斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『救援求ム!』
飛び込んできたのは地獄蝶だ。
一匹の真っ黒な蝶に、室内の隊員の目が釘づけになる。
反乱因子との衝突である事は明白だった。
『第七班、巡回中ニ……』
そこで通信がぱたりと切れた。
地獄蝶は所在な下げに羽ばたいている。
「……むこうの地獄蝶が殺られたな」
志波が視線を厳しくした。
「第七班の今日の巡回場所は?」
響河が立ち上がり、蒼純が尋ねる。
壁に貼られた地図の前にいた青年が、ざっと見渡した。
「この時間帯ですと、北地区八坂から織部にかけてだと思われます!」
「広いな」
「その上地区の数が大きい。
どちらも70番台だ。正確には?」
「ええっと、74、75番です!」
「地獄蝶を殺すとは徹底している」
「下っ端だけじゃないかもしれん」
「よし、分かった!」
声を上げた響河を、一斉に皆が見た。
「向こうは全滅が予想される。
今回は2班構成で行く。
俺たち一班と二班だ。
いいな、佐仲?」
名を呼ばれたのは二班班長であり四席の佐仲だ。
「はい!」
体の大きな男で、上司部下ともに信頼が厚い。
この二班が出動されるのは敵の実力が高いと判断される時である。
響河と佐仲が足早に地図の前に寄り、班員達も斬魂刀を挿したり書類を簡単に片付け、地図の周りに集まる。
「俺達一班が織部に行く。
二班は八坂だ。
地獄蝶は各班2匹ずつ連れて行く。
常に通信状態を保つこと。
二人ひと組を基本とし、基本隊形は五の形をとる。
細かい点に関しては班長の指示に従え。
何か意見は?」
一通りの隊士の顔を見渡し、最後に蒼純に目を向ける。
蒼純が頼んだと言うように頷き、響河は頷き返した。
そして響河はもう一度隊士たちを向き、そして大きく手を振り上げた。
「行くぞ!」
「はい!」
隊士たちは一斉に執務室から駆け出す。
「今日の組みは俺と卯ノ花だ。
志波は末野上と組め」
響河の急な指示に、不思議そうな顔をするのは咲だけではなかった。
普段響河は志波と組み、咲は末野上と組んでいるのだ。
「こいつの野生の勘は頼りになる。
使わない手はない。
遅れをとるなよ」
響河の鋭い視線を受け、咲は気を引き締めて、はい、と返事をした。
「速い……」
上がる息に焦りを滲ませ、末野上がぽつりとつぶやいた。
咲が響河の瞬歩に全く見劣りせずについていっていることに驚いてだろう。
会話をするほどの、そして辺りを観察する余裕もあるようだ。
よく組まされているのに、己よりも瞬歩が優れていることに全く気がつかなかった。
「あれは足が速い。
あと白打もずば抜けている。
出自ゆえだろう」
志波が淡々と答えた。
そう言われて、彼は咲とよく鍛錬をしていた、と思いだす。
彼の足も以前より早くなっているように感じる。
(置いていかれている……)
焦りにじわりと汗が出た。
木の根に掛けた足が滑り、転びかける。
「遅れるな!」
短い叱咤に、足を速める。
「はいっ!」
せめて二十席として、平隊員に遅れを取ることは避けなければならない。
しばらく行くと、咲が立ち止まって草むらから何かを拾った。
「地獄蝶の残骸、か。
ここで通信が途絶えたか」
響河がそれを受け取り、呟いた。
「いいえ、斬られた後おそらくここまで飛ばされてきたのでしょう」
咲は辺りを見回した後、森へと分け入っていく。
追いかけた響河の目に、倒れ伏す隊士が飛び込んだ。
「三賀七席!!!」
隊士の一人が駆け寄った。
親しかったのだろう。
片膝をつき、容体を見た志波は静かに首を振った。
すでに事切れている。
「お前も確認しろ」
咲も志波の隣に座り込み、傷を確認した。
無数の切り傷があるが、致命傷は心臓から右下腹にかけての大きな傷だろう。
「傷口が汚いですね」
「ああ。
これは斬魂刀の傷だが浅打ではない。
敵は始解を取得しているだろう」
「はい」
「どっちの方から来たか、解るか」
咲はあたりの草木を観察する。
最近では良くこうして咲の観察眼を任務に活用している。
他の隊士に教えようとしたり、志波や響河自身も学ぼうとしているが、なかなか身につかない。
他の隊士は手持無沙汰で、先を急ぎたそうに響河を見る。
未だに咲の観察眼を信じていないものは多いのだ。
だが響河はじっと彼女を、そしてその周囲を見つめていた。
志波もそれと同じである。
彼女が隊に加わって、奇襲された時の敵の追撃率は確実に上がっていた。
「七席は東の方から逃げて来たのでしょう。
草が倒れている」
言われた場所に来て確認すると、確かに心なしか草が倒れているところがある。
これが人によるものか、獣によるものか、風によるものか、それを見分けるのが咲の目だ。
「戦闘も激しかったに違いない。
敵のものと考えられる血痕も残っています。
これはおそらく七席の攻撃の跡です」
地面が焦げたように変色してえぐられている。
熱く熱された刀で戦うのが彼の力だった。
そこに血が付いているらしいが、響河には良くわからない。
「敵も苦戦していた……」
そのまま目を凝らしながら進み、咲は続けた。
「ここでの敵はおそらく一人……
少なくとも戦っていたのは一人です。
実力は三賀七席よりいくらか上でしょう。
今は手傷を負っています」
「お前がその者ならどうする?」
「傷を負い返り血を浴びていては町へは出られませんから市街地のある南には行きません。
一番可能性が高いのは、西の河で血を流すこと。
その程度の下調べはしているでしょうし、東から追いかけてきたのもそのためかもしれません。
……全てはこちらを誘導する為の罠かもしれませんが」
「聞こえたか佐仲!」
響河が地獄蝶に向かって言うと、その向こうで佐仲が返事をした。
『ハイ!』
「お前達は
救助と言っても生きている可能性は薄いだろう。
「こちらは二手に分かれて敵を追う。
志波を中心にお前達は北だ。
残りは俺と西!」
「待ってください!
俺も連れて行ってください!」
駆けだそうとする響河に訴えるのは、先ほど三賀に駆け寄った隊士だ。
目が怒りに燃えている。
「ならん。
弔い合戦にはお前はまだ早い!
行くぞ!」
響河とほぼ同時に咲は瞬歩で消え、他の隊員も消えた。
なおも追いかけようとする男の腕を、志波が押さえる。
「どうしてっ!
七席をあんな目に遭わせたんですよ?
貴方も仇を討ちたくないんですか!?」
逆に襟元を掴まれ詰め寄られるも、志波は冷静に見下ろした。
彼は三賀の班に昨年まで所属していた男だ。
志波も三賀とは親しくしていて、良く稽古をつけてもらった身である。
「冷静さを失っているお前は作戦を遂行できない。
犬死を増やすだけだ。
……三賀七席ならそう言うだろう」
男は志波の襟元から手を離し、よろよろと後ろに下がった。
「申し訳……ありません」
その肩を志波はどんと叩いた。
「気合入れろ。
こっちにも敵がいないとは限らん」
男はぎゅっと目をつぶってから、顔を上げた。
「はいっ!」
「予想通り。」
しばらく行くと咲が響河に告げた。
「敵は5人、囲まれています」
罠だったらしい。
こちらも5人なので、1人ずつ相手をする計算になる。
響河にはその気配が微かに感じられる程度で、人数までは把握できない。
咲は精霊挺に育った者には感じることのできない音や空気を読んでいるのだろう。
だがその気配が急激に近づいてきて、響河にも明確に敵の位置が把握された。
次の瞬間、咲の姿は響河の隣にはなく、殿の更に後ろで刀を受け止めていた。
響河も襲いかかる赤火砲を避け、抜刀する。
「やはりな」
咲が鍔迫り合いをしている男がにやりと笑った。
「最近どうも奇襲の成功率が下がっている。
正確に言うと、帰還率が低い」
押され気味になり、咲は身をひるがえして木に上がった。
「理由はてめぇか、野獣」
それは隊士たちが影で咲のことを示すために使う呼び名だ。
「朽木家はどうやってお前を調教したんだ?」
「悲涙流れし 血を啜れ いざ目覚めよ 破涙贄遠」
咲は静かに斬魂刀を開放する。
「答える気はねぇ、か。
躾が行きとどいているな」
男は大きく飛び上がり、つい今までいた場所が大きく抉れているのを見て目を見開く。
すぐに霊圧を感じて振り返った時には激痛に悶えながら落下していた。
なんとか霊圧を上げて落下の衝撃を弱めるも、ダメージはあまりに大きい。
切れた口内から出た血を吐き捨て立ちあがると、すぐに飛び上がり始解し水流を放つ。
それは濁流となって咲に押し寄せた。
咄嗟に避けようとするが、咲が避ければ背後で戦う隊員は飲み込まれてしまうだろう。
声をかける時間もないが、味方はこちらには気づいていない。
「氷牙征嵐!!」
咄嗟の鬼道によりバキバキと音を立てて濁流は凍っていくが、その速度は水量全てを押しとどめられるわけではない。
だがそれが生んだわずかな時間に響河達は高い木の上へと逃げることができた。
最後まで粘った咲は水を被ったものの、飲み込まれるほどの量ではなかった。
だが、不思議なことに体中細かい傷だらけだ。
九十番台の詠唱破棄となれば霊圧も体力もかなり消費しており、予想以上の打撃である。
「周囲を地形をも同時に凍らせてしまうほどの威力を持つ氷牙征嵐でなければ、俺の技は防げん。
咄嗟にその判断をしたことは褒めてやろう。
そして……」
咲ははっとして男の手を見た。
正確には、斬魂刀を見た。
そこにあるのは柄から鍔までだ。
「まさかこうも早く知られてしまうとはな」
男が柄を振るった瞬間。
「逃げろッ!!!」
響河の叫びが響いた。
水たまりや氷の中から咲に向けて無数の銀が襲いかかる。
「渦風!」
短い号とともに、咲は自信を中心に竜巻を起こした。
だが一歩遅れ無傷とは行かず、思わず奥歯を噛み締める。
「まだ立っているか」
響河はその様子に気を取られた敵を一人斬り殺す。
見回すと他にも一人、敵は減っている。
濁流にのまれたのかもしれない。
取り急ぎ押され気味の末野上を助けに走る。
咲の方が確実に彼よりも実力は上だ。
それに咲の相手が三賀を殺した男ならば、手傷も負っているはず。
(もう少し耐えてくれ)
これだけ味方が近いと村正の力は使う事はできず、響河は鬼道と斬術で戦うしかなくなり、それこそが村正の難点だった。
「破道の三十一 赤火砲!」
敵の声と共に視界の端で大きな赤い火の手が上がり、思わず振り返った。
赤い火に照らされたぼろぼろになった咲の姿に僅かに安堵する。
彼女の手が左手が敵に向く。
「破道の三十三 蒼火墜!」
その威力は一向に衰えを知らない。
黒い瞳が響河を見て、大丈夫だと頷いて見せる。
(できた部下だ)
思わず口の端が上がった。
「負けていられないぞ、これは」
そんな独り言が聞こえたのか、末野上が、はいッと気合の入った返事をした。
