高麗国
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「ねぇ・・・傷痛む?」
頭一つ小さい彼女を追いかけながら問う。
「いや」
短い答えだ。
だが嘘だとわかる。
オレが浴びた程度でも痛いのだ。
彼女はそれ以上に酸を浴び、腹部には女の爪が刺さった。
ぱらぱらと足もとに吸い込まれていく水滴が赤黒いのは、彼女の血。
「気にするな。
俺のしたいようにしただけだ」
忍者っていうのは、そんなに痛みに強いのだろうか。
それとも、ただ強がりなだけなのだろうか。
そうこうしているうちに最上階に出た。
彼女はアイコンタクトで、ドアの裏に隠れるように言い、オレはそれに従う。
てっきり彼女も同じようにするかと思ったのに、
彼女は部屋の中に飛び込んだ。
「ちょっと!」
驚いて中を覗くと、小狼君とさくらちゃん、春香ちゃん、それからどうやら町の人たちと領主がいるようだ。
「それで気が済むならいい。
けれど、春香が手をかける価値のある男か?」
「こんな奴、殴る手が勿体ない!」
小狼君の言葉にそう言い切る春香ちゃん。
そして黒さまは2人に近づいた。
「お前の手も、汚すな」
領主に振りあげた小狼君の手を掴む。
「こういう汚れ仕事は俺に任せろ」
小狼くんは緊張が解けたのか、少しホッとした顔をした。
「さてこの街で行った悪政の数々、いかにして吐かせようか」
指をポキポキと鳴らす姿。
彼女は忍者と言っていたから、拷問みたいな仕事もしていたのかもしれない。
彼女の足もとにたまる血が一層恐怖心をあおる。
「や……やめろぉ……」
怯える領主。
「彼らを苦しめた罰、しかと受けてもらう」
彼女のいう”彼ら”とは、きっと町の人たちではない。
小狼君と、春香ちゃんと、それから……それからオレも入っているかもしれない。
そんな仲間を指す、ぬくもりの含んだ言葉だった。
「待て、童」
どこからともなく現れた秘妖が、その領主の顔を取り囲むように爪をそわせる。
「わらわに楽しませろ」
にやりと妖しく笑う姿に、黒たんは頷いた。
「ああ、頼む」
領主は声をあげる間もなく無残にも女の生きる秘妖の世界にと引きずり込まれていった。
「少年、羽根を姫に」
小狼君の手に羽根を渡す。
「は……はい!」
小狼君は再び立ち上がり、サクラちゃんの傍らに立つと、羽根は胸に吸い込まれていった。
「どうして……誰もいないのに……」
そう呟いて、倒れてしまったサクラちゃんを、小狼君が抱きとめる。
戻ってきた記憶と、戻らない記憶。
きっと、二人とも苦しむだろう。
「これでまたひとつ羽根が戻った……」
それでもほっとした笑顔に、黒みーもすっと目を細めた。
だからオレも、もう彼らの中に戻らなければならない。
堅い絆で結ばれていく彼女達と、存在が異なるにも関わらず。
否、異なるからこそーーその役割の為に。
「さ、帰ろう!
怪我の手当てもしないとね、小狼君、黒様」
「あ……はい」
小狼君の傷を気遣ってだろう。
さくらちゃんを抱き上げる黒鋼。
黒いマントに隠れていて小狼君は傷には気付いていないようだ。
話そうとすれば黒鋼に視線で止められた。
だが彼女の出血はひどかった。
長時間ほおっていくわけにはいかないだろう。
速く治さなければなければ、痕も残る。
そこまで考えて、頭を振った。
彼女がこの旅の邪魔をしない限り、放っておけば良い。
深入りも馴れ合いも禁物だ。
彼女が痛かろうが、痕が無かろうが、オレは双子を殺すくらいなのだから、気にも止めたりはしない。
「お前は強いな」
「黒鋼さんほどじゃないですよ」
「いや、心が強い。
姫が本当に大切なのだな」
その一言に、小狼君はほのかに頬を染めるのが微笑ましい。
「は……はい」
「お前なら、守れる」
優しい微笑み。
彼女はやはり女性なのだと感じる。
きっと彼女は、それに微塵も気付いてはいない。
「は……はい!」
素直な小狼君が、少しだけうらやましかった。
「あんた馬鹿か!」
春香の怒鳴り声に黒りんは顔をしかめる。
それは玄関まで帰ってきた時だった。
靴を脱いで床に上がった時、足が真っ赤に血に染まっているのが誰の目にもごまかしようなく映り、彼女の傷が発覚したのだ。
「なんであんたも言わないんだ!」
医者を呼び、慌てて布や湯を黒鋼の治療をする部屋に運ぶ春香が、オレを見てそうどなった。
「だって黒様に止められたんだよー」
それにオレには関係ないことだ。
「だからってあんなに傷だらけなのにっ!!」
その悲鳴に近い言葉に胸が刺されるような気がしたが、双子を殺した自分に限ってそんな事はないと言い聞かせる。
「春香、湯はまだか?」
医者の声が部屋からする。
「今持っていきます!」
彼女はもう一度オレを睨むと部屋に入っていった。
「……ファイさん」
すぐ後ろからした声。
「黒鋼さん、ちっとも痛いなんて言わなかった……
おれをかばって酸で足が焼けた時も」
気にしているのか俯いている。
「きっと黒りんは、忍者だったから……怪我に慣れているんだよ。
ほら、阪神共和国でも言ってたよね。
忍者は忍ぶ者の意味だって。
陰として生き、苦しみに耐え忍び、闇の仕事を一手に引き受けることで、
国を明るい方へと導く仕事だって」
そっとその肩に手を置いた。
「だから、きっと大丈夫だよ」
小狼君はゆっくりと顔をあげた。
眉が下がって、辛そうな顔をしている。
「でも……おれたちは国じゃない」
その言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「おれ達の陰じゃなくていい。
苦しみに耐えなくてもいい。
闇の仕事なんて、独りでしなくていい。
そんなこと言いたくても……おれは黒鋼さんほど強くなくて……支えられなくて……」
ああ、この子も、優しいんだ、オレなんかとは違うんだと、そう思った。
「でもおれ……」
「黒様は強いから大丈夫」
オレは、彼の求めている言葉が分かった。
だから、それを与えると言うわけではない。
「それに意地っ張りだからね。
あんまり手出し過ぎるときっと怒るよ」
小狼君は困ったように微笑んで、背中を向けて去って行った。
彼が欲しかった言葉。
それは、オレが黒鋼を支えると言う言葉だろう。
オレの方が大人で、戦い慣れているから、きっとその言葉を求めてやってきた。
でも、オレはその言葉は言えない。
言えるはずもないし、言う資格もない。
「黒鋼さん……?」
部屋に入ってきた少女の姿に、俺は体を起こす。
「ご飯を持ってきました」
「ありがとう」
今日は絶対安静だそうだ。
おかげで食事も寝床だ。
「傷の具合はどうですか?」
「どうということもない。
あの医者や春香が気にしすぎるのだ」
少女は気を失っていたから、傷は見ていないはずだ。
だが誤魔化されないらしい。
「嘘です。
春香ちゃんや小狼くんから聞きました。
だから……その……」
何か言おうとするそっとその小さな口の前に、手の平を向ける。
「俺は生来の我儘で、したいことを制限されることほど嫌いなことはない。
この傷は俺がしたい事をしたいようにやった結果だ」
少女は少しだけ目を見開いて、それから苦笑を洩らした。
「ありがとう。
さ、もういかねば、誰かに夕食を食べられてしまうぞ」
「黒鋼さんもしっかり食べてくださいね」
小さく微笑んで部屋を出ていった。
優しい子だ。
いつまでも、暖かくて、優しくて、綺麗なままでいてほしい。
彼女と青年はどこか似ている気がする。
彼も、暖かくて、優しくて、美しい。
それでいて、脆いのだ。
眼をはなせば崩れてしまいそうで、どこか怖い。
食事の味付けは日本とは違い独特だが、おいしかった。
「黒鋼!まだ絶対安静だろう!」
春香ちゃんの怒った声で、黒りんが床を抜け出したことがわかる。
まったく。
「心配はいらない。
この薬、良く効くな。少々染みるが」
「そりゃ母さんのつくった薬だからな!
でもまだ駄目だ!」
「俺はもとから頑丈にできているんだ」
「黒鋼!」
春香ちゃんは、黒様の傷を心配しているだけじゃないんだ。
それはきっと、ここにいるみんなが分かっている。
だから小狼君もサクラちゃんも、複雑そうな顔をしているんだ。
「俺はもう大丈夫だ」
春香ちゃんの顔が曇った。
そう、彼女はさみしいのだ。
これほど仲良くなった黒むーが、いなくなってしまうことが。
「おい、いるんだろう?」
黒むーはひょっと顔を窓から外に出して誰かを呼んだ。
そしてその声に応えたのは。
「お主、やはり面白い」
黒様があの城で領主から助けた秘妖。
その登場に、さすがにオレも驚いた。
「春香、とはお前か」
春香ちゃんは驚いたようだが、なんとか首を縦に振った。
「お前の母親は優れた秘術師であった」
「母さんを知っているのか!?」
「ああ。あれほどの秘術師は知らない」
春香ちゃんの顔がぱぁっとあかるくなる。
「お前も、母と同じ潜在能力を感じる。
鍛錬さえ怠らなければ、母と同じか、それを超える力をつけることはできるだろう」
「本当か!?」
「ああ」
秘妖も嬉しそうに笑っている。
そして、黒様も、いつも通り分かりにくいけれど、
かすかに微笑んでいる。
春香ちゃんがさみしくないように、黒様はちゃんと考えていたんだ。
やはり優しい。
そしてその優しさがオレはーー恐ろしい。
「私、母さんを超えるくらい、すごい秘術師になるからな!
今度、この国に来た時には驚かせるから!!」
「ああ。
楽しみにしている」
春香ちゃんの言葉に、そう答える黒様。
胸がギュッと掴まれたような気がして、ぐっと唇をかんだ。
「ファイさん?」
まさか見られているなんて思わなかったから、サクラちゃんの声に驚く。
「どうかしたんですか?」
ちらりと黒様の方も見ているあたり、彼女の直感というか、観察力は侮れないと思う。
「なんでもないよ」
オレは上手に笑えているだろうか。
上手く嘘をつけているだろうか。
純粋無垢な瞳から、オレは咄嗟に目を逸らした。
頭一つ小さい彼女を追いかけながら問う。
「いや」
短い答えだ。
だが嘘だとわかる。
オレが浴びた程度でも痛いのだ。
彼女はそれ以上に酸を浴び、腹部には女の爪が刺さった。
ぱらぱらと足もとに吸い込まれていく水滴が赤黒いのは、彼女の血。
「気にするな。
俺のしたいようにしただけだ」
忍者っていうのは、そんなに痛みに強いのだろうか。
それとも、ただ強がりなだけなのだろうか。
そうこうしているうちに最上階に出た。
彼女はアイコンタクトで、ドアの裏に隠れるように言い、オレはそれに従う。
てっきり彼女も同じようにするかと思ったのに、
彼女は部屋の中に飛び込んだ。
「ちょっと!」
驚いて中を覗くと、小狼君とさくらちゃん、春香ちゃん、それからどうやら町の人たちと領主がいるようだ。
「それで気が済むならいい。
けれど、春香が手をかける価値のある男か?」
「こんな奴、殴る手が勿体ない!」
小狼君の言葉にそう言い切る春香ちゃん。
そして黒さまは2人に近づいた。
「お前の手も、汚すな」
領主に振りあげた小狼君の手を掴む。
「こういう汚れ仕事は俺に任せろ」
小狼くんは緊張が解けたのか、少しホッとした顔をした。
「さてこの街で行った悪政の数々、いかにして吐かせようか」
指をポキポキと鳴らす姿。
彼女は忍者と言っていたから、拷問みたいな仕事もしていたのかもしれない。
彼女の足もとにたまる血が一層恐怖心をあおる。
「や……やめろぉ……」
怯える領主。
「彼らを苦しめた罰、しかと受けてもらう」
彼女のいう”彼ら”とは、きっと町の人たちではない。
小狼君と、春香ちゃんと、それから……それからオレも入っているかもしれない。
そんな仲間を指す、ぬくもりの含んだ言葉だった。
「待て、童」
どこからともなく現れた秘妖が、その領主の顔を取り囲むように爪をそわせる。
「わらわに楽しませろ」
にやりと妖しく笑う姿に、黒たんは頷いた。
「ああ、頼む」
領主は声をあげる間もなく無残にも女の生きる秘妖の世界にと引きずり込まれていった。
「少年、羽根を姫に」
小狼君の手に羽根を渡す。
「は……はい!」
小狼君は再び立ち上がり、サクラちゃんの傍らに立つと、羽根は胸に吸い込まれていった。
「どうして……誰もいないのに……」
そう呟いて、倒れてしまったサクラちゃんを、小狼君が抱きとめる。
戻ってきた記憶と、戻らない記憶。
きっと、二人とも苦しむだろう。
「これでまたひとつ羽根が戻った……」
それでもほっとした笑顔に、黒みーもすっと目を細めた。
だからオレも、もう彼らの中に戻らなければならない。
堅い絆で結ばれていく彼女達と、存在が異なるにも関わらず。
否、異なるからこそーーその役割の為に。
「さ、帰ろう!
怪我の手当てもしないとね、小狼君、黒様」
「あ……はい」
小狼君の傷を気遣ってだろう。
さくらちゃんを抱き上げる黒鋼。
黒いマントに隠れていて小狼君は傷には気付いていないようだ。
話そうとすれば黒鋼に視線で止められた。
だが彼女の出血はひどかった。
長時間ほおっていくわけにはいかないだろう。
速く治さなければなければ、痕も残る。
そこまで考えて、頭を振った。
彼女がこの旅の邪魔をしない限り、放っておけば良い。
深入りも馴れ合いも禁物だ。
彼女が痛かろうが、痕が無かろうが、オレは双子を殺すくらいなのだから、気にも止めたりはしない。
「お前は強いな」
「黒鋼さんほどじゃないですよ」
「いや、心が強い。
姫が本当に大切なのだな」
その一言に、小狼君はほのかに頬を染めるのが微笑ましい。
「は……はい」
「お前なら、守れる」
優しい微笑み。
彼女はやはり女性なのだと感じる。
きっと彼女は、それに微塵も気付いてはいない。
「は……はい!」
素直な小狼君が、少しだけうらやましかった。
「あんた馬鹿か!」
春香の怒鳴り声に黒りんは顔をしかめる。
それは玄関まで帰ってきた時だった。
靴を脱いで床に上がった時、足が真っ赤に血に染まっているのが誰の目にもごまかしようなく映り、彼女の傷が発覚したのだ。
「なんであんたも言わないんだ!」
医者を呼び、慌てて布や湯を黒鋼の治療をする部屋に運ぶ春香が、オレを見てそうどなった。
「だって黒様に止められたんだよー」
それにオレには関係ないことだ。
「だからってあんなに傷だらけなのにっ!!」
その悲鳴に近い言葉に胸が刺されるような気がしたが、双子を殺した自分に限ってそんな事はないと言い聞かせる。
「春香、湯はまだか?」
医者の声が部屋からする。
「今持っていきます!」
彼女はもう一度オレを睨むと部屋に入っていった。
「……ファイさん」
すぐ後ろからした声。
「黒鋼さん、ちっとも痛いなんて言わなかった……
おれをかばって酸で足が焼けた時も」
気にしているのか俯いている。
「きっと黒りんは、忍者だったから……怪我に慣れているんだよ。
ほら、阪神共和国でも言ってたよね。
忍者は忍ぶ者の意味だって。
陰として生き、苦しみに耐え忍び、闇の仕事を一手に引き受けることで、
国を明るい方へと導く仕事だって」
そっとその肩に手を置いた。
「だから、きっと大丈夫だよ」
小狼君はゆっくりと顔をあげた。
眉が下がって、辛そうな顔をしている。
「でも……おれたちは国じゃない」
その言葉の意味が一瞬理解できなかった。
「おれ達の陰じゃなくていい。
苦しみに耐えなくてもいい。
闇の仕事なんて、独りでしなくていい。
そんなこと言いたくても……おれは黒鋼さんほど強くなくて……支えられなくて……」
ああ、この子も、優しいんだ、オレなんかとは違うんだと、そう思った。
「でもおれ……」
「黒様は強いから大丈夫」
オレは、彼の求めている言葉が分かった。
だから、それを与えると言うわけではない。
「それに意地っ張りだからね。
あんまり手出し過ぎるときっと怒るよ」
小狼君は困ったように微笑んで、背中を向けて去って行った。
彼が欲しかった言葉。
それは、オレが黒鋼を支えると言う言葉だろう。
オレの方が大人で、戦い慣れているから、きっとその言葉を求めてやってきた。
でも、オレはその言葉は言えない。
言えるはずもないし、言う資格もない。
「黒鋼さん……?」
部屋に入ってきた少女の姿に、俺は体を起こす。
「ご飯を持ってきました」
「ありがとう」
今日は絶対安静だそうだ。
おかげで食事も寝床だ。
「傷の具合はどうですか?」
「どうということもない。
あの医者や春香が気にしすぎるのだ」
少女は気を失っていたから、傷は見ていないはずだ。
だが誤魔化されないらしい。
「嘘です。
春香ちゃんや小狼くんから聞きました。
だから……その……」
何か言おうとするそっとその小さな口の前に、手の平を向ける。
「俺は生来の我儘で、したいことを制限されることほど嫌いなことはない。
この傷は俺がしたい事をしたいようにやった結果だ」
少女は少しだけ目を見開いて、それから苦笑を洩らした。
「ありがとう。
さ、もういかねば、誰かに夕食を食べられてしまうぞ」
「黒鋼さんもしっかり食べてくださいね」
小さく微笑んで部屋を出ていった。
優しい子だ。
いつまでも、暖かくて、優しくて、綺麗なままでいてほしい。
彼女と青年はどこか似ている気がする。
彼も、暖かくて、優しくて、美しい。
それでいて、脆いのだ。
眼をはなせば崩れてしまいそうで、どこか怖い。
食事の味付けは日本とは違い独特だが、おいしかった。
「黒鋼!まだ絶対安静だろう!」
春香ちゃんの怒った声で、黒りんが床を抜け出したことがわかる。
まったく。
「心配はいらない。
この薬、良く効くな。少々染みるが」
「そりゃ母さんのつくった薬だからな!
でもまだ駄目だ!」
「俺はもとから頑丈にできているんだ」
「黒鋼!」
春香ちゃんは、黒様の傷を心配しているだけじゃないんだ。
それはきっと、ここにいるみんなが分かっている。
だから小狼君もサクラちゃんも、複雑そうな顔をしているんだ。
「俺はもう大丈夫だ」
春香ちゃんの顔が曇った。
そう、彼女はさみしいのだ。
これほど仲良くなった黒むーが、いなくなってしまうことが。
「おい、いるんだろう?」
黒むーはひょっと顔を窓から外に出して誰かを呼んだ。
そしてその声に応えたのは。
「お主、やはり面白い」
黒様があの城で領主から助けた秘妖。
その登場に、さすがにオレも驚いた。
「春香、とはお前か」
春香ちゃんは驚いたようだが、なんとか首を縦に振った。
「お前の母親は優れた秘術師であった」
「母さんを知っているのか!?」
「ああ。あれほどの秘術師は知らない」
春香ちゃんの顔がぱぁっとあかるくなる。
「お前も、母と同じ潜在能力を感じる。
鍛錬さえ怠らなければ、母と同じか、それを超える力をつけることはできるだろう」
「本当か!?」
「ああ」
秘妖も嬉しそうに笑っている。
そして、黒様も、いつも通り分かりにくいけれど、
かすかに微笑んでいる。
春香ちゃんがさみしくないように、黒様はちゃんと考えていたんだ。
やはり優しい。
そしてその優しさがオレはーー恐ろしい。
「私、母さんを超えるくらい、すごい秘術師になるからな!
今度、この国に来た時には驚かせるから!!」
「ああ。
楽しみにしている」
春香ちゃんの言葉に、そう答える黒様。
胸がギュッと掴まれたような気がして、ぐっと唇をかんだ。
「ファイさん?」
まさか見られているなんて思わなかったから、サクラちゃんの声に驚く。
「どうかしたんですか?」
ちらりと黒様の方も見ているあたり、彼女の直感というか、観察力は侮れないと思う。
「なんでもないよ」
オレは上手に笑えているだろうか。
上手く嘘をつけているだろうか。
純粋無垢な瞳から、オレは咄嗟に目を逸らした。