桜都国
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「ようこそ桜都国へ!」
今回落ちた世界は桜都国というらしい。
着いて早々、女達に囲まれる。
「わーかわいい女の子いっぱいだ―!」
へらりといつもの女たらしぶりを発揮する男。
小僧にも姫にも、そして俺の胸にも女がすり寄ってきた。
おしくらまんじゅう状態で逃れようもない。
チラリと見下ろすとにっこり微笑みかけられた。
彼女に殺意はない。
「変わった御衣装ですね、異世界から来られたんですか?」
「異世界から人が来ることがあるんですか?」
食いついたのは小僧だ。
それも当たり前だろう。
「もちろんです。
この国を楽しむためにいろんな国からいらっしゃいますわ」
今までの旅の経験から、この出迎えにはずいぶん違和感がある。
異世界を渡るものを許容する国に行ったことはない。
そもそも男の話では世界を渡れるのはごく一部の者だけではなかったのだろうか。
ちらりと男を見れば女と楽しんでいる風に見える。
俺に縋る女の腕につけられた腕章には、”歓迎する課”と記載があった。
「住民登録はお済みですか?」
女が上目づかいで見上げてくるが、なんのことやらわからない。
「住民登録?」
隣で首をかしげる小僧。
彼も聞き慣れない言葉らしい。
男も、当然姫も首を傾げている。
「ご存じないのですか!
それは大変!
今すぐ市役所にお連れしなければ!」
着いていっても恐らく問題はないだろうし、彼女達程度の力であれば姫と小僧を連れて逃げ出すことも可能だろう。
今ここで拒否するよりは異世界からの訪問者もいるというこの国のことを知る機会を得る方が有益だ。
ちらりと男を見れば彼もこちらを伺っている。
だがその視線から、彼も彼女らを拒絶する意思はないことが確認できた。
「ささ、まいりましょう!」
女に手を引かれていく小僧と姫。
その後ろを俺達も連れて行かれる。
異世界からの渡航者が多いとなれば恐らく、羽根に近付くこともできるに違いない。
ーーだが疑問はなぜ羽根が飛び立ったのかだ。
魔女がいうに、全ては必然。
あれだけ思慮深いであろう者が強調して言ったのだ。
この羽根探しも必然ということになる。
時折感じる視線とその必然に関連性があるとすればーー計画犯である可能性も高く実に厄介だ。
市役所で紹介された家は小さいとは言い難く、控えめに言っても新しく綺麗だ。
窓から見える景色は何の変哲もなく、街灯に照らされた石畳の道が続いている。
賃貸費用は後払いだというが、何か抵当に取られたわけでもない。
ここでの生活費用はと言えばーー
「ジェイド国と高麗国の服、買ってくれてよかったねー」
「他の国の衣装が高価な国もあるので」
「それもお父さんと旅をしていた時の知恵?」
「はい」
呑気に小僧と男が話している通り、服を売り通貨である"
3日は食べ物に困らないだろう。
不思議な国だ。
誰でもできる住民登録。
物件や仕事の紹介。
しかも全てが無料で行われていた。
日本国であればありえない。
これほどまでに簡単に移民が国民に溶け込むことを許すなど、もし敵国の間者であればどうするつもりなのだろうか。
それとも完全に制圧する手立てをもっているか、国家を納める概念がないような地域なのだろうか。
後者の可能性はあるかもしれない。
この国を楽しむためにいろんな国から人がやってくると歓迎する課の女は言っていた。
国というよりは観光地として、擬似的に暮らしを体験するような別荘地とでも言うならば納得できなくもない。
街の様子を見ていても、住人が皆それなりに裕福なことは明白だ。
ゴミも落ちていない街道、整備された公園、小綺麗な店、武器を持ち歩く者がいるにもかかわらず緊張感はない。
市役所の手が至る所に届いているのだろうが、監視するための術や機械などは見当たらないのが不思議だ。
船をこぐ少女の横にクッションを置き、そっと横たわらせる。
とりあえず無事であることは変わりないし、ここが安全であることも変わりないーー今は。
「寝る場所も確保できたし、あとは……」
「本当に少しだけど、サクラの羽根の力、感じる。
羽根、この国にある」
白饅頭の言葉に小僧が嬉しそうな顔をした。
そこで不意に感じた不可思議な気配に、少女を抱き上げ、部屋の奥に下がる。
窓ガラスを砕いて家に入りこんできたのは、異形の、まるで鬼のような、巨大な化け物。
「わーおうちを借りたらいきなりお客さんだー」
「招いてないが」
小僧が床を蹴って高く跳びあがった。
左からの攻撃を避け、右からの攻撃は、どうやら避けきれなかったようだ。
しかしそのまま天井付近まで飛び上がり、かかと落としを化け物の脳天にくらわせる。
化け物はシュウウウウと音を立てて、そしてーー
「消えた!」
小僧の驚きの声はぽっかりと空いた天井を通り抜けた。
星が瞬く。
「親切な国だと思っていたけど、結構アブナイ系なのかな」
男の呟きは、沈黙を呼んだ。
「姫を部屋に連れて行く。
お前は手当てしてもらえ」
ちらりと傷を見る。
それほど深いわけではないだろう。
「はい」
俺は姫を抱きかかえて階段を上った。
小さな怪我ならいい。
致命傷を得ない事が肝心だ。
今後彼を戦力外にしていくことは難しい。
どこかで武器の使い方も教える必要があるだろう。
素手での戦いには限界がある。
前向きに考えるならば、ちょうど良い機会かもしれない。
腕の中で心地良さげに眠る姫を守りたいならば、強くならねばなるまい。
ー強い力を持つ者こそ、真の強さの意味を理解せねばならない。
お前が守りたいものの為にー
前の国で聞いた浅黄の言葉が蘇る。
知世も言っていた、真の強さーー腕の中で眠る姫や小僧のためにも、理解が必要なのかもしれない。
朝ご飯を食べてから外出する支度をしている黒様。
「どこいくの?」
「市役所だ。
昨日のあの異形のもののことを聞きに行く」
「あー、オレもいくー
仕事決めないといけないらしいし」
ちょうどいい。
この国の不思議なところについても意見を聞きたいところだった。
「留守番お願いできる?」
「はい!」
奥から顔を出した小狼君は元気に返事をした。
オレ達の頼みならほいほい請け負ってしまいそうな彼だからこそ扱いやすく守り易いと言えばそうだが、彼も我儘を言うことを学んだほうがいいかも知れない。
この旅の平和な間くらい、少しでも自分らしく過ごせたらいいのに、なんてそれこそオレらしくない。
「それじゃ行こうか」
黒たんの顔を覗き込むと思ったより近かった。
燃えるような赤が、ドアのガラスを通り抜けた朝日を受け、きらきらと透き通って見える。
どこかでこんな目を見たことがある気がするのに、思い出せないし、思い出してはいけないような気がした。
外に出ると暖かい風がふわりと黒たんの髪を揺らした。
微かに目元を緩める仕草が美しい。
白い肌に黒髪、黒い服はよく映えた。
軽い足取りで音もなく歩き始めるので、その後を追う。
少し離れて並んで歩く。
なんと穏やかな時間だろう。
街路樹として植えられている淡いピンク色の花がこの時を象徴しているようで思わず溜息が漏れる。
「桜都国というだけに、桜が美しいな」
「この木が桜?
サクラちゃんの名前と同じだね。
あの子にもよく合う」
しばらく歩いてふっと気配が近づいた。
「俺たちがこんな格好で歩いているのに、誰も反応しない」
囁かれて初めて気づいた。
昨日は遅かった為日用品の買い出しは後回しにして食料品の買い出しに留まったのだ。
オレはコートを脱いではいるが、旅に出た時の服装で、周りとは明らかに違う。
「確かにそうだね。
今までの国だったら、たいてい変な格好、って注目されていたのに」
「お前の母国でも異世界人は訪れたか」
「ごく稀にね」
「こんなに簡単に国民に馴染ませたか」
「まさか!
こっそり隠れながら旅の目的を叶えるか、貴賓として城でもてなされるかだよ。
住民として扱うなんてありえない」
「俺の国でもそうだ。
その上異世界からの人にあまりに親切だ」
「何か思惑があるんじゃないかって?」
「ないと言われる方が違和感がある」
「まぁね」
黒たんは市役所に着くとずんずんと何でもする課に進んでいった。
慌てて追いかける。
「昨晩はご活躍でしたね。
報奨金が出ていますよ」
昨日、おれたちの住民登録をしてくれた女の子がにっこりと笑いかけた。
「そうか。助かる。
あいつらのことは、ここでいつも把握しているのか?」
饒舌な黒様は相手を疑っている証拠。
「ええ」
「あれって、一体どんな存在なのかなぁ」
「鬼児と言って、桜都国に現れる敵。
倒すべきものです。
主に夜に現れます」
「あんなのがうろうろしている国にしては、のんびりしているね」
「よほどのことがない限り、鬼児は一般市民を襲いません。
鬼児狩りという専門家がいますから」
不思議な言い回しをするものだ。
黒たんをチラリとみると静かな瞳が見返してきていて、彼女も同感であることがわかった。
視線を市役所の女の子に戻す。
「そのお仕事ってズバリ?」
「他の仕事よりも手っ取り早く儲かりますし、
裏の情報も多く得られます。
ただし、非常に危険です」
「その仕事、俺がする」
隣でさらっと言った黒様をちらりと見る。
「承りました。
鬼児狩りは必ずペアとなっており、1行につき1組と決まっておりますが他のどなたと組まれますか?」
黒りんはちらっとオレを見た。
「えー、オレはやだよぉ。
小狼君は?
絶対やりたがると思うよ」
黒りんは何かを考えているようだった。
「……わかった」
小さく呟く。
何か引っかかることでもあるのだろうか。
過保護な黒りんのことだから、怪我をさせたくないと心配しているのかもしれない。
「あなたはどうなさいますか?」
市役所の女の子に聞かれ、悩んでしまう。
この国では全員定職につき、それを役所に届け出なければならないらしい。
モコナはペット扱いで免除されているが、サクラちゃんや小狼くんのような子達もその対象だ。
庁内には2人よりももっと小さな子もおり、その中には立派に仕事をして稼ぎを得ている様子の子も見かける。
裕福にそうに見える国なのにこんなに小さい子から働かせるなんて不思議だが、彼らは自ら楽しんで働いているらしい。
やはり不思議な国だ。
うーん、と少し考えてから女の子に視線を戻した。
「なんかのーんびりしてて、楽しくて、ついでに情報聞けちゃう仕事ない?」
黒様があきれたのか待合のソファの方に離れていってしまった。
「ありますよ」
「じゃ、それー。
あ、もう一人の女の子もね」
「承りました」
黒りんの方に歩いていく。
ぼうっとしているように見えるが、彼女がぼうっとすることなどあり得ない。
何か考えているか、あたりの様子をうかがっているのだろう。
「帰ろうか。
あ、この国の服と食料買って帰ろう」
「ああ」
黒様が腰を上げた。
歩くペースはいつの間にか合っていて、オレと並んで黒たんが歩く。
穏やかで暖かな日差しに、木漏れ日が揺れる。
雪深いセレスではなかなかお見えしない気候だ。
この国の不思議な感じはなんともそこが見えないが、この穏やかで平和な感じは好きかもしれない。
さあ帰ってお昼ご飯を作ろう。
何がいいだろうか、ホットケーキもいいし、パスタも捨てがたい。
そう言えば近くにおいしそうなパン屋さんもあった。
そんな呑気なことを考える自分に胸が締め付けられる。
いつまで、こんな平和な毎日はいつまで続くんだろう。
続けていけるんだろう。
全て壊すのは、きっとオレに違いないのにーー