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「よせ。」
再び戦闘態勢を取るオレの肩に、黒様の左手がかかった。
感触が、全然違う。
それがひどく悲しい。
無駄な戦闘は避けろと言いたいのだろう。
きっと黒たんも左腕の感覚の違いに慣れておらず、戦いになれば不利だと感じているのだ。
「賢明な判断だと思いますよ。
それでは次の世界に行くとしましょう。」
星史朗さんは懐から羽根を取り出し、魔法陣を描く。
それを止めたのは小狼君だった。
「待て。
羽根を返せ。」
彼が星史朗さんと対峙するのは初めてだ。
「君も小狼だね。」
だが相手もそれをよく理解しているらしい。
小狼君が刀を取り出す。
「話し合いで解決する方法はないのかな。」
「ずっと見てきたからな、貴方がどいういうひととか。」
「そういうところはお父上にそっくりだな。
では始めましょう。」
黒様は何も言わずにその様子をじっと見ている。
「お待ちなさい。
白鷺城を壊さぬために、戦いは結界の中で。」
天照様の声で黒たんの手がオレの肩から離れ、オレは知世姫の傍に寄った。
彼女はちらりとオレを見てから、結界を張る。
美しいそれは、かなりの力量を持つことを示している。
中では戦いが始まったようだ。
「貴方は夢見とうかがっていたのに、この国に来て、貴方からその力は感じなかった。」
隣に話しかけると、彼女はくすりと笑った。
「貴方と同じですわ。
対価としてお渡ししましたの。」
「セレスの次に日本に移動させるための対価ですか?
オレでは足りない分を払っていたのは、貴方のことだったんですね。」
オレを見上げて優しく微笑む。
「あの子は私の唯一無二の親友でした。
怯える獣のようだった彼女を拾い、この城でともに育った。
彼女はいつしか私の盾となり、剣となった。
国を導く巫女である私の。
それがこの世、日本という国での私達のあり方です。
・・・最早ただ相手の生命を願う関係は成り立ちません。
黒鋼が死んで私が生き残れるなら、迷わずそれを選ぶべき関係です。」
結界の中の後ろ姿を、知世姫はじっと見つめていた。
「本当は旅に出したくなどなかった。
命を落とすかもしれないと、夢で見ていましたから。
ですが、それこそがあの子の運命と思って・・・」
そしてオレを見上げて、悲しそうに笑った。
「送りだしたのは私です。
・・・それでも生きて欲しいと願ってしまいました。
夢見の力を失ってでも。」
「・・・オレを恨んでいますか。」
そう言えば彼女は少しだけ辛そうな顔をして首を振った。
「感謝しています。
私とは違う。
あなた達は互いの生命を守ることができるのですから。
きっともう、心配はいらないでしょう。」
そうは言いつつも、知世姫はどこか寂しそうだ。
親友が自分のもとから離れていき、それが命の保証につながると言われれば、確かに言い難い辛さはあるだろう。
「未来を見る者は先を読むだけでできることは少ない。
だからこそ願うのです。
あなたの王のように。」
「ご存じなんですね。」
「夢は繋がっていますから。
王は壊れていく中であなたを少しでも救いの道はないかと探していました。
だからこそ、わずかに道を違えさせたのでしょう。」
その言葉に確信する。
幼いオレを諏訪に飛ばしたのは、やはり王だったのだと。
「あの子はそんなことはもう忘れているでしょうが、昔、黒鋼が見た夢の話をしたことがありました。
雪に覆われた庭に、優しい人がいた。
その人が友達の頭を愛おしそうに撫でていて、その友達が嬉しそうに笑ったから、安心したのだと。」
その言葉は、まるでオレのことを言っているように聞こえた。
事実、そうなのだろう。
「いたずら好きな方でしたわ。」
アシュラ王は、オレを実の子のように愛してくれた。
たくさんの愛情を注いでくれたのだ。
だからオレは、あの人が願う笑顔を浮かべる。
「・・・ええ。」
「貴方は見ているだけですか。」
戦いが始まると、天照が俺を見て尋ねた。
「求められていないのに手は出さない。
・・・それに俺はあいつを充分に鍛えた。
自信がないわけじゃない。」
そう答えると彼女は笑った。
「あれほど部下を持つの嫌がったあなたが。
珍しいこともあるものです。」
「教え子だ。
部下ではない。」
「同じこと。
己よりも弱い者を指導するのですから。
本当にマシになったものですわ。
月読も甲斐があったというものでしょうか。」
天照はこれでも月読の姉だ。
天帝としての立場以上に、知世への思いもあるだろう。
あの獣のような幼子を拾うと言いだした知世に、姉は何を思ったかなど、想像にたやすい。
その後もずいぶんと迷惑をかけた。
勝手に敵を殲滅したこともあったし、単身で敵陣へ乗り込んで死にそうになったこともあった。
それもこれも、全て、天照と月読を守るためではあったが、やはり若気の至りであり、強さを理解していない故の暴挙も多かった。
「・・・これでも感謝しているんだ。
何しでかすかわからない俺を拾ってここまで育て強くし、大切な仲間を守る旅に送り出してくれた。」
俺達の頭上では激しい戦闘が続いている。
「あいつが戦えるように鍛えられたのも、知世のおかげなのだから。」
天照は勝気に笑う。
「そういうことは本人に言ってやりなさい。」
だから俺も、笑みを浮かべた。
「気が向いたらな。」
小狼は鍔迫り合いからの蹴りを繰りだし、星史朗は背後の岩に身体を打ち付けた。
「小狼に教えたことは、君の内にもあるんですね。」
反撃とばかりに繰り出された星史朗の蹴りを、小狼がふっと避け、足の下に潜り込んで蹴り上げる。
これは俺が教えた方法だ。
「なるほど。
やはり彼女はいい先生のようだ。」
笑みを深め、そして再び斬りかかる。
一瞬の間に刀の先が幾筋にも分かれ、小狼に襲いかかる。
まともに攻撃を受けた小狼は岩の上に倒れて起き上がらない。
俺はじっと待つ。
再び移動しようとする星史朗。
このままでは羽根が奪われてしまう。
そうなるのならば、俺がなんとしてでも奪う必要も出てくる。
少年の戦い云々の話ではなく、姫の命の話になってくるからだ。
一歩踏み出そうとした時、小狼が立ち上がった。
「まだだ。
雷帝招来ッ!!」
激しい雷撃に星史朗が応戦すべく羽根を使った。
強い力が溢れだし、それは神木と呼応する。
木を中心に、結界ごと世界が歪み、羽根を掴む小狼はその歪みへと飛び込むつもりらしい。
「小狼君!」
青年が叫ぶ。
どうやら彼は、俺の知らないことまで分かっている。
それは小狼も同じ。
この先が、いったいどんな世界へとつながっているのか、きっと二人は知っているのだ。
「必ず戻ってくる!
さくら姫と一緒に!」
それに頷く青年。
強い力は小狼を連れ、一瞬で消えた。
「小狼は。」
分からない俺は、知世に尋ねる。
「夢の中へ行かれました。
サクラちゃんの魂も、そこにいます。」
姫の躯の傍へと駆け上がる。
魂は今この躯にはないのに、どこか悲しそうに見えるのは気のせいだろうか。
枝の揺れに隣を見れば、青年が俺を見下ろしていた。
「オレも待つよ、一緒に。」
前よりも強くなった笑顔が、俺に向けられる。
俺達は星史朗が言うとおり変わった。
俺は腕を失い、青年の命を得た。
青年は魔力を失い、吸血鬼となった。
「咲。」
金色の瞳が俺を見つめる。
好きだった蒼はそこにはないけれど、金のそれも、やはり好きだった。
だから俺も笑った。
「気軽に真名を呼ぶな・・・ユゥイ。」