斬魄刀異聞過去編
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「やっとついた」
京楽は顔をほころばせた。
烏賊の焦げる匂いはたまらなく食欲をそそる。
浮竹は嬉しそうに振り返る。
「咲も食べるよ……な」
そしてその顔から表情が消えた。
「咲が、いない」
京楽も驚いたように振り返る。
「えっさっきまでいたのに!」
振り返ったところには人、人、人。
こんなにたくさんの人がいるのに、咲の姿はなかった。
「これじゃあ……」
見つけられない、という言葉は飲み込んだ。
浮竹は京楽を見て小さく頷く。
彼女は祭りは初めてだと言っていた。
一人になってどうやって楽しめばいいかなんて分かるはずもなく、元字塾への帰り道も分からないかもしれない。
その上、今日の姿は普段の死神の様子とは程遠い。
女慣れした京楽でさえ隣に立つと心落ち着かず、その照れから手を離してしまった。
女性関係に大して興味のない浮竹ですら彼女への視線を剥がすのに苦労した。
少女と女性の過渡期特有の危うげな魅力を匂わす彼女の、自覚の無さと世慣れない不安気な様子が、危険を呼ぶのではないか。
2人の頭に最悪の事態が過る。
(なぜボクは手を離したんだ)
(なぜ俺は目を離してしまったんだ)
その理由はただ1つで、2人は言葉を無くした。
「ぼーっとしてんなよ。
買うのか買わねぇのか?」
突然喧騒の中から大きな声がして、二人は驚いてそちらを見た。
すると相手も驚いたようで眉を上げてにやりと笑った。
「なんだ、浮竹じゃねぇか」
「永倉六席に斎藤五席……
お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げる浮竹に、京楽も習って頭を下げた。
「えーっと、お前、浮竹の同期だっけ?」
「はい。
十番隊十八席、京楽春水と申します」
見ると二人の上司は両手に屋台のものと思われる数々の料理を抱えている。
いったいどれだけ食べるつもりなのだろう。
「なるほどな。
斎藤、こいつらの分もだ」
声をかけられた斎藤は一つうなずく。
「ああ。
烏賊焼き10本」
「10本!?」
予想以上の数に目を瞬かせる浮竹。
戸惑う二人に、商品を受け取った永倉は楽しげに笑った。
「せっかくだ、一緒に楽しもうじゃねぇか」
いささか強引に、肩を押して人の流れに乗せられてしまう。
乗ってしまえば後戻りなどできるはずもなく、荷物を半分ずつ受け取って歩き出す。
「実は連れとはぐれてしまったんです」
浮竹が後ろの上司に困ったように告げた。
「あ?
そりゃ困ったな。
同期か?」
「はい」
「見つけるのは不可能だろう」
斎藤の冷静な言葉に、二人はしゅんと肩を落とした。
「まぁ、そういつもそいつでなんとかしてるさ」
「そうもいかないと言いますか……」
「なんでだ?」
「祭りは初めてだと言っていたんです。
街に出歩くのさえ不慣れな所があるもので、帰り道も定かではないと思いますし……」
「……卯ノ花か?」
斎藤が少し言いにくそうに尋ねた。
「はい」
「心配だろうがどうしようもねぇだろ。
お互い子どもじゃねぇんだ」
上司にそんなことを諭されるのもずいぶんと恥ずかしい話で、二人とも小さくなった。
もちろん、二人だって十分に理解しているつもりだ。
それでもやはり心配なのだ。
刀も持たずただ1人の少女の姿をした彼女を思い出す度、胸が苦しくなる。
あどけない少し照れた笑顔を思い出す度、自分を責めた。
「あいつの白打の実力もそれなりのもんなんだろ?
心配いらねぇよ。
それに運が良ければまた会えるさ」
業務中にも何度も助けられている永倉ののんきな発言に、2人は僅かに心が軽くなる気がした。
どんっ
大きな音に咲が今まで歩いてき木立の向こうを見た。
次の瞬間、夜空に大輪の花が咲いて、目を丸くする。
「きれい……
あれなんですか?
鬼道?」
目を輝かせる咲に、沖田は目を瞬かせる。
「もしかして花火見たことないの?」
「はなび?
初めてです」
いつもならこんなことも知らないのかと毒舌の一つでも吐くだろうが、流石の沖田も咲には微妙に気を遣っていたりする。
それは上司から口酸っぱくして言われていることでもあるし、異端児としての咲に奇妙な親近感を持っているからかもしれない。
「そう。
鬼道ももちろん練り合わせてるけど、基本は火薬だよ」
「火薬?
あんなふうにも使えるんですか?」
「ちゃんと花火師の人が作ればね。
花火は漢字で……」
沖田は咲の手を取って、その平に文字を書いた。
きらきらと光る花火で、咲の頬が明るく染まる。
瞳に花火の色が映り込む。
純粋に綺麗な子だと思った。
これで更木出身だというんだから、更木も悪いところじゃないのかもしれないと思ってしまうほど。
「花、火って書くんだ」
「言い得て妙、ですね」
目を細めて優しく笑う。
それからまた花火の音に空を見上げて微笑んだ。
「……きれい」
見るのに集中しているのか、口も半開きになってずいぶんと無防備だ。
小さい子が花火を初めて視るのと同じ。
その様子がひどく幼く、それゆえ心をくすぐる。
(普段はただ歩いているだけでも隙なんてないように見えるのに)
一度刀を握れば、あれほど戦一色になるというのに、ずいぶんな変わりようだ。
「ラストは
……って言っても知らないか」
それ以前に耳に届いてすらいないだろう。
きっと彼女はまだ取りあったままの手すら意識していない。
貴族社会に染まりきっていない彼女の行動は理解できないことも多々あるが、新鮮で面白いという印象の方が沖田には強かった。
その時、見知った霊圧と鋭い視線を感じ、沖田は顔を咲からそらす。
たどった先には細められた鳶色の瞳があった。
その理由にはすぐに思い当たって、沖田はにんまりと笑う。
隣にいた京楽もそんな沖田と咲に気づいたらしく、表情を険しくした。
握ったままの手を優しく引くと、咲はようやく我に返ったようだ。
きょとんとした彼女に顎で部下を示せば、花火を見た時よりもずっと鮮やかな笑顔を見せた。
「浮竹!京楽!」
呼ばれた二人は表情を崩した。
京楽は軽く手を振る。
そんな二人の後ろに、永倉と斎藤の姿が見えた。
傍から離れて駆けだそうとする咲の手を、沖田はぐいっと引いて拒む。
浮竹と京楽の視線が鋭くなったことに、沖田を見ていた咲は気づかなかった。
「よく見えるから、こっちに来てもらいなよ」
「あ……はい」
咲は振り返ると控えめに二人に手を振り、手招きをした。
二人の足は自然と速まっていき、最後には駆け出す。
それを見て永倉が噴き出し、斎藤までもが淡く微笑む。
打ち上がった大玉の花火が、楽しげに影を揺らした。
「遅かったな!
ちょうど準備が整ったぜ!」
木の上から藤堂が声をかける。
永倉がおーと手を振り、こちらも足が速まった。
「沖田三席、卯ノ花がお世話になりました。」
咲の前まで来たところで浮竹が頭を下げる。
沖田はにんまりと笑う。
「こちらこそ楽しかったよ。
さ、上がろうか」
手を握ったまま、木の上を示す。
咲は戸惑いながらも頷き、沖田とともに木の幹へと飛び上がる。
京楽と浮竹も酷く複雑な表情を浮かべた。
「気を遣うことねぇさ。
お前らも上がれ」
そんな2人を勘違いした永倉に後ろからそう言われ、屋台で買った食べ物が落ちないように気をつけながら木の上へ飛び上がった。