桜都国
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昨夜は明らかに飲みすぎた。
セレスにいた頃はいくら飲んでも酔わなかったのに、この国ではあっという間に酔いが回った。
いつもならするはずのない軽はずみな行動にも出てしまった。
それはこの国の酒の特性なのか、それとも彼女のせいかーー
結局小狼君やサクラちゃん、モコナと楽しくふざけてあっという間に寝てしまった。
そんな彼女は昨夜はオレが起きている間には帰ってこなかった。
いつも通り早めに起き、はっと部屋の反対側のベッドを見ると、こちらに背を向けた黒たんがいた。
昨夜の今朝で、彼女とどんな顔をして会えば良いのか考えもしていなかった。
彼女がオレの起きた気配に気づかぬはずもない。
どうしようかと緊張が走ったのはオレだけで、彼女はぴくりとも動かない。
それが、あまりに妙だった。
声をかけるにかけられない雰囲気で、そっとベッドから抜け出してキッチンに降りてきた。
朝食用のパンを焼き、目玉焼きとサラダを用意する。
昨日のうちに下拵えしておいたスープを完成させる。
そろそろ誰か起きてくる頃だ。
それが黒様だとしても、いつも通り迎えるための心の準備は、朝食と共に整っていた。
ふと黒い影が視界に入り、顔を上げる。
窓辺に黒様がいて外を伺っている様だ。
彼女は大抵起きてくる時、わざと足音を立ててくる。
その彼女が静かにしているのだから、そっとしておいた方が無難かもしれない。
彼女は確認を終えたのか、こちらにやってきた。
「何か外にあった?」
「いや」
朝食を出しながら尋ねると彼女は首を振った。
「足は?」
「大丈夫だよ」
「走れるか」
「うーん?」
ただの世間話程度かと思ったが、予想以上に具体的な問いかけをされ、首を傾げる。
「魔法使いは物理攻撃する武器は使わないのか」
話が物騒な方向に進んでいる。
昨夜何かあったのかという疑問がふと過ぎる。
「そうだねぇ、まぁ使えないわけでもないけど」
「そうか」
物音に彼女は階段の方を見る。
米神に指先を当てた小狼君がゆっくり階段を降りてきた。
「二日酔いか」
黒たんが小さく呟いた。
微かに心配そうな空気のある声だ。
昨夜何かがあったという疑問が確信に変わる。
オレは冷たい水をグラスに注ぐ。
彼女は小狼君やサクラちゃんがいる時には聞いても教えてはくれないだろう。
どこかで聞き出す時間を作らなければ。
「どこであの剣技を身につけたんだ?」
草薙が興味深げに尋ねた。
約束通り草薙は、俺と少年の剣を買いに行くのに付き合ってくれるらしい。
そして、彼とペアで鬼児狩り登録している譲刃はカフェで青年と少女の手伝いだ。
「基礎は父に。
それからは城仕えだ」
「そうか。
お父上も上司も素晴らしい剣の使い手だったのだろうな」
彼の笑顔に、父親をふと思い出す。
遠い日に亡くなった、存在を。
「ああ。
父の右に出る者はいない」
草薙はそうか、と言って、また笑った。
「そういえば龍王は?」
朝から譲刃と蘇摩は店に顔を出したが、彼は見当たらなかった。
「あいつは今日も鍛錬してるんじゃないか?
強くなりたいって、いつもいってばかりだからな。
特にお前の姿見てえらく感動していたな」
その言葉に、何かが胸につかえた。
「……そうか」
そう答えることが精いっぱいだった。
何をバカなことを考えているんだろう。
過ぎたことなど、どれほど思っても仕方がないのに。
過去に失ったもの等、どれほど願っても戻ってはこないし、この世界の龍王は同じ魂を持つ別人なのだから。
不意に道路でクラクションが鳴り、俺の思考を中断した。
「ううっ」
一歩後ろを歩いていた少年のうめき声に振り返る。
そう、今、俺が守りたいものは、ここにある。
目の前で必死に生きる彼等を、守りぬくのだ。
「お前ら3人はもう当分飲むな」
そう言えば、少年もずいぶん観念しているのか、
はい、と大人しくうなずいた。
そうこうしているうちにどうやら店についたらしい。
「ここだ。
じいさん、邪魔するぞ」
草薙の後を追って入ると、広い部屋に様々な武器が並べられている。
なるほど、これはずいぶんと取り揃えもよさそうだ。
「どうした」
奥に座る仙人のような容貌の老人が返事をした。
「この2人、剣がほしいそうだ」
老人を見れば、彼もちらりと俺を一瞥して、それから刀を取り出した。
見覚えのあるそれに思わず目を見開く。
刀を受け取り、鞘から抜きとる。
蒼みがかった刀身ーーそれは昨夜蒼石が桜の枝を変えた刀だった。
昨夜逃げる途中、ふと気づけば刀は俺の手には無かった。
その刀が何故ここにあるのか。
「使い慣れておろう。
蒼氷という名じゃ」
忍である以上、様々な武器を使うことが基本的にできる。
しかし得意不得意が普段の所作から分からないよう、十分に配慮している。
この老人がそれを一瞬で見抜いたのだろうか。
「名乗ってもいないのになぜわかる」
「この商売、長いでな」
フォッフォと笑う老人。
違うーー彼はおそらく蒼石と同じ、ゲームの管理者側だ。
だから俺が長剣を使い慣れている事を知っているに違いない。
となればある意味、彼に任せれば少年の剣も安心だろう。
「さて、お前さんは剣を持ったことはないな。
しかしその瞳には炎を宿しておる。
気難しいがおまえさんなら御せるかもしれん」
老人がまた刀を差し出した。
少年がその包まれた布を解く。
なるほど、これも良い剣だ。
「名は緋炎という」
俺とは反対の名を持つ刀。
だが小僧の決意は俺と同じだろう。
この刀できっと、姫を守る。
俺はじっと老人を見つめる。
老人はその視線に気付き、ひとつ頷いた。
支払いを済ませると俺は財布を投げた。
「留守番組に土産を買ってきてやれ。
悪いが付き合ってやってくれるか」
草薙は何かを察したのか黙って頷いてくれた。
「黒鋼さんは?」
「野暮用を片付けて帰る」
小僧は俺と店の主人を見比べてから、はい、と言って草薙と店から出て行った。
彼等が店から離れたことを確認して、俺は口を開いた。
「うちにいるやつにも武器を選んで欲しい」
「ふむ」
老人は棚の中から箱を取り出し、俺の前に置いた。
開けると拳銃が入っていた。
「鬼児狩りではないのだからあまり目立たない方が良いだろう。
身につけられるものをと蒼石から預かった」
「礼を言う。
蒼石にもよろしく伝えてくれ」
老人はひとつ頷いた。
「武器は手にしたが気をつけた方がいい。
あの男、かなりの手だれだ。
お主も見ただろうが戦い方も武器もかなり特殊だ。
あの鬼児の刀はあいつ自身が持つ強い異界から来た力で作り出した」
その言葉に一つ思いあたるものがあり、俺は頷く。
「管理者としてもあの男への干渉ができていない。
気をつけろ、無理はするな」