斬魄刀異聞過去編
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明翠に見送られ、響河と咲は朽木邸を出た。
響河はやはり機嫌が悪い。
これは疲れがたまっていることだけが原因ではない。
きっとまた、銀嶺とうまくいかなかったのだろう。
「銀嶺殿はどんなに功績を上げようと認めない。
むしろ卑下しているようにすら見える」
荒々しく早い足取りに、咲は小走りでついていく。
余裕のある穏やかな足取りだった昔を懐かしむことはもうやめた。
「それだけ期待されてのことでしょう」
「……本当にそうだろうか」
彼の腹の内には、きっと一つの疑惑があるのだ。
明翠の不安が的中しているのである。
自分が朽木家の次期当主で無くなってしまうということ。
それは響河にとって、部隊長としての正しい判断を鈍らせるほどの重大な問題だった。
これが反乱の末期でさえなければ耐えられただろう。
過労を極めている今だからこそ、精神的に堪えるのだ。
「私のような者には解りませんが、期待を背負うにはお辛いこともおありでしょう」
「……自分がそれに合う器ではないからやもしれぬ」
「そんなことはございません!」
咲は驚いて足を止めて大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえ俯く。
響河も2、3歩進んでから止まって振り返った。
「響河殿は必ずや上に立つお方。
時期や運などはあるかもしれませんが、待ってさえおられれば、きっと自然にその時は訪れるはずです。
ですから……」
咲は少しだけ口ごもってから、小さい声になって続けた。
「……一人で殲滅に行くのはおやめください。
気が気ではございません」
まさか平隊士に心配されるとは思いもしなかったのだろう。
響く河は目を瞬かせた。
「私の力は知っているだろう」
「存じ上げております。
ですが、それでも、心配は……心配です」
恥ずかしそうに俯く咲が面白いのか、響河は声をあげて笑った。
ずいぶんと久し振りに、笑った。
響河にとって、咲は実力以外何も持たぬ者だった。
貴族という誇りも、しがらみも。
真っ直ぐな性格も好感が持てた。
それ故自己と比較して苦しむ時もあるが、それでもやはりーーやはり誰よりも可愛い部下だった。
「悪かったな」
大きな手が咲の頭をかいぐった。
ここ最近は褒めてやっていなかったと、ふと思う。
こうして頭を撫でてやったのもいつ振りだろうか、と。
志波家を襲うための陽動として彼女が襲われ、生きて帰った時も忙しくて話しそびれていた。
たった3人の隊士で上位席官15人を倒し、うち1人を生け捕りにするなど、自隊の席官を3人そろえても難しいかもしれない。
それをやってのけたのに、それに対して一言も声をかけていなかった、とようやく思い出した。
それができないほど、毎日慌ただしいともいえる。
そして彼女には素の自分でぶつかってしまう分、辛い思いもさせてしまっただろうとも。
「もうしないさ。
隊長助役殿に叱られてしまうからな」
その言葉に咲の目は驚きに見開かれ、そして照れたようにくしゃりと笑う。
その全てがスローモーションのように、響河には見えた。
血生臭い現実から切り取られた、そこだけ陽だまりのような時間。
響河はいつもよりも少しだけ、長く頭を撫でてやった。
「最後だ、これが最後!」
響河はそう言って、傷だらけの咲達部下を励ました。
「これを片付ければ、終わりだ!」
だから咲達は必死に戦った。
痛む身体に鞭うって、殲滅した。
訪れる平安を夢見て、必死に。
全ての敵を倒した。
あたりに血の匂いが濃く、響河と志波と咲はどこかぼうっとしていた。
ようやくこれですべてが終わったのだと、実感がなかなかわかない。
「これで反乱分子は全て抑えましたよ!」
「やりましたね響河殿!」
隊士のその言葉に、初めて3人は我に返った。
「終わりです、これで終わりですよ!」
喜ぶ部下に、響河が思わず苦笑を洩らし、そしてその部下に歩み寄ろうとした時だった。
響河は目を見開く。
その部下が切り捨てられ、息絶えたのだ。
あたりを見回せば、生き残った部下の半数以上が、響河達3人を取り囲んで刀を向けており、そうでない隊士は一瞬で斬り殺された。
「お前達……」
戸惑う響河を庇うように、志波が響河の背後に回り、咲が前に出た。
響河が精神的に追い詰められていることを2人は理解していたし、そんな彼の盾になるべきだとも思っていた。
「朽木響河、お前はこの内乱で死ぬというのが我々の筋書きだ」
八席が笑った。
ともに殲滅に向けて戦っていたはずの、彼が。
「もちろん、お前達もだ」
そして彼の目が、軽蔑するように咲と志波を見る。
「かかれ!」
「お逃げください!」
咲は叫び、男達の刀を受け止める。
「馬鹿な……」
「お気を確かにッ!!」
なおも戸惑いを隠しきれぬ響河に、志波が怒鳴る。
それでも響河は放心状態のままだった。
「お前は響河殿とともに行け!
銀嶺殿に援軍を!」
彼が囮を務めるというのか。
多勢に無勢。
時間稼ぎにしかならず、彼が死ぬことは目に見えている。
それでもその役を買って出るという。
(嫌だ!)
心ではそれに抵抗するけれど、それに抗えば響河は死ぬだろう。
没落しても引き立ててくれた響河に、志波がどれ程の恩義を感じていたことか。
身近で見ていた咲だからこそ、彼の命令には背けなかった。
一瞬の間の後、咲は頷く。
「行きましょう、響河殿!」
二人の足は速い。
六番隊舎に戻ってから援軍を連れてくるのに三十分あれば充分のはずだ。
急げば急ぐだけ、志波の生存率も上がる。
急かす咲に、裏切った隊士たちは刃を向けた。
「早くそいつを黙らせろ!!」
「決して逃がすな!!」
怒号を上げながらに襲いかかる隊士達。
「響河殿!!」
その腕を引こうとする咲を、響河は勢いよく払った。
「お義父上など……お義父上の援軍等、いらん!」
咲は志波を振り返り指示を仰ぐ。
志波は唇を噛み締め、顎をしゃくって咲独りで行けと示した。
咲は頷くと、六番隊へと走り出す。
敵はそれに気づき咲に集中して襲いかかるが、それを斬り返すことは今、得策ではない。
「何をしている!
ためらうな!」
どなりながら響河は敵を切り倒し、咲の方へと助太刀に走る。
「なりません、これは罠です!」
意識が逸れた咲は敵跳ね飛ばされ、地面に転がった。
回る視界に頭を振る。
「しっかりしろ卯ノ花!」
志波が叫ぶ。
「殺せ!」
起き上がり、襲いかかる敵の刀を受け止めた瞬間。
「……ぁッ!!」
一本の刀が咲の背中を切り裂いた。
「卯ノ花っ!!!」
志波と響河が青ざめる。
「響河……殿、お逃げ……」
咲の身体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。
血だまりが広がっていく。
「嘘だ……」
掠れた声でそう呟く響河は、一歩咲に近づく。
「おい……立てよ、卯ノ花。
こんなもんでやられる奴じゃないだろお前は……お前は……」
「お気を確かに!響河殿ッ!!」
ふらりとよろめく響河の腕を志波が取るも、彼にその声は届かないし、気付いてさえいない。
響河の中で、最後の糸が切れた。
美しかった緑の瞳は、見開かれ血走り、正気とは思えない。
その気迫に押され、志波は思わず手を離し、2、3歩後退する。
だがすぐに拳を握り締める。
ここで自分が彼を止めねば誰が止めると言うのだろう。
志波家に続き朽木家まで罪を犯すとなれば護廷は大きく揺らいでしまうに違いない。
昔からの付き合いで、子供の頃からずっと追いかけてきた銀嶺や蒼純の背中が思い起こされた。
そして彼らよりもずっと直情的で人間臭い響河の、あの勝ち気な笑顔ーー同じ朽木の名を背負うにしては確かに不釣り合いかも知れなかったが、それでも志波は彼のことも心から敬愛していたし、彼の為であれば命でさえ賭ける覚悟はできていた。
そしてまた切られた部下もそうだったにちがいないと、志波は確信していた。
これ以上、貴族の誇りを、繋がりを、心を、壊されるわけにはいかない。
「響河殿!!
あいつの思いを無駄にしないでくれ!!!」
「お前は俺を守るんだろ!!
そう約束したじゃないかッ!!!」
2人の悲鳴のような声が重なった。
悲しくもどちらの声も、届けたい相手の返事はない。
「
青い煙の中に村正が現れる。
ぽとり、と懐から妻がくれた勝守りが落ちたことに、響河は最早気付くことさえなかった。
「笑止」
響河を取り囲む隊士達の目の前に実体化した斬魂刀が現れる。
「こいつらいったい何者だ……」
響河の目は、怒りに燃えている。
「初めて見るだろう。
実体化した貴様らの斬魂刀だ。
私の声によって斬魂刀の本能を呼び出した。
貴様らは自らの斬魂刀の刃にかかって死にゆくのだ」
志波の目の前にも実体化した斬魂刀は当然現れていた。
「響河殿!
あいつの……卯ノ花の死を無駄にするおつもりですかッ!!!」
いくら訴えようと上司の耳に届くことはない。
志波は疲れ果て霊圧の尽き果てた身体に鞭打って刀を構える。
この惨事を生き延びねば、せめて自分が真実を語らねば、響河は本当にただの反逆者へと陥れられてしまう。
広がる血溜まりに伏す少女が逆の立場でもきっと、同じように刀を取ったはずだ。
どんなに勝ち目のない戦いでも、諦めないその小さくも強い背中が蘇る。
(お前がそうしただろうに、俺が諦めるわけにいかねぇだろ……なぁ、卯ノ花。
……お前の心、確と受け取ったッ!!!)
