斬魄刀異聞過去編
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「まだ目が覚めないんだな」
入ってきた気配に、京楽は顔を上げなかった。
十分に知った相手だからだ。
「そうだね、浮竹」
それに、見れば彼の悲しそうな笑顔を見ることになるだろう。
自分もきっと同じ顔をする。
昨日も見たそれはどうも心が痛む。
外傷は全て治療が済んだと聞く。
烈が治療したらしいが、隊長自ら治療することはそう多くはない。
(憧れの烈様が、こんなにも回復を願っているのに)
静かな呼吸だけが、彼女の生存を伝えていた。
「3日経つんだね」
「ああ」
穏やかな寝顔は、ただ眠っているようにしか見えないのに、呼んでも彼女は起きない。
「ボク達が護挺に入隊してもう半年以上が経つ」
「いつかこんな日が来なければいいと願っていたが」
「同期もだいぶ減った。
……いや、同期だけじゃないけど」
"心を閉ざしている"と言うことは機密情報であり、二人には伝えられていない。
だから、いつか必ず目を覚ます、ということも伝えられていないのだ。
二人は恐れていた。
「咲は強くて、いつもケロっとしているからさ。
なんか心の準備ができてなくて」
浮竹の手が、俯く京楽の肩に置かれた。
「そうだな」
(浮竹も同じように辛いだろうに、ボクってだめだなぁ)
京楽は自嘲的に笑った。
廊下を歩いてくる気配があり、二人は顔を上げ振り返った。
「お疲れ様です」
いつも通りのあいさつをする。
「オッス」
「なんつー顔してんだお前ら」
顔を出したのは山本と獄寺だった。
言葉に驚いて二人は顔を見合わせる。
感情は綺麗に隠していたつもりだった。
悲しい笑顔も、自嘲的な笑いも。
「無理することねぇよ。
俺たちはずっと、仲間のこういった場面と生きていかなきゃなんねぇからな」
心の中を見透かされたようで、気まずい。
「のんきな顔して寝てやがる。
昼寝か」
獄寺は溜息をついてコツンと動かぬ咲の額に拳を下ろした。
二人を元気づけるためなのは何となくわかって、小さく笑顔になった。
「でもすげーよ。
今じゃ昏睡状態らしいけど、あの朽木三席の解放された場に居合わせて生きていられたのなんて、総隊長と銀嶺隊長除いたらこいつぐらいじゃね?」
「だろうな」
その言葉に二人は耳を疑う。
「どういうことですか……?」
「ああ、知らねぇのか。
六番隊の朽木三席の斬魂刀は特殊で、相手の斬魂刀を操る力を持ってんだ。
斬魂刀を開放した状態では敵味方関係なく操られてしまう。
……つまり敵に自害に追い込むときに一緒にいる味方も死んじまうってこと」
「でも卯ノ花は、どうやったのかわからねぇが何とか生きて帰った。
それだけこいつのここが強いってことだな」
山本がぽんぽん、と心臓を拳で打った。
「だから心配いらないぜ、きっと」
眩しいくらいの笑顔に引っ張られるように、京楽と浮竹も淡く笑う。
「お前らも昼まだだろ?
一緒に食いにいかね?」
言われてからようやくお腹が空いてきた。
不思議なものだ。
「つーかてめぇらがそんな調子じゃ、卯ノ花困るだろ。
しゃきっとしねぇか」
ごんっと獄寺に頭を殴られ、京楽と浮竹は頭を抱える。
抱えながらも、どこか笑みが漏れて、久しぶりにちゃんと笑えた気がした。
「お久しぶりです」
執務室に響く明るい声にまずい、と思ったのは京楽だけでなかったはずだ。
「……来る前には連絡しろって言ったろ怪獣」
木之本が溜息をついた。
いつも通りを装ってはいるが、若干困っているだろうことは京楽にも分かった。
「怪獣じゃないもん!
咲さんにこの前連絡していたんだけど、待ち合わせ場所に来なくて。
何かあったの?」
「六番隊は今日は立て込んでいるからな。
連絡できないんじゃないのか」
さらりと嘘をつけるあたり、心の準備はしていたのだろう。
「よかった。
いつもなら来れなくなった時は連絡くれるから、何かあったのかと思って心配していたの」
ほっとした顔を見ると心がチクリと痛んだ。
「お前と違って忙しいんだろ」
「私だって忙しいもん!
そうだ京楽さん、浮竹さんも一緒にどうですか?」
明るい笑顔で重箱を持ち上げて見せる。
いつもならたまらなく嬉しいお誘いのはずだった。
嘘をつくのは得意だけれど、なんだかこの嘘は精神衛生上あまり良くない気がする。
でもここで断るのは違和感がある。
「ありがとう。
じゃあ御一緒しようかな。
浮竹にも連絡するよ」
「はい!
ありがとうございます!」
満面の笑顔に、心が痛い。
桜には、咲のことは伝えないことにしていた。
それは明翠に対しても同じだった。
傷つける必要はないだろうという配慮である。
分かってしまうのも時間の問題だということは、誰しも分かっていた。
だが、誰もその事実を彼女達に伝える言葉を持たなかった。
殺伐とした世界から遠い彼女たちだから、尚更。
昼休みには浮竹と一緒に見舞いに行く約束だったのだが、今日無理そうだ。
(夕方にでも顔を出そう)
咲が入院してから1週間経つが、見舞いを欠かしたことはなかった。
隊舎にある庭の、桜のお気に入りの木陰でいつも通りお昼だ。
咲がいない。
それを除けば、月に何度かある楽しいランチタイムだったし、彼女が業務で来られない事も度々あったので、決して珍しい話ではない。
いつも通り桜が作ったお弁当の具を紹介し、知世や明翠のことや、木之本家であったことを話す。
京楽や浮竹に仕事のことを聞き、心配する。
月城のお弁当への褒め言葉に頬を染める。
兄の意地悪発言に頬を膨らませる。
あまりにありふれた光景だった。
だからかもしれない。
「……何か隠しているんじゃない?」
桜の言葉にも、一同は何気ない風を装う。
「何を隠すって言うんだ。
怪獣なんかに隠して得することなんて」
「明翠さんも言っていたの」
木之元の言葉を遮る様に言われても、一同は動じた風を見せない。
ここに居るのは、そう言った嘘を上手くつくことができる器用なメンバーだけだった。
「何を言っていたの?」
月城がいつもと何一つ変わらない淡い微笑みをうかべて問いかけた。
「お父様、お兄様、それから響河様が、何かを隠している気がするって」
「それは朽木家の問題だろ」
「違うもん!
私も思うの。
みんななんか変。
京楽さんと浮竹さんは、咲さんがいなかったら、もっと物足りなそうな顔しているはずです」
浮竹と京楽は驚いたように思わず顔を見合わせた。
「それにみんな私とあまり目をあわせてくれない。
隠していることがばれるのが恐いみたいに」
鋭い子だと思う。
「うるせぇ。
メシの時くらい静かに食わせろ」
木之本は眉をひそめ、おにぎりにかぶりついた。
「いつも静かになんて食べてないでしょ!
ねぇどうしたの?」
京楽と浮竹はこれ以上隠すのは無理だと内心諦めた。
あとは上司に任せるしかない。
「お兄ちゃん!」
「うっせぇな。
……分かったよ。
だが言っておくが、お前知りたくないことかもしれねぇぞ」
木之元は頭を掻いてからそう切り出した。
「いいよ。
……知らなきゃ何もできないもん」
間が空いた。
木之本が考えている。
桜の様子を見て、言葉を選んでいるのだ。
「……卯ノ花は入院している」
出てきたのは嘘ではないけれど一番ソフトな言いまわしだった。
桜はほっとした顔をした。
「そう……もしもの事を思ってドキドキし」
「昏睡状態が続いていて、目が覚めるかわからん」
桜の顔が固まる。
「桃也」
続いたストレートな言葉を咎めるように月城が名を呼んだ。
「こいつが知りたいって言ったんだ」
「そうだけど」
「いいんです……
聞けてよかった」
膝の上に置いたお皿とお箸を、桜はきゅっと握った。
「お見舞いに行きたいです。
知世ちゃんと、できれば明翠さんと。
明翠さんも、昨日約束していたのに会えなかったって寂しがっていたから」
「悪いがあまり部外者は入れられん。
明翠殿がご存じないなら、俺達の口からそれを伝えることはできん。
朽木家の問題だ」
「わかった」
素直な子だと思った。
自分たちのように、自分を偽ることが当たり前でない姿が眩しい。
そんなところは咲に似ている気がした。
「……あのね、教えてくれてありがとう」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、皆は桜を見る。
彼女は悲しそうに、でも優しく微笑んでいた。
「ショックだよ。
でも、知らない方がもっと悲しい」
その言葉が妙に胸に刺さった。
