玖楼国
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「開いている。」
ノックの前に返事をされ、おれは目を瞬かせてから苦笑した。
静かに中に入ると手に本を持った黒鋼さんがおれを捕えた。
「黒鋼さん、傷の具合は?」
「心配ない。
充分すぎるくらいの手当てだ。」
小さく笑う様子にほっとする。
この人はいつも本当に無理をするから。
ファイさんも、見せないようにはしていても、ずいぶんと心配していた。
「パーユ。
おいしいリンゴをもらったから、作ってみたんだ。」
籠を軽く上げると、黒鋼さんが優しく頷く。
「礼を言う。」
そしてベッドから降りようとするから慌てて押しとどめる。
「おれがする!」
「どいつもこいつも。」
静止を振り切って立ちあがり、ポットに茶葉を入れる。
「無理は禁物だ。」
「いい加減にしろ、体が鈍ってしょうがない。」
片手で器用に茶をカップに移す。
それが終わるとどさりとベッドに腰を下ろした。
おれには視線で椅子に座れと示すので、それに大人しく従う。
沈黙が舞い降りた。
「パーユは?」
「あ!」
おれは慌てて包みを開けて片方を渡す。
我ながらいい出来だ。
紅い瞳はその焼き加減をちらりと見てから口に頬張る。
「・・・悪くないな。」
これが褒め言葉だと教えてくれたのはファイさんだった。
むしゃむしゃと食べてくれるのが嬉しくて、おれもパーユを口に入れた。
リンゴと生地の良い香りが口いっぱいに広がる。
「お前はいい。
心も強く、料理もうまい。」
ぽろりと降ってきた褒め言葉にごくりと口に入ったパーユを飲み込む。
「どこに行っても上手くやれるだろう。」
この人は不思議だ。
何も言っていないのに、何かを悟る。
それが忍びなのだろうか。
きっとおれがここに来た理由も知っている。
だからこんなことを言うんだろう。
おれの背中を、この人はいつも押してくれる。
「・・・おれは対価を支払った。」
黒鋼さんは目を閉じてじっと聞いている。
「旅をし続けることだ。
一箇所に、とどまることなく、ずっと、ずっと。
・・・それだけ、伝えないといけないと思ったんだ。
この旅の終わりに。
黒鋼さんはおれが責任を持って日本国に送り届ける。
モコナの魔法具には記憶が詰まっていて、旅をした国に連れて行ってくれるらしいから。
時間はかかるかもしれないが、帰れるはずだ。」
「一人旅もいいがやはり誰かと一緒がいい。」
唐突な言葉におれはなんと返せばよいのか分からない。
「町の男が言っていただろう。
それを肯定した男もいたな。
お前も満更じゃない顔をしていた。」
肯定したというのはファイさんのことだ。
ー・・・そうですね。ー
どこかかみしめるようにいったあの表情が、忘れられない。
おれが生んだ苦しい運命を、受け入れてくれたような気がした。
「言ったはずだ。
約束は一つじゃなくていい。
お前の旅の途中で日本に寄れるならそれで構わん。
月読もお前をほっぽり出して帰れば怒るだろう。」
紅い瞳は微かに弧を描いた。
「・・・ありがとう。」
なんとかそう言えば、黒鋼さんがぐいっと左手を伸ばしておれの頭をかいぐった。
「・・・ありがとう。」
小さな呟きが、聞こえた気がした。
「ごめんくださーい。」
間延びした声に、俺と雪兎は顔を見合わせる。
ドアに近い俺は書類を置いて椅子から立ち上がる。
開けた先には予想通りの人物が立って笑っていた。
「客人とはいえ王子の部屋に直接来るとは度胸があるな。
こんな夜中になんのようだ?」
軽く睨んでやれば相手は肩をすくめた。
桜の話ではこの男はもう300年以上生きているらしい。
雪兎折り紙つきの強い魔力の持ち主だ。
「ちょっと折り入って頼みがありまして。
あ、用があるのは王子様じゃないですよ。」
そして男は室内を覗いた。
「・・・僕?」
目を瞬かせる雪兎。
「そうです。
神官様。」
そしてするりと俺の隣を通って室内に入った。
物腰の柔らかさも、色素の薄さも似ているのに、この男は雪兎とは全然違う。
掴みどころがなく、風のようにすり抜ける。
「神官様は他の世界の力の人と連絡を取ることはできるんですか?
相手も夢見じゃないとだめかな?」
「そうですね、相手が夢見ならば可能ですが・・・。」
「そうなんですか。
うーん、どうしよっかなぁ。」
本当に悩んでいるのだろうかと首をかしげたくなるような、軽い唸り声だ。
「どうされたんですか?」
心配そうに雪兎が尋ねる。
「ちょっと連絡を取りたい人がいるんです。
桜ちゃんに聞いたらこの国の科学技術では意志の通りに動かせる義手は作れないと聞きました。
だから、前に旅した科学の発達した世界の人にお願いしようと思って。
オレ、次元渡ることはできるんですけど、すっごく魔力がいるからできたら頻繁にはしたくないんでー。」
「あの女か。」
俺の言葉に、彼はまたヘラリと笑って、背を向けた。
「おっじゃましましたー。」
「おい。」
勝手に入ってきてずいぶんと勝手に出ていく男だ、と思う。
あの女の方が礼儀もなっていた。
面倒極まりない。
「お前も旅に出ると聞いた。
その先で作ってもらって、それを渡すのでは駄目なのか?」
「ええ。
無理するんですよ、いつも。
彼女はオレとは違って国に帰るはずだ。
そこで戦闘職種に戻るはずです。」
彼は振り返って、また笑った。
「生活に苦労していないようだったけれど、昔からないわけではないの?」
雪兎がぽろりと尋ねる。
それは俺も疑問だった。
もうずいぶんと片手になれているように見えたから。
「彼女器用だから。
旅に出て、オレが彼女の腕を奪ったんです。
2度も。
・・・じゃあ、おやすみなさい。」
くるりと背中を向け去っていく。
それ以上問いかけることを許さない背中だった。
「・・・なんだかまるで、黒鋼さんとの事を全て清算しようとしているみたいだ。」
閉められたドアをまだ眺める雪兎。
俺は早々に背を向けて椅子に座りこむ。
「みたいじゃなくてそうなんだろ。」
書類を手に取り、窓の外に目を移す。
穏やかな夜だ。
「これだからお人好しは。」
呟くと雪兎が静かに頭を振った。
「どちらかというと、我がままなのかもしれないよ。」
その言葉にガラスに移った彼を見つめる。
「根本的に人間と魔術師、種族が違うと言っても過言ではない。
それもファイさんは魔力が桁違いに大きくて、寿命も長い。
思いあえば思いあうほど、一緒にいるのは辛いはずだ。
生きている時間の流れが違うのだから。」
その言葉に溜息が出る。
書類を放り投げた。
過去に玖楼国に来た他の世界の住人たちの報告書だ。
その者達がどう生きたか、どこにいるのか、そしてどこに行ったのかを、記したもの。
「・・・苦しい旅だったと聞いた。」
「素敵な旅だった、ともね。」
「共に歩める道は、ないんだろうか・・・。
桜達にも、あいつらにも。」
ノックの前に返事をされ、おれは目を瞬かせてから苦笑した。
静かに中に入ると手に本を持った黒鋼さんがおれを捕えた。
「黒鋼さん、傷の具合は?」
「心配ない。
充分すぎるくらいの手当てだ。」
小さく笑う様子にほっとする。
この人はいつも本当に無理をするから。
ファイさんも、見せないようにはしていても、ずいぶんと心配していた。
「パーユ。
おいしいリンゴをもらったから、作ってみたんだ。」
籠を軽く上げると、黒鋼さんが優しく頷く。
「礼を言う。」
そしてベッドから降りようとするから慌てて押しとどめる。
「おれがする!」
「どいつもこいつも。」
静止を振り切って立ちあがり、ポットに茶葉を入れる。
「無理は禁物だ。」
「いい加減にしろ、体が鈍ってしょうがない。」
片手で器用に茶をカップに移す。
それが終わるとどさりとベッドに腰を下ろした。
おれには視線で椅子に座れと示すので、それに大人しく従う。
沈黙が舞い降りた。
「パーユは?」
「あ!」
おれは慌てて包みを開けて片方を渡す。
我ながらいい出来だ。
紅い瞳はその焼き加減をちらりと見てから口に頬張る。
「・・・悪くないな。」
これが褒め言葉だと教えてくれたのはファイさんだった。
むしゃむしゃと食べてくれるのが嬉しくて、おれもパーユを口に入れた。
リンゴと生地の良い香りが口いっぱいに広がる。
「お前はいい。
心も強く、料理もうまい。」
ぽろりと降ってきた褒め言葉にごくりと口に入ったパーユを飲み込む。
「どこに行っても上手くやれるだろう。」
この人は不思議だ。
何も言っていないのに、何かを悟る。
それが忍びなのだろうか。
きっとおれがここに来た理由も知っている。
だからこんなことを言うんだろう。
おれの背中を、この人はいつも押してくれる。
「・・・おれは対価を支払った。」
黒鋼さんは目を閉じてじっと聞いている。
「旅をし続けることだ。
一箇所に、とどまることなく、ずっと、ずっと。
・・・それだけ、伝えないといけないと思ったんだ。
この旅の終わりに。
黒鋼さんはおれが責任を持って日本国に送り届ける。
モコナの魔法具には記憶が詰まっていて、旅をした国に連れて行ってくれるらしいから。
時間はかかるかもしれないが、帰れるはずだ。」
「一人旅もいいがやはり誰かと一緒がいい。」
唐突な言葉におれはなんと返せばよいのか分からない。
「町の男が言っていただろう。
それを肯定した男もいたな。
お前も満更じゃない顔をしていた。」
肯定したというのはファイさんのことだ。
ー・・・そうですね。ー
どこかかみしめるようにいったあの表情が、忘れられない。
おれが生んだ苦しい運命を、受け入れてくれたような気がした。
「言ったはずだ。
約束は一つじゃなくていい。
お前の旅の途中で日本に寄れるならそれで構わん。
月読もお前をほっぽり出して帰れば怒るだろう。」
紅い瞳は微かに弧を描いた。
「・・・ありがとう。」
なんとかそう言えば、黒鋼さんがぐいっと左手を伸ばしておれの頭をかいぐった。
「・・・ありがとう。」
小さな呟きが、聞こえた気がした。
「ごめんくださーい。」
間延びした声に、俺と雪兎は顔を見合わせる。
ドアに近い俺は書類を置いて椅子から立ち上がる。
開けた先には予想通りの人物が立って笑っていた。
「客人とはいえ王子の部屋に直接来るとは度胸があるな。
こんな夜中になんのようだ?」
軽く睨んでやれば相手は肩をすくめた。
桜の話ではこの男はもう300年以上生きているらしい。
雪兎折り紙つきの強い魔力の持ち主だ。
「ちょっと折り入って頼みがありまして。
あ、用があるのは王子様じゃないですよ。」
そして男は室内を覗いた。
「・・・僕?」
目を瞬かせる雪兎。
「そうです。
神官様。」
そしてするりと俺の隣を通って室内に入った。
物腰の柔らかさも、色素の薄さも似ているのに、この男は雪兎とは全然違う。
掴みどころがなく、風のようにすり抜ける。
「神官様は他の世界の力の人と連絡を取ることはできるんですか?
相手も夢見じゃないとだめかな?」
「そうですね、相手が夢見ならば可能ですが・・・。」
「そうなんですか。
うーん、どうしよっかなぁ。」
本当に悩んでいるのだろうかと首をかしげたくなるような、軽い唸り声だ。
「どうされたんですか?」
心配そうに雪兎が尋ねる。
「ちょっと連絡を取りたい人がいるんです。
桜ちゃんに聞いたらこの国の科学技術では意志の通りに動かせる義手は作れないと聞きました。
だから、前に旅した科学の発達した世界の人にお願いしようと思って。
オレ、次元渡ることはできるんですけど、すっごく魔力がいるからできたら頻繁にはしたくないんでー。」
「あの女か。」
俺の言葉に、彼はまたヘラリと笑って、背を向けた。
「おっじゃましましたー。」
「おい。」
勝手に入ってきてずいぶんと勝手に出ていく男だ、と思う。
あの女の方が礼儀もなっていた。
面倒極まりない。
「お前も旅に出ると聞いた。
その先で作ってもらって、それを渡すのでは駄目なのか?」
「ええ。
無理するんですよ、いつも。
彼女はオレとは違って国に帰るはずだ。
そこで戦闘職種に戻るはずです。」
彼は振り返って、また笑った。
「生活に苦労していないようだったけれど、昔からないわけではないの?」
雪兎がぽろりと尋ねる。
それは俺も疑問だった。
もうずいぶんと片手になれているように見えたから。
「彼女器用だから。
旅に出て、オレが彼女の腕を奪ったんです。
2度も。
・・・じゃあ、おやすみなさい。」
くるりと背中を向け去っていく。
それ以上問いかけることを許さない背中だった。
「・・・なんだかまるで、黒鋼さんとの事を全て清算しようとしているみたいだ。」
閉められたドアをまだ眺める雪兎。
俺は早々に背を向けて椅子に座りこむ。
「みたいじゃなくてそうなんだろ。」
書類を手に取り、窓の外に目を移す。
穏やかな夜だ。
「これだからお人好しは。」
呟くと雪兎が静かに頭を振った。
「どちらかというと、我がままなのかもしれないよ。」
その言葉にガラスに移った彼を見つめる。
「根本的に人間と魔術師、種族が違うと言っても過言ではない。
それもファイさんは魔力が桁違いに大きくて、寿命も長い。
思いあえば思いあうほど、一緒にいるのは辛いはずだ。
生きている時間の流れが違うのだから。」
その言葉に溜息が出る。
書類を放り投げた。
過去に玖楼国に来た他の世界の住人たちの報告書だ。
その者達がどう生きたか、どこにいるのか、そしてどこに行ったのかを、記したもの。
「・・・苦しい旅だったと聞いた。」
「素敵な旅だった、ともね。」
「共に歩める道は、ないんだろうか・・・。
桜達にも、あいつらにも。」