桜都国
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蒼石は穏やかに微笑んだまま言葉を続ける。
「そしてあなたのように、データベース操作に違和感を覚えられた方は、疑心暗鬼となりこのゲームを楽しめません。
ですからこうして記憶を戻して差し上げるんです」
「……成る程な。
よく出来ている」
「ありがとうございます」
溜息をついて頭から手を離す。
全てが仮想であるならば、この国の違和感は全て納得できる。
だがここで、彼らは俺達の過去をどの程度見たのだろうという疑問がある。
異世界から来た俺達を、彼らはどう扱うつもりなのだろう。
下手に聞けば墓穴を掘ることになる問いだけに、相手の出方を見たいところではある。
「2度目以降のご利用になると、データベースの操作は致しません。
ですが初めてお使いいただく方にこの事を話されることはルール違反となり、ペナルティ対象となって来ます」
「分かった。
連れには黙っておこう」
「ご理解いただきありがとうございます」
「データベースを操作されているかどうかを見分ける方はあるのか」
「はい。
大きいワンコ様の左手の甲にも模様が見えるはずです。
データベース操作をされていない方には自動で表示され、互いに確認できます」
自分の左手を見下ろすと、手甲を通して蒼く桜の模様が浮かび上がっている。
試しに外してみても変わらず見られ、不思議なものだとまじまじと見つめる。
「疑問は解決しましたか」
「ああ。
礼を言う」
蒼石はにこりと微笑んだ。
「それから、ここに辿り着いた方への特典です」
彼はポケットから一枚の布を取り出す。
それはそのポケットに入り切るような大きさではない。
広げられたそれは、黒いマントだった。
「便利なものだな」
「仮想ですから。
これはただの布のように見えますが、鬼児の攻撃を無効化する力があります」
「ありがたく頂戴する。
仮想だから壊れた家もすぐ治るのか」
「そうですね、魔法のようなものです」
「怪我はどうなる」
「鬼児狩りというゲームをお楽しみいただくためにも、怪我をすれば血が流れますし骨も折れます。
必要があれば家に備え付けている救急箱や、病院をご利用ください。
病院では治療費を払えば骨折等でも早期回復できるよう治療してもらえます。
ただ、現実の肉体が傷つくわけではありませんのでご安心ください」
少しの間ができた。
蒼石をちらりと見ると、彼は微笑んだ。
「安心してください。
私達はあなた方を治安部隊に引き渡したりはしません。
良心に従って行動され、そしてまたこの国を旅立って行くのでしょう?
願いの為に」
「……そうだ」
やはり全てを知っているらしい。
ならばと声を低くして尋ねる。
「あの男ーー大きいニャンコの記憶も見たのか」
「あなた方が無害であると言う確認の為には。
ただし個人の記憶に関しては口外できません」
「お前達はあの男を無害であると判断したのか」
蒼石は辛そうに目を細める。
「あなた方は仮想現実にいる以上、現実での生殺は我々が握っています。
現段階のあなた方に、この仮想現実を破る力はありませんから」
単純に考えて、異世界からの侵入者を自由にするなんて危険だ。
なぜ彼等は、仮想現実を破る力はないという理由だけで野放しにしてくれるのか。
そして彼等はなぜ、現段階の俺たちについて述べたのか。
「貸しを作ったつもりか?
目的はなんだ」
蒼石はしばらく口を閉ざして何か考え込んで、それから耳に口を近づけ、囁く。
「あなた方以外にも異世界から来られた方がいます。
彼は危険すぎるので、今排除の準備を進めています」
「それを手伝えと?」
蒼石はすっと体を離した。
「ご判断はお任せします。
ただ我々はこの国に訪れた人々が平和に楽しい時間を過ごしてくれる事を願っています」
マントを広げ、羽織る。
まるで空気のように軽い。
これで攻撃を無効化できるというのだから便利なものだ。
「分かった。
だが連れを危険に晒すつもりはない」
「我々もあなた方を危険に晒すことは望んではいません。
マントの左の襟に小さなボタンがあり、押すと私に直接通話が繋がるようにしてあります。
何かあればぜひご連絡を」
「随分信用してくれるんだな」
蒼石はにこりと笑う。
「私は貴方の心も力も、信用していますよ。
……ただその剣はいただけませんね。
早く買い替えた方が身のためです」
「わかっている」
「簡単な魔法だけ、かけて差し上げましょう。
貴方の技に耐えられるように」
蒼石は身を屈めて刀の柄に触れた。
青い魔法陣が現れ、刀が小さく鳴く。
彼は相手の心を操る術に長けているらしい。
自由にさせ、権威を与え、守りたい者を自覚させ、信頼と力を与えるーーだが嫌ではない。
身を屈め蒼石の耳元に口を近づける。
「……乗せられてやる」
蒼石は一瞬目を見開いてから苦笑した。
「貴方には敵いませんね」
ドアベルの後見えた姿に笑顔を向ける。
「おかえりー
遅かったねぇ」
その姿が朝とは違っていて首を傾げる。
黒いマントを肩から羽織り、手には頼んだ買い物が入っているであろう紙袋を抱えていた。
「マント?
買ってきたの?」
「ああ」
「先に刀買いなよ」
「途中で売ってただけだ」
「あ、そ」
それを加味しても遅かったけど、と言う言葉は飲み込む。
まるで彼女の帰りを待っていたようにも聞こえるし、詮索されるのは嫌だろう。
「黒鋼さん、買い出しありがとうございます」
「はちみつあったー?」
サクラちゃんともモコナが駆け寄る。
「あったぞ、アオミズとホシノキの2種類買ってきた。
はちみつは花によって味が変わる。
味見してみろ」
「……これ美味しいです!」
「モコナ、ホシノキの方が好み!」
「ミルクに入れるならアオミズの方がいいかもね」
「ケーキにかけるならホシノキかなぁ」
「客が自分で好きな方を選べたらいいんじゃないかと思ったんだ」
「黒鋼ナイスアイデア!」
「それ楽しいですね!」
「他にも種類があったから、好評なら他のも選択肢に入れよう」
「そうしましょう!」
わいわいと2人と目を細めて話す黒たんを見ていると、忍びだなんてことは忘れてしまう。
ただの綺麗なーー女の子だ。
砂糖は中毒性があると昔聞いた。
甘いものに人は目がない。
オレが甘いお菓子や飲み物を作る限り、彼女はお菓子に囚われこの平和は続くーーなんと馬鹿馬鹿しい話だ、反吐が出る。
彼女はそんな簡単に囚われてはくれないだろう。
その強さ故、飛王に選ばれ、自分たちは出会えた。
力は人を救うだろう。
そして時に強大な力は人をーー殺す。