ジェイド国
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鎧や服を脱ぐ。
この国の服を身につけるが、今まででは一番ややこしい。
ボタンを留めて、それからこの白い布はどうすればいいのだろうか。
「黒ぴっぴ、入るよ」
部屋に入ってきた男は、すでに藍色と白を基調とした服を着こなしている。
彼が母国から着てきた服とタイプが似ているのだ、と心の中で言い訳をする。
「良く似合……」
良く似合う、そう言おうとしたのに、白い布を片手に固まる俺を見て噴出したので、言葉を失う。
「なんだ」
「いやー、ごめんごめん。
そっか、オレが分からない服は黒たんが着ていたんだから、オレが分かるタイプは着なれてないんだねー」
近づいてくるからぱっと布を背中に隠した。
きっと服の着方もいろいろ間違っているのだろう。
自覚はある。
「ふっ、ボタン掛け間違えてるし」
ボタンが余ったと思ったら、そういうことだったのか。
しかし彼に言われると腹が立つ。
「何意地張ってるの?
ほら」
男は手を伸ばしてきて、襟に触れた。
「ここはこうやって折り返すんだよ。
ボタン留め直すね。
あ、こっちのボタンは止めなくていいの、これはこうやって飾りを見せて」
器用な指先が俺の服を整えていく。
いつの間にか手から白い布が取られて、首元に添えられる。
こんなふうにされるのなんて、幼少期以来で、なんだくすぐったい。
「はい、後ろ向いてー」
くるりと肩を持ってまわされ、背中を向ける。
襟元に手が触れてくすぐったい。
「この国は男の人は髪、低く括っているみたいだよ」
その言葉が聞こえてすぐ、髪紐がほどかれた。
「なっそのくらい自分で!」
「はいはい、前向いてー」
ペースが狂う。
距離をとり笑顔を貼り付けていた時よりも扱いにくいのに、今の笑顔には心のどこかが甘く締め付けられる。
「黒ぷーの髪、本当に気持ちいい。
きれいだね」
さらさらと髪をまとめながら男がいった。
「髪だけは……」
「ん?髪だけは?」
何を言おうとしているんだろうと、慌てて口を閉じたが、しっかり聞かれていたらしい。
どうしようもなくなって口を開く。
「髪だけは母譲りで……それで……知世姫と天照が……切るなと」
彼はあまり聞きたいとは思わない言葉だろうと思った。
それを無意識に話そうとするくらい油断していた事を後悔する。
己の感情など排除してでも守ると、決めたばかりなのに。
彼は背中でふっと笑った。
「良かった。
これからも切っちゃだめだよ」
両肩に手をそっと添え、顔をのぞきこまれる。
青い目が、間近にあった。
宝石のようで、空のようで、諏訪の湖のような、瞳。
俺の赤い瞳が映っている。
それに見とれてしまったのが、悔しい。
「ね」
「お前の命令などきかない」
悔しくて、顔を背けた。
このままではいけない、彼らを守るには冷静にならねば。
このくらいあしらう余裕を持たねばならないのにと、己の未熟さに溜息をつく。
そういえば、昔、きれいな、諏訪の湖のような瞳だと、そう思った青い瞳があった事をふと思い出す。
あれは一体誰だったろうか。
「まったく、かわいくないんだから」
追いかけてくる足音に、忘れる程であるならば大したことではないだろうと思い直す。
過去なんて、所詮問題ではないのだ。
黒りんは部屋を出て、隣の部屋をノックした。
そこはサクラちゃんがいる部屋。
「はい」
返事が聞こえると、黒様はドアを静かに開けた。
「わぁ、黒鋼さん、素敵!」
顔を出した黒様を見て声をあげるサクラちゃん。
「そりゃオレが見立てたんだから、あたりまえだよー」
オレとは違って、普段の服装とは全く違う黒様。
スタイルいいからなんでも似合うっては思ってたけど、予想以上の仕上がりだ。
髪と目の色に合わせて黒と臙脂を基調としたセットだ。
目立って装飾はないが、綺麗めのシルエットが彼女のスタイルを際立たせる。
音もなくサクラちゃんの横に立つと彼女は尋ねた。
「髪、触れてもいいか?」
「はい」
了承を得ると、黒りんはポケットから櫛を取り出してサクラちゃんの髪を梳き、そして耳の少し上あたりに、小さなバラのピンをつけた。
それから後ろに回って、首元にも同じモチーフのネックレスをかける。
そのネックレスを見、髪に留められたピンに触れ、サクラちゃんは少し困惑しているようだ。
そんなサクラちゃんにそっと手を差し出してベットから立ち上がらせると、鏡の前に連れてく。
「きれい……!
こんなもの、いつの間に?」
気に入ったのか、どこかうっとりとした視線でそのバラを見つめるサクラちゃん。
こういう時、本当に彼女が"できる男"だと錯覚させられる。
オレも気づかなかった。
「気に入ったなら、良かった」
サクラちゃんの頭を優しくなで、背を向けて部屋から出ていこうとする。
そんなことして、彼女が好きになっちゃったらどうするんだろうと心配しちゃうほど、男前だ。
オレの心配は当たらずとも遠からずなのか、彼女の背中をサクラちゃんはじっと見つめてる。
「黒鋼さんも、ドレスにすればいいのに。
きっと似合うと思うんです」
そして出た言葉に、オレは開いた口が塞がらないし、黒りんも驚いたみたいで、ぴくっと歩みをとめ、ゆっくりとオレを振り返った。
「……お前か?」
「まさか」
全く逆の心配をしていたくらいだ。
そのやり取りを首をかしげて見ているサクラちゃん。
「分かりますよ、見ていたら」
「いつ気づいたんだ?」
「いつ……と言えば、阪神共和国から、でしょうか。
なんとなく、優しくてあたたくて」
要は始めから気づいていたことになる。
黒様は珍しく目を見開いていて、サクラちゃんは無邪気な笑顔で彼女を見上げた。
「何か理由があるんでしょうが、いつか黒鋼さんのドレス姿を見てみたいです」
あまりの無邪気さに毒気を抜かれたのだろうか、
黒りんは困ったように笑った。
「俺は男として生きると決めたから、悪いがその期待には応えられんな」
「そうなんですね、残念……」
「小僧には言うなよ」
「なんか小狼くんだけ知らないのも可哀想じゃない?」
オレの言葉に彼女は少し考える。
「……また必要な時に話す」
「そうしてあげてください」
サクラちゃんの笑顔に背中を押されるように、黒たんは小さく頷いた。
「北の国のお城に住むお姫様が手に入れた、力を与える輝く羽。
消えた子どもたち。
そして、今また子どもが消えている」
「なんだかサクラちゃんの羽っぽいねぇ」
「でもモコナまだ力感じない」
「でも特殊な状況下にあるだけかも知れないよ」
白い馬にまたがる男。
栗毛の馬にまたがる姫と小僧。
黒い馬は俺。
「で、行くのか?」
小僧に問う。
「はい」
可能性が少しでもあるなら行く、そういう子だ。
しかし気温がだんだん下がってきた。
「寒くはないか」
「大丈夫です、この服とても暖かいから」
「おれも大丈夫です」
二人の返答に安心する。
「そっか、サクラちゃんは砂漠の国のお姫様だったよね」
「ええ。でも夜になると寒いから。
ファイさんは?」
「とっても寒い国だよ。
北の国だったから。
ここよりももっと寒いかなー」
「じゃあ小狼君は?」
「おれは父さんといろんな国を旅していたから」
「暑い国も寒い国も知ってるのね」
地図を見ながら先頭を進み、後ろの会話を聞く。
穏やかな会話は、姫の自我がしっかりしてきた安堵もあるだろう。
寒いというたった一つのことで、こうして互いの世界を共有している。
違う世界からやってきたのに、彼等はいつの間にかーー
「黒るんは?」
急に話を振られ、ちらりと振り返る。
「どんな国に住んでたんですか?」
「日本国には四季、四の季節がある。
夏は暑く、冬は寒い」
「あと二つの季節はどんな季節なんですか?」
少年が食いついてきた。
思わずふっと笑みが漏れる。
「眠っていたものたちが起きだす、春。
恵みの雨と熱に成熟してゆく、夏。
実りを生み、そして葉を落としゆく、秋。
そして全てが眠る、冬」
「きっと美しい国だったんでしょうね」
「ああ」
俺の帰るべき場所は、何処よりも美しく、平和な日本以外にない。
「あ、あれ!」
モコナの指先に標識のようなものが見える。
近くまで行くと、街名が書いてあるようだ。
「スピリット……」
小狼の呟きに、感心する。
「すごい小狼君!」
「よめるんだー!」
すっかりはしゃいでいる3人を尻目に、街の様子を伺う。
「そうはしゃいでばかりもいられない様子だぞ」
少しずつ街に入っていくと、どこの店もしまっているのが目に止まる。
家の窓も、俺たちが通るのに気付くとバタンバタンとこれ見よがしに閉められた。
「なんか、歓迎されてない感じがびしばしするねぇ」
「せめて金髪の姫がいたという城の場所だけでも教えてもらえるとありがたいのですが……」
穏やかな会話の中、耳をそばだてる。
掛けてくる足音がする。
カチャカチャと硬いものが触れ合う音。
これは、武器の音だ。
男も気づいたのか、さっと馬を少年少女の乗る馬の前に誘導する。
俺は構えられた銃口に、馬を後ろ足で立ち上がらせ威嚇する。
「お前たち何者だ!」
ひとりの青年が、ただならぬ様子で尋ねる。
「旅をしながら各地の古い伝説や建物を調べているんです」
そう落ち着いて答える小僧。
「そんなものを調べてどうする!?」
「本を書いているんです」
やはりずいぶん落ち着いている。
慣れているのだろうし、用意していた答えかもしれない。
「本?お前みたいな子どもが?」
「いえ、あの人が」
そう言って男を指し示す。
男と言えば相変わらず状況の飲み込みも早い。
「そうなんです。
この子が俺の妹で、その子が助手で、この人は用心棒」
暴れやすくて良い立場だが、どうも癪に触る。
そこにもう一人の気配が近づいてくる。
「やめなさい!」
銃を向けていた青年たちは口々に「先生」と呟く。
寺子屋の師範か、医者か何かだろうか。
「旅の方々に銃を向けるなんて」
「でもこんな時期に!」
「こんな時期だからこそです」
先生、と呼ばれた男はくるりと俺たちの方に振り返った。
「失礼しました、旅の方々。
ようこそ、スピリットへ」
これの浮かべるのは、この町の空気に似合わぬ、柔らかい笑顔だった。
先生と呼ばれた男の人の名前はカイル=ロンダートさんっていうそうだ。
お医者さんなんだって。
オレ達を家に泊めてくれるらしい。
保守的すぎない人がいて助かった。
きれいな身なりのおじさんが急にやってきて、カイル先生になんでオレ達を泊めるのかとずいぶんもめていた。
おじさんはグロサムさんと言って、この辺りの大半の土地の所有者なんだそうだ。
もっともな話だと思う。
20人も子どもが消えるなんて、ただ事じゃない。
「些細なことでもいいんです。
子どもたちを探す糸口があれば教えてください」
「……子どもが」
ぽつりと暗い顔でつぶやく黒むー。
あんな顔して子ども好き、みたいだから心配なんだろう。
「そうなんです、何かご存じありませんか?」
「姫の伝説、と言っていたな」
「ええ。書物をご覧になりますか?」
「俺は読まない。
小僧に」
小狼君を指さす。
「わかりました、確か、こちらの戸棚に……」
本を探しに席を立つカイル先生。
「早く見つかるといいな」
「ええ、本当に」
それにしても、彼女がこれだけ話すのは、珍しい。
