語られなかった世界
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「やぁ、どうしたんだい」
部屋には1人の男性が机に向かって作業をしていたが、俺達に気づいて顔を上げた。
精悍な顔立ちの中年の男性だ。
「博物館に来ていた見学者の方なんだけど、母国では羽根は実在し、神の愛娘も実在すらそうなんです」
「ほう、それは興味深い。
是非とも詳しく話を聞かせてもらいたい。
こちらへ」
自然な流れで来客用らしいソファーセットに案内される。
小さな机を挟んで対峙した。
「私は羽根信仰の研究をしている浅黄だ」
誰かに似ていると思ったら、途中からついてきた浅黄笙悟だ。
苗字も同じだ、血縁者だろう。
挨拶の為手を差し出されたので握手を交わす。
「黒鋼だ」
「ファイ・D・フローライトです」
分厚い手で、皮も厚く豆がある。
体格もいい、動きに無駄もなく、筋肉質だ。
今得られる情報としてはそれで十分。
そして相手も俺について同じ見解を得たに違いない。
武人だ、と。
笙悟に似た勝ち気な笑みを浮かべ、どうぞ、と座るよう促した。
軽く会釈して腰を下ろす。
彼が武人である以上、羽根の奪取はもしかすると骨が折れるかもしれない。
俺たちを騙して殺そうなどと思っているならば尚更だ。
最悪、隣の男だけを先に小僧らの所に返し、彼らを逃す必要も出てくるだろうと、念の為扉側に座らせた。
「実在したと言う羽根と愛娘様の話をしてくれるかい」
浅黄の言葉にひとつ頷いてから話し始める。
「羽根は愛娘の一部だ。
彼女の命を繋ぐのに必要不可欠。
愛娘は心優しい。
どうしても必要ならば奪うことは無いが、もう羽が不要となったならば返していただきたい」
彼らは博物館に入った時から俺達を監視していた。
話も全て盗聴していたに違いない。
だから伝説であり神話でもある羽根や愛娘の存在を口にしても然程動じないのだ。
さらに言えば、彼等もその存在を知っているに違いない。
そうでもなければこれ程までに俺達を観察し、情報を得ようとはしないはずだ。
おそらくここに羽根がある。
そして俺達をーー疑っている。
「羽根を求めるか」
「返してもらいたいだけだ。
もともと愛娘の一部だと言っただろう。
展示にも返還の意思が記されていたように見えたが」
「愛娘様本人にでなければ渡せん」
「大切な神の愛娘が危険を冒してまで他国に足を運ぶとでも思うのか」
「展示で見てきただろう。
羽根の力は強大だ。
悪用されかねないような者に渡す気はない」
交渉は難航しそうだ。
彼らが善人とすれば、姫をここに連れて来れば済む話だ。
だが、そうでない場合の逃げ道も考えねばならない。
「本人にしか渡せん。
この条件を譲る気はない」
「では逆にお前らが愛娘を殺害し羽根を奪うことが目的だという可能性はどう排除するつもりか」
一瞬高まった緊張感と、次の瞬間向けられた多くの銃口。
10は下らないだろう。
銃を構える者を一通り確認する。
そして浅黄は真剣な表情で片手を挙げ、その発砲を止めていた。
銃口を向けられてもびくともしない黒様。
不機嫌そうに微かに眉をひそめている。
咄嗟に動きかけたオレを片手で制している所が妙に腹が立つ。
浅黄さんも同じく片手を挙げて発砲を止めているから、両者が牽制し合っていると言うところだろう。
浅黄さんのその動向まで読めず、黒様を庇おうと無意識に動いていた自分が嫌になる。
彼女が動かない事に、確かに一瞬疑問を抱いたのだ。
常にオレより辺りを観察し、気を配り、俊敏に動く彼女がオレに遅れを取る事があるだろうかと。
だがその疑問を押してまで、身体が動いた。
そして彼女は冷静に、オレを制した。
じくりと胸が痛む。
オレの事など気にさえ留めていない、なんならオレの事など眼中にさえ収めてず全てをこなす彼女に。
オレは一歩、彼女の後ろに引いた。
彼女はやはり、オレを見る事なく片手を下ろした。
「……何の真似だ」
低い唸り声のような声は彼女の威嚇。
こんな状況下で堂々と振る舞う彼女は、一介の兵士などではなく上に立つもののーー王の気風さえ感じさせる。
「こちらも無駄な争いは避けたいのでな」
浅黄さんは腕を組んでオレ達を見定めるようにじっと睨んだ。
「これのどこが」
「実際に羽根の威力による戦争と比べれば、お前らの犠牲などゼロに等しい」
羽根をめぐる戦争による被害の大きさも展示されていた。
その規模は国単位での全滅、大陸単位での破壊だった。
「これを契機に俺達の祖国との戦になるとは思わないのか」
「だから止めているだろう。
もう一度言う。
本人でなければ羽根は渡せん」
「こちらはそれを強奪と見なすぞ」
「そう思うならそれでも結構。
過去の大惨事を引き起こしたく無いと言ったところで、他国からきたお前には理解できまい」
「羽根の力で自国を発展させるという甘い汁を吸ったくせによく言う」
「だから言うのだ。
人の心は弱いからな。
上手い話に簡単に靡く」
両者睨み合い、そしてどちらともなく場の緊張が解れた。
「……愛娘を連れてこよう」
黒りんの言葉に浅黄さんは手を振り、すると銃を構えた人達は掻き消えるように姿を消した。
「その者が真の愛娘であれば、羽根は子彼女の手に戻ろう。
……出口まで案内してやってくれ」
プリメーラちゃんが我に帰ったように近寄ってきて、こちらです、と部屋の出入り口を開けた。
黒様は浅黄さんをもう一度睨んだ。
「お前を信じると決めた。
……違うな」
浅黄さんは楽しげに口の端を上げた。
「お前もな」
それを最後に黒りんが部屋から出ていくので、オレも慌てて追いかける。
なんだか今日のオレはただのお荷物でしかない。
それが何だと言うのかと言われれば、もちろん本来のオレの立場としては何でもないのだけれど、それでもかっこわるいなぁと心の中で独り言ちる。
来た白い廊下を案内するプリメーラちゃんを追う凛とした背中を見ていられなくて、足元ばかり見ていた。
あまりに虚しく、胸が痛い。
「……礼を言う」
聞こえた声に弾かれたように頭を上げた。
ふっと笑う吐息の後、僅かに赤い瞳がオレを振り返る。
仄かに緩められた眦にさえ、どうして気付いてしまうのだろう。
彼女は全てを分かっていた。
その事実がまた胸を締め付ける。
彼女に絡め取られた自分は、やはりもう逃げる術を持たないのかも知れないと思った。
部屋には1人の男性が机に向かって作業をしていたが、俺達に気づいて顔を上げた。
精悍な顔立ちの中年の男性だ。
「博物館に来ていた見学者の方なんだけど、母国では羽根は実在し、神の愛娘も実在すらそうなんです」
「ほう、それは興味深い。
是非とも詳しく話を聞かせてもらいたい。
こちらへ」
自然な流れで来客用らしいソファーセットに案内される。
小さな机を挟んで対峙した。
「私は羽根信仰の研究をしている浅黄だ」
誰かに似ていると思ったら、途中からついてきた浅黄笙悟だ。
苗字も同じだ、血縁者だろう。
挨拶の為手を差し出されたので握手を交わす。
「黒鋼だ」
「ファイ・D・フローライトです」
分厚い手で、皮も厚く豆がある。
体格もいい、動きに無駄もなく、筋肉質だ。
今得られる情報としてはそれで十分。
そして相手も俺について同じ見解を得たに違いない。
武人だ、と。
笙悟に似た勝ち気な笑みを浮かべ、どうぞ、と座るよう促した。
軽く会釈して腰を下ろす。
彼が武人である以上、羽根の奪取はもしかすると骨が折れるかもしれない。
俺たちを騙して殺そうなどと思っているならば尚更だ。
最悪、隣の男だけを先に小僧らの所に返し、彼らを逃す必要も出てくるだろうと、念の為扉側に座らせた。
「実在したと言う羽根と愛娘様の話をしてくれるかい」
浅黄の言葉にひとつ頷いてから話し始める。
「羽根は愛娘の一部だ。
彼女の命を繋ぐのに必要不可欠。
愛娘は心優しい。
どうしても必要ならば奪うことは無いが、もう羽が不要となったならば返していただきたい」
彼らは博物館に入った時から俺達を監視していた。
話も全て盗聴していたに違いない。
だから伝説であり神話でもある羽根や愛娘の存在を口にしても然程動じないのだ。
さらに言えば、彼等もその存在を知っているに違いない。
そうでもなければこれ程までに俺達を観察し、情報を得ようとはしないはずだ。
おそらくここに羽根がある。
そして俺達をーー疑っている。
「羽根を求めるか」
「返してもらいたいだけだ。
もともと愛娘の一部だと言っただろう。
展示にも返還の意思が記されていたように見えたが」
「愛娘様本人にでなければ渡せん」
「大切な神の愛娘が危険を冒してまで他国に足を運ぶとでも思うのか」
「展示で見てきただろう。
羽根の力は強大だ。
悪用されかねないような者に渡す気はない」
交渉は難航しそうだ。
彼らが善人とすれば、姫をここに連れて来れば済む話だ。
だが、そうでない場合の逃げ道も考えねばならない。
「本人にしか渡せん。
この条件を譲る気はない」
「では逆にお前らが愛娘を殺害し羽根を奪うことが目的だという可能性はどう排除するつもりか」
一瞬高まった緊張感と、次の瞬間向けられた多くの銃口。
10は下らないだろう。
銃を構える者を一通り確認する。
そして浅黄は真剣な表情で片手を挙げ、その発砲を止めていた。
銃口を向けられてもびくともしない黒様。
不機嫌そうに微かに眉をひそめている。
咄嗟に動きかけたオレを片手で制している所が妙に腹が立つ。
浅黄さんも同じく片手を挙げて発砲を止めているから、両者が牽制し合っていると言うところだろう。
浅黄さんのその動向まで読めず、黒様を庇おうと無意識に動いていた自分が嫌になる。
彼女が動かない事に、確かに一瞬疑問を抱いたのだ。
常にオレより辺りを観察し、気を配り、俊敏に動く彼女がオレに遅れを取る事があるだろうかと。
だがその疑問を押してまで、身体が動いた。
そして彼女は冷静に、オレを制した。
じくりと胸が痛む。
オレの事など気にさえ留めていない、なんならオレの事など眼中にさえ収めてず全てをこなす彼女に。
オレは一歩、彼女の後ろに引いた。
彼女はやはり、オレを見る事なく片手を下ろした。
「……何の真似だ」
低い唸り声のような声は彼女の威嚇。
こんな状況下で堂々と振る舞う彼女は、一介の兵士などではなく上に立つもののーー王の気風さえ感じさせる。
「こちらも無駄な争いは避けたいのでな」
浅黄さんは腕を組んでオレ達を見定めるようにじっと睨んだ。
「これのどこが」
「実際に羽根の威力による戦争と比べれば、お前らの犠牲などゼロに等しい」
羽根をめぐる戦争による被害の大きさも展示されていた。
その規模は国単位での全滅、大陸単位での破壊だった。
「これを契機に俺達の祖国との戦になるとは思わないのか」
「だから止めているだろう。
もう一度言う。
本人でなければ羽根は渡せん」
「こちらはそれを強奪と見なすぞ」
「そう思うならそれでも結構。
過去の大惨事を引き起こしたく無いと言ったところで、他国からきたお前には理解できまい」
「羽根の力で自国を発展させるという甘い汁を吸ったくせによく言う」
「だから言うのだ。
人の心は弱いからな。
上手い話に簡単に靡く」
両者睨み合い、そしてどちらともなく場の緊張が解れた。
「……愛娘を連れてこよう」
黒りんの言葉に浅黄さんは手を振り、すると銃を構えた人達は掻き消えるように姿を消した。
「その者が真の愛娘であれば、羽根は子彼女の手に戻ろう。
……出口まで案内してやってくれ」
プリメーラちゃんが我に帰ったように近寄ってきて、こちらです、と部屋の出入り口を開けた。
黒様は浅黄さんをもう一度睨んだ。
「お前を信じると決めた。
……違うな」
浅黄さんは楽しげに口の端を上げた。
「お前もな」
それを最後に黒りんが部屋から出ていくので、オレも慌てて追いかける。
なんだか今日のオレはただのお荷物でしかない。
それが何だと言うのかと言われれば、もちろん本来のオレの立場としては何でもないのだけれど、それでもかっこわるいなぁと心の中で独り言ちる。
来た白い廊下を案内するプリメーラちゃんを追う凛とした背中を見ていられなくて、足元ばかり見ていた。
あまりに虚しく、胸が痛い。
「……礼を言う」
聞こえた声に弾かれたように頭を上げた。
ふっと笑う吐息の後、僅かに赤い瞳がオレを振り返る。
仄かに緩められた眦にさえ、どうして気付いてしまうのだろう。
彼女は全てを分かっていた。
その事実がまた胸を締め付ける。
彼女に絡め取られた自分は、やはりもう逃げる術を持たないのかも知れないと思った。