隠れ家
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それはふと気づいたことだった。
俺は監禁されていない。
隠し戸はいつも、鍵をかけられる様子はない。
相手は俺の名前を知り、攘夷志士である事は気づいたはずなのに。
隠し戸を開けてみると予想通りするりと開いた。
そのまま押し入れの戸も開けると、沢山の文机が綺麗に並べられた部屋に出た。
子どもの学ぶ場に直結する隠し書庫に匿うには、自分で言うのもなんだがあまりに無用心ではないだろうか。
室内を軽く物色するが、やはり俺が松下村塾にいたころのあの教室と変わらないものしか置かれていない。
部屋から出ると、廊下は庭に面していた。
人の気配は母屋の方だ。
夕焼けが赤く辺りを染める庭は手入れが行き届いており、家主の穏やかな性格が垣間見られた。
気配を消して母屋へと進む。
わいわいと子供たちの話し声と、薪のはぜる音、包丁がまな板を叩く音がする。
その全てが、懐かしい。
吸い寄せられるように炊事場を覗くと、4、5人の子どもと松影が楽しげに調理をしている。
襷掛けをして髪を纏め、子どもに囲まれながら包丁を握る姿はまるで、娘のようだ。
「せんせー味見してくれよ!」
「こいつ味噌が薄いって言うんです。
このくらいですよね?」
「ぜってー薄いって!」
「どれ……今朝も味噌汁を食べましたから、少し薄いくらいが健康にもいいでしょう」
「先生!人参切り終わりました!」
「おや、早い。
では私も急いで牛蒡を切ってしまいましょう」
鍋から湯。
弾む会話。
漂う香り。
思わず微笑んでしまった。
「おーい」
声を掛けると子どもたちは会話をぴたりとやめ、驚いたように俺を見ている。
気配を消していたからだろう。
ぽたりぽたりと水道の水が垂れる音。
ぱちぱちと薪のはぜる音だけが止まることを知らず、変わらず鳴り続けている。
松影はゆったりと振り返って微笑んだ。
「どうされました?お腹でも空きましたか?」
特に驚いた様子もない。
気配を消していても気付かれていたのだろう。
「手伝わせてはもらえないだろうか」
「足はいかがです?」
「もう治った。腕の良い医者のおかげだな」
ちらりと千切りにした人参を待つ水樹を見ると、むずむずと照れたように笑った。
だが直ぐに顔を引き締めて菜箸を片手に言う。
「確かに傷は塞がりましたが、まだ無理はいけませんよ!
傷は深かったんですから!」
「ああわかった。」
俺は炊事場に足を踏み込む。
子どもの頃に引き戻される錯覚に、緩く頭を振ってから、そこに立つもう1人の大人に問いかけた。
「さて、俺は何をしようか、先生 ?」
松影は少し驚いた顔をしてから、やはり穏やかに微笑んだ。
「では水樹と一緒に炒め物を頼みましょう」
子ども達の視線を集めながら、受け取った襷をかける。
鍋に油を薄く注ぎ、千切りした人参を入れる。
松影が同じく千切りにした牛蒡を持ってきたのであわせて入れる。
パチパチと油のはぜる音、香ばしい香りが漂う。
水樹から菜箸を借りて炒める。
その手つきを子どもたちが興味深く眺める。
その視線がおかしくて、頬が緩む。
「なんだ?」
炒め物に目を向けたまま、彼らに問う。
「お侍さんなのに上手。」
誰かがぽつりと言った。
「関係ないさ。
行きていくのに必要なことが出来ない方が問題だろう。」
ひとつ、ひとつとまた視線が離れていく。
そして元の通り、賑やかな調理場に戻った。
ここはあまりに温かい。
全てを満たされる気がする。
自分はここに来るために今までを過ごしてきたのではないかと錯覚してしまうほどに。
(良い学舎だな、ここも。)
微笑みが自然と溢れるのだ、ここは。
俺は監禁されていない。
隠し戸はいつも、鍵をかけられる様子はない。
相手は俺の名前を知り、攘夷志士である事は気づいたはずなのに。
隠し戸を開けてみると予想通りするりと開いた。
そのまま押し入れの戸も開けると、沢山の文机が綺麗に並べられた部屋に出た。
子どもの学ぶ場に直結する隠し書庫に匿うには、自分で言うのもなんだがあまりに無用心ではないだろうか。
室内を軽く物色するが、やはり俺が松下村塾にいたころのあの教室と変わらないものしか置かれていない。
部屋から出ると、廊下は庭に面していた。
人の気配は母屋の方だ。
夕焼けが赤く辺りを染める庭は手入れが行き届いており、家主の穏やかな性格が垣間見られた。
気配を消して母屋へと進む。
わいわいと子供たちの話し声と、薪のはぜる音、包丁がまな板を叩く音がする。
その全てが、懐かしい。
吸い寄せられるように炊事場を覗くと、4、5人の子どもと松影が楽しげに調理をしている。
襷掛けをして髪を纏め、子どもに囲まれながら包丁を握る姿はまるで、娘のようだ。
「せんせー味見してくれよ!」
「こいつ味噌が薄いって言うんです。
このくらいですよね?」
「ぜってー薄いって!」
「どれ……今朝も味噌汁を食べましたから、少し薄いくらいが健康にもいいでしょう」
「先生!人参切り終わりました!」
「おや、早い。
では私も急いで牛蒡を切ってしまいましょう」
鍋から湯。
弾む会話。
漂う香り。
思わず微笑んでしまった。
「おーい」
声を掛けると子どもたちは会話をぴたりとやめ、驚いたように俺を見ている。
気配を消していたからだろう。
ぽたりぽたりと水道の水が垂れる音。
ぱちぱちと薪のはぜる音だけが止まることを知らず、変わらず鳴り続けている。
松影はゆったりと振り返って微笑んだ。
「どうされました?お腹でも空きましたか?」
特に驚いた様子もない。
気配を消していても気付かれていたのだろう。
「手伝わせてはもらえないだろうか」
「足はいかがです?」
「もう治った。腕の良い医者のおかげだな」
ちらりと千切りにした人参を待つ水樹を見ると、むずむずと照れたように笑った。
だが直ぐに顔を引き締めて菜箸を片手に言う。
「確かに傷は塞がりましたが、まだ無理はいけませんよ!
傷は深かったんですから!」
「ああわかった。」
俺は炊事場に足を踏み込む。
子どもの頃に引き戻される錯覚に、緩く頭を振ってから、そこに立つもう1人の大人に問いかけた。
「さて、俺は何をしようか、
松影は少し驚いた顔をしてから、やはり穏やかに微笑んだ。
「では水樹と一緒に炒め物を頼みましょう」
子ども達の視線を集めながら、受け取った襷をかける。
鍋に油を薄く注ぎ、千切りした人参を入れる。
松影が同じく千切りにした牛蒡を持ってきたのであわせて入れる。
パチパチと油のはぜる音、香ばしい香りが漂う。
水樹から菜箸を借りて炒める。
その手つきを子どもたちが興味深く眺める。
その視線がおかしくて、頬が緩む。
「なんだ?」
炒め物に目を向けたまま、彼らに問う。
「お侍さんなのに上手。」
誰かがぽつりと言った。
「関係ないさ。
行きていくのに必要なことが出来ない方が問題だろう。」
ひとつ、ひとつとまた視線が離れていく。
そして元の通り、賑やかな調理場に戻った。
ここはあまりに温かい。
全てを満たされる気がする。
自分はここに来るために今までを過ごしてきたのではないかと錯覚してしまうほどに。
(良い学舎だな、ここも。)
微笑みが自然と溢れるのだ、ここは。