玖楼国
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ゆっくりと目が開いた。
天蓋が見えた。
日本ではない。
だが見知った雰囲気だ。
記憶が混同している。
自分は今どこにいるのだろう。
諏訪を離れた。
知世に次元の魔女の元に送られた。
それから、どこにいった?
東京、桜都国、ピッフル国、セレス、沙羅ノ国・・・
順番が頭の中で上手く並び変えられない。
(それから結局、どうなったんだ?)
身体を起こそうとして妙にバランスがとれず、左肩が痛む。
見れば左腕がない。
(そう言えば切り落としたんだった・・・。)
溜息が洩れた。
何かを考えるのも億劫だった。
どのくらい時間が経ったのか、ノックの音がした。
右腕をついて身体を起こすと、まんまるに見開かれたの瞳とバチリと音を立ててぶつかった。
「く、ろ、がね、さん!」
そして姫は嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。
「黒鋼!!!」
その後ろからぴょこんと飛び込んでくる白饅頭。
「目が覚めたんですね!」
白饅頭を載せていたであろう小狼も続いて駆け寄ってくる。
「よかった、ずっと眠ったままだったから心配したの。
雪兎さんは待ちましょうって言ってくれたけど、やっぱり心配で・・・。」
涙を浮かべるから、頬をなでてやる。
手にもたくさんの傷ができていたはずなのにどれも直っているから、確かにずいぶんと眠っていたのかもしれない。
「心配掛けたな。」
かすれた声に、姫は首を振った。
視線を感じて顔を上げると、入り口で腕を組んで壁にもたれる青年がいた。
蒼い瞳が懐かしい。
ひどく穏やかな顔をしていて、彼はほっとしたように笑っていた。
それは遠い昔、アシュラ王が迎えに来た時の顔を思い出させた。
「ファイもおいでよ!」
白饅頭の言葉に、ファイは綺麗に笑って寄ってきた。
「仕方ないね。」
姫や小狼と同じくこの国の衣装に身を包んでいるが、よく似合っていた。
「ここは?」
訪ねてからむせ込んだ。
「大丈夫ですか?」
姫が心配そうに背中をさすってくれる。
思った以上に喉がかさついているようだ。
「ここは玖楼国のお城です。
何か飲み物と食べ物もってきます。」
口早にそう言うと、白饅頭を肩に乗せたまま部屋から駆け出して行った。
「おれも行きます!」
その後ろを小狼も追いかけていく。
部屋には俺と、そして青年だけが取り残された。
部屋はしん、と静まり返った。
「取り残されたな、って思ったでしょ。」
オレが言うと、黒様は穏やかな顔でうなずいた。
さっきと比べるとずいぶんと静かで、間もあるのに、それが嫌じゃない。
こんなにゆっくりと時間が流れているのは久しぶりだと思った。
オレを見上げる紅の瞳はまっすぐで、あの諏訪の湖のほとりで出会ったころと何も変わらない。
まっすぐで澄んでいて、彼女が切って流させる血のようで、一緒に見た夕日のようで、焚火のようで・・・。
たくさんの事を一緒に見てきた、と思う。
「変わらないね。」
「変わらないな。」
声が重なって、オレ達は目を少しだけ見開く。
相手が同じことを考えていたと分かったから、驚いたのだ。
そしてどちらともなく笑みをこぼす。
オレは全てを失った。
アシュラ王も、ファイの亡骸も、あの王が贈ってくださったフローライトの石も、そしてセレスという国さえも。
帰るところも、何もかもを失くした。
その点はどこか、小狼君と似ている。
・・・彼はその存在のルーツをも失ったわけだが。
「お前はもう、魔術師に戻った。」
黒様が静かに言う。
そして静かに瞳を閉じる。
「うん、そう」
「お前の命は、お前に返そう。」
オレの言葉を遮る様に、黒りんが言った。
そして再び紅の目が開かれる。
「お前は自由だ。
全てから。
双子の咎からも、アシュラ王を殺す義務からも、そして・・・俺からも。
好きに生きればいい。」
無表情の顔に、オレは虚を突かれる。
そうだ、彼女はこういう人だった。
何にもすがらず、大切な物を守ろうと、己をも殺す。
それが忍びだ、と。
彼女はきっとまた、知世姫のもとに帰って、同じように彼女を守るのだろう。
知世姫の幸せが、誰にも奪われないように。
でも、黒りんは小狼君の選択を知ったら、どうするのだろう。
「うん。」
オレは笑顔を張り付けて一つうなずいた。
「入るぞ。」
ノックの後聞こえた声に、身体を起こす。
部屋に顔を出した男は、確か阪神国でお好み焼き屋の店員だった男であり、その時に少年が王様と呼んでいた人だ。
この国ではどうやらまだ王ではなく、皇太子なのだと聞いた。
だがそう遠くない未来、王位を継ぐだろう。
国は違えど人を見れば王族というのは雰囲気で分かるもの。
慌ててベッドから降りようとして、静止される。
「ひどい怪我だ。
そのままで構わん。」
「この程度。」
「貴女は桜の恩人だと聞いた。
そのような方に無理をしてもらうことはない。」
漆黒の瞳に見つめられ、咲は頭を下げてベッドに身体を起こすにとどめる。
知世と同じで、不思議と相手を従わせる力を持つと思う。
彼はベッドの傍に椅子を持ってきて腰かける。
「桜が言っていた。
貴女には何度も命を救われたと。
小僧もだ。
貴女がいなければ、ここにいないと。」
黒い瞳が、彼の真摯な言葉を伝える。
善き王になると直観的に分かる。
「だから、礼を言う。
感謝を言い尽くせないほどだ。」
だからオレも首を振る。
「私の命もまた、姫に救われました。
姫がいてくださらなければ、私もまた死んでいた。」
王子は淡く微笑んで頷いた。
「傷の治療は充分にさせてもらう。
痕一つ残さないことが桜の願いだ。」
「あまりに勿体ないお言葉。
どうぞお気になさらず。」
「桜の気がすまねぇんだ。
諦めて治されてくれ。」
にやりと笑うと彼は背を向けた。
だが入り口でふと止まった。
「できることがあれば言ってくれ。
俺は何もできなかったんだ。
ただ一人の妹のために。」
その神妙な言葉に思わず俺は笑う。
「やはり兄妹だ。」
その声色で俺が笑っていることが分かったのだろう。
王子は振り向いて眉をしかめている。
「失礼。
・・・妹君も同じようなことをおっしゃっていたので。
あの二人にはこの玖楼国に待つ人がいた。
待つ人がいると、頑張れるもの。
貴方様の存在もまた、あの二人を強くしたのです。」
眉間の皺はやや減ったように見えた。
「ただもし、望みを聞いていただけるのならば。
・・・あの魔術師が願うようでしたら、城に置いてやっては頂けませんか。
あれは帰る国を失くしました故。
ご存じの通り強い魔術師で、損はさせません。」
そう言えば王子は苦笑した。
「お前達は馬鹿がつくくらいお人好しだな。」
首をかしげると彼は声をあげて笑った。
「・・・お前達で良かったよ。
一緒に旅に出たのが。
だが自分の感情を押し殺してまでのお人好しは時に人を傷つける。
気をつけるんだな。」
