桜都国
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「あなたと幸せになりたい。
だから連れてって、遠くへ」
新種の鬼児を見たという女は酒場で歌を歌っていた。
その歌が終わるまで、話はお預けだそうだ。
「わかるな。
オレはずっと待ってたからなぁ。
連れてってくれる誰かを」
小さな呟きに男を見る。
「って、こんなこと言ったら、また嫌われちゃうねー」
分かっているのにそういうのは、嫌われたくないからだ。
思わず溜息を吐く。
彼はなんでもない風を装って話を変えた。
「それにしても、黒様魔法でも使えるの?
あの鬼児の光線を受けて無傷なんて」
マントも剣も、今回とても役に立った。
蒼石はこうなる事を予想していたのかもしれない。
「戦利品だ」
「戦利品?」
「ゲームに勝った。
それでこの鬼児の攻撃を無効化するマントを手に入れた」
この言い方ならば嘘ではないだろう。
言ってから、これは鬼児限定なのだと再確認する。
つまり、人からの攻撃は無効化できないという事だ。
鬼児はこの世界の作られた物であるから、その攻撃に関しても管理が容易いのだろう。
悪意のある人ならばそうもいくまい。
蒼石が言っていた、俺たち以外の異世界から来た危険な者のようにーー
そう考えるとこれはある意味便利な代物で、おそらく蒼石はそれも見込んでこれを渡したのだろう。
記憶を覗いた彼には全てお見通しというわけで、彼が善人でなければ極めて恐ろしい話だ。
「買ってきたわけじゃなかったんだ」
男の小さな声に思考から引き戻される。
「説明が面倒だったんだ」
「なんのゲームしたの?」
「話すと長くなるから割愛」
「えー面倒くさがりすぎじゃない?」
「さぁな」
小さく笑って見せる。
男は少し驚いた顔をしてから、視線を歌手の女へ逸らした。
「お前はもう、待っていた頃のお前じゃない」
男は再び俺を見た。
「お前は今、自らの手で幸せを手にしているだろう」
湖を思い出させる青い瞳は一瞬波打って、それからまた静かに視線を逸らした。
美味しいお酒をお土産に、オレ達は店を出た。
「人の姿をした鬼児、か」
ずり落ちるオレを、黒ぴっぴはさっき聞いた言葉を繰り返しながら背負いなおす。
細い体。
力を込めたら折れてしまいそうな。
「鬼狩りが一般市民を傷つけないように異形の姿をしているというのもひっかかる言い方だった」
「確かにそうだねぇ」
「そもそも新種の鬼は人の姿をしていた」
「この国では小競り合いや喧嘩いじょうの人間同士の諍いはルール違反だって言ってたね」
「鬼を使って鬼狩りを襲ったーー鬼の仲間は鬼だろう」
「そういえば黒りん、大丈夫?」
不安になって声をかける。
足が痛くて歩けないオレを、彼女は背負って帰る。
オレも男性の中ではそんなに重いわけではないけれど、でも彼女に比べたら背も高いし体重だって。
「気にするな。
お前よりも大きな男を背負って走ったこともある」
「この背中にくっつけたのは、オレだけじゃないってことだね」
「俺たち忍は、国を明るい方に導くのが仕事だ。
仕事のよりわけなどしてはいられない。
もちろん、気絶させてからだけどな」
揶揄いを含んだオレの言葉に対して、諭すかの様な冷静な返答だった。
気絶させたのは性別がばれないようにだろう。
そう考えると、彼女は母国の誰よりもオレに気を許してくれているのかもしれない。
そう思うと年甲斐もなく背中がむずむずした。
「忍って、どんな仕事をしていたの?」
「いろんな仕事があった。
日本国は大きな国だったからな。
要人の護衛、他国からの密偵の暗殺、偵察、魔物の退治」
「黒様よりも強い人って、日本国にいたの?」
「知世姫はもういないと言っていた」
「ひゅー黒りん、すごーい」
「心にもないことを」
ふっと彼女が笑ったのを感じて、オレも自然と笑顔になる。
彼女にとって、忍という仕事は、生き甲斐であり、存在意義であったのだろう。
「お前はどうだったんだ?
強い魔力を持っているだろう」
なるべく動揺しないように気をつけなければと気を引き締める。
密着している身体だ。
呼吸一つ、動作一つ、全てが彼女に伝わる。
忍である彼女に。
「そうだね」
「初めに見た礼も整っていた。
他国であのような礼を見たことがある。
身のこなしや食事・礼儀作法から見ても、魔力から見ても、王族か、それに準ずるのではないか」
あまりの鋭さに、目を見張った。
「そんなこと」
一瞬の間で全ては悟られてしまったことだろう。
なけなしの努力は水の泡だ。
「そんなお前は、なぜ、その世界から逃げる?」
何の感情も感じない、彼女の言葉。
忍者とは忍ぶ者と書くと言っていた。
感情までもを忍ぶことが、彼女には出来る。
オレだって、抗う。
言ってしまえたらどんなに楽だろう。
彼女のぬくもりに甘えられたら、どんなに。
そんな思いに、抗う。
「どうして……だろうね」
どうして、こうなってしまったのか。
またずり落ちてしまうオレを背負い直す彼女の肩口に、顔をうずめる。
「ずっと……」
彼女が何か言いかけて口を噤んだ。
「なに?」
「いや、なんでもない」
彼女は何を言おうと思ったのだろうか。
オレを叱ろうとしたのだろうか。
それとも慰めようとしたのだろうか。
「そう」
いずれせよ、これ以上この話を続けるのはまずい。
オレが彼女の優しさの誘惑にいつ抗いきれぬか、わからない。
幸いもうすぐサクラちゃん達の待つお店だ。
ほっとすると同時に寂しい。
黒様が顔を上げて駆け出すのと、鬼児の雄叫びが聞こえるのとどちらが早かっただろうか。
振り落とされないようにしがみつく。
平和な毎日が崩れ始めたような、嫌な予感がした。