斬魄刀異聞過去編
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敵はあと3人だった。
浮竹は喀血により口の端についた血を拭う。
京楽もよろめく足を踏ん張った。
「飛び回り翔けろ 天馬超翔」
静かな声とともに鞭が男の心臓を捕えていた。
まるで長い刀のように突き刺されたそれが抜かれると、男は屋根から滑り落ちた。
「……咲?」
信じられない、というように京楽が名を呼ぶ。
彼女の手にある斬魂刀の形が、見慣れた巨大な白いものではないからだ。
爆発的な強風を武器とする彼女の西洋槍の形をした刀は、結界の中で仲間と共に戦うには些か大きすぎた。
だが今彼女の手にする鞭のようにしなる刀ならば話は変わる。
しかしそれは見覚えのある刀でーー二人は戸惑う。
「あれは日野七席のものだ……」
「……ああ。
だが疑問は後回しだ」
血ぬれた鞭がもう一人の男を絡め取る。
「破道の三十二 赤火砲!!」
京楽が発した赤火砲がその男に命中し、やはり屋根から倒れ落ちていく。
「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に分かつ 縛道の六十一 六杖光牢!」
最期の一人は生け捕りにするのが、ルールだ。
浮竹のはなった鬼道に捕えられた敵は、頭をうなだれた。
京楽がすぐに常備している手錠と足輪、猿轡をかませる。
「咲、その刀はどうしたんだ」
額の汗をぬぐう浮竹の問いに、咲は静かに首を振る。
「……分からない。
精神世界に行ったら日野七席がいらっしゃった。
これを使えとおっしゃったのだ。
そして、強くなれ、頼むぞ、と」
何があったのか、二人には想像もつかないが、彼の斬魂刀が自分達を救ったのもまた事実。
そして彼が咲に何かを託したのも、また事実。
そしてそれが日野に関する最悪の事態を予感させた。
「なら、強くならなきゃいけないね」
京楽がぽつりと言った。
彼の足元では、敵だった男が力なく横たわっている。
「日野七席のおっしゃる通りだ。
強くなって、生きよう」
浮竹の良く通る声に、二人は頷く。
「汚くてもいい。
醜くてもいい。
この手を血で汚してもいい。
……生きよう」
不意にバチンと何かが弾ける音がした。
見上げると結界が砕けて無くなっていく。
「戦い全体がどうなったかは置いておいて、とりあえず飛王が術を維持できなくなったようだ」
京楽の言葉に二人も頷く。
「大丈夫かー!?」
3人は声に振り返る。
そこには駆けてくる見知った顔があって。
「藤堂七席!!」
「おっと!!」
「うわっ!!」
「無事でよかったぁぁぁ!!!」
振り返るとまとめてがばっと抱きしめられ、3人とも目を白黒させた。
何度も言うが、3人とも京楽の艶鬼のおかげで見た目以上にダメージを受けている。
抱きつかれては体中が痛む。
「どうなるかと思ったぜ!
こっちにあまり人手裂けねぇし、俺鬼道あんまだし!」
「あの、七席!
さっき向こうで火柱が上がったのが見えたんです!
元柳斎先生でしょうか?」
痛みの中浮竹がなんとか問いかける。
「ああ、そうだそうだ!
実はあれは」
「藤堂七席。
話など後からでもいくらでも出来る。
君は今何の役にも立たない。
下がりたまえ」
すっと輪に入ってきたのは四番隊副隊長の山田清乃介だった。
いつもの毒舌に藤堂は顔を硬らせる。
「は、はい!
でも、あまり大きな傷はなさそうっすけど……」
ゴホッ
急にむせ込んだ浮竹に清乃介溜息をつく。
目を見開いた藤堂を押し除け歩み寄ると、浮竹を座らせ背中をさすった。
「戦況に動揺し持病を悪化させるとは愚かな。
薬は?」
浮竹は震える手で懐から薬包紙を取り出す。
「水!」
「はいっ!」
水筒を持ってきた蘭慕が代わり、浮竹に薬を飲ませる。
やや落ち着いてきたようだ。
治療の用意も整い、3人ともそれぞれ寝かされる。
「途中で君が使った愚かな技はなんだい。
味方にまで影響が出るとは、何処かの三席と一緒だな。
怪我の大きさとダメージが比例していないようだ。
黒い部分の怪我のダメージが大きいという認識で間違い無いか」
咲は彼の言葉は殆ど聞こえてはいなかったが、“何処かの三席”という件だけがぼんやりとした意識の中で引っかかっていた。
怪我人相手でも一向に毒舌の手を緩めない術者に京楽は口早に答える。
「艶鬼では自分の身体に占める割合の大きい色を指定するほど、その色の箇所に受けた傷は大きくなります。
今回は黒を」
「そういう術を使う奴は治療したくないものだ。
どうせまた味方を窮地に陥れる」
清乃介は無言で咲の肩の傷に触れた。
無防備な咲はその強い力に目を見開き、口からは悲鳴が漏れる。
「あぁッ!!!」
「やめろッ!!!」
「副隊長ッ!!!」
普段痛みに耐えるばかりの彼女のあまりにも悲痛な叫び。
青褪める京楽と浮竹に冷たい視線を向けてから、清乃介は咲の傷から手を離し治療に取り掛かった。
脂汗を浮かべ荒い呼吸を繰り返す咲に、京楽は奥歯を噛み締める。
四番隊隊士たちが気遣わしげに京楽を横たわらせ、治療にかかった。
「悪かったな、さっきは気づかなくて」
藤堂が頭を掻きながら3人に謝る。
「お前達は陽動だったんだ。
火柱は言っていた通り総隊長だぜ。
向こうももう片がついたらしい」
「被害状況は分かりますか?」
まだ荒い息を繰り返す咲の問いかけに、痛ましげな表情で首を振る。
「詳しいことはわかんねぇ。
悪いな」
治療を終え、浮竹のみ大事を取って入院となった。
明日の朝様子を見て退院できるだろうとのことだ。
本来であれば直属の上司である響河や木之元に挨拶すべきなのだが、上司の方も忙しく、今日はそのまま帰宅となった。
京楽と咲はとぼとぼと四番隊から元字塾へと歩く。
帰り道はまだ戦闘の跡が生々しい。
「明日の朝四番隊寄って、浮竹見に行こう」
京楽が静かに言った。
「うん」
咲も小さく返事する。
どちらも包帯だらけで疲れ切っていた。
響河率いる特別部隊の活躍で、確かに反乱軍は追い詰められて行っていた。
だが多くの貴族の絡んだ反乱軍の鎮圧には時間がかかる。
塾に戻っても人気はない。
塾生自体もこの一連の反乱でずいぶん減ってしまった。
それに生き残っているものの多くも夜勤や病院で治療を受けているため塾に戻ってきていない。
二人はとぼとぼと部屋へと歩く。
それぞれの部屋に入ると、服を着替えた。
咲は着替え終わると、浮竹と京楽の部屋に入った。
京楽はそれについて何も言わない。
浮竹の布団に咲は潜り込む。
ほんのりと薬の香りのするその布団で小さくうずくまって眠った。
京楽はその顔をじっと見続けていた。
日野の死亡を知ったのは、翌朝、浮竹を見舞って四番隊に行った時だった。
清乃介にそのことを告げられた鮫島が、普段とは打って変わった静かな声で、
「そうかぁ」
と一言だけ呟いていたのが妙に心に刺さった。
二人は学院の同期だったと聞いていたし、喧嘩しながらも元字塾を引っ張ってくれていた。
一番隊の七席は、他の隊では五席以内の実力に匹敵する。
そんな日野が呆気なく死んでしまったのだ。
自分達3人も、いつ死ぬかわからない。
「心配掛けたな」
そう言って優しく微笑む浮竹も、一晩四番隊にいたのだ。
きっと日野のことは知っている。
それでも、それ以上言わないからには、咲と京楽も、いつも通り微笑むしかないのだ。
「気にしなさんな。
もういいのかい?」
「ああ。
平常通り出勤だ。
腹減ったな。
食堂寄っていかないか?」
「丁度良かった、私達も朝ご飯まだなんだ」
ご飯が喉を通らなかった、とは言わない。
3人一緒なら、またいつも通りの毎日に戻れるはずだと、そう信じるしかなかったし、そうして自分を騙すしかなかった。
浮竹は喀血により口の端についた血を拭う。
京楽もよろめく足を踏ん張った。
「飛び回り翔けろ 天馬超翔」
静かな声とともに鞭が男の心臓を捕えていた。
まるで長い刀のように突き刺されたそれが抜かれると、男は屋根から滑り落ちた。
「……咲?」
信じられない、というように京楽が名を呼ぶ。
彼女の手にある斬魂刀の形が、見慣れた巨大な白いものではないからだ。
爆発的な強風を武器とする彼女の西洋槍の形をした刀は、結界の中で仲間と共に戦うには些か大きすぎた。
だが今彼女の手にする鞭のようにしなる刀ならば話は変わる。
しかしそれは見覚えのある刀でーー二人は戸惑う。
「あれは日野七席のものだ……」
「……ああ。
だが疑問は後回しだ」
血ぬれた鞭がもう一人の男を絡め取る。
「破道の三十二 赤火砲!!」
京楽が発した赤火砲がその男に命中し、やはり屋根から倒れ落ちていく。
「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に分かつ 縛道の六十一 六杖光牢!」
最期の一人は生け捕りにするのが、ルールだ。
浮竹のはなった鬼道に捕えられた敵は、頭をうなだれた。
京楽がすぐに常備している手錠と足輪、猿轡をかませる。
「咲、その刀はどうしたんだ」
額の汗をぬぐう浮竹の問いに、咲は静かに首を振る。
「……分からない。
精神世界に行ったら日野七席がいらっしゃった。
これを使えとおっしゃったのだ。
そして、強くなれ、頼むぞ、と」
何があったのか、二人には想像もつかないが、彼の斬魂刀が自分達を救ったのもまた事実。
そして彼が咲に何かを託したのも、また事実。
そしてそれが日野に関する最悪の事態を予感させた。
「なら、強くならなきゃいけないね」
京楽がぽつりと言った。
彼の足元では、敵だった男が力なく横たわっている。
「日野七席のおっしゃる通りだ。
強くなって、生きよう」
浮竹の良く通る声に、二人は頷く。
「汚くてもいい。
醜くてもいい。
この手を血で汚してもいい。
……生きよう」
不意にバチンと何かが弾ける音がした。
見上げると結界が砕けて無くなっていく。
「戦い全体がどうなったかは置いておいて、とりあえず飛王が術を維持できなくなったようだ」
京楽の言葉に二人も頷く。
「大丈夫かー!?」
3人は声に振り返る。
そこには駆けてくる見知った顔があって。
「藤堂七席!!」
「おっと!!」
「うわっ!!」
「無事でよかったぁぁぁ!!!」
振り返るとまとめてがばっと抱きしめられ、3人とも目を白黒させた。
何度も言うが、3人とも京楽の艶鬼のおかげで見た目以上にダメージを受けている。
抱きつかれては体中が痛む。
「どうなるかと思ったぜ!
こっちにあまり人手裂けねぇし、俺鬼道あんまだし!」
「あの、七席!
さっき向こうで火柱が上がったのが見えたんです!
元柳斎先生でしょうか?」
痛みの中浮竹がなんとか問いかける。
「ああ、そうだそうだ!
実はあれは」
「藤堂七席。
話など後からでもいくらでも出来る。
君は今何の役にも立たない。
下がりたまえ」
すっと輪に入ってきたのは四番隊副隊長の山田清乃介だった。
いつもの毒舌に藤堂は顔を硬らせる。
「は、はい!
でも、あまり大きな傷はなさそうっすけど……」
ゴホッ
急にむせ込んだ浮竹に清乃介溜息をつく。
目を見開いた藤堂を押し除け歩み寄ると、浮竹を座らせ背中をさすった。
「戦況に動揺し持病を悪化させるとは愚かな。
薬は?」
浮竹は震える手で懐から薬包紙を取り出す。
「水!」
「はいっ!」
水筒を持ってきた蘭慕が代わり、浮竹に薬を飲ませる。
やや落ち着いてきたようだ。
治療の用意も整い、3人ともそれぞれ寝かされる。
「途中で君が使った愚かな技はなんだい。
味方にまで影響が出るとは、何処かの三席と一緒だな。
怪我の大きさとダメージが比例していないようだ。
黒い部分の怪我のダメージが大きいという認識で間違い無いか」
咲は彼の言葉は殆ど聞こえてはいなかったが、“何処かの三席”という件だけがぼんやりとした意識の中で引っかかっていた。
怪我人相手でも一向に毒舌の手を緩めない術者に京楽は口早に答える。
「艶鬼では自分の身体に占める割合の大きい色を指定するほど、その色の箇所に受けた傷は大きくなります。
今回は黒を」
「そういう術を使う奴は治療したくないものだ。
どうせまた味方を窮地に陥れる」
清乃介は無言で咲の肩の傷に触れた。
無防備な咲はその強い力に目を見開き、口からは悲鳴が漏れる。
「あぁッ!!!」
「やめろッ!!!」
「副隊長ッ!!!」
普段痛みに耐えるばかりの彼女のあまりにも悲痛な叫び。
青褪める京楽と浮竹に冷たい視線を向けてから、清乃介は咲の傷から手を離し治療に取り掛かった。
脂汗を浮かべ荒い呼吸を繰り返す咲に、京楽は奥歯を噛み締める。
四番隊隊士たちが気遣わしげに京楽を横たわらせ、治療にかかった。
「悪かったな、さっきは気づかなくて」
藤堂が頭を掻きながら3人に謝る。
「お前達は陽動だったんだ。
火柱は言っていた通り総隊長だぜ。
向こうももう片がついたらしい」
「被害状況は分かりますか?」
まだ荒い息を繰り返す咲の問いかけに、痛ましげな表情で首を振る。
「詳しいことはわかんねぇ。
悪いな」
治療を終え、浮竹のみ大事を取って入院となった。
明日の朝様子を見て退院できるだろうとのことだ。
本来であれば直属の上司である響河や木之元に挨拶すべきなのだが、上司の方も忙しく、今日はそのまま帰宅となった。
京楽と咲はとぼとぼと四番隊から元字塾へと歩く。
帰り道はまだ戦闘の跡が生々しい。
「明日の朝四番隊寄って、浮竹見に行こう」
京楽が静かに言った。
「うん」
咲も小さく返事する。
どちらも包帯だらけで疲れ切っていた。
響河率いる特別部隊の活躍で、確かに反乱軍は追い詰められて行っていた。
だが多くの貴族の絡んだ反乱軍の鎮圧には時間がかかる。
塾に戻っても人気はない。
塾生自体もこの一連の反乱でずいぶん減ってしまった。
それに生き残っているものの多くも夜勤や病院で治療を受けているため塾に戻ってきていない。
二人はとぼとぼと部屋へと歩く。
それぞれの部屋に入ると、服を着替えた。
咲は着替え終わると、浮竹と京楽の部屋に入った。
京楽はそれについて何も言わない。
浮竹の布団に咲は潜り込む。
ほんのりと薬の香りのするその布団で小さくうずくまって眠った。
京楽はその顔をじっと見続けていた。
日野の死亡を知ったのは、翌朝、浮竹を見舞って四番隊に行った時だった。
清乃介にそのことを告げられた鮫島が、普段とは打って変わった静かな声で、
「そうかぁ」
と一言だけ呟いていたのが妙に心に刺さった。
二人は学院の同期だったと聞いていたし、喧嘩しながらも元字塾を引っ張ってくれていた。
一番隊の七席は、他の隊では五席以内の実力に匹敵する。
そんな日野が呆気なく死んでしまったのだ。
自分達3人も、いつ死ぬかわからない。
「心配掛けたな」
そう言って優しく微笑む浮竹も、一晩四番隊にいたのだ。
きっと日野のことは知っている。
それでも、それ以上言わないからには、咲と京楽も、いつも通り微笑むしかないのだ。
「気にしなさんな。
もういいのかい?」
「ああ。
平常通り出勤だ。
腹減ったな。
食堂寄っていかないか?」
「丁度良かった、私達も朝ご飯まだなんだ」
ご飯が喉を通らなかった、とは言わない。
3人一緒なら、またいつも通りの毎日に戻れるはずだと、そう信じるしかなかったし、そうして自分を騙すしかなかった。