桜都国
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ー過去ー
ひとりだけ、部下を持ったことがある。
まだ忍になってすぐの少年だった。
年は2つ上だった。
だが俺はすでに3年働いていた。
父につけられた剣の腕のおかげで、当時既に日本国内ではそれなりに腕の立つ忍だった。
「俺には部下なんていらない」
任が下されてすぐ、俺は上官である蘇摩にかみついた。
「俺はまだまだ強くなりたい。
なのに弱い奴の面倒なんて見ていられない」
そう言えば蘇摩はいつものように困った顔をして笑った。
「月読様のご命令ですよ」
誰かが近づいてくる。
「いくら月読がそう言っても、嫌なものは嫌だ」
その気配が彼女のものであることはすぐに分かった。
だから、わざとはっきり大きな声でそう言ったのだ。
「咲」
後ろで小さな笑い声がする。
振り返ればそこには月読ー知世がいた。
「なんだ、知世」
彼女が俺を本当の名前で呼ぶときは、いつも大切な時だった。
そんなときは俺も、彼女を本当の名前で呼ぶ。
「あなたは弱い」
わかっている、わかっているからこそ、俺はカチンときた。
「だから、まだ部下なんか」
「部下を持つと、人は強くもなれるのですよ」
彼女の言葉の意味がよくわからず、俺は顔を顰めた。
「ねぇ、蘇摩?」
隣にいた蘇摩に知世が同意を求め、彼女も微笑んで頷いた。
「こんな手のかかる部下がいれば、嫌でも力量が上がります」
「そ……蘇摩!!」
「兎に角、一度会ってみなさいな。
部下の命を背負って、忍はまた強くなるのですよ」
「断る」
「あっここにいた、蘇摩!」
また上司を呼び捨てにする部下が増えましたね。
知世はそう言ってくすくす笑っていた。
蘇摩はため息をつき、かけてきた少年と言うには少し大人びた、でも青年と呼ぶにはまだ少し幼い彼を紹介した。
「黒鋼、この子があなたの部下です」
「だから俺は」
「お前が黒鋼?」
蘇摩に食いつこうとした俺の言葉を遮るように彼が口を開いた。
無遠慮な視線が投げかけられる。
その視線はいかにも何か言いたげなーー
「チビだな!」
自分でも顔が険しくなったのを感じた。
「こいつが俺の上官?」
無邪気なだけ性質が悪い。
歳は俺よりも上のはずなのに、口など尖らせて子どものようなやつだと思った。
「こら、龍王」
蘇摩が慌てたように少年を嗜める。
「黒鋼は確かにあなたより若いですが」
「蘇摩」
俺のことを話してくれるのだろうが、その腕をつかんでやめさせた。
「おい龍王」
声をかければ、口をさらに尖らせて、なんだよ、と言った。
「来い。
俺を跪かせたら、お前の勝ちだ。
月読に頼んで上司を外してもらおう」
龍王はへっと笑った。
「望むところだ!」
鍛錬場に向かって二人は歩きだす。
長い黒髪に、大きな犬がじゃれつくように見える後ろ姿に蘇摩は我に返る。
「黒鋼!そんな」
「いいではないですか、蘇摩」
月読は静かに私を止めた。
「龍王も、一度痛い目に逢わなければ。
いつか今日の日の学びが彼の身を救うでしょう。
そしてきっと彼との出会いが、あの子たちの未来をも救うーー」
確かにこの時コテンパンにされた龍王は、これ以降見た目だけで人を判断することはなくなり、彼の身を守ることにつながった。
意味深げに微笑む月読に、蘇摩は思わず深い溜息をついた。
月読の方がずいぶん年下ではあるが、彼女の思慮深さは計り知れない。
きっとこれも全て必然、意味があってのことなのだろう。
「月読様がそうおっしゃるならば、間違い無いでしょう」
「……ありがとう、蘇藦。
あなたも苦労が絶えませんね」
月読のねぎらいの言葉に、苦笑を浮かべる。
「仕方のない部下です」
どうしようもない部下である黒鋼は、やんちゃ盛りの弟のようで、でも目を離していてはすぐに怪我をするお転婆な妹のようで。
「本当に、仕方のない子」
蘇藦は愛おしげに目を細めた。
捨てられた子犬のようだった彼女は、やはり子犬のようなままだけれど、随分変わった。
「ありがとうございます、蘇摩。
あなたがいてくださるから、
あの子は、思い切り暴れられるのですわ」
「それは月読様もですよ」
帰る家があるーーその事実が黒鋼にとってかけがえのないことだった。
「甘い」
「どわぁっ!」
派手な音を立てて龍王が転んだ。
「家に代々伝わる剣ならば、もっとうまく使え」
「くっそぉ!もう一回だ!」
龍王はどんどん強くなった。
そして体も成長した。
初めて出会ったころからチビ呼ばわりされていたが、今や誰もがそう言われても納得してしまうほどの身長差だ。
だから、それ以上に、俺は強くなることを求められた。
体格差があっても彼を統制できるだけ、俺は常に強くあった。
月読の言った通り、俺は部下を持ってそれまで以上に強くなり、他国に龍の刀を持つ忍と知られる程になった。
「黒鋼!龍王!
任務ですよ」
練習場の入口で蘇摩が呼ぶ。
俺と龍王は駆け寄り片膝をついて頭を垂れた。
任務は街にもぐりこんでいるらしい敵国の密偵の後をつけ、国内に作った彼らの基地を見つけることだった。
彼らは命を道具のように扱う。
だからこそ厄介であり、天照は許せないようだった。
「分かった!必ず突き止める!」
上司である俺が答える前に龍王が答えたので睨みつける。
その視線に気づき、勝手なことをしたと理解し、たじろいだようだ。
「でもそうだろ?」
彼も敵のやり方が許せないと熱く語っていた事を思い出す。
握りしめられた拳に一瞬目を向けてから、俺は龍王から蘇摩に視線を移した。
「1人で行かせて欲しい」
「馬鹿言うな!
俺もいく!」
「何故ですか黒鋼」
「気持ちを抑えられないならば連れて行けない」
はっきりと言い放つと、蘇摩は溜息をついてから苦笑した。
「黒鋼の言う通りですね。
でも貴方1人というのは心配です。
どうしたものか……」
「頼む、行かせてくれ!」
龍王が頭を下げた。
「頼まれて決めるものでもなければ、お前の気持ちが判断材料でもない。
任務だ、失敗は許されない」
「お前だろ!
気持ちが人を強くすると俺に言ったのは!
従兄弟の兄ちゃんがあいつらに殺られた。
知ってんだろ!」
龍王は吠えた。
「知っている。
お前がよく懐いていた男だった。
だからお前は冷静に敵の背後を取ることはできないだろう」
龍王はぎりりと歯を食いしばる。
「正面からでもぶった斬ってやる自信はあるさ!!」
憎悪の滾る瞳は、確かに制御できればとてつもない強さを秘めるもの。
彼は上司の俺の声が届かない程感情に支配されることはないーー決意が固いならば連れて行っても良いだろう。
「分かった。
俺の指示に必ず従え。
それから感情に支配されるな。
いいな」
「了解!」
俺は蘇摩を見上げた。
彼女はそれでいい、とひとつ頷き、俺を安心させた。
「龍王!!!」
何度目だろうか、彼の名を呼ぶのは。
こんなに必死に彼を呼ぶのに返事が返ってこない。
俺は腕に走った痛みに眉をひそめた。
「お仲間相手じゃ手も出せないか。
日本国の忍はこの程度か」
その後ろで龍王を操るのは敵国の忍だ。
ドジを踏んだのは龍王だった。
簡単な罠に引っ掛かった。
その罠自体は簡単だが、引っかかると術が施される仕組みになっており、この様だ。
完全に、身体を乗っ取られている。
しかも敵に見つかった際にさらに強力に術をかけられた。
「目を覚ませ、龍王!!」
俺はこうなるまで、気付けなかった。
自分は彼を統制し、守ることができると信じていたのだ。
ー部下の命を背負って、忍はまた強くなるのですよー
知世の声が蘇る。
出会って3年の月日が過ぎていた。
初めはあれほど部下を持つのが嫌だったのに、今や龍王は俺の大切なーー
龍王が振り上げた刀が、予想外の軌道を描く。
その行く先に、俺は目を見開いた。
「へっ……馬鹿が……俺がこんなところで……」
パックリ開いた腿。
それは龍王が自分で切りつけた傷だった。
「痛みで自我を取り戻したか。
だが、無駄だ。
自我を取り戻したところで、体は私のものだ」
彼の体は、傷をものともせず、俺に襲いかかる。
「黒鋼……俺を殺せ」
荒い息の下、ギリリと互いの剣がまじりあう時、彼はそう言った。
俺は首を振って、彼の刀を薙ぎ払う。
「ほう。
これだけの体格差がありながら。
お前の方がそいつより使えそうだな」
敵がそう驚いたように声をあげた。
「ふざけんな!
お前にだけはこいつは渡さねぇ!」
カチンと来たのか反論する龍王の足を祓い、その場で倒す。
彼に馬乗りになり、額についた文様を、腕から滴る血で、消そうとした。
しかしその瞬間だった。
俺は激痛に目を見開く。
腹に、龍王の持つクナイが深々と刺さっていた。
「く……黒鋼っ……!!」
龍王の泣きそうな声。
血なまぐさいものがせりあがってきて、彼の腹に血を吐いた。
「情けない声を、出すな!」
一喝して、震える手を彼の額に伸ばす。
「これ以上、お前だけは傷つけたくない……。
頼む、俺を殺して逃げてくれ」
絞り出すような呻き声に、俺は首を横に振った。
意識が朦朧としていた。
だが彼を殺して、自分だけ生きながらえるなんて選択肢は、俺の中に存在しなかった。
次の瞬間、強い力で龍王に蹴られる。
俺はあっけなく吹き飛ばされ、地面に転がる。
傷がどくどくと痛み、そのせいか頭がくらくらする。
それでも体勢を立て直さねばと頭を振る。
「未熟な忍の屍の上に、強い忍が立つ。
それが私たちの世界だ。
愚かな子どもよ!!」
「愚かなのは……どっちだよオッサン」
その声のした方向、同時に呻き声の聞こえる方向をみれば、龍王と敵国の忍が差し違えていた。
俺は目を見開く。
俺を蹴り飛ばしたのは、操られていたからではなかったのだ。
「私は死なない……お前の命をくらってやる!!」
初めて見る術だから分からない。
ただ、その忍が、龍王の命をくらおうとしているのは分かった。
そんなことさせたくない。
龍王の胸を貫いた刀が光る。
その光の中で、龍王が俺を見た。
静かな静かな、瞳だった。
「黒鋼、頼む」
俺は銀龍を握った。
一息で斬らねば、龍王は苦しむ。
彼との思い出が駆け巡った。
初めての任務。
何度もした鍛錬では、一度も負けなかった。
どんどん伸びていく身長。
(ーーだから、迷ってはならない)
いつの間にか強くなって、頼もしくなっていく背中。
ともに桜の木の枝で食べた飯。
まだ女だと知られていなかったころ、
風呂にうっかり入って大騒ぎになったこともあった。
(ーー迷っては)
一緒に昼寝をした陽だまり。
鍛錬が乗じて練習場を壊し、書かされた始末書。
任務帰りに見た、中秋の名月。
(ーー迷っては)
ー新しい技がもうすぐ完成するんだってな!
俺も、早く新しい技、使えるうようになりてぇー
憧れるように銀龍を見る瞳。
ー俺は、世界一強くなるんだ!ー
そして、まぶしい無邪気な笑顔は言った。
ーその新技に、俺の名前をつけるなんてどうだ?
強そうだろう?な、黒鋼?ー
くしゃりと俺の頭を撫でた手は、蘇摩とも知世とも違って、大きくて温かくて優しかった。
(俺が……俺が、お前の分も強くなる。
大切なものを、何一つ奪われない強さを。
後悔しないで済む、強さをーー)
「破魔・龍王陣!!!」
(龍王、
望んだとおり、
お前の名前の技、だ)
ひとりだけ、部下を持ったことがある。
まだ忍になってすぐの少年だった。
年は2つ上だった。
だが俺はすでに3年働いていた。
父につけられた剣の腕のおかげで、当時既に日本国内ではそれなりに腕の立つ忍だった。
「俺には部下なんていらない」
任が下されてすぐ、俺は上官である蘇摩にかみついた。
「俺はまだまだ強くなりたい。
なのに弱い奴の面倒なんて見ていられない」
そう言えば蘇摩はいつものように困った顔をして笑った。
「月読様のご命令ですよ」
誰かが近づいてくる。
「いくら月読がそう言っても、嫌なものは嫌だ」
その気配が彼女のものであることはすぐに分かった。
だから、わざとはっきり大きな声でそう言ったのだ。
「咲」
後ろで小さな笑い声がする。
振り返ればそこには月読ー知世がいた。
「なんだ、知世」
彼女が俺を本当の名前で呼ぶときは、いつも大切な時だった。
そんなときは俺も、彼女を本当の名前で呼ぶ。
「あなたは弱い」
わかっている、わかっているからこそ、俺はカチンときた。
「だから、まだ部下なんか」
「部下を持つと、人は強くもなれるのですよ」
彼女の言葉の意味がよくわからず、俺は顔を顰めた。
「ねぇ、蘇摩?」
隣にいた蘇摩に知世が同意を求め、彼女も微笑んで頷いた。
「こんな手のかかる部下がいれば、嫌でも力量が上がります」
「そ……蘇摩!!」
「兎に角、一度会ってみなさいな。
部下の命を背負って、忍はまた強くなるのですよ」
「断る」
「あっここにいた、蘇摩!」
また上司を呼び捨てにする部下が増えましたね。
知世はそう言ってくすくす笑っていた。
蘇摩はため息をつき、かけてきた少年と言うには少し大人びた、でも青年と呼ぶにはまだ少し幼い彼を紹介した。
「黒鋼、この子があなたの部下です」
「だから俺は」
「お前が黒鋼?」
蘇摩に食いつこうとした俺の言葉を遮るように彼が口を開いた。
無遠慮な視線が投げかけられる。
その視線はいかにも何か言いたげなーー
「チビだな!」
自分でも顔が険しくなったのを感じた。
「こいつが俺の上官?」
無邪気なだけ性質が悪い。
歳は俺よりも上のはずなのに、口など尖らせて子どものようなやつだと思った。
「こら、龍王」
蘇摩が慌てたように少年を嗜める。
「黒鋼は確かにあなたより若いですが」
「蘇摩」
俺のことを話してくれるのだろうが、その腕をつかんでやめさせた。
「おい龍王」
声をかければ、口をさらに尖らせて、なんだよ、と言った。
「来い。
俺を跪かせたら、お前の勝ちだ。
月読に頼んで上司を外してもらおう」
龍王はへっと笑った。
「望むところだ!」
鍛錬場に向かって二人は歩きだす。
長い黒髪に、大きな犬がじゃれつくように見える後ろ姿に蘇摩は我に返る。
「黒鋼!そんな」
「いいではないですか、蘇摩」
月読は静かに私を止めた。
「龍王も、一度痛い目に逢わなければ。
いつか今日の日の学びが彼の身を救うでしょう。
そしてきっと彼との出会いが、あの子たちの未来をも救うーー」
確かにこの時コテンパンにされた龍王は、これ以降見た目だけで人を判断することはなくなり、彼の身を守ることにつながった。
意味深げに微笑む月読に、蘇摩は思わず深い溜息をついた。
月読の方がずいぶん年下ではあるが、彼女の思慮深さは計り知れない。
きっとこれも全て必然、意味があってのことなのだろう。
「月読様がそうおっしゃるならば、間違い無いでしょう」
「……ありがとう、蘇藦。
あなたも苦労が絶えませんね」
月読のねぎらいの言葉に、苦笑を浮かべる。
「仕方のない部下です」
どうしようもない部下である黒鋼は、やんちゃ盛りの弟のようで、でも目を離していてはすぐに怪我をするお転婆な妹のようで。
「本当に、仕方のない子」
蘇藦は愛おしげに目を細めた。
捨てられた子犬のようだった彼女は、やはり子犬のようなままだけれど、随分変わった。
「ありがとうございます、蘇摩。
あなたがいてくださるから、
あの子は、思い切り暴れられるのですわ」
「それは月読様もですよ」
帰る家があるーーその事実が黒鋼にとってかけがえのないことだった。
「甘い」
「どわぁっ!」
派手な音を立てて龍王が転んだ。
「家に代々伝わる剣ならば、もっとうまく使え」
「くっそぉ!もう一回だ!」
龍王はどんどん強くなった。
そして体も成長した。
初めて出会ったころからチビ呼ばわりされていたが、今や誰もがそう言われても納得してしまうほどの身長差だ。
だから、それ以上に、俺は強くなることを求められた。
体格差があっても彼を統制できるだけ、俺は常に強くあった。
月読の言った通り、俺は部下を持ってそれまで以上に強くなり、他国に龍の刀を持つ忍と知られる程になった。
「黒鋼!龍王!
任務ですよ」
練習場の入口で蘇摩が呼ぶ。
俺と龍王は駆け寄り片膝をついて頭を垂れた。
任務は街にもぐりこんでいるらしい敵国の密偵の後をつけ、国内に作った彼らの基地を見つけることだった。
彼らは命を道具のように扱う。
だからこそ厄介であり、天照は許せないようだった。
「分かった!必ず突き止める!」
上司である俺が答える前に龍王が答えたので睨みつける。
その視線に気づき、勝手なことをしたと理解し、たじろいだようだ。
「でもそうだろ?」
彼も敵のやり方が許せないと熱く語っていた事を思い出す。
握りしめられた拳に一瞬目を向けてから、俺は龍王から蘇摩に視線を移した。
「1人で行かせて欲しい」
「馬鹿言うな!
俺もいく!」
「何故ですか黒鋼」
「気持ちを抑えられないならば連れて行けない」
はっきりと言い放つと、蘇摩は溜息をついてから苦笑した。
「黒鋼の言う通りですね。
でも貴方1人というのは心配です。
どうしたものか……」
「頼む、行かせてくれ!」
龍王が頭を下げた。
「頼まれて決めるものでもなければ、お前の気持ちが判断材料でもない。
任務だ、失敗は許されない」
「お前だろ!
気持ちが人を強くすると俺に言ったのは!
従兄弟の兄ちゃんがあいつらに殺られた。
知ってんだろ!」
龍王は吠えた。
「知っている。
お前がよく懐いていた男だった。
だからお前は冷静に敵の背後を取ることはできないだろう」
龍王はぎりりと歯を食いしばる。
「正面からでもぶった斬ってやる自信はあるさ!!」
憎悪の滾る瞳は、確かに制御できればとてつもない強さを秘めるもの。
彼は上司の俺の声が届かない程感情に支配されることはないーー決意が固いならば連れて行っても良いだろう。
「分かった。
俺の指示に必ず従え。
それから感情に支配されるな。
いいな」
「了解!」
俺は蘇摩を見上げた。
彼女はそれでいい、とひとつ頷き、俺を安心させた。
「龍王!!!」
何度目だろうか、彼の名を呼ぶのは。
こんなに必死に彼を呼ぶのに返事が返ってこない。
俺は腕に走った痛みに眉をひそめた。
「お仲間相手じゃ手も出せないか。
日本国の忍はこの程度か」
その後ろで龍王を操るのは敵国の忍だ。
ドジを踏んだのは龍王だった。
簡単な罠に引っ掛かった。
その罠自体は簡単だが、引っかかると術が施される仕組みになっており、この様だ。
完全に、身体を乗っ取られている。
しかも敵に見つかった際にさらに強力に術をかけられた。
「目を覚ませ、龍王!!」
俺はこうなるまで、気付けなかった。
自分は彼を統制し、守ることができると信じていたのだ。
ー部下の命を背負って、忍はまた強くなるのですよー
知世の声が蘇る。
出会って3年の月日が過ぎていた。
初めはあれほど部下を持つのが嫌だったのに、今や龍王は俺の大切なーー
龍王が振り上げた刀が、予想外の軌道を描く。
その行く先に、俺は目を見開いた。
「へっ……馬鹿が……俺がこんなところで……」
パックリ開いた腿。
それは龍王が自分で切りつけた傷だった。
「痛みで自我を取り戻したか。
だが、無駄だ。
自我を取り戻したところで、体は私のものだ」
彼の体は、傷をものともせず、俺に襲いかかる。
「黒鋼……俺を殺せ」
荒い息の下、ギリリと互いの剣がまじりあう時、彼はそう言った。
俺は首を振って、彼の刀を薙ぎ払う。
「ほう。
これだけの体格差がありながら。
お前の方がそいつより使えそうだな」
敵がそう驚いたように声をあげた。
「ふざけんな!
お前にだけはこいつは渡さねぇ!」
カチンと来たのか反論する龍王の足を祓い、その場で倒す。
彼に馬乗りになり、額についた文様を、腕から滴る血で、消そうとした。
しかしその瞬間だった。
俺は激痛に目を見開く。
腹に、龍王の持つクナイが深々と刺さっていた。
「く……黒鋼っ……!!」
龍王の泣きそうな声。
血なまぐさいものがせりあがってきて、彼の腹に血を吐いた。
「情けない声を、出すな!」
一喝して、震える手を彼の額に伸ばす。
「これ以上、お前だけは傷つけたくない……。
頼む、俺を殺して逃げてくれ」
絞り出すような呻き声に、俺は首を横に振った。
意識が朦朧としていた。
だが彼を殺して、自分だけ生きながらえるなんて選択肢は、俺の中に存在しなかった。
次の瞬間、強い力で龍王に蹴られる。
俺はあっけなく吹き飛ばされ、地面に転がる。
傷がどくどくと痛み、そのせいか頭がくらくらする。
それでも体勢を立て直さねばと頭を振る。
「未熟な忍の屍の上に、強い忍が立つ。
それが私たちの世界だ。
愚かな子どもよ!!」
「愚かなのは……どっちだよオッサン」
その声のした方向、同時に呻き声の聞こえる方向をみれば、龍王と敵国の忍が差し違えていた。
俺は目を見開く。
俺を蹴り飛ばしたのは、操られていたからではなかったのだ。
「私は死なない……お前の命をくらってやる!!」
初めて見る術だから分からない。
ただ、その忍が、龍王の命をくらおうとしているのは分かった。
そんなことさせたくない。
龍王の胸を貫いた刀が光る。
その光の中で、龍王が俺を見た。
静かな静かな、瞳だった。
「黒鋼、頼む」
俺は銀龍を握った。
一息で斬らねば、龍王は苦しむ。
彼との思い出が駆け巡った。
初めての任務。
何度もした鍛錬では、一度も負けなかった。
どんどん伸びていく身長。
(ーーだから、迷ってはならない)
いつの間にか強くなって、頼もしくなっていく背中。
ともに桜の木の枝で食べた飯。
まだ女だと知られていなかったころ、
風呂にうっかり入って大騒ぎになったこともあった。
(ーー迷っては)
一緒に昼寝をした陽だまり。
鍛錬が乗じて練習場を壊し、書かされた始末書。
任務帰りに見た、中秋の名月。
(ーー迷っては)
ー新しい技がもうすぐ完成するんだってな!
俺も、早く新しい技、使えるうようになりてぇー
憧れるように銀龍を見る瞳。
ー俺は、世界一強くなるんだ!ー
そして、まぶしい無邪気な笑顔は言った。
ーその新技に、俺の名前をつけるなんてどうだ?
強そうだろう?な、黒鋼?ー
くしゃりと俺の頭を撫でた手は、蘇摩とも知世とも違って、大きくて温かくて優しかった。
(俺が……俺が、お前の分も強くなる。
大切なものを、何一つ奪われない強さを。
後悔しないで済む、強さをーー)
「破魔・龍王陣!!!」
(龍王、
望んだとおり、
お前の名前の技、だ)