黒紅
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今日もありがとうございます。
傷は痛みませんか?」
「はい」
鍛錬後、井戸端で汗を拭いていた所で声をかけられた。
答えてから、松影にじっと顔を見られ、気まずくて視線を逸らす。
「時々少し痛みますが、どうということはありません」
言ってからふと、自分がここにいる理由が無くなったことに気付いた。
傷が治るまでーーそれが期限だ。
残念に思う自分の心に首を振り、松影を正面から見つめる。
「明日には発ちます。
お世話になりました」
その言葉に緩く首を横に振ってからその人は微笑んだ。
「うちの子達もずいぶんお世話になりましたから、こちらこそありがとうございました」
この数日の稽古で、子ども達はまた一層強くなった。
その潜在能力には驚かされるが、これから先自分を追いかけてきてくれる剣に嬉しくもなった。
またそれが自分の強さにもなる事だろう。
そしえ自分の強さのために、聞きたきことがあった。
「あの、うかがいたいことがあるのですが」
その内容におおよそ見当がついたのだろう、どうぞ、と僕に背を向けて進んでいく。
通された部屋には書物が所狭しと積み上げられていた。
その隙間、文机の前に置かれた草臥れた座布団に松影は座り、もう一つ部屋の中頃に置かれた座布団を僕に勧めた。
「あなたが男として生きる理由はなんですか」
僕が正に問おうとしたことを先にといかけられ、口を噤む。
「僕は父の後を継ぐために男として育てられました」
松影はなるほどと一つ頷いた。
「そこに貴女の意志はない、と」
思わず言葉に詰まる。
吸い込まれる様な漆黒の瞳は、僕を責めるでも軽蔑するでもなく、ただじっと見詰める。
「男と偽ることで苦労が減ると、私は男の形 をする様になりました。
1人生きてゆくには女ではまだ辛い世の中。
野党に襲われにくくなり、人から頼られやすくもなる。
あなたも修行の旅に出られているならそれは痛感されているでしょう」
瞳の深い黒に引きずり込まれ、己の心の中へと入っていく様な錯覚に囚われる。
「私は自分の為に男になりました。
確かに己の性別を偽ってはいますが、それは不幸ではない。
多くの出会いと、優しさに救われてきたし、こうして救われている」
その言葉にはっとする。
「貴女にも出会えた」
穏やかに弧を描く目元に首を振る。
「僕は……何も、世話になってばかりで」
「貴女は大切な事を思い出させてくれましたよ」
静かな声なのに力があるのは、その人の持つ剣が強さなのか、心の強さなのか。
「私は男と偽っているが、女をやめたわけではない。
この世にこの身体で生まれた限り、やめられはしない。
自分が自分の性を忘れてはいけない、私は、私だけはこの女である私を、大切にしてあげなければ……」
そっと微かな胸の膨らみに重ねられた手は、やはりどう見ても女の美しいそれだ。
それはきっと、僕にも言えること。
「……僕も大切にしますよ」
ぽつりと言ってから、驚いた顔に見つめられて、なんだか急に照れ臭くなった。
でも目は逸らしてはならないと、もう一度その漆黒の瞳を見つめる。
「僕も、女である貴女を大切にします」
なんだか、まるでプロポーズの様だ。
相手もそう思ったらしく、一呼吸の後、2人で声を上げて笑った。
涙を拭きながら、僕達は手を取り合う。
「では私も女である貴女を大切にします。
これでお互い様ですね」
「はい」
月が見守る書斎。
その月影は、僕の進む道を、穏やかに照らしていくだろう。
傷は痛みませんか?」
「はい」
鍛錬後、井戸端で汗を拭いていた所で声をかけられた。
答えてから、松影にじっと顔を見られ、気まずくて視線を逸らす。
「時々少し痛みますが、どうということはありません」
言ってからふと、自分がここにいる理由が無くなったことに気付いた。
傷が治るまでーーそれが期限だ。
残念に思う自分の心に首を振り、松影を正面から見つめる。
「明日には発ちます。
お世話になりました」
その言葉に緩く首を横に振ってからその人は微笑んだ。
「うちの子達もずいぶんお世話になりましたから、こちらこそありがとうございました」
この数日の稽古で、子ども達はまた一層強くなった。
その潜在能力には驚かされるが、これから先自分を追いかけてきてくれる剣に嬉しくもなった。
またそれが自分の強さにもなる事だろう。
そしえ自分の強さのために、聞きたきことがあった。
「あの、うかがいたいことがあるのですが」
その内容におおよそ見当がついたのだろう、どうぞ、と僕に背を向けて進んでいく。
通された部屋には書物が所狭しと積み上げられていた。
その隙間、文机の前に置かれた草臥れた座布団に松影は座り、もう一つ部屋の中頃に置かれた座布団を僕に勧めた。
「あなたが男として生きる理由はなんですか」
僕が正に問おうとしたことを先にといかけられ、口を噤む。
「僕は父の後を継ぐために男として育てられました」
松影はなるほどと一つ頷いた。
「そこに貴女の意志はない、と」
思わず言葉に詰まる。
吸い込まれる様な漆黒の瞳は、僕を責めるでも軽蔑するでもなく、ただじっと見詰める。
「男と偽ることで苦労が減ると、私は男の
1人生きてゆくには女ではまだ辛い世の中。
野党に襲われにくくなり、人から頼られやすくもなる。
あなたも修行の旅に出られているならそれは痛感されているでしょう」
瞳の深い黒に引きずり込まれ、己の心の中へと入っていく様な錯覚に囚われる。
「私は自分の為に男になりました。
確かに己の性別を偽ってはいますが、それは不幸ではない。
多くの出会いと、優しさに救われてきたし、こうして救われている」
その言葉にはっとする。
「貴女にも出会えた」
穏やかに弧を描く目元に首を振る。
「僕は……何も、世話になってばかりで」
「貴女は大切な事を思い出させてくれましたよ」
静かな声なのに力があるのは、その人の持つ剣が強さなのか、心の強さなのか。
「私は男と偽っているが、女をやめたわけではない。
この世にこの身体で生まれた限り、やめられはしない。
自分が自分の性を忘れてはいけない、私は、私だけはこの女である私を、大切にしてあげなければ……」
そっと微かな胸の膨らみに重ねられた手は、やはりどう見ても女の美しいそれだ。
それはきっと、僕にも言えること。
「……僕も大切にしますよ」
ぽつりと言ってから、驚いた顔に見つめられて、なんだか急に照れ臭くなった。
でも目は逸らしてはならないと、もう一度その漆黒の瞳を見つめる。
「僕も、女である貴女を大切にします」
なんだか、まるでプロポーズの様だ。
相手もそう思ったらしく、一呼吸の後、2人で声を上げて笑った。
涙を拭きながら、僕達は手を取り合う。
「では私も女である貴女を大切にします。
これでお互い様ですね」
「はい」
月が見守る書斎。
その月影は、僕の進む道を、穏やかに照らしていくだろう。
