隠れ家
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先生、この人は誰ですか?
心の中で思わずそう問いかけたのは昨日のこと。
懐から取り出した「留魂録」。
先生が最後まで書き続けた、俺達への遺言だ。
(先生は、先生なりに人生の四季を終え、実を結んだとおっしゃった。)
思い出す鮮血に、小さく息を吐き出す。
(今は亡きあなたの志を受け継ごうと俺なりに必死に闘ってきたーーではあれは誰なんだ?)
容姿は似ており、血の繋がりがあると言われれば納得するだろう。
だが、その根本は。
(・・・まるで先生その人だ・・・)
その眼差しが、振る舞いが、今は亡き師を思い出させる。
思わず溜息をついて、揺れる蝋燭を見つめる。
子供の頃、こんな話を聞いたことがある。
世界はここ1つだけではない。
世界が交わる事はないが、また別の世界にも、己の魂と根本を同じとする人がいる、と。
ーそれは本当か先生。ー
ー交わる事はないって言ってんのになんでその世界のことを知ってるんだよ。
嘘じゃねェの?ー
ーいや、もしかしたら交わらなくても飛び越えることはできるかもしれないぞ。ー
ーどうやって飛び越えるんだ?
天人の道具でも使うっていうのか?ー
次第に熱くなる俺達を、先生は楽しそうに眺めていた。
とても穏やかな瞳で。
夢物語か何かだと思って、今の今まで記憶の奥底に沈み込んでいた。
だがまるでこの寺子屋の主は、その時に聞いた先生の魂と根本を同じとする別の世界の人の様だ、と思う。
俺は緩く頭を振った。
(いや、あれは御伽噺に過ぎない。)
机の上に置かれた1枚の半紙。
そこには治療をしてくれる水樹という少年に教えてもらった字が書いてある。
吉田
(先生と、一文字違いだ。)
「留魂録」を懐になおして布団に仰向けに転がる。
先生の詳しい歳なんて知らないが、少なくとも当時で俺よりも一回り以上は上だっただろう。
それを考えると松影は、歳の離れた兄弟か、あるいは甥か。
(何年も共にいたが、先生の家族の話なんて聞いたことがない。
・・・てっきり俺達と同じだと思っていた。)
あれこれ考えても、今持つ情報だけではとてもではないが答えには辿り着けそうにはなかった。
(仮に歳の離れた兄弟だったとして。
仮に親しくも生き別れたのだとして。
・・・なんだと言うのだろう。)
寝返りを打ち、机に背中を向ける。
足の傷がずきりと痛んだ。
先生の死に目に立ち会った俺のことを知ったら、どう思うだろうか。
弟子によって殺された、その最期を。
弟子によって、代わりに生かされた
穏やかな漆黒の瞳を思うと、その事実はどうにも語れそうにない。
俺はゆらりと体を起こした。
また足がずきりといたんだ。
それに奥歯を噛み締めて、手を伸ばし机の上に積んだ本を一冊手に取り、開く。
獄中においても勉学を欠かさなかった先生の教えが、身に染み付いてどうしようもない。