玖楼国
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がくり
黒様の身体が急に重くなった。
オレは崩れ落ちそうになる彼女を支える。
「黒りん・・・?」
赤い瞳は閉じられていて、顔は蒼い。
呼吸もかなり浅い。
あたりの水は黒りんの血で赤く染まっていて、出血し続けていることを示している。
水につかっていれば塞がる傷も塞がらないだろうし、出血はひどくなる一方だ。
慌てて抱え上げて岸辺に這いあがる。
後ろで続けざまに音がして、振り返ると焦った顔をしたサクラちゃんが二人いた。
「サクラ!!!」
モコナが喜んで抱きつく。
だがそこにはあるべき二人の姿がないのだ。
「小狼君が出てこない・・・。」
不安げな4つの瞳がモコナを、そしてオレ達を映す。
4人が入っていた筒自体も消滅してしまっていて、その存在場所をうかがい知ることはできず、オレは首を横に振った。
「次空の狭間に取り残されたんだと思う。」
サクラちゃんがぽつりとつぶやく。
もう一人の桜ちゃんは驚き顔だ。
「こうなることは分かっていたの。」
辛そうな顔をして彼女は続ける。
「大丈夫、あなたの小狼は、帰ってくる。」
無理に笑おうとするから、それはひどく痛々しい笑顔だった。
「・・・もう一人の小狼は・・・?」
その問いにサクラちゃんは答えない。
「・・・貴女は?」
更に問いかけるも、それにも答えない。
「おい・・・。」
ふと近くで力のない声がして、オレは目を向ける。
蒼い顔をした黒たんが、薄らと目を開けていた。
「黒様・・・。」
サクラちゃん達がオレの声に反応して駆け寄った。
片腕を失い、ボロボロになったその姿に、二人のサクラちゃんは口を手で覆った。
彼女達は知らないのだ。
オレのために犠牲になった左腕のことを。
黒様は合いにくい焦点をようやくサクラちゃんに合わせた。
「・・・戻っ、て・・・来い。」
かすれた声が小さく呟いた。
紅の瞳から、つーっと、涙がこぼれる。
サクラちゃんは目を見開き、そしてその瞳から堪え切れず涙を零した。
「私、良かった。
創られたものでも、写されたものでも、あなた達に出会えて・・・。
本当に良かった。」
淡い光とともに足から身体が消えていく。
創られたものでも一度死んだのだ、つなぎとめるものは弱い。
きっと飛王に引きずられるように消えてしまうのだろう。
「・・・戻っ、て・・・来い。」
うわごとのように繰り返される言葉に、サクラちゃんは迷いながらも一つうなずいた。
そして桜ちゃんを見つめた。
「大丈夫。
あなたと、それから小狼の記憶があれば、終わりじゃないから。」
桜ちゃんは泣いていた。
サクラちゃんは泣きながら綺麗に笑った。
「本当にありがとう。
私を守ってくれて。
私に居場所をくれて。」
そしてオレ達をもう一度見て、笑顔のまま、一枚の羽根に戻った。
それを見届けると、黒りんは眠る様に目を閉じた。
ふと空間がゆがんで、写し身ではない小狼君だけが現れる。
全ては終わった。
二人が持っていた写し身が姿を変えた羽根が、それぞれの胸の中に入り、桜ちゃんと小狼君は水辺に横たわり眠りについた。
全ては元に戻った。
たくさんのものを失って、たくさん傷ついて、それでも、オレ達の旅は終わりを迎えたのだ。
「モコナ、助けを呼びに行ってくる!」
疲れているだろうに、モコナがぐっと拳を握りしめた。
小さな勇者の頭をオレは撫でた。
「モコナはここでみんなと一緒にいて。
オレが行くから。」
「でも・・・。」
オレの怪我を心配してくれているんだろう。
確かに魔力も底ついて、体力も限界だけれど、他の3人に比べたら傷は浅い。
何より、黒様が心配だ。
出血量も多く、生死にかかわるだろう。
オレは黒様を抱き上げる。
腕を失い、血を失い、一際軽くなった、と思う。
「・・・黒ぽっぽは連れて行くね。
二人のことはモコナに任せるよ。」
モコナは泣きそうな顔をしてそれでも力強くうなずいた。
足早に階段を上がる。
自分の身体の痛みなんて、感じている暇はなかった。
モコナにはあんな余裕の顔を見せたけれど、本当は余裕なんてありはしなかった。
「誰かいませんか!
誰か!!」
必死にあたりを探す。
腕の中ではどんどん熱が奪われていくのが分かった。
「しっかりしろ!
・・・咲ッ!!」
歩いてきた床には、彼女の血が滴っている。
分かっていたからこそ、振り返るのが怖かった。
なぜ自分には治癒魔法が使えないのか、締め付けられる程の苦しさを感じる。
「頼む!
誰か!!」
ぐったりとした彼女はピクリとも動かない。
ただただ駆ける自分が惨めで、滑稽で。
「お願いだ、助けてッ!!!!」
恐怖で体が震える。
東京でも、セレスでも、ここでも、彼女はいつも死に掛けて、それでも大切なものを守ろうとする。
そんな強さが愛おしく、そして憎い。
分かれ道に来た。
どちらに行けば地上に出れたか迷い、立ち止まる。
悩む自分が、歯がゆい。
「・・・ぃ!」
ふと人の声が聞こえた気がして耳を澄ます。
「・ぃ・・ぉぃ!!!」
確かに、聞こえた。
右だ。
「助けてくれ!」
叫びながら走り出す。
「ぉーぃ!」
声と足音がどんどん近付いてくる。
間違いない、人がいる。
「こっちだ!」
たぶん悪意はない。
オレの叫びに応えようとしてくれているんだ。
角を曲がろうとした時、オレと正面を走ってきた男が正面衝突しかけて止まる。
見覚えのある顔だ。
確か、小狼君が阪神国で。
「・・・王、さ、ま?」
そう、王様、と呼んでいた人だ。
「・・・桜は?」
一瞬で隙のなくなるその様子、強い眼光は、間違いなく王の格を持つ者に見える。
そして小狼君が言っていた通り、彼は桜ちゃんの兄なのだと、確信する。
王様の後ろにもう一人、確か雪兎と呼ばれていた青年もやってくる。
彼には強い魔力があるようだ。
「桜ちゃんと長い間旅をしてきた方ですね。
応急処置をしますから、こちらに。」
オレは黒りんを下に寝かせながら、背中越しに王様に言う。
「桜ちゃんと小狼君と、もう一人の旅の仲間が地下の水辺にいます。」
「分かった。」
彼はすぐに駆けだした。
確か桜ちゃんのお兄さんだったはずだ、心配なのだろう。
どうやら雪兎さんは治癒魔法も使えるようだ。
傷口の止血をおこなってくれるだけでもまずはありがたい。
なぜ彼はオレ達の事を一目見て理解したのか。
それは彼から感じる魔力で理解できる。
「・・・あなたも夢見ですね。」
「ええ。
夢でみました、傷だらけのあなた方がいらっしゃると。」
しばらくすれば追いついた医者のような人達に取り囲まれ、オレも応急処置を受ける。
その時になってはじめて、足にひどい怪我をしていたことも分かった。
分かってしまうと歩くのがひどく痛い。
「彼女は?」
「大丈夫、心配いりません。
もう少し遅れていたら大変でした。」
雪兎さんの笑顔に、オレも不思議と笑顔になった。
不思議だ。
桜都国で黒りんに死にたがって嫌われたオレなのに、今はこうして、一緒に生きようとあがいていたなんて。
なんだかおかしくて、真っ青な顔で眠ったままの黒様に笑いかけた。
「もう自分の命と引き換えにするようなものは渡さないと、君にも約束してもらうから。」
