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「黒鋼さんとファイさんが・・・。」
「大丈夫。
二人はあなたを置いていったわけではありません。
・・・大切な物を取りに行ったのです。」
思わず寂しそうな声になってしまったのに、気づかれてしまったかと思うと、恥ずかしくて頬が熱くなった。
「でも、連れて行ってくれれば・・・。」
もごもごというと、月読は小さく笑った。
「あなたには休息が必要だと思ったのでしょう。
私もあの二人の判断は正しいと思います。」
穏やかな言葉にに、おれは頷いた。
「一緒に待っていようね、小狼。」
モコナにまで励まされてしまって、おれは笑顔を見せるしかなくなってしまう。
「でも、大切な物ってなに?」
「小狼さんは、あの子の過去をご覧になりましたね。」
もう一人の小狼の目を通してみた、あの過去。
優しく美しい諏訪と、それを襲った悲劇。
「はい。」
「諏訪の領主は代々、家宝である銀龍を扱うのが習わし。
ですがあの子はその伝わっていた銀龍は、お母様の亡きがらとともに葬ることを望みました。
あの子のお父様のご遺体は、残りませんでしたから。」
「では黒鋼さんが魔女さんに預けた銀龍は?」
「あれは同じ銘の刀を拵え与えたものです。」
「・・・黒鋼・・・。」
モコナが小さく名を呼んだ。
「あなたがおっしゃる通り、その銀龍もあの子は持っていない。
そして旅の途中で手に入れた刀も、失ってしまった。
今、あの子の技に耐えられる刀が、この城にはありません。」
「もしかして・・・お母様とともに葬った銀龍を取りに行ったんですか?」
「墓泥棒なんてだめだよ!」
驚くおれたちを見て、月読は静かに言った。
「そのようですが、そうはならないでしょう。
お母様の亡骸のもとに、銀龍はないからです。」
「ではいったいどこに?」
おれの問いには答えることなく、月読は静かに微笑んだ。
「食事の時間ですよ、どうぞ。」
倒れた家屋は苔生し、草が生い茂っている。
道とて、それらしき後が残るだけだ。
小動物がオレ達を追いかけてくる。
むしろ、黒りんを見ているように見える。
やはりこの土地を納めていた領主の血が流れているからだろうか。
見たことがあるはずの村なのに、その面影はない。
「・・・十年也。
(十年だ。)」
黒様がぽつりと言った。
「十年。」
強い風が吹き、黒様の長い髪を揺らす。
ふと見覚えのある屋根が落ちているのに出くわした。
それはオレが世話になっていた、黒様の家の屋根だった。
思わず目を見開くが、黒様は表情を変えることはない。
「皆忘諏訪。
(諏訪のことは、皆が忘れた。)」
その背中はひどく寂しげだった。
「領主子、俺又忘。
(領主の子である、俺もまた、忘れた。)」
急に視界が開けた。
そこはあの日と変わらない。
美しい蒼い湖が、オレ達を待っていた。
「・・・然、諏訪、満生命。
(・・・それでも、諏訪は活きている。)」
風が吹き、水面がキラキラと揺れた。
この土地の風は不思議だ。
オレ達をどこかに連れて行こうとしているようだ。
黒様は馬を下りた。
走雲の背中を叩き、手綱を外してやる。
休憩させるつもりなのだろう。
オレもそれにならって雪崩の手綱を外した。
湖のわきに、塚がある。
大きな二つの塚と、その向こうに無数の墓が見えた。
「父上、母上、皆・・・。」
黒たんが跪き、オレもそれに倣う。
「咲、只今帰。
(咲、只今帰りました。)」
突然湖から突風が吹いた。
その温かな風は、知っていた。
幼い日に飛ばされかけたこの風は。
「亀神様!!!」
振り返る俺達の目には巨大な亀が飛び込んできた。
幼い日、ファイとともに西の街道で出会った、神。
俺の左手に守を授けた神が、そこにいた。
ー諏訪を離れし我が子等よ。ー
湖には幼い頃の二人の姿が映っており、亀神はそれを見て微笑んだ。
「感謝申し上げます。
貴方の施した守が、我らを助けてくださりました。」
俺はその場に跪いた。
亀神は失われた俺の左腕を見、そしてうなずいた。
ーお前に渡すものがある。ー
目の前で大きく開かれた亀神の口の中にあったもの。
それは。
「銀龍!!!」
思わず叫んだ。
それは見間違うことのない。
父が死んでも離さなかった、諏訪の銀龍だ。
「・・・俺に・・・?」
無言は肯定。
俺はその口の渕まで這いあがり、銀龍を掴んだ。
懐かしい重み。
昔父にせがんで持たせてもらったそれが、手の中にある。
昔よりも小さくなったように感じるのは、俺が大きくなったから。
ただ、ひとつだけ昔と違うところがあった。
銀龍の柄は、本来全て銀だった。
髭も鱗も瞳も、全て。
(これは一体・・・。)
龍の瞳に指を滑らせたが、その感触は他と何ら変わりない。
だが、その瞳だけが紅に染まっている。
俺は口から飛び降りる、亀神を見上げた。
ー守だ。
ある巫女に頼まれた。ー
その言葉に思い当たるのは一人だった。
(月読・・・?)
ー月読ではない。ー
心の内を読まれているのに不思議と不快感がないのは、やはり己の育った土地の神だからだろうか。
ーそなたの母ぞ。ー
「母上が?」
ー来る日のためにと儂に託した。
諏訪の子よ。ー
慈悲に満ちた瞳がじっと俺を見つめた。
ーお前の強さの源は、両の目の紅。
それはまた今は亡き先代の領主も同じ。ー
「まさかっ!」
柄を間近で見る。
初めて視た時から懐かしいと思ったのだ。
ーその紅は、お前の父の力だ。
本来領主は先代の力を引き継ぐもの。ー
昔亡くなった祖父の瞳が黒かったことを思い出す。
幼い俺は無邪気に聞いたのだ。
ーどうしておじい様は目が黒いの?ー
すると彼は言った。
ー俺の紅はお前の父の中にあるのだよ。ー
ー本来親子間で引き継がれるはずの力。
お前はそれを受け取る儀式を受けることは叶わなかった。
先代の領主本人でなければ、その儀式は行えぬ。
だが、その力を少しずつにお前の躯になじませていく方法は、ある。ー
紅がきらりと光ったように見えた。
ー刀にその力を封印し、少しずつお前になじませる。
全ての力がお前のものとなった時、その紅は消えるだろう。ー
「・・・でも、俺は。」
その先は言葉にならなかった。
俺は諏訪を捨てた。
領主の子であるのに、守り切れなかった諏訪を、この廃墟にしてしまった。
墓参りさえ、今日まで来なかった。
そんな俺が、領主の紅を引き継いでもよいのかと。
ー私には、お前以外にこの土地を託すつもりはない。
それだけだ。ー
亀が笑ったように見えた。
大きな亀神の鼻先が近づいてきた。
俺はじっと目を閉じる。
遠い昔、左手に感じたのと同じ風を、額に受ける。
再び目を開けた時には、穏やかな湖があるばかりだった。
