桜都国
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「おはよう、小狼君」
「おはようございます」
朝起きて下に降りると、カウンターを挟んでファイさんがキッチン側、黒鋼さんがお店側で斜向かいに朝食をとっていた。
「小狼君の、これね」
黒鋼さんのプレートの隣に並べられた朝食は、丸みを帯びたパンとサラダとオムレツ。
あわせて出された紅茶のいい香りもしている。
「わぁっ」
思わず歓声を上げれば、食べてみて、とファイさんがこっちを見て微笑んだ。
「ハチミツは好きな方を選んでね」
カウンターに並ぶ瓶にはそれぞれ「アオミズ」「ホシノキ」の表記がある。
パンは2つあるので、それぞれかけてみる。
アオミズは花の香りが強く、甘く感じる。
対してホシノキは酸味が強く、さっぱりしているようだ。
「パンもはちみつもとても美味しいです!」
「ありがとう。
よかったねぇ黒たん。
このはちみつは黒たんチョイスなんだよ」
「そうなんですね!」
嬉しそうなファイさん。
パンを咥えたままおれを見る黒鋼さんの目元が微かに緩んでいる。
表情をあまり変えない人だから、こう見えてかなり嬉しいんだろう。
「ああ、美味い」
そう一言つぶやいてからまたパンをかじった。
よく見るとそのパンにははちみつは付いていない。
ということははちみつではなく、パンを褒めた事になる。
ファイさんは少し照れた様に目を細め、口早に呟く。
「そう……良かった」
ファイさんをちらりと見て、それから黒鋼さんは紅茶を飲んだ。
その2人の仲が羨ましいと思う。
大人な二人の距離は、最近ぐっと近づいた様に思う。
どちらが優位になるでもなく、どちらが守るでもなく、互いを尊重し、大切にし合っている絶妙な距離感が羨ましい。
二人を横目にパンを頬張る。
羨ましいと同時に幸せだ。
いつまでも続かないのは分かっている。
それでも隣にいる二人と、今はまだ眠る姫とモコナと、一緒に穏やかな時を過ごせることが嬉しい。
何よりも大切なサクラとの関係性を失った旅だ。
記憶も何も持たなかった幼いおれをたくさんの温もりで埋めてくれた玖楼国の人達とも離れ、胸に穴が空いた様だと感じた時もある。
だが一方で、新たにサクラと関係を作りながら、ファイさんやモコナ、それから黒鋼さんとも関係性を作ってきた。
胸にぽっかりあいた穴が、少しずつ埋められていくのを感じる。
おれにとって大切な人達ーーおれの
ふと視線を感じて顔を上げると、ファイさんが微笑みながらおれを見ていた。
なんだか見透かされている様で照れてしまって、慌てて俯く。
この旅は大変だけれど楽しい。
もっとみんなと旅を続けたいと、つい思ってしまうほどーー
話はいつの間にか新種の鬼児を見たという人物の話になっていく。
昨日小僧と情報屋に行き得た情報だ。
美しい鬼だったと彼女は言っていた。
そして最近この国が不安定だからこまめに市役所に行くよう勧められた。
ここは仮想現実。
そのゲーム性を考慮するならば、ヒントを出された以上まずはその人物に会いに向かうべきだろう。
「白詰草、かぁ。
かわいい名前のお店だね」
のんびりと男が言った。
彼は前の国で、浅黄から俺を守ろうとした。
おそらく反射的に。
無意識に身体を張って守ろうとし、かつ、俺の静止もきいた。
また今小僧に向けてる慈愛に満ちた眼差しからも、彼らと充分な関係性を築けたと考えて良いだろう。
ーーそろそろ褒美の与え時だ。
彼が最も求めるものが良いだろう。
彼は孤独だ。
彼は寂しい。
彼は人の温もりを求めるーーならばもう少し関係を許すのが良い。
博物館での彼の行為に、まるで俺が絆されたかのように振る舞うのだ。
おそらく、温もりに飢えた彼は喰いつくだろう。
少しずつ少しずつ彼をこちら側に飲み込んで、自ら離れられない様にする事が大切で、焦りは禁物だ。
相手を程よく焦らす方が効果は高い。
そう分かっているのに、昨夜のように俺の気が緩んでいる時があるから気を引き締める必要がある。
褒美は与えすぎると毒になるのだから。
「酒場だそうだ。
そこに目撃者がいる。
この国では少年は未成年で酒場にはまだ入れないらしいから、今日は置いていく」
「……じゃあオレが行こうかな」
ぽつりと呟かれた言葉は想定内だ。
「久しぶりにお酒を飲みたいかも」
「夜は鬼児が出る」
「うん、でも大きいわんこが守ってくれるでしょ?」
「馬鹿いうな。
自分の身は自分で守るんだな」
「けちぃ」
小さくひとつため息をついて紅茶を口に運ぶ。
口内の甘さをさっぱりと流す明るい香り。
料理を作るのも茶を入れるのも上手い彼の器用さには脱帽だ。
「ということで、今日はサクラちゃんとモコナと一緒に、お店の方よろしくね、小狼君!」
「はい」
小僧は嬉しそうに笑った。