語られなかった世界
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隣の部屋をノックする。
はい、と返事が聞こえたから中に入れば、
小狼くんとサクラちゃんがお話していたみたいだ。
「そろそろお腹すかない?」
オレの問いに、二人は少し嬉しそうにうなずいた。
「じゃ、夜ごはん、食べに行こうか」
ありがたいことにさっきサクラちゃんが賭け事で稼いでくれたお金があるし、おいしいものでも食べることにしよう。
久しぶりに、お酒も少し頂こうか。
柔らかいピンク色をベースにしたワンピースの裾がふわりと舞う。
「サクラちゃん、そのワンピース、本当によく似合ってるよ」
そういえば、少しだけ頬を染めて、
「ありがとうございます」
といった。
表情もずいぶん豊かになってきたな、と思う。
これを選んだのは黒様だ。
文化的にワンピースは知らないだろうに、彼女のセンスには脱帽する。
「ね、黒たん?」
「俺にふるな」
黒りんの反応に小狼君がくすりと笑う。
「もうっ黒鋼照れ屋さん」
サクラちゃんの頭の上で、サクラちゃんの声真似をするモコナ。
語尾にはハートがついている。
慌てたのはサクラちゃんだ。
「モ、モコちゃん!」
「白饅頭、夕食抜き」
ぽつりと呟く黒様。
子どもみたいだ。
「黒鋼けち!
心狭すぎなの!」
「お前が悪いだろ」
サクラちゃんも小狼くんも笑ってる。
彼女がいなければ、2人はこんな風には笑えていなかっただろう。
良かった。
良かった、本当に。
……否、そんなはずはないと、心の中で声がする。
彼らにとってはそうに違いない。
だがオレにとってはその温もりこそが真綿の様に首を絞める。
今まで感じたことのなかった温もりは、寂しさに火をつけ、胸を焦がす様だ。
チラチラとオレたちの手元を盗み見ながら、見よう見まねでお肉を切ろうとするが、滑ってなかなかうまくいかない。
それでもカチャカチャと音を立てないのは流石忍びと言ったところだろうか。
諦めて添えられているニンジンのグラッセをフォークで刺して口に運ぶ。
おいしいのか、それともこぼさなかったことにホッとしたのか、目元がかすかに緩む。
「っふっ……ククク」
思わず笑い出したオレを黒ぴっぴが睨んだ。
ほのかに頬が赤いのは恥ずかしがっているのか。
「笑うな。
箸もまともに使えないくせに」
たしかに、春香ちゃんのいた国では、2本の棒で食べる文化で、オレとサクラちゃんは本当に苦労した。
あの時は本当に黒様すごいと思ったものだ。
「だって、あの箸?を使えるのに、フォークとナイフが使えないなんて」
「黒鋼さん、器用そうに見えるのに、意外です」
サクラちゃんまでそういうから、
黒たんは少し困ったようにサクラちゃんを見た。
さすがに睨めないんだ。
2人の事を、本当にかわいがっているから。
「食後のお飲み物はいかがいたしましょうか」
ウエイトレスの女の子に聞かれてメニューを見せてもらったけれど、オレには読めない。
小狼君がひょいっとのぞいて、メニューを教えてくれた。
黒たんは名前を聞いてもよくわからないみたい。
「おれはミルクティ。
サクラ姫は?」
「あ、じゃあ私も」
「俺はそうだな……これってどんな飲み物ですか?」
「スモモの実の果実酒になります」
「じゃ、これ二つ」
黒りんのほうをちらりと見ても何も言わないから、これでいいんだろう。
「かしこまりました」
「じゃよろしくー」
女の子は丁寧に頭を下げて遠ざかって行った。
「スモモがオレの知っている木の実かどうかだよねー」
「そうですね」
どんな実であれ、久しぶりのお酒はおいしいといいな、と思う。
再びフォークとナイフでに苦戦中の黒様。
このまま見ていてもいいけど、なんだかあまりに不憫に見えてきた。
「仕方ないねぇ。
貸してご覧」
「いい」
「いつまでたっても食べ終わらないよ?」
「できる。
刃物は勘と慣れだ。
練習すれば……」
「そうだね、練習すれば。
今はオレがするから」
そう言ってなだめれば、彼女もお腹がすいているのだろう。
素直に皿から手を引いた。
小さな子にするようでおかしい、と思いながらも小さく切り分ける。
「お前、馬鹿にしてるだろ?」
「まっさかー」
「ファイ、にこにこなのっ」
「だって黒りんが切ってっていうからー」
「言ってない」
そんな黒様を見て小さく声をあげて笑うサクラちゃん。
なぜだかちょっとだけ複雑そうな顔をしている小狼君。
なんだろう、何か考え事だろうか。
「はい、あーん」
切り分けてそのまま一切れを口元に持っていくと睨まれた。
「馬鹿か」
「せっかく切ってあげたのに冷たーい」
「もう、黒鋼照れ屋さん」
今度は小狼君の上で声真似をするモコナ。
さっと青くなる小狼。
「覚えてろよ」
「もう、いじわるっ」
モコナを睨み付けて、オレの皿のフォークをとって、切り分けたお肉を食べ始めた。
黒たんに食べてもらえなかった一切れはオレの口の中へ。
「一生言ってろ」
そう言いつつも、黒様はやはりおなかがすいていたからか、少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「では、また明日」
「お休みー」
「黒鋼寝坊するなよ!」
「誰がするか」
「おやすみなさい」
部屋は私と小狼君とモコナ、それから黒鋼さんとファイさんに分かれた。
二人は今後の旅の予定を立ててくれるらしい。
自分も一緒に考えるという小狼君は、今日は早く寝るようにと、私と同じ部屋になった。
「ご飯おいしかったね」
「ええ。
いろんな国の料理が食べられるのは、楽しいですね」
小狼くんは、本当に新しい世界を知るのが好きなんだなって思う。
「うん。
それにファイさんと黒鋼さんおもしろかったし」
「二人ともラブラブなの―!」
「ほんとね」
そうモコちゃんと話していれば、小狼君はなんだか複雑な顔をしている。
「どうしたの、小狼?
二人がラブラブなの、いやー?」
モコちゃんが小狼君の肩にポンと飛び移る。
「い……いや……
や……やっぱりそういう関係なのかな、あの2人って」
「そうなの!
モコナわかる!
あのふたり、ラブラブなの!
ファイは黒鋼が好きで、黒鋼はファイが好きなの!」
がーん。
そんな文字が頭の上に出ているように、小狼くんはショックを受けていた。
その頭の上でくるくると楽しそうに踊るモコちゃん。
「しゃ……小狼君」
もしかして、黒鋼さんのことが好きだったのかな。
そう思うと、なんだか胸がきゅって痛くなった。
「小狼、どうしたの?」
「い……いや、なんでもない」
確かに黒鋼さんは優しいし、綺麗だし、強いし、憧れる。
本当に大好き。
私がこんなに好きなんだから、小狼くんだってきっと好きに違いない。
私なんて、黒鋼さんに敵いっこない。
そう思えば思うほど、どうしてか胸が苦しくなった。