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橋を渡り、湖の中央にある大きな建物に通された。
中に入ると美しい花盛りの木が目に入る。
その花には見覚えがある。
喫茶店「猫の目」を営んでいた世界、桜都国で咲いていた花だ。
「・・・桜・・・だっけ。」
「ああ。」
どこか感慨深げに黒りんが相槌を打つ。
彼女にしたらこの木は久しぶりに見るもので、ひどく懐かしいのかもしれない。
「サクラー!」
モコナと小狼君が木に駆け寄る。
よく見ると花の中にサクラちゃんが眠っている。
「躯の傷は手当てさせていただきました。」
小狼君とモコナはもうここに何度も来ているらしい。
だからこの説明はオレと黒たん向けだ。
「日本で一番寿命の長い神木です。
この樹なら魂がない躯に少しでも精気を送れます。
桜という名の樹です。」
衣擦れの音に振り返る。
さっきとは違う入り口に、美しい女性がいた。
オレ達がこの世界に初めて来たときに白馬に乗っていた人だ。
その隣には蘇摩さんが。
「帰ったのですね、黒鋼。」
やはりすごい貫禄だ。
王と呼ばれるにふさわしい。
黒たんは女性の方に一歩進みでた。
「ああ。」
二人がじっと見つめあう。
表情を先に崩したのは女性の方で、黒たんはそれにつられるように視線を和らげた。
「少しはマシになって戻ったようですね。」
この人も、きっと黒様の大切な人なんだろうな、と思う。
それと同じように、きっとこの人にとっても黒様は大切な人なんだろう。
だからきっと、見つめあっただけでわかるのだ。
「客人たちも歓迎します。
私は天照。
この城で暫しの休息を。
それともうお一方客人が。」
その紹介に扉から一人の男が姿を現した。
見覚えのある姿だ。
「封真!」
モコナが駆け寄る。
「久しぶりだね。
と言っても俺と君達が過ごした時間が同じかは分からないけれど。」
「なんの用かな?」
「お届けものだよ。
・・・にしてもそっち黒鋼?
見違えたね。」
東京ではずっとぼろぼろだったから、今のような側近としての格を備えた服装とは雰囲気も大きく異なるのだろう。
黒鋼はふん、と鼻で笑った。
褒められるのは満更でもないらしい。
それに、知世ちゃんがひどく嬉しそうだ。
この国に来て、黒たんは表情を良く表に出すようになったと思う。
それだけここが安心できる場所なのだろう。
少し悔しいけれど、良かったと思う。
彼の抱えていた包みからは透明の容器に入った左腕が出てきた。
これはオレが望んでいたもの。
まさかこんな形で届くとは思っていなかったし、こんなどこかグロテスクなものだとは思わなかったけれど。
「なんだそれは。」
分かっているけれど聞いている。
彼女はこれが届くこと何て知らないから。
若干怒っているのかもしれない。
「義手だよ。
表皮カバーを調達している時間がなくてむき出しで申し訳ない。」
彼はちらりとオレを見た。
今の言葉はオレに向けたものなのだろう。
「必要だと思うけれど。」
意味深な笑顔に黒鋼は鋭い視線をむける。
「なんでてめぇが持ってくる。
それ以前になんでお前が知っていやがる。」
どうということはないと強がってはいても、彼女も気していることは知っていた。
無意識に無くなった左腕の場所を抑えている姿をよく見かけていたからだ。
今とて、同じ。
無意識に左腕を抑えている。
弱い場所を庇いたくなるのが人間。
彼女は分かっているのだ。
左腕がないことで、自分が弱くなったことも、それが命を奪うかもしれない弱点となりうることも。
小狼君のように昔からずっとないのであればそれに応じて鍛錬を積むこともできる。
だが今はそうはいかない。
ない左腕の分まで数日で強くなるなど、不可能。
だから頼んだのだ。
みんなで生き残るために、必要だから。
「侑子さんに聞いたから。
俺の旅の対価は分割払いみたいなもんでね。
ピッフルという国で手に入れた。」
その言葉に黒鋼は目を細める。
ピッフル国の知世ちゃんに知られたことを思ったのだろう。
あの国の知世ちゃんも、同じように黒たんのことを心配していたから。
「対価はなんだ。」
低い声が警戒して尋ねる。
「もらったよ。
俺は侑子さんからね。」
さわやかな笑顔に、黒たんの眉間にしわが寄る。
「俺は何も魔女に渡しては・・・」
そして勢いよくオレを振り返った。
おかしくて笑顔になってしまう。
「オレが魔女さんに渡すって約束したんだ。
君が眠っている間に。」
オレとは対照的に黒鋼は表情を暗くした。
変なこと考えているのだろう。
(疑われても仕方がないようなことをしてきたけれど。)
オレは右目の前で手を開き、自分の最後の魔力を引き出した。
手の中に収まった蒼に、黒たんが息をのんだ。
これでオレの中から、魔力は消えた。
もう魔法は使えない。
そして、彼女が好きだと言ってくれた蒼は、もう永久に戻らないだろう。
「モコナ、これを魔女さんに。」
「ファイ、お目目の色が!」
「オレの魔力の本は目の蒼色だったからね。
これはオレに残った最後の魔力。」
「だめだよ!
ファイの魔力を渡しちゃったら」
「死なないよ。
吸血鬼の血がオレを生かしてくれる。」
目を閉じて、蒼を握る。
オレを不幸にした強大な力は、手のひらに収まるほど小さくなってしまった。
こうしてみるとただの綺麗な石ころだ。
魔力に罪はない。
そしてきっと、ただ生まれてきてしまっただけの、オレにも。
(今までありがとう。)
そう思わせてくれた、大切な旅。
目を開けて黒りんの方を向く。
「オレは決めた。
生きると決めた。
自分のために、みんなと一緒に生きる。
そのために君の左手が必要だから望んだんだ。」
紅の瞳が、じっとオレの目を見つめる。
「自分の命と引き換えにするようなものは渡さないよ。
もう。」
やっと笑ってくれた。
そんな顔が見たかったんだ。
「分かった、侑子に届けるね。」
モコナの口に、最後の魔力は吸い込まれていった。
黒たんは封真から、義手を渡された。
瓶から出され、何やら液体が滴っているそれは、生々しくグロテスクだ。
蘇摩さんがタオルを持ってきてくれて、その液体を拭く。
筋肉のような赤がつややかに光るが、それは彼女の血の色とは全く違って見える。
黒たんは義手をじっと見つめ、それから襟に手をかけた。
そして。
「ええっ!!!」
「嘘だろ!」
小狼君が真赤になって顔を背ける。
封真さんはその胸元を凝視し、天照は呆れたように溜息をつき、蘇摩は駆け寄って服を着せようとする。
それもそうだろう。
彼女はこれだけ人がいる前で襟を大きくはだけさせ、左肩を出したのだ。
義手をつけるための行動だとわかってはいても、小狼君達が動揺を隠せないのは当然で。
「晒を巻いている。
騒ぐな。
お前も凝視するな。」
一喝された封真さんは、もごもごと謝りながら目をそらした。
ちなみに正確に言うならば晒兼包帯である。
傷はまだ完治していないのだ。
それでも晒されたうなじも、鎖骨も、胸元も間違いなく女のもの。
本人に自覚はないだろうが、艶めかしく見える。
だからこそ、彼の顔は赤いのだ。
どうも癪である。
「全く変わりませんわ。」
オレの隣で知世姫がくすりと笑った。
封真に渡された義手をそっと左肩に近付けると、触手のようなものが肩に入っていく。
黒たんは一瞬顔をゆがめた。
痛んだのかもしれない。
それから、不思議そうな顔をしてゆっくりと手を動かした。
「妙な感じだが、悪くない。」
黒たんはそこで何かに気づき、腰の刀に手をかけた。
それは仮に渡された忍刀で、彼女の持ち物ではない。
彼女の力量には合わないから近々新しい刀を仕入れると言っていた。
晒を巻いただけの黒様の左手はグロテスクにむきだされ、そして右手は刀にかかっている。
そのどこまでも護るために必死な姿は、オレの心を打つのに充分だった。
きっとそれは知世ちゃんや小狼くん、そして蘇摩さんや天照様も同じだろう。
彼女の視線の先に、世界を渡ってきただろう星史朗さんが現れた。
知世姫を庇う黒様を、オレは庇う。
「おいっ」
驚いたような声にオレは思わずほくそ笑む。
「言っただろう。
オレは決めたんだ。」
黒たんにそう言えば、黙り込んでしまった。
もしかしたら、淡く微笑んでいるかもしれない。
「久しぶり、なのかな。」
彼はオレ達に笑いかけた。
「相変わらずそうだね、星史朗兄さん。」
「封真もね。
そっちは相変わらずとはいかないようですね。
ずいぶん変わったらしい。
いろいろと。
魔力を失って別の力を得たようですね。
吸血鬼の血を。」
オレの首に一瞬で手がかかる。
彼の動きが早いのは知っている。
何度か見てきたから。
「神威の血ですね。」
「だとしたら?」
「二人はどこに」
星史朗さんが全てを言い終わる前に、手が離れた。
オレと彼の間に、紫電が走ったのだ。
「人が話しているというのに。」
「話をする態度がなっていないようだ。
日本国(ここ)ではここの作法に則るべきだろう。」
肌蹴られた包帯だらけの背中がオレの前にある。
細い肩には義手が食い込んでいて、気持ち悪いくらいだ。
「どうやら自分の生まれた世界にいると人は気が強くなるらしい。」
星史朗さんは楽しそうに笑った。
「吸血鬼の双子とはどこで会ったんですか。」
「・・・こことは別の世界だ。」
「彼らが旅立った後すぐに移動したから、聞いても仕方ないよ。」
封真さんがフォローしてくれる。
兄よりも彼の方がマシな人間な気がするのは気のせいだろうか。
「そうか。」
次の瞬間、黒様が大きく飛び上がった。
星史朗さんが彼女に襲いかかったのだ。
オレは背後から彼を狙って大きく腕を振るう。
指先からはあの時見たような長い爪が生えている。
ずいぶんと便利な力だ。
有効活用させてもらうに限る。
その爪先は彼の服を切り裂いただけで逃げられてしまった。
宙返りをして着地した彼の視線から、オレは黒たんを庇うように立った。
「ずいぶん変わったようだ。
体も、関係も。」
彼女を舐めまわすように見る目が気に入らない。
「基本的に人を餌にすることはありません。
互いの命が、互いに依存してしまいますから。
希望せずになってしまった半吸血鬼などは、心が痛まないよう器だけの餌を使うものです。
生粋の吸血鬼であれば餌は餌にすぎず、憐れみも同情もしはしない。
だから貴方達はどうなのかと思いましたが。」
星史朗さんはにっこりと笑った。
「初めてですね、こういった餌と吸血鬼の関係を見るのは。
おもしろい。」