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「やめろッ!!!」
強大な魔力をぶつけ合う。
「雷帝招来!」
小狼君が咄嗟に魔力を使い、オレに襲いかかる氷の刃と黒鋼を縛る鎖を解く。
その瞬間に黒鋼は大きく飛び上がり、王に向かって刃を振りおろそうと構えた。
オレだってサクラちゃんの躯が殺されるのを、見過ごせるはずがなかった。
でも、黒鋼が王を切り裂こうと刃を向けるのを見ると、オレは一瞬迷ってしまったのだ。
王は死を望んでいた。
そのためなのか、オレ達をけしかけ、サクラちゃんを殺そうとする。
でも、オレは王を殺したくない。
このままいけば、黒鋼は王を、殺すかもしれない。
でも黒鋼に王を殺されたくない。
でも王を殺さなければこのまま戦いは続いていく……
指先でチリリと魔力が鳴った。
一瞬の躊躇いが、指先に集結した魔力をとどめようとした音だ。
次の瞬間、ずどんと音がした。
途端にあたりに甘い香りが立ち込める。
黒鋼も自分の身に何が起こったのか分かっていないようだった。
腹部に太い氷の刃が貫通していた。
足元には血が飛び散った跡が、点々と氷を赤く染めている。
黒様の震える手が傷口に触れる。
黒い衣が、血に染まっていく。
それに従って足元の氷が、真赤に染まっていく。
赤い瞳がオレを見た。
何かを言おうと、口が開きかける。
そして何かを紡ぐ前に、その瞳が生気を失い、がくりと地に伏せた。
(嘘、だ)
血の香りが濃い。
喉が急激に渇きを訴える。
(嘘、)
「彼女は君のことを大切に思っていたのだろう。
昔と変わることなく」
理解できない言葉が、耳に届く。
「言っていなかったね。
君の記憶は私が操作していて、彼女との幼い頃の記憶は、消してしまったのだ。
君が、彼女に手を挙げても、心が痛まぬように。
唯一無二の親友を、殺せるように、ね」
振り返ろうとするのに、身体が言うことを聞かなくて、錆びたゼンマイじかけの人形のように、かくかくと振り返った。
その先でやわらかく傾げられた首、優しげな微笑み。
体が震えた。
だからアシュラ王は、黒鋼を知っていたし、黒鋼も王を知っていたのだ。
感情を隠すのがうまい彼女のことだ。
素知らぬふりを通したのだろう。
怒りに震えた。
オレの迷いが彼女を殺した。
オレの弱さが彼女を殺した。
オレが、オレが……
(オレが、彼女を殺した!!!)
湧き上がる恐怖のままに、強大な魔力を王へとぶち当てる。
王が応戦する間にサクラちゃんを引き寄せ、なんとか小狼の元へと連れて行く。
「サクラちゃんを」
「だめだ」
彼は何かを悟ったのかもしれない。
それでも仕方ないのだ。
優しくつかむ手を離し、オレは立ち上がる。
彼女は死んだ。
オレのせいで死んだ。
オレももう、長くない。
「オレは優しくない。
オレの弱さがこの事態を招いた。
終わらせましょう、王。
オレの願いも」
強大な魔力が衝突しあうのを感じる。
体中が麻痺したようだ。
もう感覚がない。
血が足りない。
意識も朦朧としている。
(だめだ……このままだと、失ってしまう)
指先に触れる冷たく固い感触は蒼氷だ。
「君はファイを生き返らせないといけないから死ねないはずだ。
なのに死のうとしたのは、彼らのためかな。
ならば彼らを殺せば、その怒りで私を殺してくれるかな」
耳に届くのは、淡々としたアシュラ王の言葉。
どうしても信じられなかった。
確かに彼の心は壊れている。
だが、それと愛情は別だと俺は信じている。
あれほどまでにふぁいを愛おしく思っていた王が、こんな惨いことをするなどありえない。
(彼には何か、意図がある)
凪いだようなあの瞳は、何を考えているのだろうか。
(彼に殺されることを祈っているのは、彼の呪いを解くためだとしたら?
いや、姫を刺したことをこの男は気付いているはずだ。
それでもなお、殺させようとするのは……なぜだ……?)
蒼氷を杖に、立ち上がる。
壁に縫いとめられる小狼に、氷の刃が襲いかかる。
(考えても埒があかん……!)
なんとか間に割って入った。
「黒鋼さん!」
小狼が名を呼んだ。
それだけで不思議と力が湧いてくる気がした。
だがもう、技を使う力は残っておらず、氷の刃は叩き落とすことしかできない。
叩き落としきれなかった氷から、何かが俺を守った。
額が温かい。
懐かしいこの感覚はーー
「守護印か」
アシュラ王が呟いた。
ー呪です。
貴方が人を殺めないための。
ひとり殺めるたびに、強さが減っていくでしょうー
知世と別れたあの時、彼女は額に触れた。
ーあまり怪我はしすぎないように気をつけてくださいねー
彼女は大きな戦に行く時、必ず守護印を授けてくれた。
何度それに命を拾われたことか。
(知世っ!!)
拾われた命で、俺はたくさんの命を拾った。
そして、今も。
渾身の力を込めて、王を貫く。
血が、刀身を伝ってぽたぽたと氷の上に絵を描いた。
王は少し驚いた顔をした後、ひどく穏やかな顔になった。
「その印が君を守ったんだね。
小さな勇者さん、剣を抜きなさい」
ー小さな勇者さんに、すっかり助けられたようだねー
あの時と変わらぬ穏やかな様子に、懐かしい呼び名に、苦しくなって思わず目を細める。
「抜きなさい」
命令に近いそれに、俺は刀を引いた。
アシュラ王の手が、そっと男の頬を滑る。
「私などのために泣いてはいけないよ。
できれば君に殺されて最後の呪いを解いてあげたかったんだけど」
王の視線が俺に向いた。
「私の目に狂いはなかったようだ」
淡く微笑みを浮かべる。
それはそれは、穏やかな顔だった。
「君たちとなら呪いを越えられる」
王は花弁が舞い落ちるように、静かに地面に横たわった。
苦痛を感じさせない表情は、今の苦痛よりもずっと辛い何かを背負って生きてきたからかもしれない。
「私の望みは、叶えてもらえそうだ」
優しい手が、男を求めて延ばされる。
「生きなさい。
……彼らと、ともに」
その手は男に触れることなく落ち、その手を彼は慌てて掴んだ。
「……お……う……!!」
王が攻撃のために使った氷達は、煙になって消えていった。
王が死んだからだ。
荒い呼吸が響いている。
オレのと、それよりもずっと苦しげな、黒鋼のもの。
振り返ると今にも倒れそうになりながら、黒鋼が座っていた。
紅い瞳はオレを見ていて、オレもじっと黒鋼を見つめる。
言いたい言葉はたくさんあった。
伝えたいことも、聞きたいことも。
でも、どれもどれも、言葉になんてならなかった。
不意に瓦礫の中からファイの死体が浮き上がってきた。
彼の腕の中にあるフローライトの石が砕け、中からサクラちゃんの羽根が現れる。
その瞬間、オレ達の脳裏に、記憶が映し出された。
ーユゥイを出してー
塔の中のファイの記憶だ。
自分とまったく同じその声が紡ぐのは、オレを生かす選択をする言葉。
つまり。
「あれは……ファイの記憶だった……?」
ずっとずっと苦しかった。
ファイはオレを選んでくれたのに、オレは自分を選んだんだと。
ずっとずっと苦しくて、悔しくて。
その羽がサクラちゃんに吸い込まれるにつれ、ファイの死体は崩れていく。
「眠らせてやれ……ゆぅい」
伸ばしたオレの手を、苦しそうに震える黒鋼が止め、オレは目を見開く。
彼女はオレの本当の名を知っていたのだ。
オレ達の関係は謎が多く、今すぐにでも聞きたいところだが、今は何よりも、言わなければならないことがある。
消えてゆく躯に向かって、オレは声を絞り出した。
「ごめんね……ファイ」
自分の名前として馴染んだ名を。
強大な魔力をぶつけ合う。
「雷帝招来!」
小狼君が咄嗟に魔力を使い、オレに襲いかかる氷の刃と黒鋼を縛る鎖を解く。
その瞬間に黒鋼は大きく飛び上がり、王に向かって刃を振りおろそうと構えた。
オレだってサクラちゃんの躯が殺されるのを、見過ごせるはずがなかった。
でも、黒鋼が王を切り裂こうと刃を向けるのを見ると、オレは一瞬迷ってしまったのだ。
王は死を望んでいた。
そのためなのか、オレ達をけしかけ、サクラちゃんを殺そうとする。
でも、オレは王を殺したくない。
このままいけば、黒鋼は王を、殺すかもしれない。
でも黒鋼に王を殺されたくない。
でも王を殺さなければこのまま戦いは続いていく……
指先でチリリと魔力が鳴った。
一瞬の躊躇いが、指先に集結した魔力をとどめようとした音だ。
次の瞬間、ずどんと音がした。
途端にあたりに甘い香りが立ち込める。
黒鋼も自分の身に何が起こったのか分かっていないようだった。
腹部に太い氷の刃が貫通していた。
足元には血が飛び散った跡が、点々と氷を赤く染めている。
黒様の震える手が傷口に触れる。
黒い衣が、血に染まっていく。
それに従って足元の氷が、真赤に染まっていく。
赤い瞳がオレを見た。
何かを言おうと、口が開きかける。
そして何かを紡ぐ前に、その瞳が生気を失い、がくりと地に伏せた。
(嘘、だ)
血の香りが濃い。
喉が急激に渇きを訴える。
(嘘、)
「彼女は君のことを大切に思っていたのだろう。
昔と変わることなく」
理解できない言葉が、耳に届く。
「言っていなかったね。
君の記憶は私が操作していて、彼女との幼い頃の記憶は、消してしまったのだ。
君が、彼女に手を挙げても、心が痛まぬように。
唯一無二の親友を、殺せるように、ね」
振り返ろうとするのに、身体が言うことを聞かなくて、錆びたゼンマイじかけの人形のように、かくかくと振り返った。
その先でやわらかく傾げられた首、優しげな微笑み。
体が震えた。
だからアシュラ王は、黒鋼を知っていたし、黒鋼も王を知っていたのだ。
感情を隠すのがうまい彼女のことだ。
素知らぬふりを通したのだろう。
怒りに震えた。
オレの迷いが彼女を殺した。
オレの弱さが彼女を殺した。
オレが、オレが……
(オレが、彼女を殺した!!!)
湧き上がる恐怖のままに、強大な魔力を王へとぶち当てる。
王が応戦する間にサクラちゃんを引き寄せ、なんとか小狼の元へと連れて行く。
「サクラちゃんを」
「だめだ」
彼は何かを悟ったのかもしれない。
それでも仕方ないのだ。
優しくつかむ手を離し、オレは立ち上がる。
彼女は死んだ。
オレのせいで死んだ。
オレももう、長くない。
「オレは優しくない。
オレの弱さがこの事態を招いた。
終わらせましょう、王。
オレの願いも」
強大な魔力が衝突しあうのを感じる。
体中が麻痺したようだ。
もう感覚がない。
血が足りない。
意識も朦朧としている。
(だめだ……このままだと、失ってしまう)
指先に触れる冷たく固い感触は蒼氷だ。
「君はファイを生き返らせないといけないから死ねないはずだ。
なのに死のうとしたのは、彼らのためかな。
ならば彼らを殺せば、その怒りで私を殺してくれるかな」
耳に届くのは、淡々としたアシュラ王の言葉。
どうしても信じられなかった。
確かに彼の心は壊れている。
だが、それと愛情は別だと俺は信じている。
あれほどまでにふぁいを愛おしく思っていた王が、こんな惨いことをするなどありえない。
(彼には何か、意図がある)
凪いだようなあの瞳は、何を考えているのだろうか。
(彼に殺されることを祈っているのは、彼の呪いを解くためだとしたら?
いや、姫を刺したことをこの男は気付いているはずだ。
それでもなお、殺させようとするのは……なぜだ……?)
蒼氷を杖に、立ち上がる。
壁に縫いとめられる小狼に、氷の刃が襲いかかる。
(考えても埒があかん……!)
なんとか間に割って入った。
「黒鋼さん!」
小狼が名を呼んだ。
それだけで不思議と力が湧いてくる気がした。
だがもう、技を使う力は残っておらず、氷の刃は叩き落とすことしかできない。
叩き落としきれなかった氷から、何かが俺を守った。
額が温かい。
懐かしいこの感覚はーー
「守護印か」
アシュラ王が呟いた。
ー呪です。
貴方が人を殺めないための。
ひとり殺めるたびに、強さが減っていくでしょうー
知世と別れたあの時、彼女は額に触れた。
ーあまり怪我はしすぎないように気をつけてくださいねー
彼女は大きな戦に行く時、必ず守護印を授けてくれた。
何度それに命を拾われたことか。
(知世っ!!)
拾われた命で、俺はたくさんの命を拾った。
そして、今も。
渾身の力を込めて、王を貫く。
血が、刀身を伝ってぽたぽたと氷の上に絵を描いた。
王は少し驚いた顔をした後、ひどく穏やかな顔になった。
「その印が君を守ったんだね。
小さな勇者さん、剣を抜きなさい」
ー小さな勇者さんに、すっかり助けられたようだねー
あの時と変わらぬ穏やかな様子に、懐かしい呼び名に、苦しくなって思わず目を細める。
「抜きなさい」
命令に近いそれに、俺は刀を引いた。
アシュラ王の手が、そっと男の頬を滑る。
「私などのために泣いてはいけないよ。
できれば君に殺されて最後の呪いを解いてあげたかったんだけど」
王の視線が俺に向いた。
「私の目に狂いはなかったようだ」
淡く微笑みを浮かべる。
それはそれは、穏やかな顔だった。
「君たちとなら呪いを越えられる」
王は花弁が舞い落ちるように、静かに地面に横たわった。
苦痛を感じさせない表情は、今の苦痛よりもずっと辛い何かを背負って生きてきたからかもしれない。
「私の望みは、叶えてもらえそうだ」
優しい手が、男を求めて延ばされる。
「生きなさい。
……彼らと、ともに」
その手は男に触れることなく落ち、その手を彼は慌てて掴んだ。
「……お……う……!!」
王が攻撃のために使った氷達は、煙になって消えていった。
王が死んだからだ。
荒い呼吸が響いている。
オレのと、それよりもずっと苦しげな、黒鋼のもの。
振り返ると今にも倒れそうになりながら、黒鋼が座っていた。
紅い瞳はオレを見ていて、オレもじっと黒鋼を見つめる。
言いたい言葉はたくさんあった。
伝えたいことも、聞きたいことも。
でも、どれもどれも、言葉になんてならなかった。
不意に瓦礫の中からファイの死体が浮き上がってきた。
彼の腕の中にあるフローライトの石が砕け、中からサクラちゃんの羽根が現れる。
その瞬間、オレ達の脳裏に、記憶が映し出された。
ーユゥイを出してー
塔の中のファイの記憶だ。
自分とまったく同じその声が紡ぐのは、オレを生かす選択をする言葉。
つまり。
「あれは……ファイの記憶だった……?」
ずっとずっと苦しかった。
ファイはオレを選んでくれたのに、オレは自分を選んだんだと。
ずっとずっと苦しくて、悔しくて。
その羽がサクラちゃんに吸い込まれるにつれ、ファイの死体は崩れていく。
「眠らせてやれ……ゆぅい」
伸ばしたオレの手を、苦しそうに震える黒鋼が止め、オレは目を見開く。
彼女はオレの本当の名を知っていたのだ。
オレ達の関係は謎が多く、今すぐにでも聞きたいところだが、今は何よりも、言わなければならないことがある。
消えてゆく躯に向かって、オレは声を絞り出した。
「ごめんね……ファイ」
自分の名前として馴染んだ名を。
