桜都国
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お店、お客さん来てるかなー。
小狼君とサクラちゃん、うまくやってるかなー」
「姫は少しずつ危なっかしさが減ってきたように見える」
かすかに笑っている口元。
彼女が表情が豊かになってきたのか、
それともオレが見分けられるようになってきたのか。
わからないけど、楽しくも苦しい。
少し前を歩く黒たん。
月光に揺れる髪が緩く揺れる。
春の夜風は少しだけ冷たく、甘い花の香りがどことなく漂う。
この桜の花から香る様な気もするし、そうでない様な気もする。
はらはらと風に舞い散る桜を見ていると、どこか現実離れしたような、それでいて切ない気持ちになる。
「日本国の人は桜が好きで、よく植えられていた」
ぽつりと黒たんが呟いた。
「へぇ……綺麗な花だよね。
たくさん植えたくなるのもわかるなぁ」
「美しく散る桜は、武人の鑑ともされた。
……果たしてそれが幸せかは別だが」
低く小さな声で呟かれた言葉は不思議と胸を締め付ける。
彼女も桜の様に散った還らぬ誰かを思っているのだろうかと。
人通りのない裏道、桜の花ばかりが音もなく散る。
彼女の黒髪に、花弁が止まり、美しいと純粋に思う。
その花弁に、無意識に手を伸ばす。
「ーー今宵逢う人みな美しき」
「え?」
歌う様に紡がれた言葉。
くるりと振り返った赤い瞳が微かに細められ、整った指先がオレに伸びて来る。
謝罪なさげに漂うオレの手。
思わず一歩下がる。
彼女の指先が、オレの前髪に触れた。
そこだけが熱を持つ様に熱い。
花弁を摘む指先は、花びらと同じ色をしている。
その向こうに見える赤い瞳が、スローモーションの様にオレからその花弁に視線を移し、それからまたオレに移り、微かに弧を描く。
噎せ返る様な春の中に捕えられたかのようだ。
次の瞬間、花弁を繊細に摘んでいた彼女の手がオレの胸ポケットからダーツを摘み、鋭く放つ。
「ーーあっ」
間抜けなオレの声。
鋭い彼女の視線の先でダーツは鬼児の眉間に刺さっていて、そしてその目はオレを狙っていて、どきりとする。
鬼児は溶けるように倒れていった。
彼女が一緒でなければ殺られていたかもしれない。
ーー 一般人は襲わないはずなのに。
「鬼児の出現ポイントは今夜は避けていたはずだ」
低い囁く様な声に慌てて頷く。
そしてチラリと目を向けた先の光景に目を疑った。
ぼろぼろと崩れていっていた鬼児が、再び形を取り戻していったからだ。
そしてその後ろに、新たな鬼児も現れた。
「戻る……」
「成程」
オレは地図をポケットに直し、ダーツを構えながら黒りんをちらりと見る。
理由もわからないのに倒せない鬼児を前にして、余裕の表情だ。
取り囲んだ鬼児が一瞬間をおいた。
どちらがしかけるか、その一瞬の間に、オレはダーツを放つ。
でもやはり遊び道具じゃ倒せないようだ。
一度消えてもまた元の姿に戻ってしまう。
「おそらく武器だ。
鬼を倒すには、専用の武器がいる」
彼女は動じる事なく言った。
まるで、オレの知らない何かを知っている様だ。
「なんでそう思うの?」
「鬼児は鬼児狩りだけを狙う。
ならば倒す側にも何かしら縛りが存在してもおかしくない。
魔法だってそうだろう、術者の力量によってかけた術を解くのに必要なものも武器の強さも変わる」
彼女の言う推論は正しく聞こえるが、オレとしては盲点だった。
鬼児狩りをしていたから、そう言う発想に至ったのかもしれない。
「じゃあここは本職に任せた方がいいかもね、『おっきいワンコ』」
そういえば彼女はぱっと振り返る。
「それを呼ぶなっ!
まだお前のつける変な名前の方がましだ!」
「ほんとー?」
思わずくくっと笑いが漏れふと視線を戻すと鬼児が予想よりもずいぶん近くに来ていた。
爪をよけようと飛び下がるも、距離が短く、服が切り裂かれる。
「危ない!」
彼女が目の前の鬼児を倒しながら叫ぶ。
黒ぴっぴは、戦っているとき、本当に綺麗だ。
オレを助けるために必死に刀を振り回して向かって来ようとする姿から目が離せなくなる。
毎日こんな姿を見れるなら、オレも鬼児狩りになればよかった。
トン、と街頭の上に降り立つ。
ふと見れば目の前に鬼児が2匹。
目が光っている。
「避けろ!!」
黒様の声と共に何かが鬼児に向かってくるくると飛んでいく。
鞘だ。
鬼児が一瞬気を取られ、そして目から光線が出るのが見えた時、黒い何かがオレを覆った。
その後は何が起きたかわからない。
浮遊感の後激痛に襲われて、痛みに声が出なかった。
何とか目を開けると、誰かがーー誰なのかは明白だ。黒様がオレをひしと抱きしめていた。
慌てて体を離す。
「だ、大丈夫?」
「問題ない」
掠れた声で尋ねると、即答された。
彼女はすくりと立ち上がり、オレに無傷の背中を向ける。
ひらりとマントがはためいた。
魔法が使えるでもないはずなのに、あの光線から俺を庇って無傷だと言うのか。
それに比べオレは痛みが少し引くまで身体は動かせそうにない。
鬼児達がオレ達を取り囲む
黒たんが刀を構える。
大きな技を使うんだな、と思った。
阪神国で見たような、美しい姿をもう一度見られるのだろうと思うと鳥肌が立つ。
「地竜・陣円舞」
地面に円を描く様に刀で切り付ける。
空気が震える。
彼女の後ろ姿から目が離せない。
衝撃波が黒様とオレを中心に走る。
音さえも消える様な、一瞬。
鬼児は飲み込まれるように、消えた。