
そう思った時だった。
ゴッ
ズゥゥゥゥン
大きなもの音に気づくのと小狼君に抱えられたのとどちらが早かっただろう。
目を開ければやっぱり小狼君の顔があって、その視線の先には刀を抜いた黒鋼さんと、黒鋼さんの身長くらいの直径の丸太が転がっていた。
「見えたか?」
黒鋼さんが小狼君に確認する。
「いえ、何も」
また風の流れが変わった。
そう思った時には目の前に木の枝が迫っていて思わず目を閉じた。
「姫、こちらへ」
小狼君に誘導されるまま、木の陰に隠れる。
足手まといにならないように頑張ろうと決めたのに、やっぱり私は助けてもらうことしかできない。
黒鋼さんもマントを翻して木の裏に隠れた。
ガッ
ゴンッ
隠れている木に飛んできた石や木の枝が当たる音がする。
「こっちにあるのは剣だけだ。
近寄るしかない」
木の陰から出る黒鋼さん。
飛んでくる石を剣で弾き飛ばす。
「お前たちも、来るのか?」
本当に大きな背中だと思う。
私と小狼君は頷きあって、木の陰から外に出る。
風が強くて飛ばされそうだ。
そんな風に負けないように、声を合わせて背中に叫ぶ。
「はい!」
振り返らない。
返事もしない。
ただ一歩を踏み出す黒鋼さんは、マントをたなびかせ、木や石を薙ぎ払う。
優しい背中から小狼君に目を移すと、パチリと目があった。
穏やかに微笑んで頷いてくれる。
私は私にできることを頑張ろう。
きっと何か、役に立てることもあるはずだと信じてーー
進めば進むほど風が強くなる。
「きゃっ!」
聞こえた小さな悲鳴に振り返れば、
姫が飛ばされそうになるのを小僧が引き留め、何とか抱きよせていた。
中心に近づくほど風が強くなるようだ。
「小狼やるー」
俺の襟元でそう両手をあげて喜ぶ白饅頭は馬鹿だ。
吹き飛ばされるだろうに。
案の定。
「きゃー」
徐々に遠ざかる悲鳴に手を伸ばし、ふにっとした感触をつかむ。
引き寄せて襟元にもう一度しまった。
ちうっと頬に口づけをする白饅頭。
「わーん、ありがとー」
「やめろ」
のんきな奴だ。
「モコナ!羽根の気配は?」
「感じる!」
風がまた強くなる。
「魔術の類でしょうか?」
「あいつがいればわかったかもしれないが」
ここにはいない。
いつもへらへらとしているあいつがいないという事実を改めて感じる。
だがそんな事を感じている場合ではないのだ。
俺達だけで解決しなければならないこの状況を、もう一度よく観察するべきだ。
「あそこだけ木が揺れてない?」
白饅頭の呟きに目を凝らせば、確かに一か所、木の葉の揺れていない場所がある。
「罠……か?」
俺の呟きに少年が眉をしかめた。
「でも羽根の力、もっと強くなっている!」
白饅頭の言葉に、罠であろうと進むしかないことを知る。
しかし風が強い。
「風、ずっと同じじゃないみたい!」
姫の声が風音の間に聞こえた。
「強くなったり弱くなったりしてる!」
「だったら風の弱い時なら届くかも!」
小僧が剣の柄に紐を結び、風が弱いときを狙って木の間にひっかけるように投げる。
うまく引っかかったようで、その紐を手繰り寄せながら前に進んでいる。
俺もホルスターから鉤縄を取り出し、同じ要領で風が弱いときに投げて前方の木に絡ませ、前進する。
あいつがいなくても解決する。
俺達には……否、
彼等にはその力があるあると信じてーー
しばらく進むと何とか風の無い地点に到達することができた。
辺りを見回しても羽根らしいものも魔物らしい姿も見えないし、羽根の気配もないらしい。
「魔物さん、どこかにお出かけ中なのかな?」
「ひょっとして!」
小僧が何か閃いた。
「魔物って竜巻のことかもしれません。
今、竜巻の中心にいるとしたら、辻褄が合います。
でも……それなら羽根はどこに?」
それに加えて。
「イケニエをささげろと、竜巻が言ったのか……?」
小僧がしばらく考えて、それからうなだれる。
あり得ない話だろう。
「……聞こえる」
黙って話を聞いていたと思った少女がふらりと歩きだす。
「……泣いてる」
ふらっと、どこか導かれるように。
「なんだ?」
「わかりません。
ですが、神官様は声なき者の声を聞いているとおっしゃっていました」
二人を次元の魔女のもとに飛ばしたという神官。
あいつも言っていたが、世界を移動させられる程大きな力の持ち主がそう分析するならばおそらく間違いはないと見て良いだろう。
声なき者の定義は定かではないが、日本国で言うならば神や精霊と言った類かも知れない。
姫の体が風に乗るようにふわりと浮かんだ。
「姫!!」
少年の心配をよそに、少女は何かと会話をしているようだ。
「何か大きな力のせいで動けないのね。
わかったわ、その力を探すわ。
だから安心して、風を少し弱められる?」
彼女の声は優しい。
温かい。
柔らかい。
陽だまりみたいだ。
知世とどこか似た力を持っているのは、力のない俺でもなんとなく感じる。
特別な、強い力ーーこの力はなぜ彼女に宿ったのだろう。
そしてなぜ彼女の記憶が様々な世界に飛び散ったのだろう。
もし彼女の力を恣にしたい者がいるならば彼女を捕らえたはずだ。
だがなぜ敢えて記憶を散らばらせたのだろうか。
まるで異世界を旅させようとするのが目的なように。
ー世の中にあるのは必然だけよ。
貴方達が出会ったのも、また必然ー
魔女の言葉が蘇る。
この旅こそが必然であるのだとすれば、また俺達が集まったのも必然ーーつまり集められたのも同然なのだとしたら。
「ありがとう」
地面に降りてお礼を言う姫の穏やかな微笑み。
彼女を同じく穏やかに見つめる小僧。
この2人の身も心も力も恣にすることは、誰であろうと俺が許さない。
もう大切なものを失わないと誓ったのだ。
「あの小さい人たちにもう一度事情をよく聞いてから出直した方がいいかもしれません」
少年の助言に一つ頷く。
羽根がここにないのに力が強まったり弱まったりするのも気にかかる。
俺達は来た道を戻る。
「帰りはびゅんびゅんじゃなくてよかったね」
「竜巻さんが緩めてくれたから」
モコナと穏やかに会話する少女。
もちろん竜巻のおかげでもあるだろう。
でもなにより、姫の優しい力のお陰だ。
不意に聞こえた太鼓の音。
目を凝らせば、煙が上がっているのが見え、
俺は刀に手をかけて駆け出す。
「黒鋼さん!?」
後ろから追ってくる小僧と姫。
彼らよりもまず先に確認しなければ。
人の肉の焦げる匂いはまだしない。
血の匂いもしない。
だから、まだ、殺されていないはずだ。
どこか違和感のあるあの小さい人の集団。
俺は刀を鯉口を切る。
やはりあいつを、置いておくんじゃなかった。
黒鋼さんが走り出して、おれ達もあわてて後を追いかける。
「煙だ!」
煙が見えて黒鋼さんが駆け出した理由が分かった。
ドンドコドンドコという、太鼓の音も聞こえてくる。
まさかおれ達の帰りが待ちきれなくてファイさんがイケニエにされてしまったのだろうか。
どきりと心臓が音を立てる。
不安に居ても立ってもいられず、足は自然と早まった。
黒鋼さんに続いて林から飛び出せば、その明るさに目が眩む。
細く目を開けると、固まった黒鋼さんが見えた。
辺りを見まわしてその謎が解ける。
「ファイさん!」
小さい人たちと火を囲んで、太鼓を鳴らしながら踊っている姿に力が抜けた。
それはここにおれが連れてこられた時に似ていると思った。
あの時も黒鋼さんが俺を心配して駆け込んできて、おれの姿を見て固まっていた。
「お帰りー
お祝いの踊り、みんなも踊る?」
ヘラリとした言葉に、黒鋼さんがため息をついた。
あの時は知らなかった。
煙を見た時の不安な気持ちも、何もない事を信じたい気持ちも、逸る気持ちも。
そんな切迫した気持ちに気付きもしないで、おれは、大丈夫だったかと愚かにも尋ねたのだ。
今になって自分に向けられた深さに気づき、背中がむず痒くなった。
「どうしてお祝いなんですか?」
姫の問いかけにファイさんはポケットからそっと何かを取り出した。
「ほら」
その手にあったのは、なんと姫の羽根。
「この子たちが持ってたんだよ」
「え!ここにあったんですか!」
黒鋼さんをちらりと見るが何も言わない。
何かを考えているように羽根をーー否、ファイさんを見ている。
その視線からは何も読み取れなかった。
読み取れないように、黒鋼さんは何かを隠している。
おれ達に気付かれないように、何かを。
小狼君の言葉が予想通りで、オレはほっとした。
どうやら竜巻の発生が、小さい人たちの中で、
伝言ゲームの要領でいつの間にか事実が変わってしまっていたらしい。
「竜巻だ」
「イケニエをささげたらおとなしくなるかも」
「イケニエをささげたら悪さをしないと魔物が言った」
と言うように。
ずいぶん傍迷惑な変貌を遂げたものだ。
「はい、小狼君」
いつものように小狼君に羽根を渡せば、その羽根を彼はサクラちゃんに返す。
この時のほっとした顔を見るのが好きだ。
すぅっと目を閉じて、軽い音を立てて小狼君の方に倒れるサクラちゃん。
本当に、小狼君は頼りにされてるし、信頼されてる。
それに比べてオレ達はどうだろう。
ふと視線を感じて目を上げれば、無表情の黒たんが視線を逸らすのが見えた。
勘違いでなければ、彼女はオレを見ていた。
さっきこの広場に帰ってきた黒たんは、一瞬だけだけれどすごく焦っていた。
この国に来て、小狼くんを探してこの広場に来た時と同じだ。
やはり彼女は心配性だ。
そしてその先に間違いなくオレがいるーー疼きを伴うむず痒さは、まるで喉の渇きのようでさえある。
突然風の音が近づいてきて慌てて顔を覆った。
「きゃーっ」
突風に小さい人たちは必死で木やら黒ぷーやらオレにしがみつく。
それでも軽い黒ぴっぴは飛ばされちゃいそうだ。
マントが煽られ、赤い目を細めてどうしよか考えている。
こんな時でも彼女のそんな些細な仕草に目を奪われる。
オレは黒様の腰に手をまわして抱き寄せた。
「こうすれば飛ばないでしょ?」
オレは知ってる。
黒ぴっぴは見た目よりもずっと柔らかくて抱き心地がいい。
「馬鹿か」
呆れたような呟きと、見上げてくる赤い瞳。
でもその目はどこかほっとして、胸は奥が温まると同時にじくりと痛む。
オレからズレた視線を追って空を見上げれば、色とりどりの花が降ってきた。
まるで竜巻が運んできてくれたようだ。
真っ赤な花が丁度落ちてきたので手にとって、彼女の束ねている髪に挿す。
黒と赤のコントラストが美しい。
「お礼かもしれないね」
オレの言葉に、黒ぷーはサクラちゃん達の方を見る。
ふわりと束ねた髪が俺の胸に触れて、髪に差した花の香りだろうか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
視線の先にはサクラちゃんに花を挿す小狼君がいた。
男が考える事なんて所詮同じなのかも知れないと思うと、深い意味もなく花を挿した自分の愚かしさが、僅かながらに救われる気がした。
