シュトルム国
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「到着!」
「儀式か何かの最中みたいだね。」
「あそこから羽に良く似た波動を感じる!」
落ちたのは闘技場だった。
どうやら二人の男が戦おうとしていたところに、オレ達が落ちてきてしまったらしい。
また困ったところに落ちちゃったなぁ。
とりあえず、闘技場の端の方によって、
オレは主催者に話を聞きに行く。
どうやら文明はそこまで発達しているわけでもなくて警備は手薄で、
不思議な力を使う人もいるような世界で、
俺たちが急に表れてもあまりとがめられることもなくて、
その点は救われたって感じかな。
「主催者に話を聞いてきたよ。
これはこの国で一番強い勇者を決める戦いなんだって。
で、優勝者には聖なる宝物が与えられるみたいだよ。」
オレの言葉に一番に食いついたのは小狼君。
「今からでもこの大会に参加できそうですか?」
やる気満々だね。
そうだろうと思った。
「ぎりぎり間に合うみたいだから、申し込んできちゃった。
小狼君と、黒むーと、オレ。
ただ、オレが聞いてきた話によると、
少し、思っているよりも難しいかもしれないんだよね。」
オレの言葉に小狼君が不安げな顔をする。
黒たんもチラッとオレに視線を向けた。
「どういうことですか?」
「観ていればわかるよ。」
しばらく木刀で戦っていた男たちは、急に剣を投げ捨て、両手を相手に向けた。
その両手から蒼い電撃が発される。
それは彼らの意思に従っているようだった。
「ゾラの雷、っていうらしいよ。
この国の男達に生まれながらに持っている能力なんだって。
普段は使うことが禁じられているんだけど、
この大会のときだけ使うことを許されているみたいだよ。」
小狼君の顔が引き締まる。
黒むーは表情こそ変わらないけど、ちょっと喜んでいるんだろうな、と思う。
多少危険は伴いそうだけど、
まだ阪神国で戦った巧断との戦いの方が難易度的には高かったかな、って思う。
次の試合は黒たんが出場するみたいだ。
アナウンスで黒たんの名前が呼ばれる。
「ひゅー黒ぴょん、頑張って!」
闘技場に足を踏み込む彼女に声をかければ、
怪訝そうな顔で振り返った。
「変な名前で呼ぶな。」
ゾラの雷の力を使われたにもかかわらず、
やっぱり黒様の圧勝だった。
引き続き、オレ、小狼君も戦ったけど、
やっぱり圧勝。
もし、100年とか先のこの国に来ていたら、
もしかしたら危なかったかもしれない、とは思う。
このゾラの雷の力をうまく使って、
軍隊でも作られていたら、そう簡単には勝てなかったかもしれない。
それでも、小狼君は羽を手に入れようとしたんだろうな。
いや、手に入れたんだろうな。
彼は、心が強いから。
危ないから安全な場所に、と言われ、
モコちゃんと一緒に森の中を歩いていた。
「モコナいい場所はっけーん!」
腕の中で指さす先には小さな小屋。
開いていた扉から、
こんにちは、と挨拶をすれば、
サクラとそう年の変わらないキーファという少年と、
シャルメという少女が顔を出した。
この二人も、今小狼たちが出ている大会出場を目指して遠い街からやってきたそうだ。
ところが道中、野犬に襲われて怪我をしてしまったらしい。
小屋の裏手にある河で、サクラはシャルメの洗濯を手伝っていた。
冷たい水で少しだけ悲しそうな顔をしながらシャルメさんは、
キーファさんのの洗濯物を洗っている。
出会ってすぐだけれど、何となく、シャルメさんの気持ちが分かるような気がした。
小狼君も、いつも羽のために無理をして、
それで私にはいつも、安全な場所で待っているように言うから。
「お水、冷たいですね。」
そういえば、シャルメさんは私が気を使っているのを感じたのだろう。
「慣れていますから。
あの人、大会に備えてこの一年間、必死で特訓していましたから。
それに・・・」
何か言いかけたのに、その言葉を切って、
いえ、いいの、とまた手を動かし始めた。
私もたどたどしい手つきで、真似をしながらそれを手伝う。
モコちゃんは水遊びにいそしんでいる。
「でもどうして男の人って自分の強さにこだわるのかしら。」
ぽろりとこぼれた言葉に、私は思わず微笑んだ。
「良くわからないですけれど、私の友達にもよく似た人がいます。」
本当は男の人ではないんですけれど、という言葉は呑み込んだ。
彼女の心は、いつも男としての自分を作っていることを知っているから。
「本当は、強さを求めると言う形で今の状況に負けないようにしている、
強がりさんなのかもしれないですね。」
服を洗えば揺れる水面。
私の言葉に、そうかも知れないわね、と答え、それからふいに手を止めた。
「不安で、不安で・・・だから強さを求めてしまうのかしら。」
主語がないけれど、それが誰のことを指しているのかはすぐに分かった。
「本当は、怖がり、なのかもしれませんね。」
暖かいシャルメのどこか困ったような笑顔に、黒鋼のことを考える。
いつも表情がほとんど変わらなくて、
強くて、
でも優しくて。
忍ぶ者である忍者。
きっといろんなものを忍んできたんだろう。
たとえばそう、今シャルメが言ったように、
怖さ、とか。
「へらへら笑ってないで、覚悟しろよ。」
赤い瞳がオレを見ている。
細められて、嬉しそうに。
だからオレもなんだか嬉しくなっちゃう。
「うーん、困っちゃったなぁ。
どうしたらいいと思う?」
話を彼女のずっと後にいる小狼君に振ってみる。
「えっと・・・」
そうすれば生真面目な彼は闘技場の隅で目を瞬かせて困っている。
「黒りん、オレ達仲間だよね?」
今度は彼女に問うも。
「仲間でも関係ない。
俺はいつでも真剣勝負だ。」
どぉん
試合開始の鐘の音がなる。
迫ってくる赤い眼。
切れの良い太刀筋。
よけるのが楽しい。
この緊張感、たまらないねぇ。
「ちゃんと戦え。」
そういいつつも、彼女が手を抜いているのは知っている。
だって、本気でやってきていたら、
もっとオレの命だって危ないだろうし。
「負けるの痛そうで嫌だし、
でも勝ったらこの後しこりが残りそうで嫌だし。」
そういえば赤い眼がすっと細められた。
負けず嫌いだよね、何気に。
「勝てる気でいるのか。」
「もちろん。」
ふわりと一撃をよけて片手を彼女の肩において軸にして飛び上がりながら、
もう片手の指を彼女の唇に触れさせる。
近づいた赤い瞳が驚きに見開かれた。
いい顔だね。
そのまま宙返りで彼女の頭上を跳んで背後に立った。
「・・お前っ!」
ちょっとした挑発が彼女をずいぶん怒らせてしまったようだ。
くすりと笑う。
もう少し遊んでいたいけど、主催者さんに迷惑かけるわけにもいかないし。
そのまま小狼君の頭を飛び越えて闘技場と観客席をしきる壁の上に立つ。
黒様ももちろんついてきて。
どぉん
鐘の音がなった。
「試合終了です。」
小狼君の声に、黒りんが目を瞬かせる。
「場外に出たら失格なんです。
だから二人とも負けです。」
「あっしまったぁ。
そのルールをころっと忘れてた。」
そういえば、黒むーがジト目でこっちを見てくる。
それをさらっと無視して、オレは壁から飛び降りる。
「後は任せたよ、小狼君。」
彼に刀を渡す。
小狼君なら、絶対大丈夫。
軽く手を振って背を向けた俺に、
この国の若者がつけている仮面のついた兜がかぶせられた。
「黒むー?」
「一生かぶっていろ。
お前の顔など一生見たくない。」
ちょっとだけ不機嫌な声に、オレは思わず口の端をあげた。
本当に、こういう試合ごとに関してはムキになるよね。
本当は感情がないんじゃないかと時々不安になるけれど、
こうして戦うときは隠してる表情が表に出ることもあって、
なんだかほっとする、
そんなところがかわいいと思うんだけど。
振り返って、その兜をとった。
「かぶっていてもいなくても、
一緒だったりしてー。」
言ってから、どうして彼女にはこんなことを言ってしまうのだろうと思った。
相変わらず微かにだけ眉をひそめてから、
彼女はオレに背を向けた。
「そんれならお前の顔が出てくるまで、
仮面をたたき割り続けてやる。」
あれ、さっきと言っていること逆だけど?
そう思ったけど、言いはしなかった。
少しずつ離れていく背中に、
オレは少し、
いらだちを覚えた。
本当に彼女なら、オレの枷をたたき割ってくれるかもしれないという、
かすかな希望と、
それにすがろうとする醜いオレと、
やっぱりじんわりと心にしみこむ温もりに、
今までのオレが壊されてしまいそうで。
「お見事だったね。
小狼君。」
全ての試合が終わったのは夕方になってからだった。
綺麗なオレンジ色の光の中に、
黒たんと小狼君がいて、
なんだか絵になるなと思った。
そこに気配が近づいてくる。
「聖なる宝物を渡してもらおう。」
現れたのは小狼君よりも少し年上に見える少年。
右手に起こしたゾラの雷を見て、
彼の持つ力は、今までの対戦相手とは全く違うことを感じる。
強い。
それは、何かを護るためにつけた力。
彼の眼は、小狼君の目にとてもよく似ていた。
「いやだって言ったら、どうするのかな?」
オレの言葉に、その電撃が大きくなる。
「力づくで奪うまでだ。」
ふぅん、本当に、欲しいんだね。
彼の電撃が辺りに飛び交う。
オレたちはとっさに飛びずさった。
彼は、あんなことを言ってはいるが、
卑劣なことをするような子じゃない。
それは攻撃を見ていればわかる。
宝物を手に持つ小狼君とその少年を取り囲むように、ゾラの雷が火花を上げた。
少年と一対一でやらせても、問題はないだろう。
きっと黒様もそう思っているから、
こうして壁際で腕を組んで見物しているんだと思う。
「二人は良く似ている。」
彼女の声は、心地よい。
夕焼けの中に溶けて、
少しだけ熱気の残る風の中で、
オレの耳に届く。
「いい目だ。」
それから、本当に優しい。
オレよりずっと短い間しか生きていないのに、
大きさを感じるんだ。
未熟なところも本当にたくさんあるけどさ。
でも、だからかな、
こういうあったかいところ、好きなんだけど、
それと同時にやっぱり憎くなるんだ。
試合は小狼君の勝ちで終わったけど、
小狼君は戦うことで、その少年の気持ちの強さを感じたみたいだった。
だから、宝物は彼にあげたんだろう。
闘技場の隅にいたサクラちゃんと一緒に来た女の子が呪いをかけられてしまっていて、
その呪いがこの宝物を使ったら解けるらしい。
そっか、だから小狼君に似ていたんだな。
ちらりと黒様を見れば、
やっぱり優しい眼をしてる。
黒様って、本当に子どもに甘いよね。
無事に呪いも解けて、
二人は闘技場を後にした。
「でも本当に良かったね。
あれがサクラちゃんの羽根じゃなくて。
そうだったら、どちらかが死ぬまで戦っていたかもしれない。」
よく似た二人のことだ。
大切な人のためには、命だって投げ出すだろう。
だからこそ、きっとサクラちゃんも、さっきの女の子も、
耐えきれない苦しみを背負ってしまうかもしれない。
彼らはまだ、気づきはしていないだろうけれど。
いつかそんなことも知って、
もっと素敵な関係を作っていけたらいいなって思う。
短い、魔力を持たない人間の一生の中ででも。
モコナの口に吸い込まれ、次の世界へ移動する中、
人間と言えば、と、
ふっと思うのは黒様を見た。
まっすぐ前を見る赤い瞳。
オレ達のなかを流れるときの早さは違う。
だからオレ達は、共に老いていくことはない。
同じ1秒に感じる価値だって、まったく異なるに違いない。
同じ今を生きているのに、
この同じ時さえ共有できていないことがどこかもどかしく、
でも心のどこかで、ほっとしている自分がいた。
「儀式か何かの最中みたいだね。」
「あそこから羽に良く似た波動を感じる!」
落ちたのは闘技場だった。
どうやら二人の男が戦おうとしていたところに、オレ達が落ちてきてしまったらしい。
また困ったところに落ちちゃったなぁ。
とりあえず、闘技場の端の方によって、
オレは主催者に話を聞きに行く。
どうやら文明はそこまで発達しているわけでもなくて警備は手薄で、
不思議な力を使う人もいるような世界で、
俺たちが急に表れてもあまりとがめられることもなくて、
その点は救われたって感じかな。
「主催者に話を聞いてきたよ。
これはこの国で一番強い勇者を決める戦いなんだって。
で、優勝者には聖なる宝物が与えられるみたいだよ。」
オレの言葉に一番に食いついたのは小狼君。
「今からでもこの大会に参加できそうですか?」
やる気満々だね。
そうだろうと思った。
「ぎりぎり間に合うみたいだから、申し込んできちゃった。
小狼君と、黒むーと、オレ。
ただ、オレが聞いてきた話によると、
少し、思っているよりも難しいかもしれないんだよね。」
オレの言葉に小狼君が不安げな顔をする。
黒たんもチラッとオレに視線を向けた。
「どういうことですか?」
「観ていればわかるよ。」
しばらく木刀で戦っていた男たちは、急に剣を投げ捨て、両手を相手に向けた。
その両手から蒼い電撃が発される。
それは彼らの意思に従っているようだった。
「ゾラの雷、っていうらしいよ。
この国の男達に生まれながらに持っている能力なんだって。
普段は使うことが禁じられているんだけど、
この大会のときだけ使うことを許されているみたいだよ。」
小狼君の顔が引き締まる。
黒むーは表情こそ変わらないけど、ちょっと喜んでいるんだろうな、と思う。
多少危険は伴いそうだけど、
まだ阪神国で戦った巧断との戦いの方が難易度的には高かったかな、って思う。
次の試合は黒たんが出場するみたいだ。
アナウンスで黒たんの名前が呼ばれる。
「ひゅー黒ぴょん、頑張って!」
闘技場に足を踏み込む彼女に声をかければ、
怪訝そうな顔で振り返った。
「変な名前で呼ぶな。」
ゾラの雷の力を使われたにもかかわらず、
やっぱり黒様の圧勝だった。
引き続き、オレ、小狼君も戦ったけど、
やっぱり圧勝。
もし、100年とか先のこの国に来ていたら、
もしかしたら危なかったかもしれない、とは思う。
このゾラの雷の力をうまく使って、
軍隊でも作られていたら、そう簡単には勝てなかったかもしれない。
それでも、小狼君は羽を手に入れようとしたんだろうな。
いや、手に入れたんだろうな。
彼は、心が強いから。
危ないから安全な場所に、と言われ、
モコちゃんと一緒に森の中を歩いていた。
「モコナいい場所はっけーん!」
腕の中で指さす先には小さな小屋。
開いていた扉から、
こんにちは、と挨拶をすれば、
サクラとそう年の変わらないキーファという少年と、
シャルメという少女が顔を出した。
この二人も、今小狼たちが出ている大会出場を目指して遠い街からやってきたそうだ。
ところが道中、野犬に襲われて怪我をしてしまったらしい。
小屋の裏手にある河で、サクラはシャルメの洗濯を手伝っていた。
冷たい水で少しだけ悲しそうな顔をしながらシャルメさんは、
キーファさんのの洗濯物を洗っている。
出会ってすぐだけれど、何となく、シャルメさんの気持ちが分かるような気がした。
小狼君も、いつも羽のために無理をして、
それで私にはいつも、安全な場所で待っているように言うから。
「お水、冷たいですね。」
そういえば、シャルメさんは私が気を使っているのを感じたのだろう。
「慣れていますから。
あの人、大会に備えてこの一年間、必死で特訓していましたから。
それに・・・」
何か言いかけたのに、その言葉を切って、
いえ、いいの、とまた手を動かし始めた。
私もたどたどしい手つきで、真似をしながらそれを手伝う。
モコちゃんは水遊びにいそしんでいる。
「でもどうして男の人って自分の強さにこだわるのかしら。」
ぽろりとこぼれた言葉に、私は思わず微笑んだ。
「良くわからないですけれど、私の友達にもよく似た人がいます。」
本当は男の人ではないんですけれど、という言葉は呑み込んだ。
彼女の心は、いつも男としての自分を作っていることを知っているから。
「本当は、強さを求めると言う形で今の状況に負けないようにしている、
強がりさんなのかもしれないですね。」
服を洗えば揺れる水面。
私の言葉に、そうかも知れないわね、と答え、それからふいに手を止めた。
「不安で、不安で・・・だから強さを求めてしまうのかしら。」
主語がないけれど、それが誰のことを指しているのかはすぐに分かった。
「本当は、怖がり、なのかもしれませんね。」
暖かいシャルメのどこか困ったような笑顔に、黒鋼のことを考える。
いつも表情がほとんど変わらなくて、
強くて、
でも優しくて。
忍ぶ者である忍者。
きっといろんなものを忍んできたんだろう。
たとえばそう、今シャルメが言ったように、
怖さ、とか。
「へらへら笑ってないで、覚悟しろよ。」
赤い瞳がオレを見ている。
細められて、嬉しそうに。
だからオレもなんだか嬉しくなっちゃう。
「うーん、困っちゃったなぁ。
どうしたらいいと思う?」
話を彼女のずっと後にいる小狼君に振ってみる。
「えっと・・・」
そうすれば生真面目な彼は闘技場の隅で目を瞬かせて困っている。
「黒りん、オレ達仲間だよね?」
今度は彼女に問うも。
「仲間でも関係ない。
俺はいつでも真剣勝負だ。」
どぉん
試合開始の鐘の音がなる。
迫ってくる赤い眼。
切れの良い太刀筋。
よけるのが楽しい。
この緊張感、たまらないねぇ。
「ちゃんと戦え。」
そういいつつも、彼女が手を抜いているのは知っている。
だって、本気でやってきていたら、
もっとオレの命だって危ないだろうし。
「負けるの痛そうで嫌だし、
でも勝ったらこの後しこりが残りそうで嫌だし。」
そういえば赤い眼がすっと細められた。
負けず嫌いだよね、何気に。
「勝てる気でいるのか。」
「もちろん。」
ふわりと一撃をよけて片手を彼女の肩において軸にして飛び上がりながら、
もう片手の指を彼女の唇に触れさせる。
近づいた赤い瞳が驚きに見開かれた。
いい顔だね。
そのまま宙返りで彼女の頭上を跳んで背後に立った。
「・・お前っ!」
ちょっとした挑発が彼女をずいぶん怒らせてしまったようだ。
くすりと笑う。
もう少し遊んでいたいけど、主催者さんに迷惑かけるわけにもいかないし。
そのまま小狼君の頭を飛び越えて闘技場と観客席をしきる壁の上に立つ。
黒様ももちろんついてきて。
どぉん
鐘の音がなった。
「試合終了です。」
小狼君の声に、黒りんが目を瞬かせる。
「場外に出たら失格なんです。
だから二人とも負けです。」
「あっしまったぁ。
そのルールをころっと忘れてた。」
そういえば、黒むーがジト目でこっちを見てくる。
それをさらっと無視して、オレは壁から飛び降りる。
「後は任せたよ、小狼君。」
彼に刀を渡す。
小狼君なら、絶対大丈夫。
軽く手を振って背を向けた俺に、
この国の若者がつけている仮面のついた兜がかぶせられた。
「黒むー?」
「一生かぶっていろ。
お前の顔など一生見たくない。」
ちょっとだけ不機嫌な声に、オレは思わず口の端をあげた。
本当に、こういう試合ごとに関してはムキになるよね。
本当は感情がないんじゃないかと時々不安になるけれど、
こうして戦うときは隠してる表情が表に出ることもあって、
なんだかほっとする、
そんなところがかわいいと思うんだけど。
振り返って、その兜をとった。
「かぶっていてもいなくても、
一緒だったりしてー。」
言ってから、どうして彼女にはこんなことを言ってしまうのだろうと思った。
相変わらず微かにだけ眉をひそめてから、
彼女はオレに背を向けた。
「そんれならお前の顔が出てくるまで、
仮面をたたき割り続けてやる。」
あれ、さっきと言っていること逆だけど?
そう思ったけど、言いはしなかった。
少しずつ離れていく背中に、
オレは少し、
いらだちを覚えた。
本当に彼女なら、オレの枷をたたき割ってくれるかもしれないという、
かすかな希望と、
それにすがろうとする醜いオレと、
やっぱりじんわりと心にしみこむ温もりに、
今までのオレが壊されてしまいそうで。
「お見事だったね。
小狼君。」
全ての試合が終わったのは夕方になってからだった。
綺麗なオレンジ色の光の中に、
黒たんと小狼君がいて、
なんだか絵になるなと思った。
そこに気配が近づいてくる。
「聖なる宝物を渡してもらおう。」
現れたのは小狼君よりも少し年上に見える少年。
右手に起こしたゾラの雷を見て、
彼の持つ力は、今までの対戦相手とは全く違うことを感じる。
強い。
それは、何かを護るためにつけた力。
彼の眼は、小狼君の目にとてもよく似ていた。
「いやだって言ったら、どうするのかな?」
オレの言葉に、その電撃が大きくなる。
「力づくで奪うまでだ。」
ふぅん、本当に、欲しいんだね。
彼の電撃が辺りに飛び交う。
オレたちはとっさに飛びずさった。
彼は、あんなことを言ってはいるが、
卑劣なことをするような子じゃない。
それは攻撃を見ていればわかる。
宝物を手に持つ小狼君とその少年を取り囲むように、ゾラの雷が火花を上げた。
少年と一対一でやらせても、問題はないだろう。
きっと黒様もそう思っているから、
こうして壁際で腕を組んで見物しているんだと思う。
「二人は良く似ている。」
彼女の声は、心地よい。
夕焼けの中に溶けて、
少しだけ熱気の残る風の中で、
オレの耳に届く。
「いい目だ。」
それから、本当に優しい。
オレよりずっと短い間しか生きていないのに、
大きさを感じるんだ。
未熟なところも本当にたくさんあるけどさ。
でも、だからかな、
こういうあったかいところ、好きなんだけど、
それと同時にやっぱり憎くなるんだ。
試合は小狼君の勝ちで終わったけど、
小狼君は戦うことで、その少年の気持ちの強さを感じたみたいだった。
だから、宝物は彼にあげたんだろう。
闘技場の隅にいたサクラちゃんと一緒に来た女の子が呪いをかけられてしまっていて、
その呪いがこの宝物を使ったら解けるらしい。
そっか、だから小狼君に似ていたんだな。
ちらりと黒様を見れば、
やっぱり優しい眼をしてる。
黒様って、本当に子どもに甘いよね。
無事に呪いも解けて、
二人は闘技場を後にした。
「でも本当に良かったね。
あれがサクラちゃんの羽根じゃなくて。
そうだったら、どちらかが死ぬまで戦っていたかもしれない。」
よく似た二人のことだ。
大切な人のためには、命だって投げ出すだろう。
だからこそ、きっとサクラちゃんも、さっきの女の子も、
耐えきれない苦しみを背負ってしまうかもしれない。
彼らはまだ、気づきはしていないだろうけれど。
いつかそんなことも知って、
もっと素敵な関係を作っていけたらいいなって思う。
短い、魔力を持たない人間の一生の中ででも。
モコナの口に吸い込まれ、次の世界へ移動する中、
人間と言えば、と、
ふっと思うのは黒様を見た。
まっすぐ前を見る赤い瞳。
オレ達のなかを流れるときの早さは違う。
だからオレ達は、共に老いていくことはない。
同じ1秒に感じる価値だって、まったく異なるに違いない。
同じ今を生きているのに、
この同じ時さえ共有できていないことがどこかもどかしく、
でも心のどこかで、ほっとしている自分がいた。