斬魄刀異聞過去編
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隊内では静かに今回の件は広まっている。
響河が恐れをなした目で見られることも増えた。
ともに戦に出れば次は自分が死ぬかもしれないと思っている者がいることも空気で伝わってくる。
戦場では信頼関係の崩れは命取りだ。
銀嶺や蒼純も早くにそれに気づき、響河と他隊士の任務を減らして単独任務の数を増やすことで、隊内の落ち着きを取り戻そうとした。
時として時間による解決が最も無難で的確である事を彼らは知っていたのだ。
事実、時間が経つにつれて事の良し悪しは別として、咲は更木出身の者だからあのような扱いになったのだという声も出始め、少しずつ隊内としては落ち着きを取り戻しつつある。
初めて彼女を見た日、院生とは思えぬ力に響河は驚かされた。
更木出身と聞いたから心配もしていたが、その心配をよそに彼女は淑女で明翠とも仲が良くなった。
銀嶺に、彼女は心を閉ざして戦う事が出来る可能性を仄めかされた時には心が躍った。
これからが楽しみで、出来る限りのことをしてやりたかった。
だがふと我に帰った時、自分が彼女にしたことの重さに心が軋んだ。
ー私は、私にできることを、精一杯やります。
壊れません。
少しでも護挺のお役にたてるようにー
そう言って席を与えられぬことを嘆く暇を惜しんで己を磨く、まるで剣の様に真っ直ぐな少女を殺しかけたのはーー自分だ。
今回の選択が正しかったと、誰もが認めている。
咲も暫く前線には戻れないが命を落とした訳ではない。
敵の勢力を大きく削いだ上の帰還であり、敵の奇襲に対する成果としては充分だ。
だが響河の心中は四六時中重苦しかった。
可愛がっていた部下を、己の剣で傷つけた。
それも、不慮の事故というには余りある、ひどい精神的ダメージを与えかねないような攻撃でだ。
もし同じ目に銀嶺隊長にあわされたら、自分は恐ろしくなって彼から逃げるかもしれない。
彼女は新入隊士であり、自分よりもずっと幼い少女の粋を出ぬ子だ。
(どれほど怖かっただろう。
どれほど辛かっただろう。
どれほど、どれほど……)
入隊した頃に斬魄刀を解放したのを初めて見た後の怯えた表情が脳裏を掠める。
またあの様な表情を向けられるのかと思うと、胸が締め付けられる気がした。
こんな事にならない為に、今まで部下が近くにいる時に解放しなかったのだ。
明るく振舞う響河の心中を察した蒼純は義弟に言った。
ー力を持ち上に立つ者は当然命の重みを知らねばならない。
傷の深さを、痛みを知らなければならない。
全てを知った上で、個の為だけでなく公の為の未来への選択を行なわなければならないのだ。
それが例え、無情な選択となろうと。
お前は正しい。
心の痛みは忘れてはいけないが、囚われてはならない。
お前は六の文字を背負う三席だ。
強くなりなさいー
その噛み締める様な言葉に、病弱な身体からもその性格からも戦闘に向かないと陰で囁かれる義兄が苦しい選択をいつも迫られているのだろうと思った。
響河は表面上咲の事がなかったかのごとく明るく振る舞ったが、やはり心の痛みに囚われ続けていた。
それを銀嶺も蒼純も気づいていた。
特に銀嶺は彼の上に立つ者としての成長を、冷静に見極めようとしていた。
3日前、咲が無事に目を覚ましたと連絡があった。
今日から復帰し、1週間ほどかけて身体を慣らしながら再び自分の下で働く予定だ。
(だがそれも……今日までかもしれない)
異動願いを出すこともできるだろう。
上司に殺されかけたのだ。
更木生まれであれその希望は飲まれて当然だろう。
もしそれが叶わないならば、彼女は心を壊してしまうかもしれない。
護廷の為に壊れないと誓った彼女を、自分への恐怖が壊す恐怖に、響河は怯えていた。
(あいつを傷つけたのは俺だ。
だからあいつが俺を恐れるのは当たり前で、彼女が俺から離れて生きていけるならばそれが最善に違いない。
俺と共に戦う選択肢を選ばないのは当然で、今まで通りの俺が孤独であることも、また何も変わらない)
そんなことを考えこんでいたからだろうか。
声をかけられるまで彼女の存在に気付かなかった。
「響河殿!!」
まだ幼さの残る透き通った声が耳を打つ。
目を見開いて振り返ると、足早に駆けてきて響河の前までやってきた。
流石に1ヶ月以上寝たきりだったからか、息が上がっている。
「卯ノ花!
……身体はもういいのか?」
自分でも戸惑っている事が分かる程早口だった
。
「申し訳、ありません。
直ぐに鍛錬して、現場に行けるよう、体作りを、します。
長らく、」
息を整えながらすっと見上げる瞳は、純粋に響河を尊敬していた。
嘘偽りのない、真っ直ぐな目。
彼女の言葉が蘇り、胸がつかえる。
ー少しでも護挺のお役にたてるように。
それから、響河殿のお役に立てるようにー
「長らくご無沙汰しまして申し訳ありませんでした。
本日戻りました」
(力があろうと……俺はもう、孤独ではない)
「……よく戻った」
それ以外の言葉が出てこなかった。
代わりにあの日のように、くしゃりと頭を撫でてやった。
すると嬉しそうに笑うから、始末に負えない。
たったそれだけの事であるのに、今までの心配が雪の様にすっと消えていく。
彼女は生涯、自分を裏切らないだろうと、響河は確信した。
「これからは一層の鍛錬に励みます!」
響河はひとつ深く頷いた。
銀嶺は力を持つものは心が強く無ければならないと言った。
己を過信せず、多少に動じず、仲間を信じ、無情な選択に折れない心。
いつか自分がもっと高みを目指すと決めた日から、それは己の肩に重くのし掛かる。
当たり前に完璧を求められる事は酷く苦しくもあるが、決めた以上後戻りはできない。
身分を始めとする多くを乗り越えようとする彼女の存在は、どこか自分を救ってくれるような気がしたし、彼女の才能とその強く純粋な心を持ってすれば、共に高みを目指していける気さえした。
「村正だ。
私の斬魂刀」
朽木家の裏にある道場で初めて引きあわされた相手に、咲は恐怖を抱いた。
すらりとした背丈、陶器のように白い肌、赤味がかった髪が風に揺れる。
一際目を引くのは、目の周りに施された隈取と、長い爪だろう。
彼の持つ異様な力を感じたのは、咲の本能だ。
いつもは遠目にその姿を見ているだけだった。
響河の能力に巻き込まれれば、命を落としかねないためだ。
一度間近でその気配を感じたのは、一月ほど前精神世界でだ。
咲を殺すように唆すその冷気の様な霊圧は正に彼のものだった。
恐れて身体が硬くなるのも致し方あるまい。
「初めてお目にかかります。
六番隊の卯ノ花咲と申します」
口早に名乗り深く頭を下げると、頭の上で小さな笑い声がした。
「そうか……
私はいつも近くでお前を見ているが、お前の方は初めてだな。
頭を上げろ」
「はい」
目を合わせないことに違和感を覚えられてしまったかと、咲は頭を上げる。
ひんやりとした手が、そっと咲の手に滑り込み、優しく握った。
突然のことに咲は目を見開き、ばっと村正の目を見あげた。
その目は思いのほか優しい色をしていた。
春の空色のような、浮竹が買ってくれたラムネという飲み物の中にあるビー玉のような、そんな優しい水色だった。
響河も怯えていた咲に急に見つめられたことが意外だったようで驚いた顔をしている。
「なんだ村正、好みか」
あけすけな物言いに咲がええっと戸惑いの声を上げる。
それも面白いのか、村正がくすりと笑った。
「ああ、いい女だ。
だがなるほど、響河が気に入るわけだ。
似た者同士だな」
その笑顔はどこか勝気で、それでも温かくて、持ち主を思わせる。
恐怖はいつのまにか消え去っていた。
「この前心から閉め出されてからちゃんと会ってみたいと思っていたが、なるほど」
上から下までじろじろと見られるし、握られたままの手がなんだか恥ずかしいが、解くこともできない。
「いける」
短い言葉に、咲は首をかしげ、響河は笑顔になって頷いた。
一体何のことやらわからぬままに、話が進んでいるようだ。
「村正がいけると言うのだ。
お前には心を閉ざしたまま戦う術を身につけてもらう。
極秘裏に、だ。
何者にも漏らしてはならないと言うのが、山本総隊長から直々にいただいた命令だ」
咲は目を見開いた。
確かに自分達の頂点には総隊長がいる。
だが普段彼を目にすることはない。
それほど身分に差があるのだ。
咲のような平隊士であれば、響河にこれだけ目をかけてもらえること自体奇跡に近い。
総隊長に京楽や浮竹が稽古をつけてもらいに行くのを送りだしてばかりだったその人から、自分が命令を頂いた。
(信じられない)
そんな喜びに震える咲の心を、響河は知っているのだろう。
勝気に笑ってその顔を覗き込んだ。
「返事は?」
「……っはい!」
はじかれたように顔をあげて元気に言う咲に、響河は声をたてて笑い、村正も微笑む。
「早速鍛錬に入るぞ。
お前はこの前、村正を精神世界から締め出した。
その時には昏睡状態に陥ってしまっただろう?
あれはお前が精神世界の中に引きこもってしまったかららしい。
本来であればあの状態に達するまででも長期間の鍛錬が必要なのだが、お前は一瞬でそれをやってのけた」
不思議だと思う。
ただただ、破涙贄遠の言うとおりにしただけなのに、と。
「次は意識を保ったまま、私を締め出す訓練だ」
村正を見上げると、どこか嬉しそうに目を細めている。
そのまま道場の中央に誘われ、正座する。
指導するのは村正のようで、響河は少し離れた所から様子をうかがっていた。
「いいか、心を閉じるのだ。
深く、外界に左右されぬよう。
己の霊圧で心の周りを覆うように結界を張るイメージを持て。
だがその一方で閉じこもるな。
常に周囲に意識を払うのだ」
ゆっくりと閉ざされていく。
周りの世界が急に色を失ったように見えた。
この感覚は初めてではなかった。
昔、ずっとこうして眠っていたような、そんな不思議な感覚。
辛くて悲しくて苦しいのに、眠りの先に安らぎが見えた気がしたのだ。
「……て……か…こい!
帰ってこい卯ノ花!!」
己を呼ぶ声にはっとして目を見開く。
目の前には焦った顔をした響河がいた。
咲が目を開けたのを見ると小さく溜息をついた。
「お前、心を閉じすぎだ」
だが、と続けて、彼は嬉しそうに笑った。
「驚いたぞ。
この前のは奇跡じゃないかと思っていたんだ」
霊圧も体力もだいぶん消費していることは感じたが、咲にもこの習得が可能であることは分かった。
あとは鍛錬あるのみだ。
「俺とともに戦える奴は初めてだ!」
眩しいほどの笑顔に、咲は目を瞬かせる。
「反乱因子討伐の大きな一歩となるだろう!」
響河が喜んでいるのが嬉しくて、咲もくしゃりと笑う。
村正も穏やかに微笑んでいる。
(明翠様が望んだ、穏やかな世界とは、このような世界だろうか)
討伐のための鍛錬中なのに、自分は何を考えているのかとおかしくなって、咲は笑おうとしたけれど、ふわりと視界が揺れて意識が遠のいた。
彼女の倒れこむ体を、村正が優しく抱きとめる。
「村、正…殿……」
小さく名前を呼んで、咲は気を失った。
「霊圧も体力も相当消費したらしい」
村正がくすりと笑った。
「あれだけ心を閉じれば当然だ」
呆れたような響河もやはり嬉しそうだ。
彼女が心を閉ざしてから、呼び戻すまでに軽く1時間ほど掛かった。
四番隊の烈に連絡が要るかと思い始めていたくらいである。
前回が1ヶ月眠っていた事から充分に注意するよう銀嶺からも言われていたところだ。
「村正以外にともに戦える者ができるかもしれないなんて、不思議だな」
「嬉しい、の間違いだろう」
村正の指摘に、響河は少し照れたように頬を赤らめ、うなずいた。
「ああ、もちろん」