斬魄刀異聞過去編
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「咲、今日はお土産に草餅買ってきたよ」
咲の部屋の襖があいて、ふわりと影が差した。
「京楽。
また庭から入ってきたのか」
本を読んでいた咲は顔を上げ、困った顔をする。
「だって咲の部屋へは庭の方が近いからさぁ」
どさり、と隣に腰を下ろして包みを解く。
「気を遣ってくれなくていいのに」
「ボクが食べる口実さ」
咲は退院してからも自宅療養が言い渡された。
元字塾ではゆっくりできないからと、卯ノ花家に帰ることとなったのだ。
咲も元に、浮竹も京楽も毎日訪れる。
それが嬉しくもあり申し訳なくもある。
京楽の存在に気づいた侍女が茶を持ってきてくれた。
「んーうまい」
京楽は微笑む。
咲は菓子に手をつけずに、そんな彼に問いかけた。
「忙しいだろう?」
「そんなことないよ。
咲は何にも気にせずのんびりしていればいいの」
穏やかな微笑みに、咲は顔を暗くした。
「浮竹と同じ返事だ。
お前はゆっくり休めばいいんだ……って」
京楽は咲から目をそらし、宙を見つめる。
「烈様もお忙しそうだ。
いったい何が起きている?」
そんな京楽に咲は畳みかけた。
「確かに私の傷は深かったかもしれない。
だがもう完治している。
人員不足の今、私を任務から外す理由が分からない。
その上この屋敷には強固な結界が張られ、私は密かに見張られている」
「……だから嫌だったんだよねぇ、こういうの」
京楽は溜息をついてごろんと寝転んだ。
「誰の命令?
私が疑われてるの?
その割に待遇が良すぎる気がするが……」
咲の瞳が、京楽をじっと見おろす。
「さぁ」
手を伸ばしてのぞききこんでくる咲の髪の毛で遊ぶ。
艶やかなそれは自分のとは違ってまっすぐで柔らかい。
「教えて欲しいんだ。
今何が起きているのか」
京楽は口をつぐんだ。
しばらく考えてから目を閉じ、ごろんと咲に背中を向けるように横を向いて、尋ねた。
「浮竹には聞いたの?」
「この前聞いた」
「なんて?」
「教えられない、と」
「ならなんでボクにも聞いたの?
答えは同じだと想像できたはずだ」
「……そう聞かれるとは思わなかったな」
「答えてくれたら考えてあげてもいいよ」
咲は溜息をついて、天井を見上げた。
「嫌なものだな、腹の探り合いなんて」
「君が始めたんだろう」
京楽は畳を見つめてぽつりとつぶやく。
「そうだった」
咲はその背中をじっと見る。
「浮竹は教えられないことは絶対に教えない。
聞いても『教えない』としか答えない。
だが京楽は違う。
私を丸めこもうと誤魔化すだろう。
そこで何か聞き出せることに賭けた。
……だが思いのほか強敵だな。
顔色もうかがわせてくれないとは」
京楽は起き上がった。
だが振り返ることはない。
「君はいつの間にそんなに策士になったんだろうねぇ。
下手に言い訳しなくてよかったよ」
声こそは明るくふるまっているが、その表情は暗い。
するりと立ち上がった背中は、逆光で常よりも黒く見えた。
「京楽……」
「……明日、朽木隊長に伺ってみよう。
ボクだけで判断していいことではないからね。
御馳走さん」
そしてまた、庭へ出ていく。
慌てたような気配が追いかけ、躊躇うように止まった。
「待って」
絞り出すような咲の声に、京楽は足を止め、ようやく振り返った。
「……そんな顔しなさんな」
縁側までやってきた咲は柱に縋り悲しげに京楽を見つめてる。
まるで捨てられた子犬のようだ。
思わずその傍らまで戻ってきてしまう。
「……ボクが悪かったよ、咲」
言われた方は小さく首を振る。
「私が、もっと強くならなきゃいけないんだ……」
京楽は細い肩に両手をおいた。
「もういいんだ、無理するんじゃない。
君の力はもう十分だよ」
「そんなわけない。
私がもっと強ければ、響河殿をお守りできた。
もっと強ければ、響河殿を止めることもできた。
……何もかも自分でできたと思っているわけではない。
でも、私に強さがあれば、もっと変わっていたはずなんだ」
京楽は柱に爪を立てる咲の手をそっととり、その手を開かせた。
傷だらけの手を、そっと自分の手で包み込むように握る。
「悔やんでも変わらないのは確かだ。
君が強くなろうとするのも分かる。
……でも一人は駄目だ。
ボクも浮竹もいるんだからさ。
あまり寂しいことを言うもんじゃないよ。
君に話さないのだって、半分は君に辛い思いをさせたくないからなんだから」
咲はしばらくしてからようやくひとつ、頷いた。
「教えてください」
目の前で膝をついて頭を下げている部下は、ずいぶん久しぶりに見るような気がした。
(ずいぶんと痩せた)
これでも回復したというのだから、彼女の傷を思うと蒼純は胸が痛んだ。
だからこそ自宅療養を命じ、卯ノ花家の者たちに見張らせていた。
京楽や浮竹にも様子を見に行かせていた。
外から彼女の存在を悟られないよう、結界を張っていた。
もし彼女が響河の行動を知れば何をするか、最悪の事態も考えてもことだった。
そしてただの自宅療養ではないと悟った彼女が、今自分と隊長の目の前にいる。
「いいだろう。
お前にその覚悟があるのであれば」
銀嶺が静かに言った。
「よろしくお願い申し上げます」
深く下げられた頭。
隊長に目を向けられ、蒼純は目を伏せた。
今や、己が朽木を継ぎ、六番隊を継いでいかねばならない立場にある。
全てを代わっていた義弟は、もう謀反人なのだから。
そのためにも、蒼純が彼女に伝えねばならないと分かっていた。
このような苦しい役回りも、できるようにならねばならない。
いつまでも甘えてはいられない。
「響河は脱獄した夜に隊長格三人を殺害。
その後も恨みを持っていたと思われる隊士を次々と襲っている」
表を伏せたままの咲の表情は、蒼純にはわからない。
それが不安ではあるが、言い始めたからには最後まで伝えねばならない。
「その手は、隊士だけにとどまらない」
咲ははじかれたように顔をあげた。
「精霊挺内の一般市民も、攻撃対象になっている。
女や子どもでさえ」
「なぜそのような!」
蒼純は首を振った。
「私達にもわからないのだ、彼が考えていることは。
ただ、ひとつだけはっきりしているのは、彼はもう間違いなく罪人であるということ。
刀を持たぬ者をもう30人近く傷つけているのだから」
唇を噛む少女に、蒼純は目を閉じた。
彼女はこうしてまた血を流すのだと。
「何か質問は」
「……響河殿を止めるための部隊は組まれているのでしょうか」
予想通りの問いだった。
蒼純は一つうなずく。
「私と隊長で率いている。
刑軍に任せないのは、上なりの取り計らいだろう」
「お願いいたします」
咲は深く頭を下げた。
そして予想通りの行動をする咲に蒼純は目を細め、辛そうな表情をした。
銀嶺は眉をひそめ、渋い顔をする。
「私を、その部隊に入れてください」
床に擦りつけられる頭。
彼女の気持ち、思いだ。
せめて響河を諌めたいとでも思っているのだろう。
哀れだと思う一方、蒼純は彼女を登用するリスクとメリットを天秤にかけていた。
「やめておいた方がいい。
君は苦しむだけだ」
「それでも、響河殿は私の上司です。
上司を止めるのも、部下の務め」
「違う。
彼はもう、君の上司ではない。
ただの罪人だ」
蒼純の声は、絞り出すようなもので、咲に負けず苦しげだった。
「それでも」
「明翠もこれ以上君が傷つくことは望んでいない」
「それでも、どうか」
「だめだ」
「お願い申しあげます」
彼女は頑なで、そして強く正義に満ちた心を持つ。
そんなところは、今は呼ぶことさえ許されない義弟に似ていると、そう思っていた。
だが彼女は強い。
更木で踏まれ揉まれた彼女は、獣のようだ。
「よかろう」
隣の銀嶺の声に、蒼純は振り返る。
相手は冷徹さの中にも同情を滲ませた瞳を咲に向けている。
「お前を響河捕縛部隊に任命する。
だが、お前は六番隊隊士、蒼純の部下だ。
響河の部下ではないことを肝に銘じておけ。
よいな」
「はい」
咲は頭を下げた。
「我身を落としても、平穏無事な世の中を取り戻す所存でございます」
頭を床にこすりつけるまだ小さな姿から目を逸らしかけた蒼純は、その視線を彼女に戻す。
彼女の苦痛の全てを目に焼き付けねばならないと改めて覚悟したのだーー彼女の口から出た言葉が、今は罪人として彼女が追うべき義弟が総隊長に誓った言葉だと、彼は知っていた。
咲の部屋の襖があいて、ふわりと影が差した。
「京楽。
また庭から入ってきたのか」
本を読んでいた咲は顔を上げ、困った顔をする。
「だって咲の部屋へは庭の方が近いからさぁ」
どさり、と隣に腰を下ろして包みを解く。
「気を遣ってくれなくていいのに」
「ボクが食べる口実さ」
咲は退院してからも自宅療養が言い渡された。
元字塾ではゆっくりできないからと、卯ノ花家に帰ることとなったのだ。
咲も元に、浮竹も京楽も毎日訪れる。
それが嬉しくもあり申し訳なくもある。
京楽の存在に気づいた侍女が茶を持ってきてくれた。
「んーうまい」
京楽は微笑む。
咲は菓子に手をつけずに、そんな彼に問いかけた。
「忙しいだろう?」
「そんなことないよ。
咲は何にも気にせずのんびりしていればいいの」
穏やかな微笑みに、咲は顔を暗くした。
「浮竹と同じ返事だ。
お前はゆっくり休めばいいんだ……って」
京楽は咲から目をそらし、宙を見つめる。
「烈様もお忙しそうだ。
いったい何が起きている?」
そんな京楽に咲は畳みかけた。
「確かに私の傷は深かったかもしれない。
だがもう完治している。
人員不足の今、私を任務から外す理由が分からない。
その上この屋敷には強固な結界が張られ、私は密かに見張られている」
「……だから嫌だったんだよねぇ、こういうの」
京楽は溜息をついてごろんと寝転んだ。
「誰の命令?
私が疑われてるの?
その割に待遇が良すぎる気がするが……」
咲の瞳が、京楽をじっと見おろす。
「さぁ」
手を伸ばしてのぞききこんでくる咲の髪の毛で遊ぶ。
艶やかなそれは自分のとは違ってまっすぐで柔らかい。
「教えて欲しいんだ。
今何が起きているのか」
京楽は口をつぐんだ。
しばらく考えてから目を閉じ、ごろんと咲に背中を向けるように横を向いて、尋ねた。
「浮竹には聞いたの?」
「この前聞いた」
「なんて?」
「教えられない、と」
「ならなんでボクにも聞いたの?
答えは同じだと想像できたはずだ」
「……そう聞かれるとは思わなかったな」
「答えてくれたら考えてあげてもいいよ」
咲は溜息をついて、天井を見上げた。
「嫌なものだな、腹の探り合いなんて」
「君が始めたんだろう」
京楽は畳を見つめてぽつりとつぶやく。
「そうだった」
咲はその背中をじっと見る。
「浮竹は教えられないことは絶対に教えない。
聞いても『教えない』としか答えない。
だが京楽は違う。
私を丸めこもうと誤魔化すだろう。
そこで何か聞き出せることに賭けた。
……だが思いのほか強敵だな。
顔色もうかがわせてくれないとは」
京楽は起き上がった。
だが振り返ることはない。
「君はいつの間にそんなに策士になったんだろうねぇ。
下手に言い訳しなくてよかったよ」
声こそは明るくふるまっているが、その表情は暗い。
するりと立ち上がった背中は、逆光で常よりも黒く見えた。
「京楽……」
「……明日、朽木隊長に伺ってみよう。
ボクだけで判断していいことではないからね。
御馳走さん」
そしてまた、庭へ出ていく。
慌てたような気配が追いかけ、躊躇うように止まった。
「待って」
絞り出すような咲の声に、京楽は足を止め、ようやく振り返った。
「……そんな顔しなさんな」
縁側までやってきた咲は柱に縋り悲しげに京楽を見つめてる。
まるで捨てられた子犬のようだ。
思わずその傍らまで戻ってきてしまう。
「……ボクが悪かったよ、咲」
言われた方は小さく首を振る。
「私が、もっと強くならなきゃいけないんだ……」
京楽は細い肩に両手をおいた。
「もういいんだ、無理するんじゃない。
君の力はもう十分だよ」
「そんなわけない。
私がもっと強ければ、響河殿をお守りできた。
もっと強ければ、響河殿を止めることもできた。
……何もかも自分でできたと思っているわけではない。
でも、私に強さがあれば、もっと変わっていたはずなんだ」
京楽は柱に爪を立てる咲の手をそっととり、その手を開かせた。
傷だらけの手を、そっと自分の手で包み込むように握る。
「悔やんでも変わらないのは確かだ。
君が強くなろうとするのも分かる。
……でも一人は駄目だ。
ボクも浮竹もいるんだからさ。
あまり寂しいことを言うもんじゃないよ。
君に話さないのだって、半分は君に辛い思いをさせたくないからなんだから」
咲はしばらくしてからようやくひとつ、頷いた。
「教えてください」
目の前で膝をついて頭を下げている部下は、ずいぶん久しぶりに見るような気がした。
(ずいぶんと痩せた)
これでも回復したというのだから、彼女の傷を思うと蒼純は胸が痛んだ。
だからこそ自宅療養を命じ、卯ノ花家の者たちに見張らせていた。
京楽や浮竹にも様子を見に行かせていた。
外から彼女の存在を悟られないよう、結界を張っていた。
もし彼女が響河の行動を知れば何をするか、最悪の事態も考えてもことだった。
そしてただの自宅療養ではないと悟った彼女が、今自分と隊長の目の前にいる。
「いいだろう。
お前にその覚悟があるのであれば」
銀嶺が静かに言った。
「よろしくお願い申し上げます」
深く下げられた頭。
隊長に目を向けられ、蒼純は目を伏せた。
今や、己が朽木を継ぎ、六番隊を継いでいかねばならない立場にある。
全てを代わっていた義弟は、もう謀反人なのだから。
そのためにも、蒼純が彼女に伝えねばならないと分かっていた。
このような苦しい役回りも、できるようにならねばならない。
いつまでも甘えてはいられない。
「響河は脱獄した夜に隊長格三人を殺害。
その後も恨みを持っていたと思われる隊士を次々と襲っている」
表を伏せたままの咲の表情は、蒼純にはわからない。
それが不安ではあるが、言い始めたからには最後まで伝えねばならない。
「その手は、隊士だけにとどまらない」
咲ははじかれたように顔をあげた。
「精霊挺内の一般市民も、攻撃対象になっている。
女や子どもでさえ」
「なぜそのような!」
蒼純は首を振った。
「私達にもわからないのだ、彼が考えていることは。
ただ、ひとつだけはっきりしているのは、彼はもう間違いなく罪人であるということ。
刀を持たぬ者をもう30人近く傷つけているのだから」
唇を噛む少女に、蒼純は目を閉じた。
彼女はこうしてまた血を流すのだと。
「何か質問は」
「……響河殿を止めるための部隊は組まれているのでしょうか」
予想通りの問いだった。
蒼純は一つうなずく。
「私と隊長で率いている。
刑軍に任せないのは、上なりの取り計らいだろう」
「お願いいたします」
咲は深く頭を下げた。
そして予想通りの行動をする咲に蒼純は目を細め、辛そうな表情をした。
銀嶺は眉をひそめ、渋い顔をする。
「私を、その部隊に入れてください」
床に擦りつけられる頭。
彼女の気持ち、思いだ。
せめて響河を諌めたいとでも思っているのだろう。
哀れだと思う一方、蒼純は彼女を登用するリスクとメリットを天秤にかけていた。
「やめておいた方がいい。
君は苦しむだけだ」
「それでも、響河殿は私の上司です。
上司を止めるのも、部下の務め」
「違う。
彼はもう、君の上司ではない。
ただの罪人だ」
蒼純の声は、絞り出すようなもので、咲に負けず苦しげだった。
「それでも」
「明翠もこれ以上君が傷つくことは望んでいない」
「それでも、どうか」
「だめだ」
「お願い申しあげます」
彼女は頑なで、そして強く正義に満ちた心を持つ。
そんなところは、今は呼ぶことさえ許されない義弟に似ていると、そう思っていた。
だが彼女は強い。
更木で踏まれ揉まれた彼女は、獣のようだ。
「よかろう」
隣の銀嶺の声に、蒼純は振り返る。
相手は冷徹さの中にも同情を滲ませた瞳を咲に向けている。
「お前を響河捕縛部隊に任命する。
だが、お前は六番隊隊士、蒼純の部下だ。
響河の部下ではないことを肝に銘じておけ。
よいな」
「はい」
咲は頭を下げた。
「我身を落としても、平穏無事な世の中を取り戻す所存でございます」
頭を床にこすりつけるまだ小さな姿から目を逸らしかけた蒼純は、その視線を彼女に戻す。
彼女の苦痛の全てを目に焼き付けねばならないと改めて覚悟したのだーー彼女の口から出た言葉が、今は罪人として彼女が追うべき義弟が総隊長に誓った言葉だと、彼は知っていた。
