桜都国
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「おいっ!」
庭に駆け込むと数人の鬼児狩りらしき男女がいる。
そのうち二人はこの前店に来た譲刃ちゃんと草薙さんだ。
小狼くんとサクラちゃんも外に出ている。
鬼児狩りの彼らが怪我しているところを見ると、強い鬼児なんだろうと思う。
サクラちゃんのそばに駆け寄って、黒たんはオレを下ろす。
「黒様」
思わず呼びとめて手をとる。
無意識だった。
彼女は振り返り、自分の行動にさえ戸惑うオレを迷いなく正面から見据えた。
赤い瞳に囚われて、一瞬であるのにひどく長い時間であるように感じる。
オレの手の中にある細い手の、強い意志が伝わってくる。
その手はオレ達を守るために戦う。
反論の余地はなく、揺るぎない決定事項だ。
そしてそれこそが彼女のこの旅の役目。
分かりきったことであるのに、離せないでいるオレの手を微かに撫でるように振り払い、彼女は行ってしまった。
女々しくもなぜ彼女を引きとめようとしてしまったのだろう。
元いた日本国でも、彼女を超える忍は存在しないと聞いたところだ。
彼女が負けるはずなどない。
そう思って背中を見た時、彼女は凍りついたように一瞬動きを止めていた。
それは本当に一瞬で、声をかける間もなく彼女はオレからどんどん離れていき、剣を持つ少年に駆け寄る。
「……龍王!」
彼女は確かにそう呼んだ。
ああ、そうか、彼女はきっと、魂の同じ人に出会ったんだと、確信する。
少年は怪訝そうな顔をし、彼女の瞳をじっと見つめた。
「誰だ?」
「お前っ」
「黒鋼さん!」
小狼君の切羽詰まった声が辺りに響く。
はっとした黒様が振り返ると、鬼児が背後に迫っていた。
「危ない!逃げろ!」
草薙の言葉を無視し、彼女はあっという間に少年の手から剣を奪い、構えた。
後姿だけでも、ぞっとするほど美しい。
剣を取り返そうとした少年も、どうやらその姿に力量の差をみたのか、一歩下がった。
きっと彼女の紅い瞳は、敵への殺気で血のように見えるだろう。
その鋭さが、何よりも美しい。
研ぎ澄まされた切っ先のような、セレスで見た氷柱のような、身を切る冷たさは本当に美しい。
「閃竜・飛光撃!」
鋭い光が一瞬にして鬼の身体を消し飛ばす。
キィィィィン
砂埃が舞う中、技の余韻で、刀が高い音を立てていた。
「見たことねぇ……
俺の剣があんなに喜んでる」
腰を抜かしたように座り込んでだ少年は、黒むーの後ろ姿を憧れの瞳で見つめていた。
「本当に……強い」
彼女の強さに心打たれた少年の目は輝いている。
黒様は刀を持って少年の前に帰ってきた。
少年はぱっと立ちあがった。
「強いんだな!
こいつがあんなに生き生きと戦っているのを見たのは初めてだ」
「助かった。
やはりいい剣だな。
手入れも行き届いている」
彼女はまるでその刀を知っているかのように、そしてそれを懐かしんでいるかのように言った。
少年はえへへ、と照れたように笑った。
「名前なんて言うんだ?」
「黒鋼」
「そう言えば、俺の名前、なんで知ってたんだ?」
「噂で聞いた」
「えっどんな噂だよ?」
「さぁな」
「おい、黒鋼!」
唇を尖らせて見上げてくる少年の頭をわしゃわしゃとなで、彼女はオレ達の方を見た。
「モコナ、救急箱」
「うん!」
それからサクラちゃんの方を見る。
「中で手当てを手伝ってくれるか」
「はい!」
サクラちゃんはドアを開け、みんなに中に入るように促した。
黒りんはオレの横に来て、肩を貸してくれる。
彼女の肩に手を回し、起き上がろうと力を入れた時、するりと彼女の力が抜け、オレはまた地面に逆戻り。
「黒さま?」
見上げれば、目を見開く黒りん。
「……蘇摩?」
鬼児狩りの女性を見て、そう呟く黒りんはすぐに、ああ、と目を女性からそらした。
彼女もまた、同じ魂の人だと気付いたのだろう。
「あの……私はたしかに蘇摩という名前ですが、あなたとは初めてお会いすると思うのですが?」
黒むーはもう一度女性に目を戻す。
「悪い。
あまりに知人に似ていたから……」
「いえ。
その方も同じ名前なんて、本当に不思議ですね」
彼女はにっこりと笑った。
「中に入って傷の手当てを」
「はい」
黒たんは、彼女が中に入るのを見届けてから、思い出したようにオレを見下ろした。
どうやら今、オレの優先順位は最下位のようだ。
「同じ魂を持った人、なんだね」
「ああ」
彼女はまたオレを立たせるために肩を貸してくれた。
今度は倒れることなく立ち上がり、家に入る。
そのままソファに座らせてくれた。
「今までおっきいワンコさんの大技見たことなかったからびっくりしちゃった。
でも、本当、すごく強いんですねー
でもあれ?
おっきいワンコさん、刀どうしたんですか?」
駆け寄ってきた譲刃ちゃん。
「ここにくる前に一発技を打ったら砕けてしまった」
「お前にあの刀じゃずいぶん役不足だっただろう。
明日にでも買いに行くといい。
俺、いい武器屋知ってるぞ」
そう言ってガシっと黒ぴっぴと肩を組む草薙さん。
「小僧にも剣を買おうと思っていたところだったんだ。
教えてもらえるか?」
赤い眼が、彼を映す。
ついさっきオレだけを映していたはずなのに、彼女は皆に等しく、皆に優しい。
「もちろん。
明日は譲刃と蘇摩は喫茶店でバイトさせてもらうらしいから」
案内するよ。
そう言っている草薙さんは、黒りんが女とは知らないはずだ。
だから、男友達として誘っている。
心配はいらないーーそう心の中で言い訳している事に気付けば呆れて物も言えない。
溜息をついて天井を見上げる。
彼女はいつの間にオレの心にこれ程入り込んだのだろう。
「にしても、お前細いな!
よくあんな技使えるよな!」
肩をポンポンと叩き、腕をとり、細いな!と驚く草薙さん姿をちらりと見て、オレはまた天井を見上げた。
なんで惨めなんだろう。
小狼君がオレを呼んだ。
「捻挫したんですよね。
湿布と包帯しておきましょうか」
本当にいい子だが、彼はどうしてオレの捻挫を知っているのだろう。
黒様に肩を貸されているから足を怪我している予想まではつくだろうが、とそこまで考えてから、自分がこのことを言っていないなら、彼女しか小狼くんに伝える人はいないのだと思い出す。
もう一度横目でちらりと黒たんを見ると草薙さんと待ち合わせの約束をしているらしかった。
「ありがとう、お願いするよー」
小狼くんは嬉しそうに頷いた。