桜都国
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草薙さんと譲刃ちゃんが帰った後、小狼くんは休む為に部屋へ戻り、オレとサクラちゃんが片づけをし、黒たんは刀の手入れをしている。
「その刀、どうだった?」
そう聞けば、ちらりとオレを見た。
「武器としての刃物は握ったことないだろう」
「うん」
「ならば仕方ない」
夜にお仕事をする黒たんの為、朝ゆっくりしてもらっている間にオレが食糧の買い出しついでに買って来たのだけれど、駄目だったんだろうな、と思う。
旅に出るとき、あの魔女さんのところで見た、彼女が持っていた刀。
あれは女性が持つような軽い刀ではないし、その刀の存在感から、どれほどの力をもつものか、どれほどの血を吸ってきたか、素人なりに感じられた。
でも、今黒様の持っている刀にはそれが感じられない。
とはいっても、オレが行ったところで、武器屋さんのおじさんはいい刀なんて出してはくれないようだった。
放っておけば良いのに、彼女の為に買いに行った自分が愚かだとも思ったが、こうすることでサクラちゃんたちを守るのだから自分の役目を果たしただけなのだと言い訳をする。
ーーでも言い訳が必要な時点でオレの負けだ。
俯いて手元の鍋を混ぜる。
「とりあえずあった方がいいかなって思って。
いつも危ないときになって、黒様刀がないことに気づくんだもん」
「分かっている。
……俺もあいつらを危険に晒したくはない」
独り言のような言い訳に返事がして、顔を上げる。
彼女の赤い目がオレを見つめていて、なんだか気まずくてまた俯いた。
彼女はこんなに歳若いのに、いつもオレの心の中まで見通しているような気がしてしまう。
オレが求めている言葉が何かを知っているような、そんなふうに錯覚する。
今だってそうだ、彼女の理解を示す一言で、心が軽くなる。
彼らの命を握るべき自分であるのに。
「……早く買いに行きなよ、怪我しないうちに」
「ああ」
慌てて早口でそう言うオレに、黒様は刀をしまう。
彼女は見ていないようで人をよく観察している。
感情の機微にも聡く、必要な時に必要なだけ助言をする。
滅多な事では必要のない感情を表に出さないが、必要な時には必要なだけの温もりも厳しさも与える。
完璧だ。
それはありえないはずだが、理性で己を完全にコントロールしているような錯覚を与える。
これが全て忍びという職への鍛錬によるものだとしたら、ひどく恐ろしいものだと思った。
だが最近は、少しずつ自由の幅が出て来たように感じる。
オレはコップにチョコレートを注いだ。
サクラちゃんに2つ渡して、小狼君の所に持って行ってもらえるように頼む。
オレも1つ、それから黒様に1つ渡す。
赤い瞳がコップに釘付けになる。
「飲み物か……?」
甘い香りに微かに表情が明るくなっている。
本当に、大きいワンコみたいだと思うと面白いもので、静かに振っている尻尾が見える気がして、こっそり笑う。
「チョコレートっていうんだ。
おいしいよ」
オレが一口飲むと、それをじっと見て、それからカップに口をつけた。
こくり
カップから口を離した彼女の眼が、ぱっとオレを見あげた。
間違いない、彼女は甘いものが好きだ。
女の子なんだよな、って、こんな時思い出す。
「おいしい?」
そう聞けば、気まずそうに眼をそらした。
「ね、おいしいー?」
周りこんでしつこく聞けば、顔を赤らめてまた顔を逸らして小さくこくこくと頷く。
なんて可愛いんだろう。
犬の耳も見える気がして本当におかしくてたまらない。
ぷはっと思わず吹き出してしまえば当然のことながら睨まれた。
朝もホットケーキを食べて同じようなやり取りをしていたのを思い出す。
いつの間にか近づいてしまっていた距離。
もう離せない距離。
刀を振り回せばすぐに傷ついてしまうような、そんな距離。
飲み終わったカップを片づけるのを黒様が手伝ってくれて、それから2階へあがる。
「あー眠い」
呟けば、後ろでほのかに笑う気配がある。
(ああ、なんてーー)
そこで思考を止めた。
これ以上はダメだと、警笛が鳴る。
「どうした?」
耳元でする声。
甘すぎない柔らかさが癖になる。
オレは馬鹿だ。
双子を殺し、人を狂わせ、目の前の彼女をいつか殺す。
それなのに、どうしてここまで近づいてしまったのだろう。
「何でもないよ」
だからへらりと、まるで悩みなど持たないかのように笑う。
黒様が嫌そうな顔をして、それがまた胸を締め付けた。
「何かあればここにくれば教えてくれるんだな?」
市役所のすぐやる課の窓口で尋ねる。
同じ容姿の女性ばかりが3人この窓口にいて、どこか不思議だ。
「はい」
「この国には異世界から人が来ると言ったな。
これほど簡単に国内に入れて、問題は起きないのか」
「市役所が管理しておりますので問題は起こりません」
「この国に来てから、安価な家を借りられたし生活に困らない様に支援してもらったのはありがたいが、清算は?」
「家賃につきましては随時こちらから引き落とさせていただく予定です。
その他相談費用は無料となっております」
「税金はどう納めたらいい?」
女性はじっと俺を見てから、小声になった。
「……もしかして、この国のシステムにご興味がおありですか」
「そうだ」
「では図書館へどうぞ。
歴史、統計資料などもありますから参考になるかと思います。
職員にも連絡しますね」
「いや、わざわざ連絡してもらうほどではない。
直接行かせてもらう」
「いいえ」
カウンターを離れると少し大きな声で女性が否定したので振り返る。
「この国システムにご興味をお持ちの場合は、ご案内することになっております」
何か訳ありのようだ。
カウンターに引き返す。
「誰を訪ねていけば良い」
「蒼石という男性職員がおります。
彼をお訪ねください」
「分かった」
今度こそカウンターを離れる。
市役所を出て、少し進んだ通りを挟んだ向かいに図書館がある。
立派な佇まいで、蔵書の数もかなりだ。
小僧も一度行きたいと言っていたことを思い出す。
だがさっきの市役所の女性の口ぶりを考えると、この図書館はただの図書館ではないのかもしれない。
中に入る。
思わず目を見張った。
見上げるような高い天井。
その壁全てが本棚になっている。
加えて整然と並べられた書棚。
いったいどれほどの書物がここに納められているのだろう。
小僧が来れば喜ぶに違いない景色だ。
中へ進んでいくとカウンターが見えて来た。
本の修理をしているらしい女性に声をかける。
「蒼石殿はおられるか」
「はい、館内にはいるのですが今席を外しておりまして……」
答えながら女性の視線が俺から俺の後ろへずれた。
「失礼、蒼石は私ですが」
振り返ったところにいたのは色素の薄い髪を片側で束ねた丸メガネの優男だった。
「もしかして市役所から連絡いただいた大きいワンコ様でしょうか」
「……そうだ」
しばしば頷くと、相手は何を思ったのかくすりと笑った。
「奥でご説明させていただきます」
その言葉に彼の後ろをついて奥へと進む。
一つの書棚の前で、蒼石は立ち止まり、レバーを引いた。
するとその書棚が横に開き、中に階段が現れる。
罠だろうかと一瞬迷うが、彼は何かを知っているはずだ。
小僧達を巻き込む前に、この違和感を突き止めてしまいたい。
蒼石はポケットから小さなランタンを出すと明かりをつけた。
手のひらに簡単に収まるような大きさなのにずいぶん明るい。
古めかしい石でできた階段を登ると、古ぼけた扉が現れた。
軋んだ音をたてて扉を開けると、同じく石造りの小部屋があった。
壁から出た小さな台にランタンを置くと、室内に幾つか設置されたランタン全てに明かりが灯る。
あたりに目を走らせる。
この部屋も壁一面に本が入れられていた。
窓はない。
部屋の中央に、机に椅子が4脚。
逃げ場はないという事実に不安がないこともない。
何かあれば今入って来た場所から逃げるしかないだろう。
蒼石は扉を閉め、部屋の奥へ進んだが、俺は扉を背にしたまま立っていた。
「この国のシステムにご興味がおありとのことですね」
「ああ。
……親切にしていただけるのはありがたいが、この国は不思議だ」
「おっしゃる通り。
それはこの国全てが作り物だからです」
にこやかに発された言葉だが、意味がわからず眉を顰める。
「失礼します」
蒼石は俺の前まで歩いてくる。
若干の不安はあるが、殺意はない。
細く美しい手が、額に触れた。
その瞬間、小さな衝撃と共に記憶が溢れ出してくる。
この国に着いた時、何やら大きな部屋の中で、卵形の容器の中に1人ずつ入れられ、そして意識が遠のいたのだとーー
「桜都国は桜花国の妖精遊園地の、夢卵 というアトラクションの仮想現実です。
私は管理者の1人ですから、警戒する必要はありません。
夢卵 を初めてお使いになる方にはこのゲームをより楽しんで頂くために、訪れる仮想国が実在するとスムーズに認識できるよう、個人のデータベースを一部改訂かけていただいています。
そして今、あなたの改訂を解除しました」
触れられた額を押さえる俺を、蒼石はにこやかに
見下ろしていた。
「その刀、どうだった?」
そう聞けば、ちらりとオレを見た。
「武器としての刃物は握ったことないだろう」
「うん」
「ならば仕方ない」
夜にお仕事をする黒たんの為、朝ゆっくりしてもらっている間にオレが食糧の買い出しついでに買って来たのだけれど、駄目だったんだろうな、と思う。
旅に出るとき、あの魔女さんのところで見た、彼女が持っていた刀。
あれは女性が持つような軽い刀ではないし、その刀の存在感から、どれほどの力をもつものか、どれほどの血を吸ってきたか、素人なりに感じられた。
でも、今黒様の持っている刀にはそれが感じられない。
とはいっても、オレが行ったところで、武器屋さんのおじさんはいい刀なんて出してはくれないようだった。
放っておけば良いのに、彼女の為に買いに行った自分が愚かだとも思ったが、こうすることでサクラちゃんたちを守るのだから自分の役目を果たしただけなのだと言い訳をする。
ーーでも言い訳が必要な時点でオレの負けだ。
俯いて手元の鍋を混ぜる。
「とりあえずあった方がいいかなって思って。
いつも危ないときになって、黒様刀がないことに気づくんだもん」
「分かっている。
……俺もあいつらを危険に晒したくはない」
独り言のような言い訳に返事がして、顔を上げる。
彼女の赤い目がオレを見つめていて、なんだか気まずくてまた俯いた。
彼女はこんなに歳若いのに、いつもオレの心の中まで見通しているような気がしてしまう。
オレが求めている言葉が何かを知っているような、そんなふうに錯覚する。
今だってそうだ、彼女の理解を示す一言で、心が軽くなる。
彼らの命を握るべき自分であるのに。
「……早く買いに行きなよ、怪我しないうちに」
「ああ」
慌てて早口でそう言うオレに、黒様は刀をしまう。
彼女は見ていないようで人をよく観察している。
感情の機微にも聡く、必要な時に必要なだけ助言をする。
滅多な事では必要のない感情を表に出さないが、必要な時には必要なだけの温もりも厳しさも与える。
完璧だ。
それはありえないはずだが、理性で己を完全にコントロールしているような錯覚を与える。
これが全て忍びという職への鍛錬によるものだとしたら、ひどく恐ろしいものだと思った。
だが最近は、少しずつ自由の幅が出て来たように感じる。
オレはコップにチョコレートを注いだ。
サクラちゃんに2つ渡して、小狼君の所に持って行ってもらえるように頼む。
オレも1つ、それから黒様に1つ渡す。
赤い瞳がコップに釘付けになる。
「飲み物か……?」
甘い香りに微かに表情が明るくなっている。
本当に、大きいワンコみたいだと思うと面白いもので、静かに振っている尻尾が見える気がして、こっそり笑う。
「チョコレートっていうんだ。
おいしいよ」
オレが一口飲むと、それをじっと見て、それからカップに口をつけた。
こくり
カップから口を離した彼女の眼が、ぱっとオレを見あげた。
間違いない、彼女は甘いものが好きだ。
女の子なんだよな、って、こんな時思い出す。
「おいしい?」
そう聞けば、気まずそうに眼をそらした。
「ね、おいしいー?」
周りこんでしつこく聞けば、顔を赤らめてまた顔を逸らして小さくこくこくと頷く。
なんて可愛いんだろう。
犬の耳も見える気がして本当におかしくてたまらない。
ぷはっと思わず吹き出してしまえば当然のことながら睨まれた。
朝もホットケーキを食べて同じようなやり取りをしていたのを思い出す。
いつの間にか近づいてしまっていた距離。
もう離せない距離。
刀を振り回せばすぐに傷ついてしまうような、そんな距離。
飲み終わったカップを片づけるのを黒様が手伝ってくれて、それから2階へあがる。
「あー眠い」
呟けば、後ろでほのかに笑う気配がある。
(ああ、なんてーー)
そこで思考を止めた。
これ以上はダメだと、警笛が鳴る。
「どうした?」
耳元でする声。
甘すぎない柔らかさが癖になる。
オレは馬鹿だ。
双子を殺し、人を狂わせ、目の前の彼女をいつか殺す。
それなのに、どうしてここまで近づいてしまったのだろう。
「何でもないよ」
だからへらりと、まるで悩みなど持たないかのように笑う。
黒様が嫌そうな顔をして、それがまた胸を締め付けた。
「何かあればここにくれば教えてくれるんだな?」
市役所のすぐやる課の窓口で尋ねる。
同じ容姿の女性ばかりが3人この窓口にいて、どこか不思議だ。
「はい」
「この国には異世界から人が来ると言ったな。
これほど簡単に国内に入れて、問題は起きないのか」
「市役所が管理しておりますので問題は起こりません」
「この国に来てから、安価な家を借りられたし生活に困らない様に支援してもらったのはありがたいが、清算は?」
「家賃につきましては随時こちらから引き落とさせていただく予定です。
その他相談費用は無料となっております」
「税金はどう納めたらいい?」
女性はじっと俺を見てから、小声になった。
「……もしかして、この国のシステムにご興味がおありですか」
「そうだ」
「では図書館へどうぞ。
歴史、統計資料などもありますから参考になるかと思います。
職員にも連絡しますね」
「いや、わざわざ連絡してもらうほどではない。
直接行かせてもらう」
「いいえ」
カウンターを離れると少し大きな声で女性が否定したので振り返る。
「この国システムにご興味をお持ちの場合は、ご案内することになっております」
何か訳ありのようだ。
カウンターに引き返す。
「誰を訪ねていけば良い」
「蒼石という男性職員がおります。
彼をお訪ねください」
「分かった」
今度こそカウンターを離れる。
市役所を出て、少し進んだ通りを挟んだ向かいに図書館がある。
立派な佇まいで、蔵書の数もかなりだ。
小僧も一度行きたいと言っていたことを思い出す。
だがさっきの市役所の女性の口ぶりを考えると、この図書館はただの図書館ではないのかもしれない。
中に入る。
思わず目を見張った。
見上げるような高い天井。
その壁全てが本棚になっている。
加えて整然と並べられた書棚。
いったいどれほどの書物がここに納められているのだろう。
小僧が来れば喜ぶに違いない景色だ。
中へ進んでいくとカウンターが見えて来た。
本の修理をしているらしい女性に声をかける。
「蒼石殿はおられるか」
「はい、館内にはいるのですが今席を外しておりまして……」
答えながら女性の視線が俺から俺の後ろへずれた。
「失礼、蒼石は私ですが」
振り返ったところにいたのは色素の薄い髪を片側で束ねた丸メガネの優男だった。
「もしかして市役所から連絡いただいた大きいワンコ様でしょうか」
「……そうだ」
しばしば頷くと、相手は何を思ったのかくすりと笑った。
「奥でご説明させていただきます」
その言葉に彼の後ろをついて奥へと進む。
一つの書棚の前で、蒼石は立ち止まり、レバーを引いた。
するとその書棚が横に開き、中に階段が現れる。
罠だろうかと一瞬迷うが、彼は何かを知っているはずだ。
小僧達を巻き込む前に、この違和感を突き止めてしまいたい。
蒼石はポケットから小さなランタンを出すと明かりをつけた。
手のひらに簡単に収まるような大きさなのにずいぶん明るい。
古めかしい石でできた階段を登ると、古ぼけた扉が現れた。
軋んだ音をたてて扉を開けると、同じく石造りの小部屋があった。
壁から出た小さな台にランタンを置くと、室内に幾つか設置されたランタン全てに明かりが灯る。
あたりに目を走らせる。
この部屋も壁一面に本が入れられていた。
窓はない。
部屋の中央に、机に椅子が4脚。
逃げ場はないという事実に不安がないこともない。
何かあれば今入って来た場所から逃げるしかないだろう。
蒼石は扉を閉め、部屋の奥へ進んだが、俺は扉を背にしたまま立っていた。
「この国のシステムにご興味がおありとのことですね」
「ああ。
……親切にしていただけるのはありがたいが、この国は不思議だ」
「おっしゃる通り。
それはこの国全てが作り物だからです」
にこやかに発された言葉だが、意味がわからず眉を顰める。
「失礼します」
蒼石は俺の前まで歩いてくる。
若干の不安はあるが、殺意はない。
細く美しい手が、額に触れた。
その瞬間、小さな衝撃と共に記憶が溢れ出してくる。
この国に着いた時、何やら大きな部屋の中で、卵形の容器の中に1人ずつ入れられ、そして意識が遠のいたのだとーー
「桜都国は桜花国の妖精遊園地の、
私は管理者の1人ですから、警戒する必要はありません。
そして今、あなたの改訂を解除しました」
触れられた額を押さえる俺を、蒼石はにこやかに
見下ろしていた。