セレス
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「ついた・・・」
「ここがセレス。」
崖の上に降り立つ。
防寒用の服をもらって助かった。
そうでなければ満足に動くことさえできなかっただろう。
(ここが、青年の故郷・・・。)
ーオレのいた国にもいろんな場所があったけれど、オレが住んでいるところは沢山雪が降る地域で、とても寒い場所だよー
彼は出会った日、そう言っていた。
日本国にも豪雪地帯と呼ばれる地域はあったけれど、これほどではなかった。
一年中雪に閉ざされるとはこういうことなのだと、重々しい景色が語っている。
「あれは?」
「オレがいたルヴァル城」
ーいや、オレはあまり遊ばなかったな。
雪は寒くて冷たいから。
それに城には子どもがあまりいなくて。ー
小さな俺の思い描いていた城からはかけ離れた、生気のないその場所。
彼はあの城でどんな幼少期を送っていたのだろうか。
「だめ、サクラがどこにいるのかわからない!」
「モコナが探せるのは羽だから仕方ない。」
半泣きの白饅頭を、小狼が慰める。
その様子に、青年は静かに城を指差した。
「あそこにいる。
今生きている者の気配がするのは、あそこだけだ。」
「この国の他の人たちは?」
青年は黙りこんで答えようとしない。
魔法を使おうとする彼の手を、小狼が止めた。
もう使っても変わらないだろうに、それでも代わりを務める彼は、やはり優しいと思った。
「風華招来!」
町の上空を飛ぶ。
少年の目には見えないだろうが、この町はおかしい。
雪の中に隠れているが、死人の気配が立ちこめていただろうことはわかる。
(それもこの町の住人はすべて、何者かに殺されている。)
青年はずっと、アシュラ王から逃げていた。
帰ってきたセレスは、何者かが住民を皆殺しにしている。
生きているものの気配は城からしかしない。
それらからは、青年が逃げ出したくなるような、惨い話しか導くことはできない。
城の入り口に降り立つと、その光景に少年と白饅頭が目を見開く。
あたりは血の海だった。
どの人も息絶えている。
幸いなことに死臭が濃くないのは、セレスがひどく寒い国で、死体の腐敗が進んでいないからだろう。
流れ出た血も、飛び散った血も、今では凍っている。
「ファイとよく似た服着ているね。
このお城の人?」
白饅頭が震える声で尋ねた。
「そうだよ。」
感情を全て捨てたような、短い答えだった。
彼はこの惨状を知っていたのだろう。
だから動じることもない。
階段を上る途中、小狼がよろめいた。
頭痛がするのか頭を押さえている。
「大丈夫?」
「ああ、姫を探さないと。」
そんな小狼を振り返ることなく、青年は迷いなく足を進める。
むしろ、迷う余地を与えられていないという方が正しいのかもしれない。
もう引き返すことはできない。
俺達はこの国で、彼と向き合わねばならないだろう。
出会ったときから疑っていた。
この旅に参加する時点で彼は姫の羽根を持っていたのだ。
俺達が羽根を探す前に。
でも彼は疑われるべき存在でありながら、次第に解けていった。
少年のために己をささげ、姫のために安堵を願うようになった。
「おい。」
振り返ることのない青年を、呼びとめる。
「・・・なんだ。」
無感情の声が返ってきた。
「お前の命は、俺のものだ。」
青年は立ち止まったが、返事をしなかった。
「その始末をつけるのは、俺だ。
逸るなよ。」
青年のわきを通り、大きな扉に触れる。
すると扉が勝手に開いた。
「お帰り、ファイ。」
こちらに微笑む独りの男。
彼には大いに見覚えがあった。
ーファイ、待たせてしまったのかな?ー
そう言って湖に現れた人。
ふぁいを迎えにきた、ふぁいの大切な人。
あの日はあんなにほっとした顔をしていたのに。
「できれば帰らずにいられればと思っていました。
アシュラ王。」
青年の表情は暗い。
「約束したのに。
私の願いをかなえてくれると。
待っていたよ君を。
この子も待っていた。
君をずっと。」
ふわりと広げられたマントの内側には、俺が会ったふぁいよりも、いくらか幼い、まるで死体のような子どもがいた。
俺は青年を庇うように立つ。
王はやわらかく微笑んだ。
あの日のように。
そして、俺たちの脳裏に、青年の過去が次々と映し出された。
辛く苦しい幼少期、そこから抜け出し、アシュラ王に仕える日々、その中で起こった悲劇。
それは俺の知らなかったもので、俺が知るべきではないもので、きっと青年が知られたくなかったものだ。
(こんなものを見せて、何を企んでいる・・・?)
記憶の中の王は、フローライトの名を与え、ふぁいを守り、抱きしめた。
その姿に邪気はなく、ただふぁいを愛していた。
俺が王と湖で出会ったときと、同じように。
「この子の記憶を受け取った君は知っているはずだ。
塔の中で同じ質問をされたこの子は、君を選んだ。
ファイ、いや、本当の名前はユゥイだったね。
君は死んだこの子の名前を名乗り、自分の存在を消した。
けれど、それでも君の罪は消えないよ。」
分かっている、オレは分かっている。
どんなに笑っても、どんなに暖かい場所にいても、オレは違うと。
オレは、大切な片割れを殺す、罪深い人だと。
「大丈夫。
君と一緒に来た二人にも見てもらっているから。
君の過去を。
さぁ本当の君を見てもらおう。
過去に君がした約束を。
君が知っていたことを。」
見られたくないような過去だった。
生まれたことも、棄てられたことも、拾われたことも、全て、全て知られたくなかった。
こんなオレを、誰が今まで通り受け入れてくれるだろうか。
ずっとずっと敵として、彼らをだましてきたオレを。
ー忘れるな。
お前は我がが一手だ。
願いがかなうまで。
そしてもう一つの呪いがとけるまで。ー
黒鋼に肩を支えられていた小狼くんとモコナが倒れこむ。
彼女はそれを期に立ち上がった。
あの引き裂かれたような傷をじっと見つめ、それからまるでその傷から取り出すかのように蒼氷を呼び出した。
あの傷のある手を起点として蒼氷を取り出せる魔法をかけたのはオレだった。
モコナが近くにいないと困るだろうと思って。
みんなでサクラちゃんを助けるために、少しでもできることはしたくて。
いつも怪我を顧みず飛び込む彼女が、思う存分に暴れられるようにと。
なのに。
静かな炎が紅い瞳に燃えている。
美しい切っ先が、オレに向けられる。
オレはファイを護るように抱き上げた。
「死ねない!
ファイを生き返らせるまでは、この名前を返すまでは。」
そうだ、そのためにオレは今まで生きてきた。
人の命を奪ってでも生きていこうと誓った。
何にも変えられない、大切な片割れのために。
オレが命を奪った、大切な片割れのために。
「では殺さないといけないね。
彼女を。」
アシュラ王が静かに微笑んだ。
王の言うとおりだ。
オレは、ファイのためなら何でもする。
彼女を殺すことだって、きっとする。
オレが命を奪った、大切な片割れのために。
(でも彼女は、オレの命を救った・・・。)
小さな声を無視する。
旅の思い出がよみがえる。
黒鋼をからかって遊んだことも、一緒に戦ったことも、おいしかったご飯も、狭い布団で雑魚寝したことも、首を絞めあうようなじゃれあいをしたことも、彼女の血を飲んだことも、腕の中の存在をたまらなく愛おしく思ったことも。
あまりに楽しかった。
今まで生きてきた300年以上の時の中で、あれほど楽しいときはなかった。
短い旅だった。
本当に短い幸せな時だった。
ずっとずっと続いてほしいと、敵の立場のオレが願えるはずがないのに、願ってしまうほど。
「そして私の願いをかなえてもらわなければ。」
オレが命を奪った、大切な片割れのために。
オレは。
