インフィニティ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日の試合は頗る順調だった。
いくら鍛えた体も、度重なる睡眠不足はずいぶん堪えていたらしいことに気づいた。
どんな医術を使ったのか分からないが、傷の治りも早い。
もう激しく動いても痛むことはなく、ありがたい。
試合が終わるとジェオという男が近づいてきた。
咄嗟に皆を後ろに庇う俺に、彼は困ったように笑った。
「そんなに警戒しないでくれ。
ただの食事の誘いなんだ。」
小狼が困惑した顔を見せた。
「このチェスの主催者ビジョン家の当主が、晩餐にお誘いしたいと。
それもマスター独りだけ。」
一瞬の間ができた。
「・・・行きます。」
青年はうつむいたままだ。
小狼は驚いたように目を向けた。
「一人でだぞ?」
ジェオも驚いている。
悪い男ではないようだが、そう見せかけているだけだろうか。
「行ってきます。」
ふわりと俺達を振り返って感情もなくそういう姫に、青年だけが笑いかけた。
「いってらっしゃい。」
歩き始めた姫の腕を、小狼がほとんど無意識だろう。
つかんでいた。
「先に休んでいて・・・」
姫の言葉の途中で、俺はジェオに斬りかかる。
彼は一瞬で飛びずさった。
カラン、と俺が糸だけを切ったジェオのジャケットのボタンが床に転がった。
簡単な挨拶である。
小狼はそのままサクラの手を引いて、後ろに下がるのを助ける。
「っぶねだろ!
場外での武器の使用は禁止だ。」
「黒鋼さんっ!」
姫も焦ったように呼んだ。
そうして素直にしていてくれればいいのに。
今までのように。
彼女は変わってしまった。
青年とともに何を目論んでいるのかは知らないが。
「年若の娘を一人でよこせなど、いったい何を考えている。」
「だよな、普通そういうだな。」
ジェオは妙に納得しているようだった。
「試合規則に違反があろうと放置するような主催者は、端から信用してはいない。」
「もっともだ。
俺も止めたんだぞ!
なのにあいつら聞く耳もたねぇ。」
普通、こんなアンダーグラウンドの試合での違反など暗黙の了解のようなものだろう。
この世界に長く身を置くのなら、尚更それは身にしみているはずだ。
鎌をかけてみただけなのだが、もういい年の大人だというのに、この男は真剣に怒っているらしい。
(変わった男。)
「黒鋼さん、大丈夫ですから。」
姫がそっと、俺の刀を持つ手に触れた。
その目は俺を見ることはない。
隠し事をしてる自覚も、それに対する罪悪感もあるのだろう。
「先に休んでいてください。」
静かに離れた手。
小狼の手は、もう彼女の手をとることはなかった。
足を引きずりながら、姫は俺達の前から去って行った。
「行かせたくないならそう言え。
失いたくないなら自分が納得するまでな。
いつまでたっても何も言わない奴の腹なんか分かるわけがない。
向こうが勝手にするならこっちも勝手にするまで。
黙っていれば分からないと高くくっている奴など、拷問にでもかけてやればいい。」
ファイはくわっと目を見開いた。
それがひどく滑稽で、俺は鼻で笑う。
「俺はそこまで鬼ではないがな。」
黒鋼がオレの顔のすぐ隣の壁に優しく触れた。
まるで花にでも触れるかのような、優美な手つきだ。
ぐっと距離が詰まった。
耳元で吐息とともに言葉がかけられる。
「全て肯定しろ。」
もう片方の手が、オレの胸元におかれた。
彼女もこんな、まるでそれを商売にしているような女の真似ができるとは思ってもみなかった。
(囁く内容は天と地ほどの違いだけれど。)
真赤な瞳と、真赤な唇が、オレの目の前にあった。
彼女の血を連想させるそれは、すでに拷問に近い。
オレは口の端を上げて見せる。
「へぇ、何するの、拷問?」
おまけに紅い唇がゆるく弧を描く様は、美しいの一言に尽きる。
「拷問と言うには緩いだろうな。
心配するな」
胸に添えられていた手がするするとオレの首筋に移動し、喉仏を艶めかしくなぞる。
そしてふわりと耳の下あたりに添えられ、顔が固定された。
「手始めに、そうだな・・・お前は今、俺の血は飲みたくない。」
真赤な瞳が、覗き込み、逸らすことは許されない。
「・・・なんで。」
「答えられないような質問か?」
「・・・yes。」
ふわりと彼女の香りが近づいてくる。
耳もとで、ぷつりと、彼女の肌が切れる音がした。
血の香りが鼻孔をくすぐる。
「いい子だ。」
彼女が唇を舐める音がした。
血の匂いが微かに弱まる。
オレは思わず唾を飲み込んだ。
(これは拷問だろ。)
彼女は物事を聞き出す玄人だと悟った。
忍とは、そんな仕事もあったのだろう。
人の弱みをいたぶるのがひどく得意なようだ。
再び目の前に彼女が映る。
唇が噛み切られ、紅い血が流れている。
無意識に顔を近づければ、その血はあっという間に舐められた。
「血は飲みたくないんだろ。」
怪しい笑顔。
彼女がこれほどの笑顔を見せることなどない。
目の前にいる女が、悪魔に見える。
「・・・覚えてろ。」
「次の質問に移ろう。」
手がさわさわと首筋をなでる。
肌が粟立つのを感じた。
再び彼女の熱が近づいてきて、耳たぶに触れんばかりに唇が近づいた。
「姫の願いを知っている。」
艶めかしい声に背筋がぞくりとした。
彼女にも、こんなことができるなんて、考えもしなかった。
男よりも強くある彼女が。
(これじゃあ黒鋼が日本で最強の忍と言われるわけだ・・・。)
「返事は?」
耳が舐められるような感覚に、思わず体がピクリと震えた。
紅い瞳がゆっくりとオレの片方だけの目を覗いた。
「・・・yes。」
「俺には言いたくない計画などない。」
「yes。」
もてあそばれているといらだつ一方で、心の奥底まで見通されているのではないかという不安が頭をもたげる。
この絶妙なラインを引き出す彼女の才が恐ろしい。
「魔女が絡んでいる。」
「yes。」
「姫はこれから一人で旅をしたいと思っていない。」
「yes。」
「アシュラ王と近々会うことになりそうだ。」
「・・・yes。」
「お前は、死んでしまいたいと思っている。」
「yes。」
離れていく黒鋼。
ひどく憎たらしい。
彼女は今の一連で、俺の欲望をさんざん煽った挙句、必要な情報を得たのだろう。
離れていく腕を、強くつかんだ。
「・・・終わりだ。」
紅い目が、静かに俺を見ている。
唇の傷はふさがったらしい。
ずいぶんと自分勝手だ。
「黒鋼ばかり、ずるいと思わない?」
一瞬で立場を逆転させる。
黒鋼の顔の横に、乱暴に手をついた。
紅い目がオレをにらむ。
それはひどく煽情的だった。
オレは彼女がしたのと同じように、指先で首筋をたどる。
できる限り、艶めかしく。
自分の容姿の価値も理解しているつもりだし、色事には多少の自信はあった。
(いったい彼女はどうして答えを知りえたのか。)
「質問には全て否定で答えて、ね?」
「やめろ。」
口答えをする唇が、やわらかそうだと思った。
抵抗しようとする両手をまとめて、頭の上で壁に抑えつけた。
それを本気で振り払うほど、彼女は嫌がっているわけではなさそうだ。
もう片方の手で、彼女の耳の下あたりに手を添え、顔を固定する。
そして唇を耳に添えた。
「君は知世ちゃんのところで、オレのことを何も聞いていない。」
彼女の体は、俺と違ってピクリとも反応しない。
憎たらしい女だ。
忍として拷問に関する訓練も積んでいたのだろう。
「・・・いいえ。」
小さく指先に触れる脈に、喉が渇きを訴える。
顔を覗きこめば、真赤な目は伏せられている。
感情を読み取られないためだろうが、それは逆にどこか不安げにさえ見えた。
そしてそれこそがこの尋問の手口だと分かった。
瞳の動きや脈、それに加えて呼吸なども見て嘘を見分けたのだろう。
「目、開けなよ。」
彼女は沈黙を通した。
「目を開けろ。」
二度目の忠告で、彼女は目をあけた。
その目力に、オレは目を見開き、そして、口の端を上げた。
反抗的に見上げる瞳はまるで血の色で、それはひどく美しい。
特に何か聞きたいことがあるわけではない。
ただ、彼女で遊びたいと思った。
腕の中に閉じ込めたまま、好きなように。
「二度目にツァラストラ国に行ったときから、君の態度は変わった。」
速くなった脈が、ひどく愛おしい。
ここに歯を立てて血を飲めば、どれ程美味いだろうか。
「その理由は、オレの旅の目的を知ったからかな?」
「いいえ。」
脈はそれほどかわらない。
「過去で、何かを思い出したから?」
「いいえ。」
微かに、脈が速くなった。
オレは昔、買った女がしてきたように、耳に口づける。
脈がとたんに速くなり、ほくそ笑む。
「アシュラ王を、君が殺してくれる?」
彼女が答える前に首筋を舐め、脈に歯を立てた。
「ッ!!!」
声にならない悲鳴がして、体がびくりと震える。
さすがにこれには耐性はないらしい。
頭の上でまとめていた手を離し、反射的に暴れる体を抱きこんで血を啜る。
本物の吸血鬼のようだ。
暴れるのは得策ではないと思ったのだろう。
何せ、血を与えると約束したのは彼女の方だった。
オレを生かすと勝手に決めたのも彼女。
だからこそ、オレの吸血を拒むことなどできないのだ。
首筋まで真っ赤にして、彼女は漏れそうな声をじっと耐え、苦しげに呼吸を繰り返す。
いつに見ないその様子は、オレの食欲を誘った。
彷徨った片手はオレの背に、もう片手は俺の髪をクシャリとつかんだ。
その細い指先の熱い温度が、オレの体温に溶けてゆく。
腕の中の餌は、ただの女にしか見えない。
それはつまらないことだけれど、ひどく、ひどく・・・。
「お・・・っ・・前、がっ・・・。」
上ずった声で喘ぐ声など、聞きあきるほど聞いた。
なのに彼女の声は特別だと思った。
こんな声も出るなんて、知らなかった。
「望む・・・な、ら・・・っ!」
思わず口の端が上がる。
これほどの快楽を味わえるなら、あの幼少期の苦痛も無駄ではなかったのかもしれないと、思ってしまった。
