桜都国
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「あー、貴方ひょっとして星史郎さん?
小狼君に戦い方を教えてくれたっていうー」
「小狼をご存じなんですか?」
「はい、一緒に旅をしています」
「異なる次元を渡る旅、ですね」
「貴方もですかー?
右目の魔法具で、渡っているんでしょう?」
「さすがですね。
次元の魔女から得たこれは、回数限定ですから。
だから少しでも可能性は無駄にしたくないんです。
僕が探している二人に会うために」
鬼児がオレに襲いかかる。
「ファイ!」
モコナが心配そうに叫ぶ。
「サクラちゃんの傍を離れないで!」
正直これはまずい。
店の中がどんどん壊されていく。
オレ達の店が。
サクラちゃんが一生懸命折ったナプキンが、小狼君が選んだテーブルクロスが、黒りんがつけてくれたカーテンが、みんなでたくさんのお店を見て決めた机や椅子が、あっけなく、壊れていく。
サクラちゃんが、眠っていてよかった。
やっぱり黒りんはこんなことしないだろうな。
さっき思ったことを心の中で取り消す。
サクラちゃんや小狼君の心が痛むことを、彼女がするはずがないから。
着地すると足に激痛が走った。
そう言えばくじいていたんだ。
「魔力を使えばもっと楽に逃げられるでしょう?」
「でも、魔力は使わないって決めてるんでー」
へらっと笑って見せる。
どうしようか、と考えながら。
「じゃあ仕方ありませんね。
……さようなら」
それは一瞬だった。
巨大な鬼児の黒い大きな爪が迫って、それから避けるように体をそらせながら懐から銃を取り出す。
星史郎さんに照準を合わせる。
心臓が止まるような、全身から汗が噴き出すような、肺を握りつぶされたような、そう、これは紛れもない、恐怖だ。
星史郎さんはオレを見て目を見開き、そして微かに睨んだ。
引き金を引いた瞬間、星史郎さんは消えた。
ーーどこに行った!?
探す間も無く身体をそらせたオレをさかさまから覗き込む彼。
照準を星史郎さんの額に合わせようと焦る。
走馬灯のようにいろんなことを思い出した。
ファイのこと、アシュラ王のこと、サクラちゃん、小狼君、モコナ……
それから、もう一人思い出して、そして柄にもなく思ったんだ。
彼女がここにいなくて良かったって。
「行き止まり?」
なんとか見えなくてもわかるようになってきた。
「何かいる」
「音がします」
黒鋼さんが壁に触れる。
「扉だ。
開けるぞ。気を抜くな」
「はい」
ギギィ
重い音を立てて扉が開く。
おれも手伝って、片側の扉を開けた。
ガゴォォォン
逃げ道確保も兼ねて開けきる。
中はぼんやりと明るいようだ。
何か気配がする。
「あ!」
声がする方には、天蓋がある。
その陰から出てきたのは。
「お客様ですー」
小さな女の子が二人。
彼女たちが小人ということだろうか。
猛ダッシュで駆けてくる。
駆けてくる、駆けてくる、駆けてくる。
どうやら相当距離があるらしい。
近づくにつれ女の子は大きくなり、そして勢いのままおれは彼女になぎ倒される。
「でかっ……
小人じゃないだろう、これは」
横でする黒鋼さんの声に、きっとさっきの女の子が乗っているんだろうと思う。
距離が遠くて小さく見えただけだったらしい。
ずいぶんと、とくに頭が大きな女の子たちだ。
「鬼児を従えるもの、それは最強の鬼児のことです。
圧倒的な強さのために、人の姿をしているその鬼児に、
他の鬼児たちは従います」
琴子という名前らしい女の子の説明に、おれはこれが星史郎さんなのだろうかと思う。
「それって、フードをかぶった隻眼の」
「違います」
否定されたことに驚きを隠せない。
「あなたがおっしゃったのは、干渉者のことです。
近日市役所が所在を突き止めて排除するでしょう」
その言葉に違和感をぬぐいきれない。
いったい何に干渉すると言うのか。
市役所はいったいどれほどのことを知っているのか。
また情報網を持っているのか。
排除するとは、殺すということなのだろうか。
鬼は彼らの監視下であるはず。
「……この桜都国はいったい」
不意にすももと言う方の女の子がぴくっと動きを止めた。
「緊急事態!
鬼児が一般人を襲いました!
場所は喫茶店猫の目です!」
おれが走り出す前に、黒鋼さんが走り出していた。
一瞬だけ見えたその顔は、
いつもはほとんど表情が変わらない端正な顔なのに、薄暗い中でもわかるくらい歪んでいた。
姫じゃありませんように。
姫じゃありませんように。
姫じゃありませんように。
ただ、おれは愚かにもそればかりを心の中で繰り返していた。
喫茶店のドアを黒鋼さんが勢いよく開ける。
おれも一歩遅れて中を覗く。
カランカラン
むなしく響くベルの音。
中の惨状はひどかった。
数時間前までは、あれほど温かな空間だったのに。
ファイさんや、姫が作った、黒鋼さんやおれも手伝って作った、温かい場所だったのに。
「黒鋼!小狼!」
モコナの声にはっとソファの方を見ると、穏やかな顔をして姫が眠っていて、おれはほっとする。
だが、そうならば、死亡した一般人とは一体誰なのだろう?
「……何があった?」
低い声に、おれはようやくひとつ心当たり、息をのむ。
「ファイが鬼児にやられたの!!!」
「それで」
黒鋼さんが感情を隠そうと、努めて冷静を装うとしているのが、わかった。
「どうなったのかは分からないの!
鬼児が取り囲んで、それから男の人も!
音がして、その後ファイがいなくて!」
泣きだすモコナを、おれは抱き上げた。
「……殺ったのは鬼児か、男か」
「わからない……」
黒鋼さんは、部屋の中央部に歩いていった。
屈みこんで、何かを拾い上げる。
それは、ファイさんが着けていたネクタイの残骸だった。
それをギュッと握りしめる。
「どんな男だ」
「マントみたいなの被った人。
ファイがね、星史郎さんですか?って。
右目が白かったの。
探してる人がいるって言ってた、二人。
小狼に、伝えてほしいって。
小狼を待ってる、桜の下で」
つたない説明だが、やはり星史郎さんに間違いない。
「……黒鋼さん、サクラ姫をお願いします」
紅い眼が、おれを睨んだ。
「勝てる相手か」
「いえ、おれでは星史郎さんには勝てないでしょう。
でも……行きます」
目がすうっと細められる。
込められた殺気に、体が動かなかった。
美しい赤い瞳が、暗い室内を映し、その中におれがいた。
鋭い鋭い視線なのにまるで吸い込まれるようで、美しかった。
「俺はお前に剣を教えた。
それは、生きるための剣だ。
お前が死ぬ覚悟なら、今ここで俺が切り捨ててやる」
すらりと抜かれた剣は、鳥肌が立つほど美しい。
おれは恐怖の中で、黒鋼さんの言葉を反芻し、緋炎を握り、前に突き出した。
「何が何でも生き抜く覚悟はできています」
震えないように気をつけてそう言えば、黒鋼さんは刀を俺の首に突き付けた。
ひやり
刃の冷たさが体の芯まで凍らせた。
それはただ刃が冷たいだけではなくて、黒鋼さんから発される殺気にもよるのだろう。
「黒鋼!」
モコナの焦った声が響く。
目を閉じたいと思っても、ここで閉じたら本当に殺されてしまう気がした。
震えを何としてでも押さえないと、刀で首が切れてしまいそうだ。
薄氷のような差が、生死を分ける。
これがおれが向かい合う、現実。
決して目を逸らしてはならない。
この差を、おれは見極めねばーー
黒鋼さんは目を閉じ、刀を納めた。
「日付が変わってもお前が帰ってこなかったら……後は俺の勝手だ」
「ありがとうございます」
店から出ようとするおれに、モコナが飛びついてきた。
「小狼、羽根の波動、強くなってる!
でも、なんか変な感じなの!」
「ありがとう、モコナ。
気をつけるよ」
モコナは小さく頷いて、おれから離れた。
「いってきます」
無意識に出た言葉。
孤独な旅だと凍えていたのに、おれの帰ってくる場所は、いつの間にかできていたんだ。
小狼君に戦い方を教えてくれたっていうー」
「小狼をご存じなんですか?」
「はい、一緒に旅をしています」
「異なる次元を渡る旅、ですね」
「貴方もですかー?
右目の魔法具で、渡っているんでしょう?」
「さすがですね。
次元の魔女から得たこれは、回数限定ですから。
だから少しでも可能性は無駄にしたくないんです。
僕が探している二人に会うために」
鬼児がオレに襲いかかる。
「ファイ!」
モコナが心配そうに叫ぶ。
「サクラちゃんの傍を離れないで!」
正直これはまずい。
店の中がどんどん壊されていく。
オレ達の店が。
サクラちゃんが一生懸命折ったナプキンが、小狼君が選んだテーブルクロスが、黒りんがつけてくれたカーテンが、みんなでたくさんのお店を見て決めた机や椅子が、あっけなく、壊れていく。
サクラちゃんが、眠っていてよかった。
やっぱり黒りんはこんなことしないだろうな。
さっき思ったことを心の中で取り消す。
サクラちゃんや小狼君の心が痛むことを、彼女がするはずがないから。
着地すると足に激痛が走った。
そう言えばくじいていたんだ。
「魔力を使えばもっと楽に逃げられるでしょう?」
「でも、魔力は使わないって決めてるんでー」
へらっと笑って見せる。
どうしようか、と考えながら。
「じゃあ仕方ありませんね。
……さようなら」
それは一瞬だった。
巨大な鬼児の黒い大きな爪が迫って、それから避けるように体をそらせながら懐から銃を取り出す。
星史郎さんに照準を合わせる。
心臓が止まるような、全身から汗が噴き出すような、肺を握りつぶされたような、そう、これは紛れもない、恐怖だ。
星史郎さんはオレを見て目を見開き、そして微かに睨んだ。
引き金を引いた瞬間、星史郎さんは消えた。
ーーどこに行った!?
探す間も無く身体をそらせたオレをさかさまから覗き込む彼。
照準を星史郎さんの額に合わせようと焦る。
走馬灯のようにいろんなことを思い出した。
ファイのこと、アシュラ王のこと、サクラちゃん、小狼君、モコナ……
それから、もう一人思い出して、そして柄にもなく思ったんだ。
彼女がここにいなくて良かったって。
「行き止まり?」
なんとか見えなくてもわかるようになってきた。
「何かいる」
「音がします」
黒鋼さんが壁に触れる。
「扉だ。
開けるぞ。気を抜くな」
「はい」
ギギィ
重い音を立てて扉が開く。
おれも手伝って、片側の扉を開けた。
ガゴォォォン
逃げ道確保も兼ねて開けきる。
中はぼんやりと明るいようだ。
何か気配がする。
「あ!」
声がする方には、天蓋がある。
その陰から出てきたのは。
「お客様ですー」
小さな女の子が二人。
彼女たちが小人ということだろうか。
猛ダッシュで駆けてくる。
駆けてくる、駆けてくる、駆けてくる。
どうやら相当距離があるらしい。
近づくにつれ女の子は大きくなり、そして勢いのままおれは彼女になぎ倒される。
「でかっ……
小人じゃないだろう、これは」
横でする黒鋼さんの声に、きっとさっきの女の子が乗っているんだろうと思う。
距離が遠くて小さく見えただけだったらしい。
ずいぶんと、とくに頭が大きな女の子たちだ。
「鬼児を従えるもの、それは最強の鬼児のことです。
圧倒的な強さのために、人の姿をしているその鬼児に、
他の鬼児たちは従います」
琴子という名前らしい女の子の説明に、おれはこれが星史郎さんなのだろうかと思う。
「それって、フードをかぶった隻眼の」
「違います」
否定されたことに驚きを隠せない。
「あなたがおっしゃったのは、干渉者のことです。
近日市役所が所在を突き止めて排除するでしょう」
その言葉に違和感をぬぐいきれない。
いったい何に干渉すると言うのか。
市役所はいったいどれほどのことを知っているのか。
また情報網を持っているのか。
排除するとは、殺すということなのだろうか。
鬼は彼らの監視下であるはず。
「……この桜都国はいったい」
不意にすももと言う方の女の子がぴくっと動きを止めた。
「緊急事態!
鬼児が一般人を襲いました!
場所は喫茶店猫の目です!」
おれが走り出す前に、黒鋼さんが走り出していた。
一瞬だけ見えたその顔は、
いつもはほとんど表情が変わらない端正な顔なのに、薄暗い中でもわかるくらい歪んでいた。
姫じゃありませんように。
姫じゃありませんように。
姫じゃありませんように。
ただ、おれは愚かにもそればかりを心の中で繰り返していた。
喫茶店のドアを黒鋼さんが勢いよく開ける。
おれも一歩遅れて中を覗く。
カランカラン
むなしく響くベルの音。
中の惨状はひどかった。
数時間前までは、あれほど温かな空間だったのに。
ファイさんや、姫が作った、黒鋼さんやおれも手伝って作った、温かい場所だったのに。
「黒鋼!小狼!」
モコナの声にはっとソファの方を見ると、穏やかな顔をして姫が眠っていて、おれはほっとする。
だが、そうならば、死亡した一般人とは一体誰なのだろう?
「……何があった?」
低い声に、おれはようやくひとつ心当たり、息をのむ。
「ファイが鬼児にやられたの!!!」
「それで」
黒鋼さんが感情を隠そうと、努めて冷静を装うとしているのが、わかった。
「どうなったのかは分からないの!
鬼児が取り囲んで、それから男の人も!
音がして、その後ファイがいなくて!」
泣きだすモコナを、おれは抱き上げた。
「……殺ったのは鬼児か、男か」
「わからない……」
黒鋼さんは、部屋の中央部に歩いていった。
屈みこんで、何かを拾い上げる。
それは、ファイさんが着けていたネクタイの残骸だった。
それをギュッと握りしめる。
「どんな男だ」
「マントみたいなの被った人。
ファイがね、星史郎さんですか?って。
右目が白かったの。
探してる人がいるって言ってた、二人。
小狼に、伝えてほしいって。
小狼を待ってる、桜の下で」
つたない説明だが、やはり星史郎さんに間違いない。
「……黒鋼さん、サクラ姫をお願いします」
紅い眼が、おれを睨んだ。
「勝てる相手か」
「いえ、おれでは星史郎さんには勝てないでしょう。
でも……行きます」
目がすうっと細められる。
込められた殺気に、体が動かなかった。
美しい赤い瞳が、暗い室内を映し、その中におれがいた。
鋭い鋭い視線なのにまるで吸い込まれるようで、美しかった。
「俺はお前に剣を教えた。
それは、生きるための剣だ。
お前が死ぬ覚悟なら、今ここで俺が切り捨ててやる」
すらりと抜かれた剣は、鳥肌が立つほど美しい。
おれは恐怖の中で、黒鋼さんの言葉を反芻し、緋炎を握り、前に突き出した。
「何が何でも生き抜く覚悟はできています」
震えないように気をつけてそう言えば、黒鋼さんは刀を俺の首に突き付けた。
ひやり
刃の冷たさが体の芯まで凍らせた。
それはただ刃が冷たいだけではなくて、黒鋼さんから発される殺気にもよるのだろう。
「黒鋼!」
モコナの焦った声が響く。
目を閉じたいと思っても、ここで閉じたら本当に殺されてしまう気がした。
震えを何としてでも押さえないと、刀で首が切れてしまいそうだ。
薄氷のような差が、生死を分ける。
これがおれが向かい合う、現実。
決して目を逸らしてはならない。
この差を、おれは見極めねばーー
黒鋼さんは目を閉じ、刀を納めた。
「日付が変わってもお前が帰ってこなかったら……後は俺の勝手だ」
「ありがとうございます」
店から出ようとするおれに、モコナが飛びついてきた。
「小狼、羽根の波動、強くなってる!
でも、なんか変な感じなの!」
「ありがとう、モコナ。
気をつけるよ」
モコナは小さく頷いて、おれから離れた。
「いってきます」
無意識に出た言葉。
孤独な旅だと凍えていたのに、おれの帰ってくる場所は、いつの間にかできていたんだ。