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「月読様・・・。」
蘇摩が窓辺の月読に躊躇いがちに声をかける。
「雪崩と走雲を持っていかれてしまいましたわ。
全く、どちらか置いていけばいいものを。
いざという時どうしろというのでしょう。」
月光に照らされた主の顔は、どこか寂しげだ。
蘇魔は月読と黒鋼を誰よりも傍で、長く見てきた。
10年前に初めて視た黒鋼は、人の子とは思えぬ力で蘇摩率いる忍軍を圧倒した。
その潜在的な能力は、自分をも超えてゆくと、直観的に感じたものだ。
そして実際、5年もすれば黒鋼は蘇摩を超えてしまった。
諏訪の領主の姫として生まれたにもかかわらず拾われてきた野良犬のように見えた黒鋼。
そんな子犬を飼いならしたのは、日本国の姫として奥ゆかしく大切に育てられてきた月読だった。
両者は格は違えど本来同じく姫という存在。
何か理解しあえるものがあったのかもしれない。
蘇摩の知らないうちに両者は友達になり、心を許しあい、まるで姉妹のようにも見えた。
しかしそれは、姫と忍びである二人の関係にあってはならないことだった。
主従を超えるなという天照の忠告に従い、黒鋼は知世を守るために日本一と言われる忍びにまで駆けあがった。
傍にいて親しくできない分、実力で月読のために尽くそうとした、黒鋼なりの決意だったのだろう。
そして彼女は、月読の直属の忍びとなった。
主従は主従でも、誰よりも強固な絆で結ばれた主従となったのだ。
「良いのですか、行かせても。」
言うまでもないと思っていながらも、口に出してしまい、蘇摩は後悔した。
誰よりも寂しいのは、月読なのに、と。
「ええ。
ようやく諏訪の地を踏む決心がついたのです、
それを止める権利は誰にもありません。
諏訪は、あの子の土地なのですから。」
それに、と月読が振り返る。
そこにはいたずらをした時の子どものような笑顔が浮かんでいた。
「あの子は、諏訪で大切な物を得なければなりませんから。」
幼い頃の月読はどこか弱く儚く、そしておしとやかで、こんな顔で笑うことはなかった。
この笑顔を教えたのは、黒鋼だ。
月読は黒鋼と出会って、強くなった。
泣くことも減った。
確実に日本国に必要な月読へと成長したのだ。
「大切な物、ですか?」
「ええ。
あの子が生き残るためにも。」
月読は再び窓の外を眺め、すっと瞳を閉じ、手を組んだ。
「旅人に、幸多からんことを。」
蘇摩も同じく手を組んだ。
早く、二人が微笑みあう日々が戻ってくるように、と。
丸1日昼夜問わず駆け、再び夜になったところで、黒様はようやく馬を止めた。
昼食のために一度止まったきりなので、お尻も背中も腕も痛い。
「・・・君、なかなかやるよね。」
げっそりとしたオレを振り返る黒たんは、さして疲れの色も見えない。
慣れているのだろうか。
彼女は静かに首を振った。
「我言待。
(だから待っていろと言っただろう。)」
言っていることは分からないが、あきれ顔だ。
どうせ、だから待っていろと言っただろう、とでも言っているのだろう。
半日ほど走ったころから言葉が通じなくなった。
モコナがいないことをすっかり忘れて来てしまったのだ。
とはいえ、夜叉王のところでも長い間モコナなしで生活していたから、さして困るわけでもない。
一軒の宿に立ち寄る。
どうやら今日はここに泊るらしい。
宿の主人には黒たんがすべて話をつけてくれたようだ。
にこにことした愛想のよい人で、オレもぺこりと頭を下げる。
通された部屋はこじんまりとした部屋だった。
黒様が入って、オレもそれに続く。
どさりと荷物を置く向かいの壁に、オレも荷物を置いた。
障子を開けてちらりと窓の外を確認すると、黒りんは離れて行った。
オレも窓の外を見てみるが、そこには消えてゆく街灯りがちらちらと見えるだけだった。
高い空には月が浮かぶ。
静かな町だ。
「食事也。
(食事だ。)」
かけられた声に振り返る。
部屋から出ようとする黒たん。
前に聞いた言葉だが、何だっただろう、と首をかしげると、黒たんが何かを食べる仕草をした。
「あ、ご飯ね。」
納得いって、後をついていく。
日本国ではオレのような容姿は珍しいらしい。
そのあたりも沙羅ノ国と似ている。
すれ違う旅人達が驚いた顔で見てときどき話しかけてくるけれど、オレは言葉が分からなくて、とりあえず曖昧に笑って見せる。
「斯外国来也。
不可能解言葉。
(こいつは外国から来たんだ。
言葉は分からない。)」
適当に黒様が言い訳をしておいてくれる。
食堂につくと、出汁のいい香りがした。
たまにパンやパスタも恋しくなるけれど、日本国の料理は基本的においしいし、バランスもよくて体に良さそうだ。
出されたのは城で食べていたものよりは質素だけれど、やはりおいしい。
お箸の扱いにも慣れてきて、食事も楽しめる。
が。
「・・・これ嫌・・・。」
小皿に乗った“漬物”と呼ばれる料理を黒様の方に押しやる。
「何故、美味也。
(なぜだ、美味いのに。)」
不思議そうな顔をして黒様はそれを食べていく。
お城で出た“刺身”という生の魚もおいしそうに食べていたけれど、あれもちょっと無理だ。
お茶が減った湯呑に、女の子がお茶を足しに来てくれる。
「ありがとう。」
伝わらないのは分かっているけれど、笑顔を見せてそう言えば、嬉しそうに笑ってくれる。
この国の人はいい人だ。
視線を感じて黒たんを見る。
お椀を片手に淡く微笑んでいた。
「なに?」
「無問題。
(なんでもない。)」
なんでもない、とでも言っているのか、すぐに味噌汁を飲んで答えてくれない。
オレに帰る国は無くなってしまった。
旅暮らしも悪くないし、どこかに定住するのもいいな、なんて、夢物語を描いていたりする。
この先の戦いで、生き残れる保証なんて、どこにもないのだけれど。
それでも、定住する先がこの日本国だったら、この日本国に住むことが許されるなら、嬉しいな、と思ってしまう自分がいた。