ジェイド国
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「この地域の医者はお前だけか」
「ええ、何せ田舎ですから」
「苦労もあろう」
「ですが、みなさんが頼ってくださるからこそ、やりがいがあるというものです。
まぁ、私の仕事が少ないに越したことはないのですが」
黒様がカイル先生を手伝って薬の整理をする間、オレ達は少し離れたところでお茶をする。
黒様の生まれ故郷は薬草の産地だったらしく、ずいぶん詳しく、カイル先生も助かっているみたい。
「黒鋼さん、どうしたんでしょうね」
小狼君がオレにだけ聞こえるよう小さく呟いた。
それはオレも思っていたことだ。
彼女はカイル先生に対して随分と饒舌だ。
オレ達とでもこんなに話すことはない。
「前にいた国の人と魂の根本が同じ人なのかも?」
作業をしながら楽しげに話す二人から目を逸らす。
なぜだか胸の奥ががざらざらとした。
オレの知らない彼女がいるのは当然だ。
一緒に過ごした時間なんてその人生に比べたら微々たるもの。
誰を懐かしもうと、誰に会いたかろうと、関係ないーーそこまで考えて、はっとする。
そういう次元の話ではないはずだ、と。
オレの旅への関わり方は違う。
彼女を知ろうとするのは、この旅に有益か、また邪魔立てするならば排除する必要があるからに過ぎない。
彼女の行動に寂しさを覚える以前の問題だ。
このままではうっかり絆されてしまうところだった。
「ファイさん?」
サクラちゃんが心配そうにこっちを見ていた。
この子は人の感情に敏感だ。
優しいこの子があんな男の野望の為に遣われるのは、不憫以外何物でもない。
「このお茶美味しいね」
そうはぐらかして笑ってみせる。
サクラちゃんと小狼くんには旅の間だけでも、笑っててほしい。
オレが黒様を殺す、その日までーー
ずいぶん冷え込んだと思ったら案の定。
「積もったねぇ、雪」
窓の外を嬉しそうにのぞく小僧の上から、外を見る男。
「サクラちゃん、砂漠の国のお姫様だったら、雪は初めてかもね」
二人を促すようにちらりと見てから部屋から出る。
俺のなりをみてか、カイルは姫と白饅頭に1部屋、男と小僧と俺に一部屋貸し与えた。
白饅頭を抱いた姫も部屋から出てくる。
「おはよう」
「おはようございます」
「……おはようございます」
姫にどこか元気がない。
風邪でも引いたのだろうか。
その時、窓の向こうが騒がしくなった。
「子どもが!!
子どもがどこにもいないんです!!」
駆け出す小僧を追って、俺たちも外に出る。
そこここでいなくなった子どもの話がされている。
「やっぱりあの金の髪の姫が子供たちを……」
その村人の言葉に姫の顔色が変わった。
「じゃああれは夢じゃない?」
高く澄んだ声は、小さくとも良く通るもの。
少し離れたところにいるグロサムとかいう男がこちらを睨んでいる。
姫の声が聞こえ、俺達を不審に思っているのだろう。
「また子どもがいなくなったんですか?!」
そこにカイルがかけてきた。
「昨夜この者たちは屋敷を出ていないんだろうな?」
「ええ」
グロサムとカイル。
この二人はどうも対立する傾向があるようだ。
根本的な考え方が違うということが一つ。
それから単純に、虫が好かないんだろう。
話が終わったらしいグロサムはこちらにまた鋭い視線を向け、去って行った。
まだまだ調べなければならない事がありそうだ。
立派な屋敷だ。
人気がないことを確認し、垣根を飛び越えて庭に入る。
頑丈な石づくりの建物は、この国伝統のもの。
おそらくグロサムは先祖代々この土地を治めているのだろう。
かすかな物音を頼りに目星をつけ、窓辺の木をよじ登る。
目的の人物を見つけると腰かけて窓をたたいた。
ソファに座って歴史書と思われる本をしかめつらで眺めていたグロサムは、こちらを見て一瞬驚いた顔をして、改めて俺を睨みつけた。
俺は彼の読む歴史書を指差して、胸を叩いて見せた。
グロサムは一瞬迷った後、窓を開けた。
彼の横をすり抜けて床に音もなく着地する。
「邪魔するぞ」
「何の用だ。
断りもなく家に入ってくるとは」
「断っただろう」
「相手の返事を待たずにはいってくる声かけなど、断ったとは言わん」
窓の外を確認し、カーテンを引いた。
「誰にも見られてはいない。
聞きたいことがある」
表からではとてもじゃないが入れてくれないだろうと思った。
この男は子どもがいなくなる事件について過敏だ。
姫の金髪の姫に対する反応もひどく気にしていた。
だが村人が怪しんでいる俺達と会っているとは思われたくはないだろう。
それは信頼を揺るがしかねない種を撒くことになるからだ。
だからと言って何かヒントを持つ可能性も捨て難いに違いない。
前者を回避し、後者を叶えるという今回の餌は、この男に有効であった。
グロサムは呆れたように小さく笑ってから、ソファに座るように促した。
軽く頭を下げると、彼は少し離れたところにあるテーブルに行き、茶を注ごうとする。
丁寧な男だが、その手からポットを取り上げた。
「座っていろ」
代わりにカップに注ぐ。
琥珀色が美しいこの国の茶は、良い香りがする。
あの男も気に入っているようなことを今日姫と話していたはずだ。
「貴様、人の家で」
「熱があるんだろ」
その言葉にグロサムは目を見開き、ため息をついてから、おとなしくソファに深く座りこんだ。
「カイルには診てもらわないのか」
彼の前にティーカップを差し出す。
ひと口飲んでから、グロサムは吐き出すように言った。
「あいつは虫が好かん」
「俺もだ」
ぶつかる瞳。
互いに互いを値踏みしている。
先に目をそらしたのは、グロサムだった。
俺の勝ちだ。
閉じられて机の上に置かれた歴史書にそっと触れる。
「見ても?」
「好きにしろ」
パラパラとめくる。
文字が読めるわけではないが、気になった箇所がある。
「借りてもいいか。
俺は文字が読めない。
小僧なら読めるんだが」
「あの医者も持っているだろう」
「ああ、少し、手が加わったものをな」
「何か、手がかりになるのか」
眉間にしわを寄せたままのグロサムだが、彼の瞳はいつも真剣だ。
カイルより、余程。
「さぁ。
確約はしかねる」
「それもそうか」
頭を抱え溜息をつく姿に、彼は気難しい容姿で損をしているだろうなと思った。
一人で村を背負うのは、荷も重かろう。
「お前は今のままでいい」
「分かっている」
こんな不安定な時期に旅の一行に加担するような馬鹿は、カイル一人で十分だ。
グロサムは若干孤立気味ではあるが、あとは自由にさえさせてくれれば俺達が片付ける。
彼はこの土地を治める者として、その先を担う必要があるのだから。
「感謝する、大地主殿」
「とっとと帰れ」
「代わりのいない身だ、無理はするな」
そう言えばグロサムは少しだけ驚いた顔をして、そして、ああ、と微かな笑みを浮かべた。
「雪……冷たい」
結局手掛かりはつかめないまま夜になった。
小狼くんは本を読んでいるみたいだし、北のお城にも行っては見たけれど、子どもたちは見つからない。
開け放った窓から雪が舞い込んでくる。
毛布を頭からかぶっているけれど、とても寒い。
お姫様を見たのが私だけだった。
また何か起こるかもしれない。
子どもたちも寒さで震えているかもしれない。
「がんばって起きてなきゃ……」
急にしたノックにびくりと肩がふるえた。
「入るぞ」
黒鋼さんだ。
返事をする前にはいってきてしまって、やっぱり、と言いたげな顔をして頭をかいた。
「あの……その……」
なんとか言い訳を、と思って考えていると、頭に重みが加わった。
優しい黒鋼さんの手だ。
「いい心がけだ」
黒鋼さんは温かい。
「でも、少しは考えろ。
お前が熱を出すと少年が心配で部屋から一歩も外に出なくなるぞ」
みんなを良く見ていて、必要なことをしてくれる。
「ごめんなさい」
だからみんな、この人が大好きなんだ。
黒鋼さんは窓を閉め、私の隣に座った。
「開けておかないと私」
「俺が起こしてやる」
「ありがとうございます」
表情に起伏があるわけではないから気持ちは分かりにくいけれど、誰よりも私たちのことを考えてくれる。
安心するのだ、この人の隣は。
しんしん、と雪が降る。
「ファイさんは私が雪を見るには初めてだろうって言ってたけど、私、全ての記憶が戻ったわけじゃないからそんなことも分からなくて……」
無口なのに、相槌もないのに、黒鋼さんならどんな話もしっかり聞いてくれている気がした。
「大切なのは、過去か」
少し間が空いてかえってきた返事に、黒鋼さんの顔を見る。
赤い、夕焼けみたいな目が、私を見つめ返す。
霧の立ち込める湖のほとりで、身体を温めてくれた焚火のような、穏やかな瞳。
「いいえ」
私は今、みんなといるのが楽しくて、ファイさんや黒鋼さんやモコちゃんや、それから、小狼君と旅するのが楽しい。
「黒鋼さんは?
やっぱり元いた国に戻りたいですか?」
そう聞けば、珍しく少しだけ困った顔をした。
「約束したからな、必ず帰る、と」
「大切な人に?」
そう聞けば、黒鋼さんは雪の降る空を見上げて、小さく微笑んだ。
「まぁな」
きっと、とっても大切な人なんだろうな。
そう考えていたら少しだけ寂しくなった。
気づけば俯いていた私の顔を、黒鋼さんが覗き込んだ。
「だが、そんな急いではいない。
俺も、今が大切だからな」
微かに細められる瞳。
この人は本当に、優しい。
優しくて、温かくて、いつの間にか心を許してしまう。
ふと黒鋼さんの向こうの窓の外に金色が揺らめいて、目を見開いた。
「金の髪のお姫様!!」
私の言葉に、黒鋼さんも目を細める。
小さなため息をついたところをみると、彼女には見えていないのだろう。
「仕方ない」
黒鋼さんは壁にかけていたローブをとり、さっと私に着せる。
「わっ」
そして横抱きにした。
「つかまっていろ」
耳元で囁かれたその言葉に慌てて黒鋼さんの首に手を回す。
力強さに比べて細い首に、少し驚いた。
そうこうしている間に、黒鋼さんは窓枠に足をかけていて。
「きゃっ」
小さな衝撃に声をあげれば、そこで足をとめてくれたようだ。
目を開ければまだ高い木の上。
「口をしっかり閉じていろ。
舌を噛むぞ。
姫はまだいるか」
私はあわてて口を閉じ、辺りを見回し、姫の姿を認めると、彼女を指さした。
「飛ぶぞ」
次の瞬間身体が浮き、思わずきゅっとしがみつく。
その頃には軽い衝撃とともに浮遊感は消えていた。
「姫と子どもたちの向かっている方向は同じか?」
かけられた声に目を開き、確認する。
「一緒です。
あっち!」
黒鋼さんは私を下ろし、歩きだした。
「黒鋼さん、私は大丈夫ですから、子どもたちを早く!」
「違う」
赤い瞳はまっすぐ前を見ている。
「彼らを助けても、他の子どもの居場所が分からない。
しばらくは様子を見る」
さすが忍者だと感心する。
「は……はい!」
町を抜け、森に入り、そしてたどり着いたのは。
「お城……」
不意に雪を踏みしめる足音に振り返る。
黒鋼さんが私を守るように立った。
「黒鋼さん、それから後ろにいらっしゃるのはサクラさんですね」
黒鋼さんが腰を落とし、戦闘態勢に入る。
彼女の陰から見えたカイル先生は、銃を構えていた。
「離れていろ」
静かな声に下がろうとすれば急に眠気に襲われた。
こんなところで眠っちゃだめってわかっているのに、抗いきれず足元がふらつく。
こんなところで倒れては命が危ない、自分だけではなく黒鋼さんまで危険に晒してしまう、そうわかっているのに、自由が利かない。
薄れゆく景色の中で、銃声が聞こえた。
何とか振り返ろうとしたけれど、黒い何かに雪に倒される。
暖かい、この人はーー
「黒……が……さ……」
手についたぬるりとした感覚の正体を確かめないといけないとわかっているのに、手放してはいけないとわかっているのに、私の意識はどこか遠くに行ってしまった。
