斬魄刀異聞過去編
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心地よい揺れと、筋肉質だけれど温かくて安心する背中を感じた気がした。
誰かに背負われるなんて。
(夢みたい……)
咲ははっと目を覚ました。
飛び起きてあたりを見回すも誰もいない。
そこはいつも通りの元字塾の自室だった。
時間を確認すると午前8時を過ぎたところ。
今日は午後から出勤であるから問題はない。
枕元にに置かれた書置きを拾い上げると。
ー無理はしないようにー
几帳面な字は浮竹だろう。
昨日、せっかく久しぶりに3人で帰っていたのに気を失ってしまったのだろう。
(貴重な時間なのに)
がらんとした部屋がどこか寂しくて、咲は一つ、溜息をついた。
手に持つ書置きは不思議と温かいような気がする。
捨てるのは心が痛んで、そっと文箱にしまった。
最近伸びかけた髪を後ろに流して立ちあがる。
二人も最近髪を伸ばしているようだから、咲も伸ばしているのだ。
一つでも一緒のことが多いと嬉しいなんて、子供じみているかもしれない。
(だいぶ伸びたな)
他の二人も肩にかかるくらいなのだから、自分も同じである。
軽く手櫛で整え、死覇装に着替え、顔を洗おうと部屋を出る。
今日の午後も終業後は鍛錬だ。
2人に負けないだけ強くなろうという焦りばかりでは、響河の期待に早く応えたいという焦りばかりではダメだとは分かっている。
それでも衝動を抑えきれず、毎日無理をしている自覚はある。
(でも、それでも強くなりたいんだ)
洗面場で水を汲み顔を洗う。
冷たい水は夢のような昨夜から、今日の鍛錬へと無理矢理頭を切り替えてくれる。
炊事場を覗いて朝食の残りをつまみ、冷える身体を温めがてら走ろうと外に出た。
冬の日差しは暖かいが頬に当たる風は冷たい。
黙々と足を動かす。
「何様のつもりだ、てめぇ!」
殴られ、倒れる音と、何かが散らばる音に足を止めた。
嘲るような笑い声に、思わず声の方へ走った。
「俺達に盾つこうってのか?
四番隊のくせに生意気な!」
角を曲がったところに居たのは、5人の大きな体の隊士と、2人小柄の隊士だった。
どう見ても小柄の方が脅されているようにしか見えない。
そのうち一人は起き上がろうとしており、倒れ方から見ても殴られたのは彼のようだった。
持っていたであろう包みから包帯や薬が辺りに散らばっているのを、もう一人が慌てて拾い集めている。
彼らに見覚えがあるのは、四番隊にそれだけ世話になっているからであり、四番隊が他隊のためによく働いているからでもある。
何よりも咲にとっては憧れの烈の隊であり、当然その隊士たちのことも尊敬の眼差しで見ていた。
「俺達に言うことはないのか?
四番隊の腰ぬけめ!」
別の隊士が、拾い集めている隊士の頭を掴み、動きを止めさせる。
他の4人がどっと笑った。
“四番隊を馬鹿にしている”
その事実に、咲の拳は震えた。
掴んだ隊士の頭を殴ろう男は手を振り上げ、その手が動かないことを不審に思って振り返る。
そこには自分の手を握る、咲がいた。
「今、なんて言った?」
娘にしてはずいぶんとどすの利いた声を出すものだと思いながら、咲の手を強引に振り払う。
「あ?」
男は新しいおもちゃを見つけたとでもういうかのように、掴んでいた隊士を投げ捨てた。
頬をすりむいた隊士は、そのまま動かない。
慣れているのだろう。
だからどんなに嘲られても何も言わない。
痛い目にあわされても気がすむまで抵抗しない。
どこか、遠い昔の自分に重なった。
どんなに頑張っても大人の男たちに叶わなかった、幼い頃。
満たされぬ空腹に必死になって探した食べ物を奪われる屈辱。
でも、命を守るためには、渡さざるを得ないのだ。
咲はいつしか強くなった。
奪われることのないほどの力を手に入れ、そしていつしか烈に拾われた。
(昔の私とは違う)
必死に自分の食べ物を守っていたころとは、自分の命ばかりを守っていたころとは、もう違うのだ。
「今、なんと言ったか聞いている」
二回り以上大きい隊士に、咲は怯む様子も見せない。
「はぁ?
四番隊の腰ぬけの奴らのことか?」
ニヤリと品のない笑みを浮かべる男に、咲はすっと体制を変えた。
その素早さに男は目を見張る。
男が反応するより早く、彼が四番隊隊員を殴ったのと同じ場所を殴る。
男は数メートル吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
四番隊士二人は唖然としてそれを見ている。
「てっ……てめぇ!!
十一番隊に喧嘩売るっていうのがどういうことか分かってんのか!」
口の中を切ったのか、口元をぬぐいながら男は怒りに震える。
しかし、怒りに震えているのは彼だけではなかった。
「四番隊を……烈様の隊を馬鹿にする奴は私が許さない」
爆発的に上がった霊圧に、男は顔色を変える。
咲の手が、破涙贄遠の柄をつかむ。
その腕を強く握る手があった。
咲がその腕の先をにらみつける。
「馬鹿野郎!
何してるんだ!」
そう怒鳴るのは浮竹だった。
咲の霊圧が上がったのを感じて駆け付けたらしい。
息が上がっている。
「こいつ……烈様の隊を……」
怒りに震える手を、きつく握りしめてやる。
「落ち着け。
烈様のお役に立ちたいんだろう?
お前がいまこの男を切って、烈様は喜ぶのか?
落ち着け」
二人の横を通り抜けた京楽は、男たちに早く立ち去るように手で合図を出す。
浮竹とばったり会って話しこんでいた彼も、同じくやってきたのだ。
流石に分が悪いと思ったのか、隊士は立ち上がるとわらわらと逃げて行った。
しかしその向こうに見えた人影が、それを拒む。
京楽と、ようやく散らかった救急道具をかき集めた四番隊隊士が目を見開いた。
しかし半ばもみ合いになっている浮竹と咲は気づかない。
「放せ浮竹!
許せない、許せないんだ!」
「殴ったんだろう?
十分だ」
「そんなことくらいで」
「咲!」
強く肩を掴まれ、浮竹が正面から咲を見詰める。
厳しい鳶色の瞳に、咲は我に返った。
「浮竹……ごめん」
浮竹はため息をつくと優しく微笑んだ。
「てめぇか」
どすの利いた声に3人は固まる。
聞きおぼえがあるのだ。
この声は。
3人の視線を集める人物の、燃えるような、そして血のように紅い瞳は、獰猛な獣が獲物を見つけたかのように咲をとらえている。
十勝 剣八、十一番隊の隊長だ。
彼の後ろでは美しい銀の長髪をなびかせる鮫島の姿も見える。
鮫島には元字塾で何度か会っているが、十勝とはあの選抜組の入隊試験以来だ。
咲は十勝の方に身体を向け、少しためらった後、腹から声を出した。
「そうです。
そちらの隊士の方たちが四番隊隊士の方を殴り、罵っていました。
耐えきれず殴ったのは私です」
紅い目は面白い、とでも言うように細められた。
「てめぇ、四番隊じゃねぇだろ」
「はい」
「どこだ?」
「六番隊です」
「席は?」
「ありません」
すると十勝はくるりと咲に背を向けた。
鮫島が小さくため息をついた。
「ついてこい、だとよ」
「お待ちください!」
そこで忘れられていた四番隊士が声を上げた。
「俺は四番隊十五席沢田綱吉と申します。
こちらは同じく
俺達を十一番隊士からかばってくれたのです。
ですから罰は俺たちが!」
そして二人はばっと頭を下げる。
「ちげぇぞぉ。
隊長は自分の隊であろうと弱い隊士には容赦しねぇ。
こいつらは当然降格だ」
鮫島の後ろで、隊士たちが肩を落とした。
「ではなぜ?」
「来りゃわかる。
てめぇらもくるか?」
にやりと笑った鮫島に、沢田と蘭慕は頷いた。
