語られなかった世界
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小狼君とサクラちゃんの部屋のドアが閉まる音を聞いて、黒りんはドアノブに手をかけた。
「黒様」
怪訝そうに振り返る。
「どこいくの?」
「のどが渇いた」
嘘だ、というのは直感だ。
きっと彼女は、酒場にでも聞き込みに行くんだろう。
つい一昨日まで高熱を出していたくせに。
「モコナはこの国で羽根の波動を感じてるんだ。
同じ力は引き合う。
焦らなくても見つかるよ、きっと」
気づいていたのが気に食わないのか、ぷいっと顔を背けられてしまった。
「休んだ方がいいよ、黒たんも」
肩にそっと手を置いて、ドアから離れさせた。
溜息をつきながらもちゃんと付いてきて、よくできましたと心の中で誉めてあげる。
彼女は20歳そこらのはずなのに本当にストイックだし、苦労に慣れている。
それは不思議なほどだ。
今まで巡ってきた阪神国でも、高麗国でも、ジェイド国でも、彼女は己が血を流すことなどまるで朝飯前だ。
いくら訓練されたからと言って、これほどまで己を殺し犠牲にできるものだろうか。
かなり適性が高く、かつ彼女自身が相当な決心で臨んでいるということだろうか。
これは飛王が護衛にと選ぶ価値は十分に高いだろう。
彼女がサクラちゃんを守ることを望み、彼女の願いである羽根を集めることに全力を注ぐならば、一介の騎士など役にも立たないに違いない。
オレはきっとこれからも彼女に血を流させ続けるのだろう。
ーーそしていつか、命を奪う。
ーーでは何故、彼女を休息へと誘う必要がある?
警鐘を無視して地図を広げた。
「さーて、明日はどこに行こうか?」
「ここは?」
彼女が指さしたのは、今日のお店で店員さんお勧めの大きな博物館のある街。
「小狼君、行きたそうにしていたもんね」
「大きな街だ。
聞き込みの役にも立つだろう」
彼女はそこまで話すとくしゅん、と小さくくしゃみをした。
こんななりをしていても、そのくしゃみをする姿はどこかただの女に見えた。
ー-果たして、命を奪えるのだろうか。
「黒様?もしかしてまだ風邪治ってないの?」
そういうオレも、堪えきれずにくしゃみをした。
「馬鹿はひかないんじゃないのか?」
にやりと笑うから、可愛くないなと思わず口の端が上がってしまう。
「それはお互い様でしょー。
誰かが噂してるんじゃない?きっと」
サクラちゃんと小狼君のために、楽しい旅にしてあげたい。
無表情な彼女の、地図に触れる優しい指先が、その気持ちを物語る。
ーー彼女の命を奪わなければならない。
彼女の肩に触れた手が、まだ仄かに温かい気がした。
胸の奥が、じくりと痛んだ。
「本当ですか!?」
私の隣で目を輝かせる小狼君。
「うん、黒たんが行こうって」
へにゃんと笑うファイさんは、地図を指さしている。
昨日レストランで教えてもらった大きな博物館のある街。
今日はその街に行くことになった。
「違うぞ、俺は」
「さすが黒鋼!ナイスーっ!」
不愛想な顔で否定する黒鋼さんの頭にぴょんとモコちゃんが跳び移る。
「ありがとうございます、黒鋼さん!」
元気よくお礼を言う小狼君に、黒鋼さんもついには気圧されたようで、少しだけ目元を和らげた。
これは黒鋼さんが嬉しい時の表情だ。
「はいはい、まずはしっかりご飯食べてからねー」
どんなものがあるんだろう、展示数も多いって言ってたし、なんて言いながら慌ててパンを頬張る小狼君を、黒鋼さんはなんだか優しく見つめていた。
きゅっと、また胸が痛む。
なんでだろう。
「どうかしたか?」
私の視線を感じたのか、黒鋼さんが私に視線を移し、尋ねる。
やっぱり黒鋼さんは優しくて、あったかい。
ふるふると首を振って、私もパン頬張った。
「これおいしいですよ、クリームが入っています!
黒鋼さんもどうですか?」
そういって同じ篭からパンを一つ取って差し出すと、やはり目元を和らげた。
「ありがとう」
強いけれどよく見れば女性らしい整った手が、私の手と少しだけ重なった。
「すごい!」
「大きいね!」
「ほんとだねぇ」
「わーい!」
博物館は本当に大きかった。
これは想像以上だ。
文明が発達していて、考古学の研究も進んでいる国のようだから、それなりの大きさは予想していたが、ここまでとは驚きと興奮が隠せない。
「大人2人、子ども2人くださーい」
「かしこまりました」
「こちらパンフレットになります」
受け取ったファイさんはちらりと中を見ておれに渡した。
おそらく文字が読めなかったのだろう。
横から黒鋼さんもおれの手元を覗き込んだけれど、彼もこの国の文字が読めないようだった。
「どこから行く?」
サクラ姫も目新しいものがたくさんあるからか、楽しそうにあたりを見回している。
「そうですね、じゃあここの展示室から時代を追って見て行きましょう」
「うん!」
研究も進んでいて、どの展示もおもしろい。
展示品の管理も行き届いていて、その保管方法や展示方法も勉強になる。
その上博物館そのものだけでも十分価値の高そうな建築だ。
あれもこれもと見始めると本当にキリがない。
「この文明では古代ではこの鏡を使って祭事を行っていたそうですよ、ほら見てください」
「素敵な模様の鏡だね」
「太陽の化身として、よりきれいに磨かれた鏡の方が価値があったそうです」
「小狼君、本当にこういうの好きなんだね」
サクラ姫の言葉に、自分が好きなだけ話していたことに気づく。
押しつけがましく、退屈させてしまっただろうか。
「あ……すみません」
気まずくてうつむけば、姫はぶんぶんと首を振った。
「ううん。
私も小狼君にいろんなお話聞けて楽しい」
こわごわ顔を上げれば、姫は言葉の通り楽しそうに笑っていた。
本当に、姫の笑顔は温かいと思う。
「あ、小狼君、あれは?」
その姫の向こう、ファイさんと黒鋼さんが並んで展示を眺めているのが視界に入る。
黒髪はこの国では珍しいようで、
すれ違う人たち、それも特に女性が気にして見ている。
頬を染めてコソコソと連れと話をしている様子を見る限り、黒鋼さんが異性として気になるらしかった。
「もー黒ぽん人気者っ」
「その呼び方やめろ。
珍しいだけだろ」
「さぁ、どうかねぇ」
「黙れ」
それにしてもやはり黒鋼さんとファイさんは仲がいい。
同性ではあるが、そういう関係なんだろうか。
珍しいとは思うが、おれはそれに偏見を持っているわけではない。
「小狼君?」
姫が心配そうに声をかけてきて、はっと我に返った。
「あ、すみません。
ちょっと考え事をしていて。
次に進みましょう!」
「うん……でも本当に大丈夫?」
「はい、すみません」
姫にまで心配をかけるなんてと自己嫌悪に陥る。
二人の関係がどうであれ、この旅での今までの俺たち4人の関係性が何か変わるわけでもないのだ。
始めは不安だらけだった旅だが、今ではこんなに心穏やかに過ごすことができる。
全ては、ファイさんと黒鋼さんのおかげだ。
何も不安に感じることは、ないはずだ。
「あれ、サクラちゃんと小狼君は?」
オレの声に、黒様は展示物から目を離して辺りを見回す。
「はぐれた……か?」
「みたいだねぇ」
それだけ話すとすぐに視線を展示物に戻した。
なんだか書物をじぃっと読んでいる。
どうやら2人の行き先よりも気になるらしい。
「読めるの?
あれ、この文字、パンフレットに書いてあったのとは違うね」
「ああ。
これなら読めないこともない」
「何て書いてある?」
黒様がそっとガラスケース越しに文章に沿って指を動かす。
赤い瞳がガラスに映って、文字を追っている。
読みづらいのだろう、真剣な眼差しは不思議と視線を奪う。
オレは展示物を眺めるふりをしながら、その赤い瞳から目をそらせずにいた。
「羽根を対象とした信仰だ。
ある日、巫女が神の泉に行くと羽根が落ちていたらしい。
強い力を持つ羽根は、神の羽根と呼ばれていた」
言葉が止まる。
ガラス越し、オレの視線に気づいたのだろう。
じっと見つめてくる。
ガラスに映るせいでいつもよりも透明感が増したそれ。
書物に反射した光のせいで赤色も明るく見え、どこか輝きと潤みを増して見える。
気まずくなり、何とか視線を引き剥がした。
「……サクラちゃんの羽根っぽいねぇ。
順番に展示物を見ていったらわかるかな?」
「小僧もどこかで気づくだろう。
終着点は同じになるはずだ」
「そうだね……じゃあ次いこうか」
2人で博物館を見て回るという違和感は拭えないが、悪くはないなと、思っている自分がいた。
「そういえば……黒鋼とファイは?」
モコナの声に、顔を上げる。
「……いない」
「はぐれちゃったのかな?」
自分が青ざめるのが分かるし、姫も青ざめている。
何せこの博物館は広いのだ。
すっかり展示に夢中になってしまっていた。
「大丈夫だって、何とかなる!
まかしとけ!」
ぽんと胸をたたくモコナ。
「二人の居場所、わかるの?」
「わかんない!」
励ますためかもしれないが、モコナのこういう言動には少し疲れる。
「でも、大丈夫だよきっと。
サクラの羽根を探している訳だし!」
とはいえモコナの底なしの自信が、おれ達を励ましてくれるのも事実。
「そうね。
きっと大丈夫だよ」
姫の言葉に背中を押され、おれはまた展示に目を向けた。
向こうはちょうど2人きりで、いいのかもしれない、などという思いがふとよぎる。
いつもおれたちが邪魔してしまっているだろうから。
しばらく進んでいくと、中庭らしき所に出た。
まぶしい日差しに目がくらむ。
姫が気持ちよさそうに伸びをする。
「少し休みましょうか」
「うん」
チュロスというお菓子を買って、3人で噴水に腰かけた。
「ファイと黒鋼、どこに行っちゃったんだろう?」
モコナは一口で食べてしまい、手持無沙汰になったのかそう呟いた。
「本当ね」
2人が楽しげに博物館を見学している姿を想像し、慌ててチュロスを頬張った。
甘ったるい味が口内に広がる。
歴史を見ても、世界を見ても、同性愛が一般的な時代や都市は多くある。
2人の生まれた世界もそうであったという可能性も高い。
だからそう言ったことに偏見を持つことに、意味はない。
分かっている。
ではなぜこうもモヤモヤするのだろうか。
「あの、小狼君」
考えていたのが顔に出てしまったのだろうか。
姫が心配そうにのぞきこんでいる。
「あの……何か悩んでるんだったら、
私、何もできないけど、話なら聞けるよ?」
姫はやはり温かい。
きっと、ファイさんと黒鋼さんのことも、もう受け入れているんだろう。
「えっと……黒鋼さんのこと?」
その言葉に、ドキッとする。
「そ……それはその……」
サクラ姫はなぜか少し悲しそうな顔になった。
「黒鋼さんは……本当に素敵な人だし、優しくて、あったかくて……」
なぜだかそういいながら、どんどん表情は沈んでいくように見えた。
「小狼君が憧れるのも……わかるよ」
そこで首をかしげる。
何かが、おかしい気がする。
「ファイさんも、本当に素敵な人だし、優しくしてくれるし……
同じ人、好きになっちゃって辛いかもしれないけど……」
これは、ずいぶんと大きな勘違いをしているようだ。
「でも私、小狼君をいつでも応援しているから!」
ばっとおれを見上げて力説する姫。
でも、それならどうしてこんなに辛そうなんだろう。
「ち……違います!
姫、おれは黒鋼さんが好きな……ええっと、そういう意味で好きなわけではありません!」
「えっ!」
口元を手で押さえ、驚いたような姫の顔が、やはり誰よりも可愛いと思ったのは秘密だ。