斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「このままでは埒が明かん。
いっそ兵力を集中し、志波家に踏み込み、そのまま霊王宮へ進軍すべきだ」
「一度にそれだけの賭けをして何になる。
ここは志波家の全てをまずは我らの側に引き込むことを」
「それがうまくいかんからこうなっているんだろう!」
中の様子を探るために飛ばした地獄蝶の拾ってくる音声を聞く限り、室内の議論はずいぶんと白熱しているらしい。
反乱軍の根城らしき屋敷を見つけてから1週間、確実にとらえるべく時を見計らってきた。
乗り込むなら今だという空気が、この音声を通して隊内に完全に出来上がった。
命令を出そうとする銀嶺の前に、響河が一歩出る。
「私が参ります」
その瞳は自信に満ちていた。
「響河、まだわからぬか」
銀嶺が静かに諫める。
今回の奇襲は失敗が許されない。
だからこそ、斬り込み隊には響河は含まれていない。
狭い室内で戦うのに特化した隊士を送り込むことになっていた。
響河は逃げてきた敵を斬り伏せる役であったはずなのだ。
しかし響河は引かない。
「分かっております。
今回は、ここにいる鼠一匹逃すことは許されない。
だからこそ卯ノ花を連れて私が参ります」
その一言に怪訝そうに首をかしげる。
「卯ノ花を?」
「はい。
卯ノ花は心を閉ざしたまま戦う術を身につけました」
「この短期間でか?」
銀嶺は目を見開く。
鍛錬を初めて半年しかたっていない。
早くても数年と思っていたため、想像をはるかに超える早さなのだ。
いつもであれば率先して斬り込みを志願する響河が、作戦会議で何も言わなかった理由がようやく判明した。
「どこかからか漏れることを恐れ、お伝えしませんでした。
申し訳ありません」
恐れたのはこの作戦が失敗に終わることよりも、半年前のように咲が狙われることであろうと気づきつつも、銀嶺は小言を飲み込む。
「してその完成度は」
「まるでもともと持っていた力のように、それを使いこなします。
素晴らしい才です」
銀嶺は咲を振り返る。
強い瞳は銀嶺をじっと見つめ、ひとつ、深く頷いた。
「お任せください」
銀嶺は瞼を閉じ、一瞬だけ考えた。
そして再び目を開け、響河を見据える。
「……よかろう」
元より、斬り込み隊を使えば死傷者が出ることは分かり切った話だった。
いくらこちらが精鋭とはいえ、屋敷の中には実力者も多いと考えられる。
だが響河の力であれば、死傷者数はかなり抑えられる。
それは人員不足の護挺にとって重要な事項であった。
「ありがとうございます」
響河は頭を下げる。
「隊長は入り口で構えていて下されば充分です。
志波の小隊に私の後ろを追わせます。
残りの班は残党狩りをお願いします。
おい!いいな?」
響河がニッと笑って手を軽く振ると、咲と志波はひとつ頷き、咲は響河に駆け寄り、志波は隊士に説明に走る。
「護挺十三番隊六番隊だ!
御用改めである!」
開け放たれた扉。
自信に満ちた声で高らかに叫ぶ響河。
その後ろに控える咲。
背中から両者が強い信頼関係で結ばれていることは一目瞭然だった。
そしてその背中が他の隊士には眩しく写り、響河の能力への恐怖心が薄れ、更には強さへの憧れへと変わっていく。
「3班西、5班南、7班東、9班南を囲え!
鼠一匹たりとも逃がすな!」
銀嶺もそう鋭い声で残りの隊士に指示を出す。
響河の後ろを追って屋内に入り、仕留め損ねた敵を狩るのは志波率いる4人。
志波は誰よりも響河と行動を共にし、自分が幻術に巻き込まれない距離を熟知している。
銀嶺はその小隊が入る前に様子を見る為に中に入った。
視線の先では村正を開放する響河の隣で、咲が幻術にかけられることなく刀を振るっている。
「……才覚は消えず、か」
同じく心を閉ざす事のできる銀嶺はそう呟くと考え込む表情を見られたくないかのように銀白風花紗を引き上げ口元を隠した。
そして近くの襖を破って刀を振り上げて襲いかかってきた大男を袈裟がけに斬り殺す。
「義父上!」
階段の上から響河がひょこっと顔を出した。
「幻術が甘いぞ響河!
それからここではそう呼ぶなと何度言えば」
「響河殿!
奥にまだ敵が!」
鋭い声が二階から聞こえる。
咲だ。
「相分かった!」
響河は生き生きと身をひるがえし、消えた。
志波達が距離を開け、銀嶺の横を通り過ぎ、後を追う。
銀嶺はその頼もしい姿達に人知れず目を細めた。
反乱因子殲滅の大きな一歩となったこの戦いは、20人を超える反乱軍を亡きものにし、その中には上層部の者も多く含まれていた。
それに対し、六番隊に死者は出ず、軽傷を負った隊士が数名出ただけにとどまった。
この功績はその日のうちに護挺中を駆け巡った。
再び春が来た。
蒼純と月雫の婚儀は満開の桜の下で執り行われた。
蒼純はそれはそれは立派で、月雫はそれはそれは美しく、この世のものとは思えない素晴らしい結婚式だった、というのは出席した桜から聞いた話だ。
京楽は十三席、浮竹は十五席に昇進。
そして咲にもまた、一つの転機が訪れていた。
「表を上げよ、朽木響河よ。
この度のお主の働き、見事じゃった。
今だ内乱は終局を迎えてはおらんが、秩序回復の大いなる一歩と言えよう」
いつも遠くからしか見ていなかった総隊長がその隣には雀部副隊長が、同じ部屋にいる。
話している。
それだけで咲は緊張した。
咲は頭を上げることを許されていないので、響河の後ろで平伏したままだ。
「もったいなきお言葉」
ちらりとうかがう咲の前で、響河は堂々と頭を下げた。
流石朽木家次期当主の三席だと思う。
だがなぜ自分までもこんなところに呼ばれたのかはわからない。
確かに響河とともに戦ってはいるが、自分はここに呼ばれていい身分ではないはずだ。
「今このソウルソサエティは大きく揺れ動いておる。
じゃがこれは恒久的平和をもたらすために我々に課されたされた試練なのかもしれん。
そのためにも、お主のような若き力が必要じゃ。
残りの反乱分子を一蹴するために、特別部隊を編成した。
その長となり、存分に力を払うが良い」
「有り難きお言葉。
必ずやいただいたお役目、果たしてご覧にいれます」
再び響河が深く頭を下げた。
「卯ノ花咲、そなたも表を上げよ」
「はっ」
響河の向こうに、総隊長がいた。
強者の気配を、肌に感じる。
(やはり、只者ではない)
「そなたには特別部隊の隊長助役として働いてもらう」
その言葉に目を見開いたのは咲だけではなかった。
「真に、ございますか」
響河の言葉に総隊長は一つうなずいた。
「そなたも響河と共に励むように」
山本の強い眼光に、咲はばっと深く頭を下げた。
「御意っ!」
山本は満足そうに一つうなずき、響河に目を移した。
「期待しておるぞ」
「我身を落としても、平穏無事な世の中を取り戻す所存でございます」
その言葉に、咲はふっと表情を消した。
一番隊の隊首室から出る。
広い渡り廊下の朱塗りの柱の間を、二人は進む。
春の暖かい日差しの中、晴れやかな表情の響河の後ろの咲は、どこか表情が暗い。
「緊張しているようだったな」
「はい」
咲は小さく頷いた。
その咲の釈然としない様子に、響河は首をかしげる。
「なんだ、何か不安でもあるのか?」
咲は俯いたまま、小さく口を開いた。
「……いでください」
「は?」
聞こえないというように、響河は首をかしげる。
「た……たとえ、平穏無事な世を取り戻すためでも……死なないでください!」
大きな声を立ててしまい、思わず見上げた先では響河が目を見開いている。
咲は、はっと口を押さえた。
今それを言うべき言葉ではないのだ。
命を犠牲にしてでも護挺のために働く、それこそが自分達の仕事であるはずなのに。
「……明翠様が」
咲はまた俯いてもごもごとと言った。
「明翠?」
「……明翠様が哀しまれます」
俯いたままの咲の頭を、響河は微笑んでかいぐる。
「お前は本当に明翠が好きだな」
離れていく熱に、咲は頭を上げる。
前を進んでいく背中は大きく頼もしい。
きっと護挺を平安に導いてくれるだろう。
ーーその命に代えてでも。
だから彼は咲の言葉には答えないのだ。
生き残るとは、言えない世界だから。
咲は綺麗に磨かれた床の上にあるつま先を見つめた。
「じゃあ……俺の命はお前が助けるしかないな」
不意にかけられた声に、はじかれたように頭を上げる。
少し前で、響河が咲の方を振り返っていた。
呆れたような、でもどこか照れた顔をして。
「隊長助役、なんだろ」
咲の顔色が見る見る明るくなる。
「はいっ!」
元気な返事に、響河は背中を向ける。
「帰るぞ」
「はいっ!」
咲はその背中を追いかける。
暖かな春の日差しが、二人に降り注いでいた。
隊首室の窓から、その明るい二人の背中を眺める老人がいた。
多くの経験と深い洞察を宿した彼らの瞳からは、2人はまだ子どものように見える一方、その秘めたる才能には期待を寄せていた。
だが同時に、2人の能力の高さとその繊細で純真な性質による危うさにも、また気づいていた。
「どう思う」
後ろに控える副隊長雀部は静かに頭をあげた。
「賢明なご判断かと。
朽木三席の立場やお歳では、本来であれば今のままでも充分でしょう。
ですが彼に対する嫉妬や妬みの声もないわけではありません。
加えて斬魂刀のあの能力。
いつまでも陽のあたる場所にいられるとは限りますまい。
特別部隊として直下におけば、三席の自身のことも、三席への動きも、管理しやすいかと」
「うむ。
……あ奴はどうじゃ」
消えていった二人の行く先を見据えたまま、元柳斎はまた尋ねた。
雀部は表を伏せ、目を閉じた。
「……ただただ、懐かしく」
