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物音に振り返ると、黒たんが襖を開けている。
中には浴衣や布団が入っていた。
押し入れになっていたらしい。
片手で布団を出そうとするので慌てて手伝う。
「早寝。
(早く寝ろ。)」
どうやら早く寝ろと言いたいらしい。
オレは頷いて、布団を敷く。
黒様はそのとなりで鎧を脱いで浴衣に着替える。
確かに相部屋なのだが、オレがいないときにするとか、出て待っていろというとか、せめて着替えると断るとかすればいいものをと思っても、彼女に伝える言葉は持たない。
「感謝也。
(ありがとう。)」
布団を敷いたことに対してそう言ってくる黒たんに溜息が出そうになるけれど、ぐっと飲み込んで笑う。
オレも負けじにと隣で着替えるが、彼女のことだ、何も感じてはいないだろう。
しかも結局帯の扱いがよくわからない。
白鷺城で着ていたものと帯の勝手が違うのだ。
それを見た黒ぽっぽが貸せとオレの手から取り上げてしまう。
「片手じゃ無理でしょ、いいよ。」
そう言うのに彼女は帯の端を口でくわえ、もう片手でオレの腰に帯を巻き始める。
「おいっ」
思わずその細い肩に手を添えてしまうのに、彼女は淡々と着付けを進める。
まるで腰に抱きつくようなその様子に僅かに焦る。
柄にもないその焦りを知られたくはないけれど、どうしたらいいかわからなくて、肩に添えた手を離すこともできない。
浴衣越しに伝わってくる彼女の熱と柔らかさに、じっと耐える。
「良。
(よし。)」
完成したのか、ようやく離れてわずかに目を細めるその顔から、オレは目を離した。
「・・・ありがとう。」
通じない言葉だが、意味は通じているだろう。
それから改めて、先ほど彼女が言っていた言葉を繰り返す。
「感謝、也。」
そう言えば彼女は一つ頷いき、片方の布団にごろんと横たわった。
赤い目が不思議と、どこか不安そうに見える。
蝋燭の揺らめきのせいだろうか。
「黒様・・・?」
名を呼べば直ぐになんだというようにこっちを見てくれる。
その瞳はやはり、どこかいつもと違う。
「心配ごと?」
こんな時は案外言葉が通じないのは不便な物だ。
(そう言えば、昔諏訪に来た時は言葉が通じていた・・・。)
あの時は何も不自由無かったはずなのだ。
アシュラ王のおかげだったのだろう。
少女は花弁になって消えてしまった。
必ず帰って来いと言ったのに。
少年も同じように消えてしまうのだろうか。
作られたものとはいえ、二人には心があり、命があった。
関係性も生まれ、かけがえのない存在だった。
(オレは、守れるのだろうか。)
片手を失った今、銀龍を手に入れても、勝算はどのくらいあるのか、見当もつかない。
ただ、魔女が行けというのだ。
ゼロではないことは分かる。
もう一人の俺は、いったいどんな未来を経験したのだろう。
俺のいるこの未来とは異なっているのだろうか。
少女は死んだけれど、それでも違うのか。
姫の躯も奪われ、少年もいない。
それでも、今俺のいる時は望まれたものだったのだろうか。
ファイは肘をついて俺を眺めている。
白い肌、金色の髪が頬にかかっていて、金色の瞳が障子から差し込む月光に光る。
高い鼻とほっそりとしたライン。
(綺麗な男だ。)
日本国にはこんな容姿の者はいない。
異界の者と言われれば納得がいくような、そんな突飛な容姿だ。
それに比べ己はどうだろう。
黒く、黒く、闇に溶けようと生きてきた。
血を被り、血のような瞳をし、生きてきた。
だがそんな俺の血を、彼は飲んで生きているのだ。
そう決めたのは、俺。
(ファイのことも、守れるだろうか。)
彼は生きると決めたという。
ならばなんの心配もいらないのかもしれない。
300年も生きてきたという、その勘と経験が、彼を助けるだろう。
ならば俺も、死ぬ気になって戦うしかないのだ。
恐ろしい。
震えるほど。
今までたくさんのものを失ってきたけれど、さらに何かを失うかもしれない。
(嫌だ・・・。)
そう思うなら、この身が滅びようと刀を振るうしかないのだ。
自分にできるのはそれだけ。
たった、それだけなのだ。
考えるだけ無駄である。
(・・・体力温存が今最優先、だな。)
そう言い聞かせても、恐怖心が消えない。
我ながら愚かだと思う。
このままでは、勝てるものも勝てなくなる。
・・・ならば、隣の白い男で遊ぶしかないだろう。
ぼんやりとしていたせいだろうか。
気づけばオレは天井を見上げていて、否、その見えるはずの天井には黒様のにやりとした顔があった。
この旅を始めたころのように、オレの上に黒様が乗っていたのだ。
とはいっても浴衣だから、腰がオレの腹に乗っている状態で、足は一応閉じている。
(そうでなくては困るよねぇ。
・・・今の状況も困っているけど。)
片手だけで器用な物だ。
黒い髪がオレの顔の横にさらりと流れ落ちた。
母譲りの綺麗な髪だ。
こうするとただの女にしか見えないのが不思議だ。
普段はあれほどまでに男に間違えられ、街ゆく女性の黄色い歓声を集めるのに。
「如何血美味?
(血は美味いものか?)」
何を聞かれているのか、見当がつかなかった。
オレは首をかしげる。
相手も伝わるとは思っていないのだろう。
細い指先がふっとオレの唇に触れ、それが頬に滑る。
紅い瞳がじっと見つめてくる。
気が変になりそうだ。
鼓動が早まる。
きっと忍びの彼女には伝わっているだろう。
弄ばれている感じが何ともいえず敗北感だが、この状況を打開する術は、オレにはない。
指先は耳に触れ、髪を流した。
そして首筋をつーっとなぞる。
「な、何するの?」
戸惑うオレをよそに、黒たんは急に顔を近づけてきた。
身体が触れ合う。
やわらかな肉質やぬくもりが、浴衣越しに伝わってくる。
艶やかな髪が、オレの頬や鎖骨を流れる。
ぺろりと濡れた熱い感触が首筋にあって、舐められたことに気づく。
そしてオレはようやく彼女の目的が理解できた。
「ッ!!」
鋭い痛みが首筋にあった。
いたんだ箇所に柔らかく濡れた唇が吸いついている。
無意識に体が震えた。
彼女はオレに喰われるとき、こんな痛みを知るのかと、ようやく知った。
「・・・不味。
血無変他人。
(不味いな。
他人の血と変わらないな。)」
不味いとでも言ってそうな声色だ。
彼女は血を飲むのをやめたらしい。
ぐったりと頭をオレの首筋に埋めている。
「・・・黒たん・・・?」
そっとその背中に腕をまわしてみる。
反応はない。
「あのさ、オレ、もともと魔術師だし、300歳超えてるし、今は吸血鬼だけどさ。
性別は一応・・・男、なんだけど。」
言葉は通じない。
分かっている。
でももしオレが如何わしいことをしたら、彼女は即刻投げ飛ばすくらいはするだろう。
そういう女だ。
「まったく甘えん坊なんだから。」
思わずくすりと笑う。
「黙。
(だまれ。)」
うるさいとか、そんなことを言ったんだろうな、と思って口をつぐんで天井を見上げる。
黒たんはきっと、このまま眠るつもりだ。
静かな吐息が耳朶をくすぐる。
(オレ、眠れないんですけど・・・。)
そう思いつつも、彼女がこれで気が晴れるならいいかな、と思ってしまうあたり、末期かもしれない。
「大丈夫。
・・・みんなで生き残るんだ。
あいつの思い通りになんて、させない。」
言葉なんて通じないはずなのに、不思議と小さくうなずく気配があった。
中には浴衣や布団が入っていた。
押し入れになっていたらしい。
片手で布団を出そうとするので慌てて手伝う。
「早寝。
(早く寝ろ。)」
どうやら早く寝ろと言いたいらしい。
オレは頷いて、布団を敷く。
黒様はそのとなりで鎧を脱いで浴衣に着替える。
確かに相部屋なのだが、オレがいないときにするとか、出て待っていろというとか、せめて着替えると断るとかすればいいものをと思っても、彼女に伝える言葉は持たない。
「感謝也。
(ありがとう。)」
布団を敷いたことに対してそう言ってくる黒たんに溜息が出そうになるけれど、ぐっと飲み込んで笑う。
オレも負けじにと隣で着替えるが、彼女のことだ、何も感じてはいないだろう。
しかも結局帯の扱いがよくわからない。
白鷺城で着ていたものと帯の勝手が違うのだ。
それを見た黒ぽっぽが貸せとオレの手から取り上げてしまう。
「片手じゃ無理でしょ、いいよ。」
そう言うのに彼女は帯の端を口でくわえ、もう片手でオレの腰に帯を巻き始める。
「おいっ」
思わずその細い肩に手を添えてしまうのに、彼女は淡々と着付けを進める。
まるで腰に抱きつくようなその様子に僅かに焦る。
柄にもないその焦りを知られたくはないけれど、どうしたらいいかわからなくて、肩に添えた手を離すこともできない。
浴衣越しに伝わってくる彼女の熱と柔らかさに、じっと耐える。
「良。
(よし。)」
完成したのか、ようやく離れてわずかに目を細めるその顔から、オレは目を離した。
「・・・ありがとう。」
通じない言葉だが、意味は通じているだろう。
それから改めて、先ほど彼女が言っていた言葉を繰り返す。
「感謝、也。」
そう言えば彼女は一つ頷いき、片方の布団にごろんと横たわった。
赤い目が不思議と、どこか不安そうに見える。
蝋燭の揺らめきのせいだろうか。
「黒様・・・?」
名を呼べば直ぐになんだというようにこっちを見てくれる。
その瞳はやはり、どこかいつもと違う。
「心配ごと?」
こんな時は案外言葉が通じないのは不便な物だ。
(そう言えば、昔諏訪に来た時は言葉が通じていた・・・。)
あの時は何も不自由無かったはずなのだ。
アシュラ王のおかげだったのだろう。
少女は花弁になって消えてしまった。
必ず帰って来いと言ったのに。
少年も同じように消えてしまうのだろうか。
作られたものとはいえ、二人には心があり、命があった。
関係性も生まれ、かけがえのない存在だった。
(オレは、守れるのだろうか。)
片手を失った今、銀龍を手に入れても、勝算はどのくらいあるのか、見当もつかない。
ただ、魔女が行けというのだ。
ゼロではないことは分かる。
もう一人の俺は、いったいどんな未来を経験したのだろう。
俺のいるこの未来とは異なっているのだろうか。
少女は死んだけれど、それでも違うのか。
姫の躯も奪われ、少年もいない。
それでも、今俺のいる時は望まれたものだったのだろうか。
ファイは肘をついて俺を眺めている。
白い肌、金色の髪が頬にかかっていて、金色の瞳が障子から差し込む月光に光る。
高い鼻とほっそりとしたライン。
(綺麗な男だ。)
日本国にはこんな容姿の者はいない。
異界の者と言われれば納得がいくような、そんな突飛な容姿だ。
それに比べ己はどうだろう。
黒く、黒く、闇に溶けようと生きてきた。
血を被り、血のような瞳をし、生きてきた。
だがそんな俺の血を、彼は飲んで生きているのだ。
そう決めたのは、俺。
(ファイのことも、守れるだろうか。)
彼は生きると決めたという。
ならばなんの心配もいらないのかもしれない。
300年も生きてきたという、その勘と経験が、彼を助けるだろう。
ならば俺も、死ぬ気になって戦うしかないのだ。
恐ろしい。
震えるほど。
今までたくさんのものを失ってきたけれど、さらに何かを失うかもしれない。
(嫌だ・・・。)
そう思うなら、この身が滅びようと刀を振るうしかないのだ。
自分にできるのはそれだけ。
たった、それだけなのだ。
考えるだけ無駄である。
(・・・体力温存が今最優先、だな。)
そう言い聞かせても、恐怖心が消えない。
我ながら愚かだと思う。
このままでは、勝てるものも勝てなくなる。
・・・ならば、隣の白い男で遊ぶしかないだろう。
ぼんやりとしていたせいだろうか。
気づけばオレは天井を見上げていて、否、その見えるはずの天井には黒様のにやりとした顔があった。
この旅を始めたころのように、オレの上に黒様が乗っていたのだ。
とはいっても浴衣だから、腰がオレの腹に乗っている状態で、足は一応閉じている。
(そうでなくては困るよねぇ。
・・・今の状況も困っているけど。)
片手だけで器用な物だ。
黒い髪がオレの顔の横にさらりと流れ落ちた。
母譲りの綺麗な髪だ。
こうするとただの女にしか見えないのが不思議だ。
普段はあれほどまでに男に間違えられ、街ゆく女性の黄色い歓声を集めるのに。
「如何血美味?
(血は美味いものか?)」
何を聞かれているのか、見当がつかなかった。
オレは首をかしげる。
相手も伝わるとは思っていないのだろう。
細い指先がふっとオレの唇に触れ、それが頬に滑る。
紅い瞳がじっと見つめてくる。
気が変になりそうだ。
鼓動が早まる。
きっと忍びの彼女には伝わっているだろう。
弄ばれている感じが何ともいえず敗北感だが、この状況を打開する術は、オレにはない。
指先は耳に触れ、髪を流した。
そして首筋をつーっとなぞる。
「な、何するの?」
戸惑うオレをよそに、黒たんは急に顔を近づけてきた。
身体が触れ合う。
やわらかな肉質やぬくもりが、浴衣越しに伝わってくる。
艶やかな髪が、オレの頬や鎖骨を流れる。
ぺろりと濡れた熱い感触が首筋にあって、舐められたことに気づく。
そしてオレはようやく彼女の目的が理解できた。
「ッ!!」
鋭い痛みが首筋にあった。
いたんだ箇所に柔らかく濡れた唇が吸いついている。
無意識に体が震えた。
彼女はオレに喰われるとき、こんな痛みを知るのかと、ようやく知った。
「・・・不味。
血無変他人。
(不味いな。
他人の血と変わらないな。)」
不味いとでも言ってそうな声色だ。
彼女は血を飲むのをやめたらしい。
ぐったりと頭をオレの首筋に埋めている。
「・・・黒たん・・・?」
そっとその背中に腕をまわしてみる。
反応はない。
「あのさ、オレ、もともと魔術師だし、300歳超えてるし、今は吸血鬼だけどさ。
性別は一応・・・男、なんだけど。」
言葉は通じない。
分かっている。
でももしオレが如何わしいことをしたら、彼女は即刻投げ飛ばすくらいはするだろう。
そういう女だ。
「まったく甘えん坊なんだから。」
思わずくすりと笑う。
「黙。
(だまれ。)」
うるさいとか、そんなことを言ったんだろうな、と思って口をつぐんで天井を見上げる。
黒たんはきっと、このまま眠るつもりだ。
静かな吐息が耳朶をくすぐる。
(オレ、眠れないんですけど・・・。)
そう思いつつも、彼女がこれで気が晴れるならいいかな、と思ってしまうあたり、末期かもしれない。
「大丈夫。
・・・みんなで生き残るんだ。
あいつの思い通りになんて、させない。」
言葉なんて通じないはずなのに、不思議と小さくうなずく気配があった。