斬魄刀異聞過去編
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すぱん
小気味好い音を立てて障子が開けられ、中で刀の手入れをしていた京楽と本を読んでいた浮竹は振り返る。
春の日差しを受ける咲の頬は上気しており、目は輝いている。
伸びかけた髪はふわふわと春風に揺れている。
いい知らせであることは一目瞭然だった。
「特別部隊の隊長助役に任命されたんだっ!」
二人は目を瞬かせてから、立ちあがった。
「それは本当かい?」
京楽は咲の肩を抱き、部屋に招き入れる。
後ろで扉を閉めた浮竹もその横でにこにこと笑った。
「夢みたいだ、総隊長から直々に命を頂いたのだ!」
軽い息切れ、握りしめた手、興奮冷めやらぬ様子だ。
「おめでとう、咲。
お前の努力が認められたのだなぁ」
頭一つ小さい咲の頭をくしゃりとなでる浮竹。
気持ちよさそうに目を閉じる咲。
「でも、私の努力というよりは、響河殿だ。
あのお方が部隊長になられたから、私がその隊長助役に慣れたのだから」
「それでも十分さ。
力がないと役には抜擢されないだろう?」
咲はくすぐったそうに笑う。
「そうだ、せっかくだ、祝いに出かけよう。
美味い物でも食べよう!」
「そうだそうだ、そのためにもぎ取った休みなんだからねぇ」
浮竹と京楽の昇進祝いに3人で出かけようと休みを取っていたのだ。
ところが朝早く急に咲が総隊長から呼び出された。
咲も役をもらえたので、結果オーライ、というところである。
「着替えておいで、咲」
浮竹の笑顔に背中を押され、咲は頷く。
「おめかししてきてよ。
さーボクも着替えようかなー」
部屋着だった浮竹と京楽も着替えを捜しに各々箪笥を開ける。
(楽しい一日になりそうだ)
咲はふふふ、と笑うと部屋から出た。
「ひっさしぶりだねぇ、こんなにゆっくりするのは」
「夏祭り以来、か?
あれから過激化したせいで正月も休みなしだったもんな」
「たまにはいいもんだねぇ」
咲を挟むようにして3人は仲良く歩く。
まずは昼食からだ。
これは咲のお勧めのお店である。
「その角を曲がったところに……あった」
一足先に駆けていく咲。
着物の白緑の布地には波模様が刺繍されている。
その水面には花筏が浮かべられており、桜や菊の花が色を添えている。
帯は濃藍のシンプルなもの。
肩よりいくらか伸びた黒い髪がふわふわと彼女が歩くたびに揺れた。
その後ろ姿をぼうっと眺めていた浮竹と京楽は、互いの存在を思い出して顔を見合わせてふっと笑った。
「サトさん、こんにちは」
「いらっしゃい」
店の入り口で中年の女性と咲が話している。
咲は途中で振り返り、二人を手招きした。
「あら、お友達?」
「はい。
同期の浮竹と京楽です」
どこかはにかみながら二人を紹介する。
「こんにちは」
「どうも」
二人も愛想よく笑顔を浮かべた。
「あら、素敵なお友達ね。
さ、どうぞ」
朗らかな笑顔に、店の中に引き込まれる。
新しく建てられたようだが、どこか懐かしい雰囲気が漂う店内は満席。
咲が事前に予約しておいたおかげで座ることができたが、盛況のようだ。
「六番隊の宴会と言えばここなんだ。
……とはいっても、去年の春以来開いてないけどね」
咲が入隊した時の歓迎会を開いたのもこの店だった。
つまり、その時に全焼してしまった店である。
朽木家からの援助により、つい最近建て直しが終わり、店が再開したのだ。
「おすすめは定食」
「じゃあボクそれで」
「俺も」
「サトさん、定食3つ」
「かしこまりました」
くるくると働くサトの笑顔は温かい。
殺伐とした日々から切り離されたかのように感じる。
「こんな中にいたんだな」
ぽつりと浮竹が呟いた。
周りは何ともない、ただの日常の風景だ。
だからこそその中に、自分達の異質を感じる。
昨日人を殺したこの手が同じ器をもって、綺麗に盛られた料理を食すことに違和感をぬぐいきれないのだ。
定食が3人の前に並べられる。
「諦めな、浮竹。
……戻れやしないさ」
箸を持った京楽が静かに言った。
「そうだが、どうも、な。
家に帰って来いと言われても、帰る気がしないんだ。
この手で幼い妹を抱き上げるのは、嬉しくないな。
……往生際が悪くて駄目だ」
浮竹は自嘲的に笑って、味噌汁を飲む。
「うまい」
「朽木家が贔屓するのもわかるねぇ。
素朴だけど上品な味がなんとも」
二人の間で咲はどこかぼんやりとしている。
「どうした?」
浮竹が尋ねると、咲も箸をとり、茶碗を手にした。
「私は今みたいな生活でもなかったから。
言葉さえ知らずに、刀を片手に、それこそ野獣のように生きていた。
生きるために人を何人も殺した」
湯気の立つ白ご飯を、一口かみしめる。
「米なんて、烈様に拾われるまで、食べたことなんてなかった」
京楽は気まずそうに食事を再開したが、浮竹はじっと咲を見ていた。
「生きるために人を殺していたのが、命令を受けて思想の違う人間を殺し、そして給金をもらうようになった。
人の血に染まるのは同じだが、不思議と今の方が金になる。
響河殿の言う、平和な世界を目指しているはずなのに、そのために人を殺して豊かになるとは」
カリコリ
沢庵特有の音が咲の思考を遮った。
京楽だ。
「……食べようよ。
ボク達はさ、もう後戻りできないんだ。
それに隊長格ならまだしも、ボク達にできることなんて高が知れている」
浮竹が食事を再開しながら、口を開いた。
「……全てを守るなんて、無理だ。
何かを守れば、何かを傷つける。
それなら、大切な者だけでも、この力で守りたい」
「そう言うこと。
何かを手に入れるには、何か失うもんさ。
お金を払っておいしい定食を食べるみたいにね」
「ずいぶんと軽い例えだな。」
浮竹が小さく笑った。
それでも咲はじっと茶碗を見つめたままだ。
その様子に、二人は不安げに顔を見合わせる。
浮竹が咲の肩に手を置き、それにつられて咲が顔を上げる。
「迷うなよ」
強い鳶色が咲を射竦めた。
「お前の刀に迷いはない。
それが強さになる。
お前が迷って弱くなれば、死ぬのはお前だけではない。
響河殿を始めとする多くの者を死に近づける」
咲がはっとした顔になる。
「抜け出せないんだ、ボク達は。
貴族社会が嫌でこっちに来たのに、こっちはこっちで雁字搦め、かぁ」
京楽がぽつりと言う。
「そんなものだ。
だから俺達は立っていられる。
雁字搦めになりながらも、それは互いに支えあってもいるということなんだからな」
「ま、それもそうかな」
咲は食事を再開する。
沢庵をかじれば、やはり京楽と同じ、いい音がした。
「……分かったよ。
腹くくって、生きて、強くなる」
