ジェイド国
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
雪の降る夜。
ぬいぐるみを抱えた子どもがひとり、街を抜け、森の奥へと歩いていく。
しばらくして現れたのは城。
しかしその前には流れの速い川があった。
ふわり
その子供が倒れる。
否、それは子どもではない。
ただの布と、それから木の棒でできた足。
「なにっ!?」
その子供の後ろを追いかけてきた男が息をのんだ。
「どうしました、カイル先生?」
おれの声に振り返ったのは、おれたちの予想通り、そしてきっと、黒鋼さんの予想通り、カイル先生だった。
「私はあの子を心配して……!」
動揺しているのが、よくわかる。
そしておれの後ろに現れた姿を見てその動揺はさらに激しいものとなった。
「グロサムさん!!
どうしてここに!?」
「町長から預かった子どもがいなくなった記録と、あなたの診察記録。
いなくなる子どもは、数日前に必ずあなたの診察を受けていた。
あなたは催眠療法もされるのですね。
あなたが今日診察された子どもが言っていました」
ー黒い鳥ー
「空には黒い鳥は飛んでいませんでした。
足跡の残らない雪の日に、黒い鳥を追って城に行くように、暗示をかけていたのでしょう。
あなたがせき止めた、この川をわたって」
川の水が徐々に流れを緩め、そして最後には止まった。
「どうー?川の水、とまったー?
小狼君が目星付けてくれたあたりにあったよ。
隠してあったし、古かったけど、ちゃんと動いたし、使った後もばっちり!
この川の水を、止める装置」
ヘラリと笑った後、カイル先生を見るファイさんの目は、氷のように冷たかった。
「子どもたちとサクラちゃんは、このお城の中かな?」
出てこなかった黒鋼さんの名前。
そこに理由があるのだと、おれは信じたい。
「先生、先生、違うよな!?」
「あははははははは!
飛んだ計算違いだったな。
目当てのものが手に入りそうになったから、あの男に罪を着て、他の町に逃げようと思っていたのに」
「先生!」
飛び出そうとする青年を、グロサムさんが抑える。
「先生、本当にあんたなのか」
「あの城の中にほしいものがあったんだが、子どもじゃないととれないんだ」
「そんなことのために子どもたちを!」
ぎりっと歯をかみしめるグロサムさん。
「あれの力を知らないからそんなことが言えるんだ!」
カイルは身を翻し、川を渡り始める。
そう、流れを止めた川には岩が対岸まで現れている。
「……いこう」
細められた青い瞳。
サクラのことを心配してくれている。
子どものことも心配してくれている。
そしてきっと、黒鋼さんのこともーー
ペタペタという足音に部屋の外をのぞけば、
子どもたちが半分眠ったようにしてどこかに歩いていく。
(みんなどこにいくんだろう?)
彼らを追えば、もしかしたら黒鋼さんを見つけるヒントにたどり着けるかもしれない。
ベットの足を折ることに成功したが、今度は部屋のドアが開かないようにしてあるつっかえ棒を何とかしなければならない。
シーツを裂いて先に輪を作り、鉄格子から垂らし、ひっかけて外せないか試してみる。
何度か行えばだんだんコツがつかめてきてーー
カラン
うまく外すことができた。
部屋を出てこっそり後ろから追っていく。
子どもたちはどうやら広間の壁にあいた抜け穴に入り込んでいく。
このままだと、みんなを見失ってしまいかねない。
「まって!!」
思わず叫べば、半分眠ったような子どもたちが振り返る。
今度は私の方に迫ってくる子どもたち。
小さいもののどこかこの世のもののようには感じられず、はっきり言って怖い。
「きゃーっ」
思わず悲鳴を上げた。
その時だった。
ピィーーーー
高く澄んだ音が辺りに響く。
ピィーチチチチチィー
鳥の鳴き声のような、
でもそれにしては妙に澄んだまろやかな音。
その音が徐々に近づいてきて、肩に触れた重みにそっと目を開く。
見上げたそこにある、燃えるような赤い瞳。
「黒鋼さん!!」
淡い笑みを浮かべたその人の口笛の音は、優しかった。
子どもたちに目を戻せば、みんな目をこすったり、あくびをしたりしている。
「大丈夫、催眠術にかかっていたんだろう」
耳元でささやかれた声に、そんなことが、と驚く。
それしてふわりと、目の前に現れた姿に目をこするのは今度は私の方だった。
「エメロード姫!?」
ー待っていましたー
隣で首をかしげている黒鋼さんには見えていないのだろう。
姫は子どもたちが出ていこうとしていた抜け穴を指さす。
黒鋼さんを引っ張っていって穴をのぞけば驚くべきものがあった。
「私の羽根!?」
子どもたちが石で氷を削り、私の羽根を掘り出そうとしている。
そしてひとりの子どもが振り下ろした石によって、その羽が正に今とりだされ、抜け穴を通してこちらに渡された。
中にいた子どもたちも順番に外に出てくる。
ーこれはあなたの羽根ですね。
300年前、私はこの羽根の力で子どもたちを救うことができましたが、
死んでしまった今は、誰の目にも見えなくて、ここに連れてこられた子どもたちをどうしてあげることもできませんでしたー
ピィーーーーーーピィーチチチチィー
黒鋼さんがまた口笛を吹く。
そうすると、抜け穴から出てきたばかりの子どもたちの催眠術も解けた様子だった。
その様子を見たエメロード姫は微笑んだ。
ー子どもたちをどうか家に帰してあげてくださいー
「こっちにこい!早く!」
何かに気付いたのか、さっと立ち上がり、黒鋼さんが鋭い、でも小さな声で子どもたちを集める。
その子どもたちと私を守るように、黒鋼さんが立った。
その背中には黒く焦げてあいた穴と、水で洗われてはいるが血が大量に流れた跡があり、思わず息をのむ。
触れた服もじっとり濡れていて、その体は氷のように冷たい。
「黒鋼さん、怪我が!!」
「だまれ」
静かな、でも抵抗を許さない声に遮られ口をつぐむ。
足音が近づいてきてたのが、私にもわかった。
部屋に現れた姿に、子どもたちがほっとした顔になる。
「せんせい?」
「カイルせんせい!」
「動くな!」
駆け出そうとする子ども達を黒鋼さんが一喝する。
「むやみに動くな。
城が崩れそうなんだ。
静かに黙って、指示に従え。
それからあの男の言葉は何があっても聞くな。
絶対にだ」
小さくも静かなその言葉だが、何よりも強く、頼もしく聞こえた。
子どもたちはおびえながらも自然とうなずく。
「どうしたんです、みんなこっちにおいで」
そう呼ぶカイル先生の声に、子どもたちは動かない。
むしろおびえたように肩を寄せ合った。
敏感な子どもたちは感じたのだろう。
カイル先生の異様な焦りと、そして欲にくらんだ瞳。
「よくそんなことが言えるな」
低い黒鋼さんの声に、カイル先生はふっと笑みをこぼした。
「そっちこそ、よく生きていたな。
騙されたのは私の方か」
「生憎、人をだますのが本業だからな」
その言葉に背中の傷が偽物だと知り、ほっとする。
「だが、それもここまでだ」
「隙をついて子どもを連れて逃げろ!」
小さく耳打ちをされ、次の瞬間には黒鋼さんはカイル先生めがけて駆け出していた。
いや、彼女ならもっと速く走れる。
部屋の真ん中よりも手前でカイル先生のナイフを受け止め動きを抑えているのは、私達をその隙間から逃がすため。
この隙を、私が活かさなければならない。
急がなければ。
「みんな、早く!」
鎖がついて動きにくい足を何とか動かし、子どもと一緒に駆け出した。
「姫!」
小狼君が部屋に駆け込んできた。
ファイさんも、グロサムさん、町のお兄さんも一緒だ。
「小狼君!」
抱きしめてくれる腕が暖かく、自分の体が冷えていたことを思い知った。
でも黒鋼さんの体はもっと冷たかった。
早く温めてあげなければと思うのに、黒鋼さんはカイル先生を抑え込みながらこっちを振り返った。
「子どもたちを早く上へ!
水を止める装置はそう長くは」
どう、っと大きな音が響く。
「壊れたかなぁ」
ファイさんの苦笑を合図に、部屋の壁も水によって破られ、冷たい水が流れ込んできた。
「急げ!!」
そう叫んだ黒鋼さんとカイル先生の上にも、壁が崩れ、水が噴き出してきた。
「黒りん!!!」
ファイさんの焦った声が響く。
しかしそうこうしているうちに、今度はファイさんや子どもたちと、私と小狼君の間の壁も崩れる。
「小狼!」
モコちゃんの心配そうな声が水音の間に聞こえた。
「大丈夫、おれは右の通路からの道が分かります!
みなさんは左の通路から地上へ上がってください!!」
「黒鋼さんが!」
進もうとする小狼君の袖を思わず引く。
「大丈夫、ファイさんがいますし、おれたちよりもずっと強い。
それにおれたちが黒鋼さんよりも早く帰らないと、きっと怒られちゃいますよ」
その言葉と、笑顔に、私は頷く。
小狼君が足についた鎖を蹴り砕いてくれた。
これで走ることができる。
黒鋼さんは今回、自分には見えない姫の姿を追うと言う私を信じてくれた。
さっきだってそうだ、子ども達を私に任せてくれた。
大丈夫、私はただのお荷物じゃない。
私にできることも必ずある。
だからまた、みんなと会うために、今だけ違う道を。
「遅いな」
グロサムさんが呟く。
水位は随分上がっていた。
小狼くんが行った右の水路は、地図でチラリと見たけれど少し遠回りだったから時間がかかるかもしれない。
黒たんの方は背中にできた傷から見て、重症だろう。
さっきの濁流によって気でも失っていたら……
(……死ぬならそれまでのこと)
心の中でそう言い放てば、背筋が凍るような気がした。
彼女は最後、オレに向かって短く叫んだ。
その声は濁流にかき消されて聞こえなかったけれど、逸らすことを許さない強い瞳と、その口の動きで分かった。
ーあいつらを、頼むー
それは、万が一自分に何かあった時、小狼くんとサクラちゃんを頼むと言うことだ。
ごくりと、生唾を飲み込む。
オレは、サクラちゃんを利用する側だ。
そのオレに、彼女は2人を託すと言う。
胸が痺れるようだ。
純粋な2人を利用し続けることへの罪悪感に、そして彼女を失うかもしれない恐怖にーー
「いたぞ!」
グロサムさんの声と同時に、水面に黒い頭が見えた。
「黒様!!」
でもその頭は溺れかけているようにしか見えず、オレは迷わず飛び込んだ。
ずいぶん落ち着いてはきているもののまだ流れも速い。
「ッ馬鹿!
飛び込む馬鹿があるか!」
「はいはい、黙ってー」
身体の熱が急速に奪われる。
溺れかける黒様のところまで泳ぎ、抱き寄せる。
もう身体の感覚なんてないだろうことが予想されるほど、身体は冷たかった。
事実、オレが抱き寄せるのと同時に、手足の力が完全に抜けてしまった。
顔を首筋に寄せて、ほうっと安心したようにつく溜息。
本当は来て欲しかったんだろうなって思うと、さっきまでとは違った痺れが胸を走り、戸惑う。
足がつくようになっても、全く力が入らないところを見れば、やはり限界なんだろう。
うまく動かないなりにすがりついてくる手が、なんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。
「五月蝿い」
青白いけれどむっとした顔に、彼女の命を感じて心底ほっとする自分がいた。
「黒様、傷は?」
あわてて背中を確認しようとすれば、黒むーは驚いたような顔になる。
「傷……?
ああ、あれはちょっとした細工を、な」
そしていたずらっ子のように笑った。
「着ておいたんだ、鎧。
心臓の裏あたりに、血のはいった革袋を止めておいてな」
その言葉に、全身の力が抜けるのを感じた。
「……もう、黒様ったら」
「お前も信じたのか、馬鹿だな」
言葉を返す気力もなく、水際にどさりと座り込み俯く。
その隣に黒様もやはり力無くどさりと座った。
「……心配、かけたな」
水音の合間に耳に飛び込んだあまりに優しい言葉に、はっと顔を上げた。
赤い瞳は水面を見つめ続けている。
髪の先から滴り落ちる水。
青白い頬にも、水が滑る。
それを拭う、細い手の甲。
小狼くんとサクラちゃんを待っているのだろう。
じっと見つめる瞳に水面が反射して、煌めいて見える。
たった一言の優しさが、オレに事実を突きつけた。
オレは彼女を心配してしまう。
その上最早彼女無しでこの旅を続けることはできないと思ってしまう馬鹿者だ。
チラリとオレを見た赤い瞳が、照れたように微かに細められた。
絡め取られた視線は、逸らすことはできない。
逸らすことができるのは彼女の方だった。
「……きた」
水面に差し出す手。
水面下からそれをつかむ手。
引き上げるのを、オレも慌てて手伝い、そして青年もグロサムさんも駆け寄って手伝ってくれる。
目を開けたサクラちゃんにほほ笑む小狼君。
そんな二人を見てほっとした顔の黒たん。
「ファイ、安心したー?」
ひょっこり襟の中からモコナに聞かれて目を見開く。
「……うん。
まったく、しょうがないよねーみんな」
もう後戻りなど出来ないのだと、痛感した。
冷えた身体に吹き付ける風が、体温と体力を奪って、思考力を低下させる。
オレの抱える矛盾への不安ばかりを残して。
ぬいぐるみを抱えた子どもがひとり、街を抜け、森の奥へと歩いていく。
しばらくして現れたのは城。
しかしその前には流れの速い川があった。
ふわり
その子供が倒れる。
否、それは子どもではない。
ただの布と、それから木の棒でできた足。
「なにっ!?」
その子供の後ろを追いかけてきた男が息をのんだ。
「どうしました、カイル先生?」
おれの声に振り返ったのは、おれたちの予想通り、そしてきっと、黒鋼さんの予想通り、カイル先生だった。
「私はあの子を心配して……!」
動揺しているのが、よくわかる。
そしておれの後ろに現れた姿を見てその動揺はさらに激しいものとなった。
「グロサムさん!!
どうしてここに!?」
「町長から預かった子どもがいなくなった記録と、あなたの診察記録。
いなくなる子どもは、数日前に必ずあなたの診察を受けていた。
あなたは催眠療法もされるのですね。
あなたが今日診察された子どもが言っていました」
ー黒い鳥ー
「空には黒い鳥は飛んでいませんでした。
足跡の残らない雪の日に、黒い鳥を追って城に行くように、暗示をかけていたのでしょう。
あなたがせき止めた、この川をわたって」
川の水が徐々に流れを緩め、そして最後には止まった。
「どうー?川の水、とまったー?
小狼君が目星付けてくれたあたりにあったよ。
隠してあったし、古かったけど、ちゃんと動いたし、使った後もばっちり!
この川の水を、止める装置」
ヘラリと笑った後、カイル先生を見るファイさんの目は、氷のように冷たかった。
「子どもたちとサクラちゃんは、このお城の中かな?」
出てこなかった黒鋼さんの名前。
そこに理由があるのだと、おれは信じたい。
「先生、先生、違うよな!?」
「あははははははは!
飛んだ計算違いだったな。
目当てのものが手に入りそうになったから、あの男に罪を着て、他の町に逃げようと思っていたのに」
「先生!」
飛び出そうとする青年を、グロサムさんが抑える。
「先生、本当にあんたなのか」
「あの城の中にほしいものがあったんだが、子どもじゃないととれないんだ」
「そんなことのために子どもたちを!」
ぎりっと歯をかみしめるグロサムさん。
「あれの力を知らないからそんなことが言えるんだ!」
カイルは身を翻し、川を渡り始める。
そう、流れを止めた川には岩が対岸まで現れている。
「……いこう」
細められた青い瞳。
サクラのことを心配してくれている。
子どものことも心配してくれている。
そしてきっと、黒鋼さんのこともーー
ペタペタという足音に部屋の外をのぞけば、
子どもたちが半分眠ったようにしてどこかに歩いていく。
(みんなどこにいくんだろう?)
彼らを追えば、もしかしたら黒鋼さんを見つけるヒントにたどり着けるかもしれない。
ベットの足を折ることに成功したが、今度は部屋のドアが開かないようにしてあるつっかえ棒を何とかしなければならない。
シーツを裂いて先に輪を作り、鉄格子から垂らし、ひっかけて外せないか試してみる。
何度か行えばだんだんコツがつかめてきてーー
カラン
うまく外すことができた。
部屋を出てこっそり後ろから追っていく。
子どもたちはどうやら広間の壁にあいた抜け穴に入り込んでいく。
このままだと、みんなを見失ってしまいかねない。
「まって!!」
思わず叫べば、半分眠ったような子どもたちが振り返る。
今度は私の方に迫ってくる子どもたち。
小さいもののどこかこの世のもののようには感じられず、はっきり言って怖い。
「きゃーっ」
思わず悲鳴を上げた。
その時だった。
ピィーーーー
高く澄んだ音が辺りに響く。
ピィーチチチチチィー
鳥の鳴き声のような、
でもそれにしては妙に澄んだまろやかな音。
その音が徐々に近づいてきて、肩に触れた重みにそっと目を開く。
見上げたそこにある、燃えるような赤い瞳。
「黒鋼さん!!」
淡い笑みを浮かべたその人の口笛の音は、優しかった。
子どもたちに目を戻せば、みんな目をこすったり、あくびをしたりしている。
「大丈夫、催眠術にかかっていたんだろう」
耳元でささやかれた声に、そんなことが、と驚く。
それしてふわりと、目の前に現れた姿に目をこするのは今度は私の方だった。
「エメロード姫!?」
ー待っていましたー
隣で首をかしげている黒鋼さんには見えていないのだろう。
姫は子どもたちが出ていこうとしていた抜け穴を指さす。
黒鋼さんを引っ張っていって穴をのぞけば驚くべきものがあった。
「私の羽根!?」
子どもたちが石で氷を削り、私の羽根を掘り出そうとしている。
そしてひとりの子どもが振り下ろした石によって、その羽が正に今とりだされ、抜け穴を通してこちらに渡された。
中にいた子どもたちも順番に外に出てくる。
ーこれはあなたの羽根ですね。
300年前、私はこの羽根の力で子どもたちを救うことができましたが、
死んでしまった今は、誰の目にも見えなくて、ここに連れてこられた子どもたちをどうしてあげることもできませんでしたー
ピィーーーーーーピィーチチチチィー
黒鋼さんがまた口笛を吹く。
そうすると、抜け穴から出てきたばかりの子どもたちの催眠術も解けた様子だった。
その様子を見たエメロード姫は微笑んだ。
ー子どもたちをどうか家に帰してあげてくださいー
「こっちにこい!早く!」
何かに気付いたのか、さっと立ち上がり、黒鋼さんが鋭い、でも小さな声で子どもたちを集める。
その子どもたちと私を守るように、黒鋼さんが立った。
その背中には黒く焦げてあいた穴と、水で洗われてはいるが血が大量に流れた跡があり、思わず息をのむ。
触れた服もじっとり濡れていて、その体は氷のように冷たい。
「黒鋼さん、怪我が!!」
「だまれ」
静かな、でも抵抗を許さない声に遮られ口をつぐむ。
足音が近づいてきてたのが、私にもわかった。
部屋に現れた姿に、子どもたちがほっとした顔になる。
「せんせい?」
「カイルせんせい!」
「動くな!」
駆け出そうとする子ども達を黒鋼さんが一喝する。
「むやみに動くな。
城が崩れそうなんだ。
静かに黙って、指示に従え。
それからあの男の言葉は何があっても聞くな。
絶対にだ」
小さくも静かなその言葉だが、何よりも強く、頼もしく聞こえた。
子どもたちはおびえながらも自然とうなずく。
「どうしたんです、みんなこっちにおいで」
そう呼ぶカイル先生の声に、子どもたちは動かない。
むしろおびえたように肩を寄せ合った。
敏感な子どもたちは感じたのだろう。
カイル先生の異様な焦りと、そして欲にくらんだ瞳。
「よくそんなことが言えるな」
低い黒鋼さんの声に、カイル先生はふっと笑みをこぼした。
「そっちこそ、よく生きていたな。
騙されたのは私の方か」
「生憎、人をだますのが本業だからな」
その言葉に背中の傷が偽物だと知り、ほっとする。
「だが、それもここまでだ」
「隙をついて子どもを連れて逃げろ!」
小さく耳打ちをされ、次の瞬間には黒鋼さんはカイル先生めがけて駆け出していた。
いや、彼女ならもっと速く走れる。
部屋の真ん中よりも手前でカイル先生のナイフを受け止め動きを抑えているのは、私達をその隙間から逃がすため。
この隙を、私が活かさなければならない。
急がなければ。
「みんな、早く!」
鎖がついて動きにくい足を何とか動かし、子どもと一緒に駆け出した。
「姫!」
小狼君が部屋に駆け込んできた。
ファイさんも、グロサムさん、町のお兄さんも一緒だ。
「小狼君!」
抱きしめてくれる腕が暖かく、自分の体が冷えていたことを思い知った。
でも黒鋼さんの体はもっと冷たかった。
早く温めてあげなければと思うのに、黒鋼さんはカイル先生を抑え込みながらこっちを振り返った。
「子どもたちを早く上へ!
水を止める装置はそう長くは」
どう、っと大きな音が響く。
「壊れたかなぁ」
ファイさんの苦笑を合図に、部屋の壁も水によって破られ、冷たい水が流れ込んできた。
「急げ!!」
そう叫んだ黒鋼さんとカイル先生の上にも、壁が崩れ、水が噴き出してきた。
「黒りん!!!」
ファイさんの焦った声が響く。
しかしそうこうしているうちに、今度はファイさんや子どもたちと、私と小狼君の間の壁も崩れる。
「小狼!」
モコちゃんの心配そうな声が水音の間に聞こえた。
「大丈夫、おれは右の通路からの道が分かります!
みなさんは左の通路から地上へ上がってください!!」
「黒鋼さんが!」
進もうとする小狼君の袖を思わず引く。
「大丈夫、ファイさんがいますし、おれたちよりもずっと強い。
それにおれたちが黒鋼さんよりも早く帰らないと、きっと怒られちゃいますよ」
その言葉と、笑顔に、私は頷く。
小狼君が足についた鎖を蹴り砕いてくれた。
これで走ることができる。
黒鋼さんは今回、自分には見えない姫の姿を追うと言う私を信じてくれた。
さっきだってそうだ、子ども達を私に任せてくれた。
大丈夫、私はただのお荷物じゃない。
私にできることも必ずある。
だからまた、みんなと会うために、今だけ違う道を。
「遅いな」
グロサムさんが呟く。
水位は随分上がっていた。
小狼くんが行った右の水路は、地図でチラリと見たけれど少し遠回りだったから時間がかかるかもしれない。
黒たんの方は背中にできた傷から見て、重症だろう。
さっきの濁流によって気でも失っていたら……
(……死ぬならそれまでのこと)
心の中でそう言い放てば、背筋が凍るような気がした。
彼女は最後、オレに向かって短く叫んだ。
その声は濁流にかき消されて聞こえなかったけれど、逸らすことを許さない強い瞳と、その口の動きで分かった。
ーあいつらを、頼むー
それは、万が一自分に何かあった時、小狼くんとサクラちゃんを頼むと言うことだ。
ごくりと、生唾を飲み込む。
オレは、サクラちゃんを利用する側だ。
そのオレに、彼女は2人を託すと言う。
胸が痺れるようだ。
純粋な2人を利用し続けることへの罪悪感に、そして彼女を失うかもしれない恐怖にーー
「いたぞ!」
グロサムさんの声と同時に、水面に黒い頭が見えた。
「黒様!!」
でもその頭は溺れかけているようにしか見えず、オレは迷わず飛び込んだ。
ずいぶん落ち着いてはきているもののまだ流れも速い。
「ッ馬鹿!
飛び込む馬鹿があるか!」
「はいはい、黙ってー」
身体の熱が急速に奪われる。
溺れかける黒様のところまで泳ぎ、抱き寄せる。
もう身体の感覚なんてないだろうことが予想されるほど、身体は冷たかった。
事実、オレが抱き寄せるのと同時に、手足の力が完全に抜けてしまった。
顔を首筋に寄せて、ほうっと安心したようにつく溜息。
本当は来て欲しかったんだろうなって思うと、さっきまでとは違った痺れが胸を走り、戸惑う。
足がつくようになっても、全く力が入らないところを見れば、やはり限界なんだろう。
うまく動かないなりにすがりついてくる手が、なんだか可愛くて、思わず笑ってしまった。
「五月蝿い」
青白いけれどむっとした顔に、彼女の命を感じて心底ほっとする自分がいた。
「黒様、傷は?」
あわてて背中を確認しようとすれば、黒むーは驚いたような顔になる。
「傷……?
ああ、あれはちょっとした細工を、な」
そしていたずらっ子のように笑った。
「着ておいたんだ、鎧。
心臓の裏あたりに、血のはいった革袋を止めておいてな」
その言葉に、全身の力が抜けるのを感じた。
「……もう、黒様ったら」
「お前も信じたのか、馬鹿だな」
言葉を返す気力もなく、水際にどさりと座り込み俯く。
その隣に黒様もやはり力無くどさりと座った。
「……心配、かけたな」
水音の合間に耳に飛び込んだあまりに優しい言葉に、はっと顔を上げた。
赤い瞳は水面を見つめ続けている。
髪の先から滴り落ちる水。
青白い頬にも、水が滑る。
それを拭う、細い手の甲。
小狼くんとサクラちゃんを待っているのだろう。
じっと見つめる瞳に水面が反射して、煌めいて見える。
たった一言の優しさが、オレに事実を突きつけた。
オレは彼女を心配してしまう。
その上最早彼女無しでこの旅を続けることはできないと思ってしまう馬鹿者だ。
チラリとオレを見た赤い瞳が、照れたように微かに細められた。
絡め取られた視線は、逸らすことはできない。
逸らすことができるのは彼女の方だった。
「……きた」
水面に差し出す手。
水面下からそれをつかむ手。
引き上げるのを、オレも慌てて手伝い、そして青年もグロサムさんも駆け寄って手伝ってくれる。
目を開けたサクラちゃんにほほ笑む小狼君。
そんな二人を見てほっとした顔の黒たん。
「ファイ、安心したー?」
ひょっこり襟の中からモコナに聞かれて目を見開く。
「……うん。
まったく、しょうがないよねーみんな」
もう後戻りなど出来ないのだと、痛感した。
冷えた身体に吹き付ける風が、体温と体力を奪って、思考力を低下させる。
オレの抱える矛盾への不安ばかりを残して。
