斬魄刀異聞過去編
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吹きつける塵のような刀は咲の体を傷つける。
心身ともに削り取られるようだ。
避けられるものでもないし、風殺系の斬魂刀では対応しきれない。
どうっと襲い来る刃を飛び退がって避ける。
(埒が明かない)
互いに大きな傷も負い、あと一歩であるのにどちらも攻めきれずにいた。
持久戦になりつつある。
(そらそろ決めねば)
乾いた唇をぺろりと舐め、口を開いた。
頬に何度目かのピリリとした痛みが走る。
ぼろきれと化した服が、申し訳ないほどに滴る赤を吸った。
「海嶺の彼方 朽ちし化石の憧憬 大地への償い」
大きく飛びずさるも幾筋かの破片が腕を切り裂き、破涙贄遠にあたってチリンチリンと甲高い音を立てた。
霊圧を高めて防ぐだけの余裕もない。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」
「二重詠唱か?」
敵が舌打ちをし、斬魂刀を振るう。
咲はそれを避けて土を抉る様にして勢いを殺して着地し、目を閉じて集中力を高める。
動けぬうちに仕留めようと、銀のうねりが咲へと一直線に向かっていく。
それでも咲は動かない。
額からつーっと、紅い筋が頬を伝った。
「崩壊したる山河に 怒りの濁流渦巻く」
銀は目の前まで迫っているが、目にも留めず、破涙贄遠を地に突き立てた。
カッと目を見開く。
その殺意は、敵に一直線に向かっていた。
「破道の五十七 大地転踊!
破道の六十三 雷吼炮!!」
地響きとともに、あたりが昼のように明るくなった。
周囲に生えていた木の幹や岩が雷吼炮に押されるようにして敵へと向かう。
慌てて塵になった斬魂刀を身の周りに呼びもどして防ごうとするも、防ぎきれるはずもなく、爆発音が鳴り響いた。
咲は爆風の中、よろめく足を踏ん張り、気配を読む。
敵はどうやら生きているらしい。
「無席の、それも野獣にここまでやられるとは」
煙の向こうで血を吐きながら男は自嘲気味に笑った。
かなりの痛手となっただろう。
立っているのが不思議なくらい、傷だらけだった。
それは咲も同じ。
両者とも、意地だけで立っているような状態だ。
だが、咲達の方が不利だ。
味方は3人絶命している。
末野上もすでに死んでいた。
敵は濁流にのみ込まれたと思われている一人以外で4人。
一人は末野上が殺したから、残るは三人。
一人は咲の相手で、三賀を殺したと思われる彼は六席の実力者だ。
響河が相手をしているのは三席と十三席で、こちらも苦戦を強いられている。
通常、ひとつの部隊にこれだけ席官を遣うことはない。
どうやら敵は追撃隊の殲滅に本気らしい。
(ここで死ぬわけにはいかないんだ)
地獄蝶はさっきの濁流で失った。
援軍を呼ぶに呼べない状況だが、六番隊でも異変に気づいてすぐにさらなる援軍を送ってくれるだろう。
それまで持つかと聞かれれば、持たせるしかない、としか答えられない。
咲は響河をちらりと見る。
左手から血が滴っていて、その度合いから見て軽い怪我出ないことは明白だ。
彼は斬魂刀を開放していない。
咲は巻き込まれることを恐れてである。
彼が開放すれば、敵味方関係なく己の斬魂刀に殺されるのがオチだ。
運が良くとも、瀕死の重傷を負うだろう。
死ぬわけにいかないと思っているのは響河も同じだった。
この勝敗は今後の反乱因子の動きに大きく関わってくることは明らかであり、己の能力の扱いづらさに腹が立つ。
気配がすとんと背後に落ちてきた。
「響河殿」
咲の凛とした声に、響河は彼女が何を言おうとしているか、分かった。
彼女の呼吸もずいぶんと荒い。
自分の呼吸を若干整えてから、響河は答えた。
「……なんだ?」
返答など分かりきっていた。
「解放してください」
「……大きく出たな」
それしかないと、二人とも分かっていたのだ。
でも、そうしたくなかった。
響河の力を甘く見た同じ隊の者が解放中に近くにやってきて巻き込まれ、命を落としたことはあったが、流石にこれだけ傍に置いた部下を殺したことはない。
巻き込まぬよう、いつも独りで戦ってきたからだ。
悩む響河に敵の十三席が斬りかかる。
咲は響河が動く前に飛び出し、敵の攻撃をいなすと、激しい剣劇を繰り出す。
相手が強ければ強いほど、咲の動きは桁外れに速くなり、攻撃も強くなる。
響河は早いうちからそれに気付いていた。
今など立っているのもやっとなはずなのに、敵への攻撃はより鋭く、苛烈を極める。
咲がさっきまで戦っていた六席の男も、今や立っているのがやっとのようで、こちらをうかがうばかりだ。
(彼女は強い。
間違いなく一桁の席官に値する)
だがそれは、相手が自分よりも強いものの場合に限るのだ。
逆に自分よりも実力が弱い者になると、一気にその力を出し切れなくなる。
それは彼女の弱さだった。
生きるためには必死に戦う。
生きるために相手を殺すことに、躊躇いはない。
更木でずっと、そうして生きてきたからだ。
だが、己よりも弱いものを殺す理由は、彼女の中にはない。
銀嶺にその話をした時、愚かな奴だと言われた。
確かにそれもそうだと頷いたが、響河はそんな咲の気質に好感が持てた。
弱い者を少しでも殺して功名を上げようとする者よりも、ずっと。
生きるために必死な彼女が、今、己を死へと導く決心を口にした。
聞きたいことも、言いたいこともある。
だが、血しぶきの向こうにいる部下は強い瞳で促す。
諦めてはいない。
彼女は勝つために、決心した。
だから響河は、何も言えなくなった。
(ここで死ぬわけにはいかない)
賭けるしかないのだ。
響河はごくりと唾を呑み、前を見つめる。
「囁け 村正ッ!」
報告者 六番隊三席 朽木響河
七班からの救援要請により、一班と、二班が出動。
北地区74八坂に向かった二班は敵と戦闘になり、戦闘不能となった。
二班死亡者1名、負傷者7名。
七班の5名の遺体を回収。
北地区75織部に向かった一班は、三賀七席の遺体発見後、二手に分かれた。
志波十二席が率いた組は3人の敵を討伐。
七班の遺体2名回収。
異変に気づき救援に向かった六番隊朽木副隊長率いる四班は5人の敵と戦い、4名討伐、1名捕獲、1名は行方知れず。
死亡者3名。
負傷者5名。
全負傷者内、井戸、津下、村坂、卯ノ花については入院中。
卯ノ花は昏睡状態が続いており、復帰の目途は立たず。
奇襲した敵の殲滅に尽力していた卯ノ花の殺害が、本奇襲の目的であったとのこと。
今回の死亡者名簿及び討伐した者の一覧を以下に付す……
ざっくりとまとめると、そんな報告が蒼純の手にあった。
窓の外を眺めている銀嶺は、これにすでに目を通したのだろう。
響河はじっとその背中を見ているが、精神的にも肉体的にも、今回の討伐は堪えているようだ。
(
しかし相手が考えることも分かる。
こちらでも同じことをしただろう。
突然奇襲隊の帰還率が下がれば、その元を断とうとするのは当然だ。
敵の目的が分かり、かつ相手にかなりの痛手を与えられたのは報告書から明白だ。
その一方で、六番隊にもかなりの痛手となった。
「合同葬儀の日取りは」
「明日でよかろう。
入院者には見舞い文を。
卯ノ花には私も一筆添える」
隊長同士付き合いもあるのだろう。
「卯ノ花の病状についてですが、四番隊から書類が来ています」
蒼純が響河から受け取り、目を通す。
そこには驚くべきことが書かれていた。
「心を閉ざしている……?」
銀嶺がわずかに室内を振り返った。
「村正の屈服に抗ったそうです。
精神世界から押し出されたと、村正も申しておりました」
「真か」
「はい」
銀嶺は腕を組んで考えているようだった。
それも当然だ。
"心を閉ざす"と言うのは容易ではない。
莫大な霊圧と強靭な精神、それに加え長年の鍛錬が必要だ。
村正の力は強く、並大抵の死神には抗うことは不可能。
できる者など一握りに過ぎない。
たとえば、銀嶺や元柳斎であれば、心を閉ざしたまま戦うことが可能である。
戦うに至らなかったにせよ、例え更木育ちであろうと、あんな小娘には不可能としか思えない。
「心を閉ざしたまま、眠ってしまったのなら、心配はいらん」
背中を向けたまま、銀嶺は響河に言った。
言われた方は虚を突かれたような顔で、その背中を見る。
「なぜですか?」
「心を閉ざすことは己にしかできん。
それをやって遂げる力のあるものは、己で目覚める力も持つ。
それが明日か、来年か、何年先かは分からんがーーいつか必ず目覚めるだろう」
「は、はい!」
響河の表情が心持明るくなった。
父はなぜだか機嫌がいい、と蒼純は悟った。
自分や明翠は父の傍にいて長いから、少ない言葉で彼の心情を察する術を身につけている。
だから、父の言葉を解釈し、部下に伝えるのはいつも蒼純の務めだった。
だが、響河は違う。
その響河に励ましていることがきちんと伝わるほど、今日の銀嶺はよく話している。
(機嫌が良い時はよく話されるから)
心を閉ざしたまま戦う。
それは、大いなる可能性を秘めている。
(響河とともに戦える者)
本来喜ぶべきものだ。
孤独だった義弟を心配していた蒼純にとって、それはありがたいものだったはずである。
だが、蒼純の心は晴れない。
こんな、まだ少女のようにさえ見える若い娘ではなければ。
自分の妹が友として慕う娘でなければ。
これほどまでに一途に尽くす、純粋な隊士でなければ。
彼女が心を閉ざしたまま戦う力を手に入れれば、平定に向けて大きな戦力になるに違いない。
(そして彼女はきっと、明翠が恐れる通り、傷だらけになる)
直情的なところのある響河と、純朴な咲は、どこまででも強くなりうる可能性を秘めている一方、どこか危うくも見えた。
「下がれ」
銀嶺の言葉に、兄弟は深く頭を下げて隊首室を後にした。
