斬魄刀異聞過去編
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「咲!」
一番隊舎を出たところで呼ばれ、咲は振り返る。
その肩を大きな手が強くつかみ、痛いのにその温もりにほっとした。
「傷は?
まだ面会謝絶の状態だろう、なぜ出歩いているんだ?
顔色が悪いじゃないか!
この手、どうしたんだ、ひどい怪我じゃないか!」
必死な顔をした浮竹だった。
あまりに立て続けに質問するものだから、思わず笑ってしまった。
「大丈夫。
……ちょっと怪我しただけ」
「無理はいけない」
心配そうにのぞきこむ鳶色の瞳に、笑いかける。
「浮竹もだよ」
まだ包帯が巻かれた浮竹の腕をそっと肩から外し、撫でてから手を離した。
「京楽の奴も心配している。
……ようやく反乱の方は片が着いたんだ。
休みを取ろう。
今度は甘味でも食べに行こうじゃないか」
「うちの隊士を口説くのは他でしないかい?
浮竹十五席」
穏やかでどこか嬉しそうなからかいの言葉に、浮竹はぱっと頬を赤らめ咲から手を離し一歩離れる。
「蒼純副隊長!
ち、違います、俺は」
「いいよ冗談だ。
それに、否定するとまるで認めているように見えるよ」
困ったように黙り込む若者に、蒼純は楽しげに笑う。
安堵したような表情は、咲の表情が隊首会の時に比べ落ち着いているからだろう。
若いなぁ、と言いながら四楓院と李玖楼が隣を通り過ぎ、浮竹は更に顔を赤くする。
「だが彼の言うとおりだ。
休みなさい、卯ノ花。
退院後一週間の療養を命じる」
「ですが!」
「反乱も落ち着いたんだ。
焦ることはない。
……例の件は私達に任せなさい。
君は充分すぎるほど働いた。
まずは卯ノ花隊長の許可が下りるまで入院だ。
完治するまで復帰は禁止する」
穏やかな笑顔に押され、咲は小さくうなずいた。
「……申し訳ありません」
蒼純も一つうなずく。
「しっかり療養するように。
浮竹十五席、たまには卯ノ花を外に連れ出してあげてくれるかい?
ふさぎがちでいけない」
「はい!」
まだ赤らんだ顔の浮竹が背筋を伸ばして返事をした。
満足したように頷いて、蒼純は隊舎へと帰っていく。
「四番隊まで送ろう」
「ありがとう」
浮竹は人事にかかわる仕事が多い。
どの隊の誰が怪我をした、死亡した、そして反旗を翻したかの情報が毎日のように集まってくる。
そしてそれを整理し、もっともよいパフォーマンスを発揮できる人員配置をおこなうのが仕事だ。
だからこそ、今回の響河の件もすぐに知った。
「響河殿は……」
咲が蒼い顔をしたまま、ぽつりと言った。
「……もう、もどっては来られないのだろうか」
浮竹は視線を足元に下げたまま、少しだけ考えた。
「そうだろうな。
……例え帰ってきたとしても、処刑されるだろう。
罪は重い」
辛そうな顔をしながらも嘘偽りなく話してくれる彼は、優しいと思う。
嘘をつく方が楽なこともあるだろうに、と。
「私はあの方が分からなくなってしまった」
咲は包帯を巻かれた手をじっと見た。
「何をなさるか、見当がつかない」
そしてそっと腹の傷に手を当てる。
「村正殿のあの優しい手が、私を貫いたんだ」
浮竹は辛そうに目を細めた。
「……なんだか嫌な予感がする」
「……義父上」
ようやく姿をみつけた息子は、思ったよりもずっとやつれた顔をしていた。
頬はこけ、目の下には濃い隈がある。
「響河、私が何を言いたいか分かるか。
なぜあのようなことをした。
何故奴らを切った」
それは響河を陥れた3人の隊長だ。
彼らは響河が脱獄した一昨日の夜、彼によって殺されたのだ。
「奴らが私を裏切ったから。
それでもまだ私を裏切ったことを苦々しく思っていると信じていた。
しかし笑っていたのです。
そんな奴を切っても、裏切られた心の寂しさはなくならないのです。
一体私はどうしたら……」
弱り切ったその様子に、銀嶺は視線を厳しくした。
「お主は潔白を証明するすべを完全に失った。
疑いをかけられた時点で、振り返り謹慎しておけばよかったものを」
「謹慎、何故私が。
何もしていなかったのに!」
「お前は、何を求めた?
皆がお前を信頼し、尊敬することか?
そのようなことができるはずがない。
霊王でさえ、今回のように反発を買うこともある。
お前ごときが何を望んで居るのだ」
「違う!私は、私はただ義父上に」
「動機があったとしても、お前は刀を抜かぬものを斬るという大罪を犯した。
お主は処刑されるであろう。
奢りが過ぎたのだ。
それゆえ、目の前の大切にしなければならない者を傷つける」
響河の脳裏に志波と咲の倒れ伏した姿がよみがえる。
村正を握る手がカタカタと震えた。
己を御しきれぬ恐怖と、村正の力への恐怖と、そして自分を憎む者たちへの怒りに。
「銀嶺、お前もあいつらの同類だ!
俺に近づいて!」
義父と慕った隊長に刃を振り上げる。
もう自分は戻ることができないのだと、踏み外してしまった道を、また一歩進む。
銀嶺はその刃をよけながら畳みかける。
「では、お前に付けた部下はどうなる?
お前の刃を受け、死した志波を。
お前を止めようとして貫かれた卯ノ花を、どうしてくれよう」
「黙れッ!!」
怒りのこもった刃は銀嶺に届くことがない。
全てが避けられ虚しさと苛立ちばかりが募る。
「お前に忠義を尽くし、愚かな上司を止めんがために歯向かったのじゃろう。
心身ともに傷は深い」
「っ!!
どうせあんたも俺の力が羨ましいのだろう!
囁け村正!」
現れた村正が苦々しげに銀嶺を睨んだ。
彼を一目見て、己の術が利かないことを理解したからだ。
銀嶺もソウルソサエティ内で数えるほどしかいない、心を閉ざして戦う術を身につけている一人。
響河もそれを思い出すと舌打ちをして、牽星箝を切り捨てた。
「お前を殺るのは最後にしてやろう。
斬りたい連中は山のようにいるからな」
そして掻き消えるように消えていった。
銀嶺はじっと地面に落とされた牽星箝を見つめていた。
己が婚儀に際して送ったものだ。
あの日の響河は表情を引き締めて言ったはずだった。
ー本日より朽木一族の繁栄に向け鋭意努力致しますー
そのとなりで嬉しそうに明翠と蒼純が微笑んでいた。
いつしかそこに月雫も混じるようになり、朽木家の未来が、若者たちによっていよいよ形になっていこうとしていたのだ。
それは今や、ただの温かく美しい記憶になってしまった。
ー違う!私は、私はただ義父上にー
思わず遮った響河の言葉が蘇る。
彼が自分に求めたものは理解しているつもりだった。
だから多くの信頼もよせ、その期待から叱責もした。
彼を自分の後任とするため、多くを学ぶ機会を与え、足らぬ部分は必死に学ばせるよう仕向けた。
人を束ね多くを守る立場になった時に後悔せぬよう、取り返しのつかないことにならないよう、弱いままの彼ではならないと、今こそ踏まれ踏まれて悔しさを力にさせようとーー
「お前の心はどこに行ってしまったのだ、響河」
銀嶺の噛み締めるような呟きは、風に消えていった。
