斬魄刀異聞過去編
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先日の浮竹、京楽、咲が陽動として使われた戦いでは多くの死者が出た。
それに続いて流魂街や精霊挺内のそこここで反乱因子の最期の足掻きとも取れる内乱が勃発している。
お陰で落ち着いて寝る間もなく、多くの隊士が仮眠室で寝泊まりしている状態だ。
志波家は反乱因子への関与により、没落へと追い込まれた。
五大貴族が四大貴族へと変わったのである。
護挺には大きな波紋が広がった。
斬って斬って斬り倒す。
それが咲の仕事だ。
響河の手を煩わせぬよう、志波たちの手を煩わせぬよう、人一倍血を被る。
「志波殿、こちらは片付きました!」
「おう、こっちもだ」
志波朱鷺和は兄との戦いで負傷し、1週間入院した。
元柳斎が彼の働きを評価し、家は取りつぶしになったものの、除隊することなく引き続き六番隊に残ることになった。
席も据え置きだ。
この人員不足の今、正しい采配であったといえる。
だが一般隊士からの風当たりは相当強いようだ。
元よりその才能ゆえ嫉妬されていたことも一因だろう。
今や彼は下流貴族ですらないのだ。
彼は以前よりも寡黙になり、鍛錬に励むようになった。
「響河殿は?」
志波の問いかけに咲は首を振る。
「申し訳ありません、私の力不足でまた御一人で……」
渋い顔をする志波に咲は頭を下げる。
「すぐに探して参ります」
最近、響河は敵を殲滅するために単独で動きがちだ。
それも何の相談もなく、突発的に。
前は咲とともに敵を倒していたのに、彼女の存在を忘れたように刀を振るう。
響河の斬魂刀の特性上、他の隊員に影響を及ぼす可能性もあり、元柳斎からも厳重注意を受けたところなのだ。
「待て」
咲はその一言で志波のもとへと舞い戻る。
彼女の腕を見て、志波は眉を寄せた。
「怪我したな?」
「こんなのかすり傷です」
怪我を隠すように腕を背中にまわすが、血がぱらぱらと地面に散った。
眉を顰める志波がその手を取り袖を捲くれば、肩から大きく切り裂かれていた。
どくどくと血があふれている。
響河が斬魄刀を解放した際にその影響域に居た隊士を庇った時に斬り付けられた傷だ。
「何がかすり傷だ馬鹿者!
すぐに治療してもらえ!」
予想外の罵声に咲は慌てて逃げ出そうとした。
「いっ!!!」
でもその手が握られたままで痛み、思わず悲鳴を上げる。
志波は慌てて手を放した。
ばつが悪そうな顔に、咲は首を振る。
「悪い。
その……なんだ」
志波は何かを言いかけ、そっぽを向いた。
がしがしと頭を掻いている。
「お前のせいではないから、あまり気負うな」
そして響河が一人で行ってしまった方へと駆けて行った。
咲も我に返って四番隊へと走る。
だがそのペースは普段よりも遅い。
いつものスピードを出そうとも思えなかった。
体力的にも、精神的にも、かなり限界に近いのだ。
志波は丸くなったのか刺々しくなったのか分からない、と咲は思う。
咲に対して貴族でないからと人一倍睨んでいた彼だが、彼自身が五大貴族でありながら家庭内で裏切り者が出た。
今回のことは相当精神的にも堪えたはずだ。
そのせいだろうか、今日のように気遣いにも見える行動をすることもある。
響河が荒れている分、彼の心遣いに支えられている面があるのは間違いない。
(いつか、もう少し穏やかな関係を築けるだろうか)
四番隊へと走りながら、咲はそんなことを考えた。
「大事ないか」
四番隊士が治療を粗方終えて痛み止めの薬を取りに席を外すと、急に隣から声が聞こえて驚いて見上げた。
村正が腕を組んで見下ろしていた。
討伐は終わったらしい。
彼は響河が荒れていても穏やかだ。
斬魂刀は所持者の一部だというのに、不思議である。
「は、はい。
もうこの通りです」
綺麗に塞がった傷口を見せると、彼は納得したように頷いた。
彼がここにいると言うことは、先の戦闘は落ち着いたということなのだろう。
「……悪かったな」
咲は恐縮して首を振った。
響河の機嫌は最近あまり良くない。
ここ数日で更に悪くなってきている気さえする。
すぐそばで戦う咲には、彼のその機嫌の悪さが直で被害につながる。
彼が不安定になった原因を探り、対処しなければ、特別部隊の機能を失いかねない。
原因の解決をしなければと思いつつも、咲はその疲労感からぼうっと村正を見上げていた。
「村正殿の瞳は……美しいです」
唐突な言葉に村正は片眉をあげて不思議そうな顔をした。
「ラムネという飲み物をご存じですか」
「知らぬ」
「庶民の飲み物です。
村正殿の瞳は、その瓶の中でカラカラとかわいらしくなる、ビー玉にそっくりです」
そんなかわいらしいものに例えられることなどなく、あまりに新鮮な言葉に村正は頬を淡く染めた。
自覚しているのか、ふいっと顔を背ける。
「……それでは今度、それを飲ませてくれないか」
「はい。
次に外に出ることがあればお土産に買ってまいります。
冷やして飲むと甘くてしゅわしゅわして、それはおいしいのですよ」
どこか夢物語のようだ、と思う。
この反乱が終わって、穏やかな世界が来たら、きっとその時には明翠や響河も一緒になって、ラムネを飲めるのだろう。
(なんて子ども染みた……)
ふうっと意識が遠のいた咲を村正は抱きとめ、そのまま横たえた。
「すまぬ」
そっとやつれた頬にかかる乱れた髪を爪先で避ける。
村正はこの少女のような部下を気に入っていたし、彼が気にいると言うことは主人である響河も当然気に入っていた。
だが彼女の声さえ届きにくい程彼の主人の心は荒んでいた。
原因は明白だ。
まだ公にはされていないが、親族の耳には入っている。
朽木家長男蒼純の妻、月雫の懐妊だ。
響河には不思議と、その子が男の子であると言う漠然とした確信があった。
彼自身荒むべきでないと理解していたし、喜ぶべきことだとも思っていた。
だからこそ激しい自己嫌悪に陥っていた。
義兄夫婦の慶事を祝えない自分。
日に日に過酷になる討伐任務と、不安定になる自分の力。
判断ミスも増え、銀嶺に叱責されることも増えた。
こんな自分は朽木家当主には相応しいはずがないーー本来その席に座る義兄に譲るべきだと、聞こえない圧力が聞こえた。
だがそうなれば、自分の居場所はどうなるのか。
他人の視線も痛いことだろう。
明翠さえ笑いものになるに違いないし、離縁される可能性もある。
朽木家の婿養子で次期当主という名は酷い重荷ではあったが、それを没収される屈辱を思うと歯軋りしたい程であった。
そしてふと、独り野獣と罵られながらも真っ直ぐと進むべき道を見据える部下の背中が過ぎった。
無知故の純真さもあろう。
それでもその背中は眩しく、可愛がってきた分、胸を刺すのだった。
なぜ自分は、義兄に負けない死神になると勝ち気に笑って努力するか、潔く諦めて朽木家を去るかのどちらかを選ぶことができず、中途半端な恥を晒して生きているのかと。
反乱の鎮静化を村正は心から願っていた。
戦だけでも落ち着けば、彼ももう少し余裕が生まれるはずだ。
主人の心に一刻も早く平穏が訪れなければ、彼が壊れてしまうのではないかという不安が村正を蝕んでおり、それは両者の信頼関係を揺るがしかねない要素であったが、その自覚がないのが問題であった。
血生臭い状況が続く中、清霊廷にひとつ、明るいニュースが飛び込んできた。
朽木蒼純の妻、
彼女は前線を退くことになった。
確かに痛手だが、霞大路家としても、朽木家としても、このタイミングで彼女が前線から退けたのは内心悪い気はないだろう。
前線にいれば彼女の部下だった日野のように、いつ命を落とすかわかったものではないのだから。
この知らせを聞いて、最近上司が荒れていた理由に、ようやく咲は辿り着いたのだった。
ほぼ不眠不休で働いている銀嶺が、ようやく休みを取って帰っていったが、それでも仕事ができてしまった。
どうしても今日中に解決せねばならない案件を、響河が自宅の銀嶺に相談しに行くと言うので、咲は供をして朽木邸にやってきた。
ずいぶん久しぶりの訪問である。
「響河様!
咲さん!」
嬉しそうに迎える明翠に、響河は淡く微笑む。
「悪いが仕事だ。
義父上に急ぎ相談せねばならぬことがある」
それを聞いた明翠ははっとして、それからすぐに頭を下げた。
「解りました、すぐに父にお伝え致します」
そして奥に入っていく。
ばつが悪いのか、響河は頭を掻いた。
「……最近帰っていないからな」
そうして口早に言い訳をする。
銀嶺が帰っていないのはもちろんのこと、蒼純も響河もここ最近家には帰っていないのだ。
銀嶺は本人は認めたがらないが年齢もあり、先に休みを取ってもらうことにしたのである。
「父上がすぐに部屋に来るようにと。」
戻ってきた明翠に響河は一つうなずく。
「こいつは供に来ただけだ。
……少し休ませてやってくれ」
自分の代わりとでも言うように咲を明翠の方へ押しやり、響河は屋敷の奥へと入っていった。
「では、こちらにどうぞ」
明翠に言われるがままに、いつも通り彼女の部屋へとやってきた。
「ごめんなさいね。
響河様も久しぶりのお帰りでしたから」
「いえ、私共が至らぬばかりに響河殿にはご無理を」
明翠は静かに首を振った。
「本当に……早く全てが終わればいいのに」
その悲しげな顔に、いろんな意味が含まれているだろうと、咲は小さくうなずいた。
「……仰る通りです」
侍女が茶を運んで来たのを期に、二人は腰を下ろした。
「少し痩せた様ね」
心配そうな明翠の言葉に咲は首を振る。
「明翠様こそ、お痩せになりましたか」
袖から見える腕も細くなったようで、気になった。
「……ええ、少し」
咲なりに、彼女が今、辛い位置にいることは何となくわかった。
父も兄も夫も戦で家にはいない。
そして身体が弱いからと次期当主を辞していた兄の妻が懐妊。
しかも月雫は幼馴染で親しいのだ。
五大貴族であった志波家も没落した。
親交も深かったことだろう。
このガラス細工のような明翠が痩せるのも頷ける。
「どうぞお大事になさってください。
一日でも早く平安が訪れるよう、精一杯努めます故」
「あなたも、無理はしないで。
聞きましたよ、あなたも命を何度も狙われていると……」
すがるような目に、咲は静かに首を振るしかなかった。
「ご心配には及びません。
これでも更木で長く生きてきたのですから」
「それでも!」
ずいぶんと心配ごとも多いのだろう。
咲は取り乱している明翠の傍によってそっと手を見せた。
「私の手をご覧ください」
その手は傷跡も多く、剣ダコもまた多い。
「私の手は、人を護るためにあります。
護りたい人を護れるように。
……そのために生きます。
生きて戦います」
明翠の美しい手が、その手を包む。
「響河殿はお強く、日々鍛錬を重ねておいでです。
私も響河殿を精一杯お守り致します。
だから、何も心配はいりません」
たくさんの意味を込めて、そう言った。
明翠はようやく落ち着いたようで、ひとつ頷いた。
「ごめんなさいね。
……なんだか最近、あの方が変わられてしまったようで」
咲は静かに頷く。
「響河殿の根本は何も変わってはおられないと思います。
ただ日々殺伐とした戦闘の中に身を置き、家に帰ることも、明翠様に癒していただく時間もございません。
お疲れなのは、間違いありません。
ただ、それだけに御座います」
「ありがとう……」
明翠はそっと目を伏せた。
「月雫さんのこともね、嬉しいけれど、なんだか悔しくて。
私響河様を愛しているの。
なのに……だめね、嬉しくないわけではないの、本当よ」
その心細い姿は、どこか昔の自分に重なった。
そして、そんな自分を励ましてくれたのは、目の前にいた彼女だった。
「悔しくて当たり前だと思います。
同じなのに報われないとき、人は悔しいと思うのです。
……私もそうでしたから」
浮竹や京楽と同じく扱われない咲をそう言って慰めたのは明翠だった。
「そうね」
彼女は泣きそうな顔で笑って見せる。
でもその顔はすぐに曇ってしまった。
「私は父上のことはよくわかっています。
あの方は、決して兄上に次期当主を変えることなどしない。
私達に子どもができるのを待ってくださるだろうし、もしできなくても、次期当主は響河様です。
……でもあの方はそんな父上をご存じない。
そのせいで余計に追い詰められてしまっているような気がして」
それには咲も気づいていた。
彼は怒鳴ることが増え、一人で行動することも増えた。
隊長助役の咲には辛いことである。
「ごめんなさい。
あなたも大変でしょうに」
「いいえ、私は昔からで慣れております」
咲は精一杯気丈に笑った。
「もう少しのご辛抱です。
もう少しで反乱が鎮圧され平安が訪れる。
そうすれば、また響河殿にもお父様との誤解を解く機会が訪れましょう。
私の方からも、なるべくお伝えできるように努力致します」
明翠も、ようやく自然に笑った。
「ありがとう。
お願いね」
