桜都国
名前変換
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痛みが治まってきて、何とか身体を起こす。
それほどひどい怪我にはなっていないようだ。
「さすが黒様ー」
ぱちぱちと手をたたけば、眉間にしわを寄せた黒様が落ちていた鞘を拾い近づいてきた。
手に持っていた刀は砕け散っていく。
ぱらぱらと落ちるそれは、綺麗だけどただの役立たずだ。
立ち上がろうとするも、左足に痛みが走る。
「ん?
なんか足がヘンみたい?
でもこのくらいじゃ死なないからー」
へらっと笑って見上げるも、満月の中で赤い瞳は、怒っていた。
まるで燃えている様だと思ったが、その炎の様な揺らめきは立とうと足掻くオレの影だろう。
「死なないんじゃなくて、死ねないんだろう、お前は」
残っていた柄が彼女の手を離れ、地面に転がった。
なんて軽い音だろう。
彼女にはあの剣はあまりに役不足であった。
代わりにゆっくりとオレに鞘を向ける。
無意識に息を呑んだ。
彼女は本当に美しい。
生きることに純粋にしがみつく姿が、オレにはまぶしいくらい、美しい。
鞘の先がオレの左足に下ろされた。
痛みに身体がびくつく。
冷や汗が流れた。
彼女の言う通りだ。
この名前と命を返すまで、オレは死ねない。
でも生きたいとも思えない。
死にさえしなければ構わないという消極的な生き方は、彼女の道に反するのかもしれない。
「俺は、殺そうとして向かってくる奴は切る。
大切なものを奪おうとするやつも、切る。
今までどれだけの人を殺してきたか。
だから綺麗事は言わない。
ただーー」
まだ荒い息を繰り返すオレの顎を、鞘で持ち上げる。
真剣ではないのに、今にものどを切り裂かれそうな感覚に襲われた。
彼女は本当に怒っている。
生きる事に真っ直ぐな怒りに燃える瞳は、なんて美しいんだろう。
月に照らされた彼女の覚悟が、あまりにくっきりと映し出され、見惚れてしまう。
「まだ命数つきてないのに、自分から生きようとしない奴がーーこの世で一番嫌いだ」
強く突き放す言葉。
同時に寄り添いを求めている様にも聞こえる。
彼女は怖いんだと思う。
護りたいと思ったものが、自らの命を大切にしなければ、どれほど護ろうとその大切な命は手をすりぬけていってしまう。
だとすると、彼女が怒っているのはもしかするとーー
オレの口の端が歪に上がる。
嬉しいのに胸が締め付けられる様だ。
彼女のまっすぐな思いが何よりも愛おしく、そしてこれからのオレを何よりも縛るだろう。
「……じゃあオレ、君の一番嫌いなタイプだね」
寄り添う言葉をかけるつもりはない。
全ては邪魔にならない範囲で楽しむべきものだった。
なのにいつからか彼女に絡め取られてしまっていた。
赤い瞳が歪む。
彼女もこんな顔をするのかと、そんな表情をさせたのが自分であることがくすぐったい。
歪んだ感情であることは分かっている。
でもこんな生き方しかできないし、今この瞬間は生きていることがーー嬉しい。
「ちょっとちょっと、店の前でもめ事はごめんやで!!」
かけられた声の方を向く。
ひとりの女の子が困った顔をしてこっちを見ていた。
「すみませーん、白詰草っていうお店を探しているんですー」
オレはできる限りヘラリと笑ってみせる。
黒たんは表情を消した。
「そりゃこの店やで」
確かに目の前には白詰草と書かれた看板。
少し残念だ。
彼女の心を垣間見るのはもう終わり。
無表情で女の子に近づいて話をする黒たんから目を逸らし、傷ついた足を見下ろす。
オレは本当に馬鹿だ。
このままでは、彼女がオレのすべき事を邪魔した時に殺せないかもしれない。
オレの旅に参加する理由が、達成できない。
そうなるとあの子をーー
「……あっ!!」
考えに耽っていたオレの腕が取られ体を引き上げられて、間抜けな声が出た。
隣を見ると呆れた様な黒様の顔。
「……手」
「は?」
「肩に回せ。
抱えられたいのか」
「った!」
つん、と足の先で怪我した足をつつかれ、思わず声が漏れる。
慌てて彼女の細い肩に腕を回すと、ゆっくり歩き出した。
まっすぐ前を見つめる瞳に、店の明かりが差し込む。
キラキラと虹彩が煌めく。
まるでスローモーションの様に瞳がオレの方を見た。
パチリと音がするほど、視線がぶつかる。
美しい瞳に視線を奪われて、気まずいのに逸らせない。
初めは感情のなかった瞳が、ふっと呆れた様に力を抜いた。
その親しげな空気に、心臓を掴まれた様な気がして、その苦しさに思わず俯く。
「……ふっ」
吐息の様な笑い声が耳元でして、その吐息が耳にかかった様な気がして、思わず勢いよくその方を見る。
驚いた顔が至近距離にあった。
肩を貸してもらっているのだ、至近距離にあるのは当たり前なのに、逃げたくてもどかしい。
彼女は少し考えてから笑みを深くして、
「……馬鹿」
と呟いた。
たったそれだけの事なのに、どうしようもなく嬉しい自分はやはり愚かなのだと、頭のどこかで理解しているのに、挫いた足の甘い疼きに身を任せていた。